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| Vol.15 酒なくてなんの己れが桜かな |
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ひと昔前は、地元の打吹公園(うつぶきこうえん)といば、桜の時期には大勢の花見客で賑わったものだ。我々小売の酒屋も共同で売店を構えてお酒を販売していた時代があった。(え?もうご存知の方はいない?自由にパソコンを操る世代には知らない人もいるでしょう) 毎年、売店では交代で店番をしていたのだが、花見客の様子の変化は数年の間でも急激なものに見えた。私の見ていただけでも次の如く変化していったように思う。
第一世代:そりゃもう、、、よう飲みましたね。大勢でやってきて夜遅くまで、飲めや歌えの大騒ぎ世代。警察に保護される人も多かった。売れるお酒の中心はビールでしたが、樽などもたくさん売れていた。日本酒は一升瓶のお燗。一グループで数本なんて当たり前!
第二世代:第一世代が職場などの集まりが多かったのに比べ、友人などの小さな単位で飲みに来てました。そして、そこには多少の拘りも見られ、焼肉もただの焼肉ではなく、ステーキなど焼くグループも見られた。ややスマートに、そして若年齢化した。おっさんは阻害されていたように思う。飲み物はワインも見受けられ、チューハイも参加。ビールでは簡易サーバーなども散見。日本酒の消費は減る。
第三世代:第二世代のような形態ではあったが、その飲酒量、宴会時間は極端に短くなる。飲み物には発泡酒が多く見られるようになり日本酒は宴会以外の散歩組がカップ酒を飲む程度まで減る。ビールの消費も少なくなり、露天商の若年齢化も手伝い、飲酒量そのものがかなり減少。(つまり、前の世代では露天商も寒さ凌ぎによく飲んでいた。)
この変化は実に世相を良く映し出していたなぁ…と、おやじは思うのであった。
花見酒というものは奈良や平安時代の宮廷から始まり、豊臣秀吉のこれでもかという豪勢な園遊の宴があり、江戸時代にはいってやっと庶民の楽しみとなった。「花より団子」で花を肴に飲んでいた時代は移り、花を理由の飲み会となった。
あの桜の花の下で、酔った勢いに任せて告白した思い出がある人もいるでしょう。殴りあいの喧嘩をして警察のお世話になった人も…。桜の花もお酒も良き思い出。なんて、言ってられるか!なにが思い出だぁ!そんな楽しみを伝えない、伝える事の出来ない大人でどうするよ。奈良時代から連綿と受け継がれた風雅な楽しみなんですぞ。時代を戻して、職場の人間と大宴会をしろなんて言いません。家族や友達同士が今の世にあっているのなら、それでも良い。お重まで作れとは言いません。コンビニや惣菜屋、スーパーの肴ではなく、手作りのお弁当を持って、ハラハラと桜の花びらの下、シートを敷いて食べてはいかが?お酒もビールやチューハイ、発泡酒なんてやめて、手作り弁当にお似合いの純米酒を持ち、のんびりとお燗でもして楽しんでみませんか?
PS:焼酎は体を冷すので、お花見時期に外で飲むのには適しません。
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(2005/03/27) |
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| コラム : 「(有)山枡酒店」 倉吉市新陽町11−2 |
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