チャブスタイル

チャブスタイル(指導方針) …川本恵介
ver.1−2007.4.14
前書き

  地域スポーツクラブとしての社サッカークラブの将来を考えるとき,今後,多くの人たちの関与と協力が必要になってくることが予想されます.
  多くの人の優れた才能と,豊かな個性をクラブの運営にまとめていくための核にすべく,これまでに,考えてきたクラブの基本的な理念や方針を「チャブスタイル」として,系統立てた筋書きではありませんが,まとめ書きしておきます.

子どもたちの健全育成がチャブの目的

  社チャブではサッカーを通して少年たちの健全な育成,いわゆる「人間作り」を第一の目的とします.技量の向上を図ることや,競技会での勝利をめざすことは,そのための有効な手段とはなりますが,決して優先する目的ではありません.
  こう言うと小クラブの言い訳と受け取られそうですが,実は多くの一流クラブ(プロクラブ傘下の少年チームなど)でも同じ理念を持っています.
  それにはふたつの理由があります.
  その一つは,人づくりを期待できるからこそ,多くの親が将来厳しいであろうサッカーの世界に競って子どもを預けられるということ.
  もうひとつは,サッカーという競技自体,豊かな人間性と社会性を要求するものだということです.このことは,サッカー競技を知っていくほど次第に理解していただけると思います.

スポーツクラブは教育機関

  スポーツクラブは,教育機関だと考えています.したがって,指導者や,育成会員は,教育者としての自覚を持って子どもと接していかなければなりません.

暮らしの一部としてのサッカー

  少年の育成という観点から考えたとき,サッカーの指導者であっても,子どもたちの生活全般を考慮に入れないわけにはいきません.
  今の子どもたちは,それぞれ多くの社会のメンバーを掛け持ちしており,結構多忙です.家庭,学校の他,習い事のサークルや,子供会,地区行事などなど,おとな顔負けのスケジュールの子どもも少なくありません.
  その中で,サッカーをする,あるいは子どもにサッカーをさせることは,実はとても大変なことかもしれません.
  指導者としては,ついつい練習回数を多くしたいと考えがちですが,子どもたちの生活を守る意味で,次のような自主規制をかけておきたいと思います.

  まず,子どもたちが,サッカーの練習を楽しみにして来てくれるようにすること. <大前提>
  子どもの生活を圧迫しないようにすること.(週2回までの通常練習)
  他の行事や用事があるときには,それを優先してよいこと.また,サッカーを理由に約束を破らせないこと.
  練習に来ないことで,不利が生じると感じさせないこと.
  サッカーしかできない子を,理想としないこと.…多才なことはよいことです. 

負けることで子どもが駄目になると考えていませんか?

  「負け癖がつく」とか「負け犬根性になる」とか言いますが,負けることで子どもが駄目になると考えていませんか?それは大きな間違いです.
  サッカーは競技ですから当然勝敗があります.したがって結果としての勝敗にいかに向き合うか(結果対応の問題)は,サッカー指導において欠かせない課題です.
  負けたときはどうあるべきか.負けた事実を認め,悔しさを感じながらも卑屈にならない.相手を讃えるとともに,試合を分析し,ステップアップに望んでいく.
  勝ったときはどうあるべきか.それを素直に喜び,しかしおごらず,相手を尊重し,やはり試合を分析する.
  正しい結果対応を身につけることでこそ,競技に積極的にチャレンジする心が養われます.勝敗を競うことをいとわず,むしろ楽しむための道具とすることを学ぶことになります.それは,勝つための最善の努力をすることの,積極的な動機につながっていきます.そして,さらにこのことは,フェアプレーの精神の根幹となっているのです.

  負けた子どもが駄目になるのは,実はその場面でのおとなの態度のほうに問題があると思います.負けたことをなじったり,侮辱したりすることで,子どもたちは負けること自体をおそれ,奴隷のような努力をするか,または勝負をしたがらなくなります.あるいはアンフェアな手段にも手を染めるようになります.
  勝敗に際して,周囲の大人たちの態度も大事であることを考えていただきたいと思います.サッカーではファン(煽り立てる者)といわず,サポーター(支援する者)といいますね.

「なぜできない!」は,指導者への問い.

  「なぜそれができないんだ!」 (なんでそれができんだいや!)
  技術・戦術面でうまくできないときに,指導者がつい生徒に言ってしまうセリフですが,子どもにとってそれがわかれば苦労はありません.
  「なぜできない」は,指導者に問われるべき質問です.
  できない理由は次のようなものでしょう.(1)教え方がよくない,または教えていない.(2)習得に時間がかかることなのに性急に結果を求めている.(3)はじめから無理なことを要求している.
  子どもたちが「できない」ことに対して,指導者はその理由を分析し,対応を工夫していく必要があります.それを怠って,子どもたちにその責任を転嫁することを指導者はすべきでないと思います.

「なぜできない!」を保護者も考えてあげましょう.

  「なぜそれができないんだ!」(なにしとっだいや!)
  保護者の方もつい叫んでしまいますが,「なぜできないか」その理由や事情も少し考えてあげることが必要です.ややもすると,できないことの裏にある子どもたちの努力を,けなしてしまうことになりかねません.
  具体的な状況を例にしてみましょう.
☆ 「なんでもっと走ってボールを追わないんだ」…でも,オフザボール(ボールが近くにない状況)で,長い距離を走った後だったかもしれません.オフザボールでの選手の努力はよく見過ごされがちです.
☆ 「トラップ(ボールを止めること)をちゃんとしろ」…でも,ボールが届くまでの短い時間でルックアップ(周りの状況を見ること)をしようと努力したのかもしれません.ルックアップは見ていてわかりにくいですが,自らの判断を導き出す重要な技術です.
☆ 「なんでシュートを打たないんだ」…でも,より得点の可能性が高いパスのアイデアを見いだしたのかもしれません.
  「できない」ことを安易に責めることには多くの危険を含んでいます.充分留意すべきと思います.
  一方,よく「できた」ことを誉めることには,難しく考えることはありません.むしろ,誉めることでたくさん声をかけてもらいたいものです.

子どもを叱らない. さとしていく.

  社チャブの指導では,子どもを叱ることはありません.そのかわり,「諭し」「考えさせる」ことを大切と考えています.
  もちろん,トラブルはいろいろとあります.マナーが悪かったり,言うことを聞かなかったり,けんかもあれば,時にはいじめがおこることもあります.そのたびに,当事者と話をしたり,全員を集めて相談をします.
  叱ることでは,その場のトラブルは収拾できますが,子どもたちは考えることをやめてしまいます.また,抑え込むだけではわだかまりが残ります.遠回りのようですが,悪いことがなぜ悪いのか,なぜトラブルが起きたのか,どのように解決したらよいのか,きちんと考える習慣をつけることが大切と思います.
  また,指導者にとっても,「叱る」というカードをすてることで,問題の本質を考える機会をたくさん得ることができます.
  本当に叱らなければならない場合はごく稀です.子どもの命に関わる緊急の場面だけです.

ルールをつくる

  ルールを守ることは大切です.しかしそれ以上に大切なのはルールをつくりだすことです.
  サッカーに限らず遊びの中にはルールがあります.しかし,できあいのルールでは手に負えない問題がしばしば起こります.その際に,新しいルールを作っていかなければなりません.それもなるべくみんなが納得できるようにしなければならないでしょうし,なによりも楽しくなるようにしなければならないでしょう.しかも,ゲームが中断しないように,早く決めなければなりません.
  たとえばこんな状況です.おにごっこをしていて,校庭の外まで逃げてしまう子がいたとします.危険ですし,オニに極端に不利です.この時おそらく子どもたちは逃げられる範囲を限定するでしょう.これが,ルールづくりです.当たり前のことのようですが,だれかがそれを言い出して,うまく合意を取り付けなければなりませんから,ルールづくりには,アイデアとともに,実は社会性の能力が強く要求されます.遊びの中でのルールづくりは,子どもたちの社会性を育てる重要なトレーニングでもあります.このような能力は,大人社会のあらゆる場面でも要求されていることです.
  サッカーの試合では審判がいますが,普段の遊びの中で審判なんていません.ここでルールの運用という問題がでてきます.ズルをしたことに対しどう対応するのか?判定がつきにくい出来事をどう処理するのか?遊びの世界でありながら,大人社会でも通用するルール運用のトレーニングを子どもたちはしているのです.
  子どもたちは,指導者の目の前でだけサッカーが上達しているわけではありません.遊びの中でもどんどん上手になっています.社会的な能力を伸ばすことで,成長が加速することを指導者は心しておく必要があります.

ディシプリン(規律)

  ディシプリン(規律)は,サッカーの重要な要素です.子どもたちにしっかりと指導していかなければなりません.
  サッカーでは,チーム内での約束事がきちんとみんなに理解されないといいゲームはできません.また,自分たちのサッカー環境…多くの人に応援や支援を受けること…作りのために社会的なマナーが求められます.
  しかし,やみくもにきまりを押しつけてもディシプリンの本質を身につけることはできません.機能としての規律をしっかり理解させることが必要です.どうしてそのきまりが必要なのか,役に立っているのかを考えさせなければなりません.
  ただ,これには特別な講習などは必要ありません.ふだん,遊びの中でルールをつくり,運用するトレーニングをしているうちに,同時に育てていけるものです.

遊びと楽しさを中心とする

  チャブでは「遊び」と「楽しさ」の追求をもっとも重要なテーマとして指導しています.
  子どもは楽しさに貪欲です.楽しさが子どもにとっての最大の動機となります.楽しさの追求なしには,子ども自身の積極的な取り組みはありません.そして,遊びはそれの実現の場です.
  サッカー選手にとって,あるいは人間にとって必要な資質はすべて楽しさと遊びから育てることができます.
  楽しいはずの遊びが,アンフェア(ズル)やけんかによって急におもしろくなくなったりすれば,その経験の中でディシプリンやルールづくりの工夫などを学ばせることができます.
  勝敗を競うことの楽しさも遊びの中で覚えます.負ける悔しさと勝つ喜びをセットにしてゲームを楽しむ「道具」としていきます.勝つための最善の努力は,そこから生まれてくるもので,無理強いだけの努力とは,後の発展に自ずと違いが出てきます.
  ただし,子どもたちが勝手に遊んでいて正しい資質を得るとは考えるべきではありません.しっかりした大人の目,大人の指導が不可欠だと考えています.

見る,聞く,考える,自分で判断する.

  「見ること」「聞くこと」「考えること」は,ものを学ぶ上でもっとも重要なことです.
  反対に「見えてる」「聞こえてる」「やっているうちに覚える」は,もっとも効率の悪いことです.
  サッカーの練習の中では,しばしばゲーム形式を取り入れます.多少複雑であってもルールや要領のなどしっかり理解すれば,楽しいゲームができることがわかると,能動的に「見て」「聞いて」「考えて」理解しようとします.学校で学ぶ国語の能力がサッカーでも重要だということです.

たくさんミスをしよう

  「たくさんミスをしよう!」と子どもに指導しています.もちろんわざとミスをするわけではありません.プレーをすればかならず失敗のリスクが伴いますが,それをおそれてプレーをしなければ上達などありません.自分からプレーしてどんどんミスをすることが必要です.
  しかし,ミスをしてもよいと言うだけでは子どもにとっての充分な保証にはなりません.仲間のミスを責めないということをディシプリン(約束事)としています.自分で考えて自分でプレーして,ミスしても仲間が責めないという保証があれば,子どもたちは積極的なチャレンジをして,上達していきます.
  ただし,次の段階では,ミスに対する「コーチング(指示)」も必要になります.単にモンクをつけるのではなく,具体的な提案として「ああした方がよかった」「こうすべきだ」という意見の伝達です.モンクと区別されるコーチングの技術を指導することが必要です.

プロ意識:子どももプロ選手です.

  少年サッカーといえども,プロ意識が必要だと思います.というより,すでにプロ選手です.
  試合や練習で,子どもたちは多くのおとなたち(親も含めて)に応援されて,それに励まされ,いいプレーを見せようと精一杯の努力をします.それを見ておとなたちは,喜び,感動し,元気をもらいます.金銭報酬がないことと,競技のレベルの違いをのぞけばプロの試合となにも変わりません.特に小学生は,親たちに見てほしい気持ちが特に強い年代です.それは,プロ選手が観客に入ってもらいたい気持ちに優るとも劣りません.
  競技としてだけ考えれば,観客がなくてもサッカーは成り立ちます.しかし,誰にも見てもらってない試合は,非常に質の低いものになります.プレーに客観性がなくなり,自己満足が先に走るようなゲームになります.さぼっても誰も見てないから平気です.ラフプレーも頻発します.その落差は,おそらくみなさんの想像以上だと思います.安易なアマチュアリズムは,害あって利なしです.  

プロ意識:観ることもスポーツ

  観衆あってのスポーツであれば,当然,観る側にもなります.スポーツを現場で観て,応援し,感動し,元気をもらい,そしてしっかり楽しむ.それも,スポーツの要素です.子どもたちにも,そういうスポーツの楽しみ方を身につけてもらいたいと考えています.
  Jリーグや,ガイナーレ鳥取の試合などは,サッカーを観て楽しむための,絶好の機会となるでしょう.サッカーを観て楽しめるようになれば,もっと近場の試合,たとえば高校生や中学生の試合,仲間たちの試合にでも足を運んで,観戦を楽しむことができるでしょう.子どもたちばかりでなく,スポーツ観戦になじみがなかった多くの人たちが,自然にスポーツの現場に足を運ぶようになるともっとすばらしいことです.
  少年を含め,あらゆるスポーツの現場に,そこに来て楽しむ観衆がいるような社会であれば,選手はもっと元気になるでしょう.観ることを伴ってはじめてスポーツは文化となると思います.

ボールに集まれ!

  チャブの横断幕に「ボールに集まれ!」とあります.
  象徴的な表現だと思われがちですが,実際の試合でもチャブの選手(特に低学年)はボールに集まっています.
  実は,「ボールが来ないと思うところにはいなくてもいいよ」と指導しているからです.自陣ゴール前で待ちかまえて守備をしようとする子もいますが,やはりボールの近くに行くように言っています.いきおい,ボールに密集してだんご状態になることもしばしばで,そこで子どもたちがもがくように必死でボールを蹴りあっているということになります.それでも,「広がりなさい」という指示はしません.
  おとなから見れば,いかにも体裁の悪いプレースタイルですが,心配は要りません.たくさんボールにふれることで,子どもたちは確実に伸びていきます.
  高学年になると,徐々に選手間の距離が広がってきます.ただし,「ボールが来ないと思うところにはいなくていいよ」という考えに変わりありません.選手の技術が向上し,パスを出せるエリアが広がって来るために,自然に広がってくるのです.意味もなく,広がって待ち伏せするようなことは,戒めています.
  現代のトップレベルのサッカーでも,実は,選手が狭く密集しています.ゲームを優位に進めるためにボールの周りでの数的優位をつくろうとするためです.いわゆる「コンパクト」なサッカーです.チャブでも,同じ考えのサッカーをしているのです.

ゲーム形式

  練習の中に,できるだけゲーム形式を取り入れるようにしています.(サッカーで試合のことをゲームといいます.)ゲーム形式の練習には,本当の試合のサイズでやることもありますが,ミニサッカーの形でやることもあります.様々な変則的な形でやることもあります.
  どんな技術や戦術も,本当の試合で使えなければありません.自分の力を試すために,常にゲーム形式を用意してあげる必要があります.ゲームの中で役に立った技術,不足している技術を確認できます.また,なによりも,サッカーの楽しさを常に忘れないようにするためにもゲーム形式が必要です.

技術(スキル):習得の作業について.

  サッカーで基本技術の習得は不可欠です.
  技術(スキル)の習得には,まず,正しいやり方やポイントになることを理解させイメージつくらせることが大事です.このステップは,しっかり「見る」「聞く」「考える」ことができれば,その場の練習でもクリアできます.
  しかし,その技術を実際にゲームの中で使うためには,それを身体に覚えさせ(刷り込む)ておくことが必要です.たとえば,試合でサイドキックを蹴るときに,足はこう曲げて…,などとは考えません.身体が覚えていなければ試合に使えるスキルとはならないのです.
  スキルの刷り込みには,動作の繰り返しが必要で,時間もかかります.頭の中にていねいに動作をイメージすることも忘れてはなりません.
  スキルの習得は,長い期間がかかり,しかも単調な動作の繰り返しが中心になりますから,子どもにとっては,非常に辛い作業と言えます.

技術(スキル):戦術との関係について

  やみくもにスキルトレーニングをしても子どもたちにはつまらないだけで長続きしないでしょう.
  そこで指導者には次の2つのアプローチが求められます.
  ひとつは,スキルトレーニングにゲームの要素を取り入れるなどして楽しさを加えること.
  そして,もうひとつは,そのスキルを身につけたいと思わせること(動機付け)です.そこで有効になるのは戦術の学習です.
  戦術とはゲームに勝つためや局面を打開するための方法についての知識です.たとえば,次のようなものが戦術です.
 (1)強いシュートでなくてもキーパーの届かないコースに蹴り込めばゴールできる.
 (2)相手ゴールに向かってボールを持つことで有利に攻撃できる.
 (3)パスしてすぐ走り,もう一度パスを受けることで相手守備を突破できる.(パス&ゴー,ワンツー)
 ・……
  戦術は「見る,聞く,考える」の学習によって,短時間で理解できますが,それの実現のためにはそれに応じたスキルが要求されます.
 上の(1)の場合,シュートを打つとき,ゴールの空いているところが見えたとしても,そこに蹴り入れるキックのスキルがなければシュートは決まりません.「正確なキックができたらなぁ」と子どもたちに感じさせられたら成功です.その気持ちを利用してスキルトレーニングに向かわせるのです.

  技術(特に基本技術)なしに,戦術の勉強なんてできないと思われがちですが,戦術と技術をからめながら並行して教えていくことがサッカーの練習を楽しく意欲的にしていくこつだと考えます.

  また,技術は早い内でなければ身に付かない,大きくなってからでは時間がかかる,と,思われがちですが,必ずしもそうではありません.それぞれのスキルに習得しやすい年代がありますし,遅れたからといって取り返しがつかないことはありません.むしろ,それらの「迷信」に脅迫されて,スキルトレーニングを無理強いすると,やる気をなくしてもう伸びなくなってしまいます.注意すべきことです.

「なかま」を大切にしよう!

  「なかま」と「ともだち」の違いはなんでしょう?
  サッカーはチームゲームですから,練習や試合をとおして人間関係を学ぶよい機会にもなります.
  さて,「なかま」と「ともだち」は,よく似た言葉ですが,大きな違いがあります.
  嫌いな「ともだち」というのは変ですが,嫌いな「なかま」はあります.なにもしないで並んで立ってる「ともだち」はありますが,なにも一緒にしない「なかま」はありません.
  つまり,「なかま」は一緒に何かを作ったり,行ったりするためにつながっている関係といえます.「ともだち」のような好き嫌いでのつながりではありませんから,当然,嫌いな仲間もいておかしくないのです.
  チャブは,サッカーを楽しむために集まった「なかま」と考えてください.サッカーを楽しむために,そこに居る仲間とプレーするわけです.サッカーの現場では「ともだち」は不要といっていいでしょう.好き嫌いでプレーの相手を選んでいては,いいサッカーになるはずがありませんから.

  「なかま」は,相手の人間よりも,介在する対象物を中心におく概念です.たとえば仕事仲間は仕事の成果を中心に考えます.試合に臨むサッカーチームは試合の勝利を中心に考えます.
  このように考えると,「なかま」は,一見,冷徹な関係のように思われがちですが,共通の目的のために協力する関係というのは,そのことによって進展していきます.進展することで,「なかま」は豊かな人間関係となっていくのです.嫌いと思っていた仲間も,一緒にプレーをする中でよいともだちになったりもします.憎らしいと思っていた相手チームの選手も,内容のよいゲームをする内に,いい仲間として認め合うこともできるようになります.
  反対に,「ともだち」だからといっても,なにも発展性のない関係であれば,次第に薄れていってしまうでしょう.あなたのメールともだちは大丈夫ですか?

合理的に考える

  サッカーは,競技ですから,勝ち負けがつきます.どうにしたら勝てるのか?ということが,練習の一番の課題です.そのための合理的な取り組みが重要になります.
  試合に勝つことが一番の目的ですが,局面に分解したときの勝負,− たとえば相手と1:1で対峙したときに突破できるか!ゴール前に正確にボールを入れることができるか!いうような場面 −にも結果としての勝負がつきます.求める結果をもたらすためには,合理的な取り組みが必要です.
  サッカーには,合理性(同時に客観性も)が求められます.