歴史のみち Top へ

14.村に残る金毘羅燈籠

和田の燈籠和田の燈籠

  社には金毘羅の名前が入った石燈籠村々に残っており、いずれも1821〜1827年(文政4〜10年)にかけて建造されている。燈籠はもともと村の入口や辻など道路沿いの場所にあって、あかりが灯されたと思われるが、交差点の拡幅改修などに伴い移転されたものが多く、当時のままに残っているものは少ない。

 和田の燈籠
 常夜燈と刻まれたこの燈籠は、和田地内の国道313号と県道倉吉由良線の交差点沿いにあったが、道路の拡幅整備に伴い1990年(平成2年)3月少し離れた現在地に移転されている。
 高さ3.7メートル。正面には「金毘羅山」とあり、1827年(文政10年)28名の若連中で建造されている。石工は野方村の忠兵エ。
 和田の燈籠(遠景)

 不入岡の燈籠
 清水神社跡の境内東南隅に置かれている。正面に「金毘羅山」とあり、1823年(文政6年)に建造されている。
 高さ1.9メートル。
不入岡の燈籠(遠景)不入岡の燈籠(近景)

 国府の燈籠
 正面に「金毘羅宮」とあり、1821年(文政4年)に建造されている。
 高さ 1.8メートル
国府の燈籠(遠景)国府の燈籠(近景)

4 国分寺の燈籠
 「国分寺村観音堂」の前に置かれ、正面に「金毘羅」とあり、1825年(文政8年)に建造されている。
 高さ 2.4メートル
国分寺の燈籠(遠景)国分寺の燈籠(近景)

5 福光の燈籠
 正面に「金毘羅権現」とあり、1823年(文政6年)に建造されている。
 高さ 1.9メートル
福光の燈籠(遠景)福光の燈籠(近景)

6 横田の燈籠
 正面に「金」とあり、1823年(文政6年)に建造されている。
 もとは横田の入り口の道路沿いにあったが、昭和初期に移転され今は横田神社境内に置かれている。
 高さ 2.4メートル
横田の燈籠(遠景)横田の燈籠(近景)