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| Vol.8 進化しないエセ野郎 |
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わたしはもう20年近くも日本酒、いや、純米酒にかかわってきている。ここ15年くらいはもっぱらお酒といえば「純米酒」、そしてここ5年くらいはお燗で旨い純米酒を飲み、広めることに徹している。
確かに、初期の頃は「本醸造だっていいじゃないか!」っていう短い時期もあった。つまり「アルコール添加酒」でも良いお酒はあるんだと言っていたのである。その頃に私から日本酒のことを聞き、その後聞いていない人には気の毒な話ではあるが。
アルコール添加酒(以下アル添)の始まりは、第二次世界大戦である。決して江戸時代の柱焼酎の使用ではない。この柱焼酎をよりどころに、アル添を擁護する人がいるが、勉強不足もはなはだしい。当時のアル添は腐造したり変調したモロミを蒸留して焼酎をとり、その他の危険性のあるモロミに添加することにより腐造を防ぐ為の止むを得ない防止策だっただけなのである。ここで、この柱焼酎を盾にする「エセ野郎1」をばっさりと切っておく。
第二次世界大戦の時、関東軍の士気を高める為に本土から日本酒を大量に輸送する必要があった。しかし、戦時下の米不足で原料の調達がままならない為、ここに日本酒【増量】のためのアル添技術が研究されるに至ったのだ。アル添しただけのお酒は不味い焼酎の如く、うすっ辛いものになるので、この時代は * モロミがまだ甘い状態の時(日本酒度-20位)アル添する * 四段掛けにより甘さを加えてからアル添するなどの方法がとられていた。目的は増量であるから、アル添した物は通常の度数にすると、つまり、水で割れば量が増えるわけである。
敗戦により原料不足は更に深刻化し、それに伴い増量も激しくなった。より多く増量する為には、アル添量をふやしたい、しかし、増やしすぎても「*」で示したようなやり方では、辛さが目立つ…。そこで考案されたのが、水飴、旨味調味料の添加である。この方法だと実にもとのお酒が三倍にも増量できるのである。
もうこうなると、ここにできる飲み物とも言いがたいアルコール飲料は「エセ野郎」の範囲ではなく「単なるアル中野郎の守備範囲」である。米があまる世の中で、こんなもん飲んでる人はよほど変人か、物好きであると敢えて言わせてもらう。
だが、悪い事に何故だかこの手のお酒を飲んでいる人が多いのは田舎に集中している。しかも、減反で苦しむ兼業農家であったりする。収入が減るから安い酒に走る、安い酒は原料米の量が少なくてすむ、米が余る…悪循環なのである。
アル添酒(あくまで私の場合は、添加量のすくない本醸造や吟醸酒であったが)容認の時代と平行、もしくは卒業して私は吟醸香、吟醸の味わいの時代に入っていった。これは端的な言葉で言うと「頭で酒を飲む時代」と言えると思う。
ここで現れる「エセ野郎2」の特徴は純米酒でも決してお燗しないのである。または、決してお燗で旨くなる純米酒を飲もうとしないのだ。
純米酒といえども(中には純米でなくても良いという者もいるが、それはエセ野郎1に含めるとする)、豊かな吟醸香が必要不可欠と言う者である。かく言う私もこの時代を意外に長く過ごしてきている。なにしろ「吟醸があるところには必ずいる」とまで言われたものである。今、これに関しては完全否定するものではないが、「これでなければ認めない」というのは、いかにも浅はかだと思うのである。
ここ中部にも純米酒を愛好する人達がいる事は知っている。ただ、彼らは後発に加えて、進歩が遅すぎる。加えて、香りだけが売り物のような某県のお酒の愛好家に感化されすぎている。(この某県の愛好家達は、恐ろしいことにそこの県のお酒を良いと言わない人を人間扱いせず、無視するどころか攻撃的に排除しようと直接働きかけてくる)
確かに、香り偏重の純米酒はお燗しても美味しくない。だが、お燗して美味しい純米酒に香りが無いわけではないし、狭い温度帯で味わうよりたくさんの旨味が表現されるものなのである。…冷たいおでんより温かいおでんの方がうまいでしょ?…
自分の反省を込めて考えると、香りに偏っていた頃はやたらと「酵母や日本酒度、酸度、アミノ酸度」が気になった。逆にいえば、それがないと味がわからないような気さえしていた。しかし、ある時「竹鶴」という広島の純米に出会った時、ただひたすら旨い…頭で考える以前に旨い、体がいつの間にか次の杯を要求する状態にあったのである。ここでついに私は「エセ野郎2」から脱出することができ、そして「頭で飲む時代」から「体で飲む時代」に入り込む事ができたのだ。
「エセ野郎1」を脱出した者達はかなり増えてきた。しかし、次の「エセ野郎2」をいつまでも脱出しきれないでいる者が多い。私自身が体験した道であるからこそ早く、その殻を破ってもらいたいと願うのである。
しかし、このただの未熟者である「エセ野郎2」はネットという媒介では異常なほど繁殖力が強く、今日も増殖を重ねているのである。
たとえ感染しても、この文章を読んで「まだこの先に夢のように美味しい世界が待っている」ことを感じとり、治癒してくれることを望むものである。
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(2004/8/25) |
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| コラム : 「(有)山枡酒店」 倉吉市新陽町11−2 |
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