国際フィッシングショー2006in横浜

 厳寒2月の朝4時、朝一の飛行機に乗るために起き出し、コーヒーを飲んでいる僕。普段の出張なら、「かったるいなあ」なんて、東京言葉が何故か出てしまうのに、今回は、ちょっとだけ元気。出張が終わってから、フィッシングショーに行くのが楽しみなんです。普段、飛行機に乗ってもデジカメなんて取り出さないのに、今回はこんな写真を撮ってしまいました。朝の光の角度がとっても良くって。学生の時、初めて飛行機から見た富士山より感動してしまった自分は、はしゃぎすぎのおじさんかも。

 いろいろのお仕事、お昼の部終了。ふゥー。
そして、夜の部突入。
 都会で飲むときは、結構終わりが早いのですよね。終電というものがありますからねえ〜。だいたい12時前には終了。
 田舎で飲んでるときは、無制限一本勝負。だって、タクシーの10時以降の深夜料金なら、いつ帰っても一緒だもの。
 と言うわけで、1時前には就寝。

着きました。パシフィコ横浜入り口。

 初めてのフィッシングショーなので、とりあえず一回りしてみようかなと思ったけど、ティムコのブースにいるエース氏に一声かけてからということで直行。と言いながらも、僕は知っているもののエース氏は僕を知らない。現場では、何度か遭遇しているのですが、なんか現場で声がかけづらくて。
 しばらくティムコの製品を説明してもらった。ちょっとばかり緊張している自分が分かる。だって、倉吉弁が出ンだもん。鳥取では、ティムコの現物にあまりお目にかかれないので、結構まじめに試しぶりをしたりして。

 その後、スミス・がまかつ・ジャクソン・ゼニス・テンリュウなんかのロッドを振り倒して、ついでにシマノとダイワ。良いなあ〜と思ったロッドは、ブースを往復しながら試しぶり。お店の人に変な目で見られちゃったりして。そこで結論。
 今年、自分的にお気に入りのロッドは、テンリュウティムコのロッド。使い込むと結構しっくりいきそうでした。でも、前日、渋谷のSANSUIで振ってみたうfmの方がなんかしっくりきていたのは気のせいでしょうか。ただ単に、僕がミーハーなんでしょうかねぇ。

 決してソルトも疎かにしていたわけではないのですが、そんなに見てまわって無いのも事実。だって、振ってみてもそんなに違いが感じられないんだもの。ソルトは、現場において自分のキャスティング方法とフルキャストで試してみないと分かんないと思うんだけど。

わあ〜 富士山だあ〜

ティムコのブース ルアー全般、いろんなものがたくさん

テンリュウのブース ロッドだらけ

 パパ 大津留によるジギング講座。カルティバのブースでちょうどやっていました。午前中には、チャーマスの講座もあったようです。流石、国際フィッシングショー。何故か、感心してしまう田舎者でした。
 コンパニオンのお姉様方もたくさんいたのにも驚きでした。

ちょっと感想

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 渓流でエサ釣りを始めた頃は、ダイワ・シマノ・がまかつの中級以上の竿で十分。「高いのなんて、金持ちの道楽だよ。」と思ってました。確かにそうです。が、しかし、ソルトルアーを始め、渓流もルアーに変更した今、ちょっとばかり考え方が変わってきたのも事実。
 沖で使うロッドと陸で使うロッドが違って当たり前。誰だって分かるけど、釣り方は、千差万別。その人の釣り方にあったロッドが必要になってくるはず。
 シーバスロッドは、10本くらい使ってきたけど、だいたい調子が分かってきたかな〜というところ。
 渓流ロッドは、3本持っていて、今回新規ロッド購入。でも、まだ使ってない。どんなロッドが僕の釣りにあって居るのか?まんだまんだ、分かっていないのですよ。これから修行の日々と、散財の日々が続きそうです。
 
 ところで、メーカーさんがいろいろなロッドをフィッシングショーに出しているけど、本当に売れているのかな〜なんて心配してしまいました。大きなお世話ですよね。

ちょっと 東京散歩

 表参道ヒルズに見学に行ってきました。この建物の中に入りたかったのではなく、昔とどう変わったのか確認したかったのです。一番青山側に、申し訳ない程度に青山アパートメントは残っていましたが、ちょっと興ざめでした。 
 僕が学生だった頃、青山アパートに住む人は、宇宙人的存在であったような。「お金持ちでもあり、流行の最先端の職業に就いている人生の成功者だ。」と思っていたのは、何年前だったのでしょうか。
 実際は、そうでもない人も多かったようですが、当時の僕にはそう見えたのも事実です。

 原宿に行ったのには、もう一つ理由があるのですよ。それは、おじさんのノスタルジックジャーニー?
 左の写真は、竹下通りのちょうど真ん中あたり。右の写真は、その道向かい。ここには、20年以上前からクレープ屋さんがありました。クレープという物が、みんなに知られていない時からあって、竹下通りに行ったらここでクレープというのがおしゃれで、流行していました。

 この上の写真。トラックの止まっている向こうの建物が、僕の学生時代のバイト先だったところ。3年くらい通ったのかな〜。土日やゴールデンウィークなんかの忙しいときがほとんどだったけど。
 ホームセンターで売っている一坪物置が5軒ほど連なっていた中の洋服屋さん。Y氏という人がオーナー。関西出身、僕よりちょっとだけ年上。でも、年収は、○○○○万円。物置の店で、多いときは300万円以上の売り上げ。田舎モンの僕は、ぶったまげていました。現在は、音信がないけど、ネットで探すとすぐに出てくるような洋服販売メーカーの社長さん。店舗も、全国に○十店舗。
 そのまま、採用してもらえば良かったかな。(心にもないことを・・・)

 ここでも、バイトしてた。竹下通りを下って、明治通りをこえた通りにある居酒屋さん。
 オーナーは、変わっているだろうなあ〜。
お店の名前が変わっていないというのは、ちょっとだけうれしかった。

 泊まった安ホテルから見えた東京タワー