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2004年 11月 30日(火)

 今日は非常に気分が悪かった。
 母親とのちょっとした対立が原因である。
 人への対応の仕方がよくないと激怒した母親に対して、自分とは価値観が全く違うので仕方がないとは思うが、とにかくイライラした一日であった。これも病気なるが上のことなのか本来の自分の性分なのかは分からないが、とにかくイヤな一日であった。

2004年 11月 29日(月)

 今日は、先日の通院時に書いてもらった「診断書」を届けに職場まで行った。
 これで、11月30日までだった病休期間が来年の1月31日までとなった。
 はじめの予定では3週間程度で職場復帰の予定であったが、なかなか前向きになれない、仕事に対する意欲というかエネルギーがまだまだ十分ではないのである。
 そこで、思い切ってじっくり休養する方がいいということになった。
 順調に快復すれば、2月1日から職場復帰となる。

 それまでは、昨日も書いたようにゆっくり休養である。
 ということもあり、職場に向かったついでに、少し遠回りをして家まで帰った。
 ほとんど一日中家の中に閉じこもっているような状態なので、やはり、外に出て空気を吸うと気持ちがいい。
 やはり、人は昼間は外に出て、夜は寝るようにできているのだとあらためて 思った。

2004年 11月 28日(日)

 
11月9日付けで病休に入って3週間になる。
 はじめのころは、本当になにもする気力もなく、ほとんど寝てばかりいたが、ようやく「うつ病再発の要因として」自分なりに振り返ってみることができるようになった。
 このように考えてしまうこともよくないとは思いながらも、自分の病気を残しておきたいという思いが強く、ここに今考えていることや今後のこと、将来について、書いておこうと思う。
 今だからできること、振り返ることであるが、・・・うつ病再発までの数日間をさかのぼってみると・・・、以下のようなことが、再発の要因として考えられると思っている。

 
1.仕事観と自己一致
 自分が今までにやってきた仕事に対して、自分自身はどうとらえ、どういう意味付けをして仕事に向かってきたかということである。
 その仕事は、「本当に自分のやりたかったことなのか自分の目指していたことなのか」という疑問とともに、自己の求めているものである意味付けとの不一致である。いわゆる仕事に対して自己一致できていない自分があるのだ。

 
2.やりたいこととやらされていること
 1の自己一致とも重なるが、「やりたいしごと」ではじめたことが「やらされているしごと」へと変化していっているような感じがし始め、目的意識や自己満足感が弱まっていったように感じている。自分の好きなことができると熱中していたことがだんだんと無目的になり無気力につながっていったと考えている。自分で自分がなにをやりたいのかを考えるエネルギーがなくなったといってもいい。

 3.立場優先主義への異常な嫌悪感
 組織で仕事をしている限り、組織の方向が優先することは言うまでもない。
 組織として動くためには、組織の規律を守る必要があり、当然個人としては規制も発生している。いわゆる個人よりも公人としての自分を優先させなければならないことになる。
 そのような組織の中にいて、「もっと人として動きたい!」という感情が沸々と沸き起こってきたのである。
 もちろん、個人としてではなく当然立場は尊重しなければならないが、対人関係に置いて「立場と立場」ではなく「人と人」というつき合い方の方を優先してしまったことである。あまりにも立場を強調するあまり、それに対して異常な嫌悪感を抱いてしまったのである。

 
4.もう職場に居場所はない
 このように振り返ってみると、自己一致での矛盾、立場に対する嫌悪感により、自分の居場所が職場内に見えなくなってしまったということにつながるのである。物理的には場所はあっても、精神的に安心できる、落ち着いて居られる場としての”居場所”がなくなってしまったように感じたのである。それで、はじめのうちはできるだけ頑張ってその場に身を置いていたのであるが、それがだんだんと無理を重ねることになりストレスとして積もり積もった結果となったのである。

 5.何のためにやっているのか
 2の「やりたいこととやらされていること」と関係するが、目的意識がなくなってしまったために、なんのために仕事をするのかが無意味になってしまったのである。やることに価値を見いだして取り組めるときは問題なく進む。それが意味をもたないやっていることに対する価値観がなくなってしまえば、当然無気力にならざるを得ないのではないだろうか。場合によっては、ある程度自力で、気合いでなんとか意味づけはなくても踏ん張ることはできても、その気力、エネルギーがほとんどない状態で踏ん張ることなどできなくなる。支えるものとしての気力さえも失われてしまったのである。

 
6.動けない「出勤拒否」へ。。。
 このような要因と経過から、義務感で出勤しようと言う気はあるのだが、体が動かないのである。
 体が動かないと言うよりもとにかく「何もやりたくない」といった感じである。
 ただ、「仕事には行かないといけない」という思いだけはあるので、どうにかしようとするが全くダメである。
 やっとのことで、電話で欠勤することを伝えるのが精一杯。
 そのまますーっと寝ていた。(11月8日)
 その次の日(11月9日)も、同じ状態で、妻の運転で心療内科へ行ったということである。

 
7.心が体の動きを止めようとしている
 この「体が動かない」という状態、「何もしたくない」という状態は、自分の心が自分の体の危険を感じてストップさせたのではないかと思う。
 振り返ってみると。11月4日(金)〜11月9日(火)の1週間は、本当によく寝た。
 というよりも起きあがるのがたいぎくてしょうがなかったのだ。
 もっと言えば、「寝ることさえしたくない」状態だともいえる。
 それだけ、ストレスがたまりにたまっていたということであり、心が体の安全を守るためにコントロールしてくれたのだと考えている。

 8.自己を再・再度見つめ直す
 昨年の10月に続いて、うつ病が再発した。
 初期症状は2回とも違うが、体と心が自分の安全を守るための働きであったと考えている。
 いうなれば、このうつ病は、自分に必要なことだったのであり、自分に必要な時間なのではないかと受け止めている。
 もしも、あのまま気合いで無理して突っ走っていたら、今頃どうなっていたあか分からない。
 うつ病が自分自身を救ってくれたと言ってもいい。
 そして、うつ病が作ってくれたこの貴重な時間を使って、自分自身をもう一度しっかり見つめ直し、振り返ることをしていこうと考えている。
 言うまでもなく、まず「何もしないで休むために」休むこと
 そして、次のステップに向けて、焦らずゆっくり。決して無理しないで歩む道を決めていくことである。
 現在、45歳という年令ではあるが、歳とは関係なく、「自分は何をやっていきたいのか」「自分の本当にやりたいことは何なのか」という人生の目的意識を持つことができたらいいと思っている。

 次の準備の時まで、
 次の一歩を踏み出すまで、
 その一歩を踏み出すエネルギーがたまるまで

 それまで、ゆっくり ゆっくりと 休むことにする。

2004年 11月 27日(土)

 
実は、数日前から2冊の本を読んでいる。
 その本も一気には読めないので、だらだらと読んでいるのであるが、何となく「はっ」とするというか少しは自分に納得がいくというか、「なるほど」いうのか、うまく表現ができないのであるが、ちょっと安心感みたいなものをもらうことができたような気がする。
 1冊目は『心の休ませ方―「つらい時をやり過ごす心理学』、2冊目は、『不安のしずめ方 人生に疲れきる前に読む心理学』 で、どちらも著者は 加藤諦三氏である。

 『心の休ませ方「つらい時」をやり過ごす心理学』という題名であるが、うつ病患者の心理について匠に表現されている。
 その内容は、目次を追って書くと以下のようになる。

  第1章 なぜ生きることに疲れてしまうのか
  第2章 愛情飢餓感がマイナス発想の原点
  第3章 生きることに疲れた時は、生き方を変える時
  第4章 うつ病者の感情表現
  第5章 春がくるまで休もう
  第6章 「生きるための決断」をせよ
  第7章 うつ病の心理
  第8章 生きるエネルギーをためる法

 うつ病になる背景やきっかけ、その心理を探りながら治療には休養が不可欠である。
 生きるために疲れてしまった心にエネルギーをためる方法まで、具体的に分かりやすく書かれていて、読んでいて心地よい。
 
 『不安のしずめ方 人生に疲れきる前に読む心理学』の方は、人生の最大の敵は、「不安」である。それを何とかしのいで、少しでも楽に生きてゆくための、「心の習慣」をやさしく教えるように書かれていて、優しく読み進むことができる。
 なぜ不安なのか」かあらはじまり「人が怖いから迎合してしまう」「真面目の落とし穴」についての説明から「不安のしずめ方」と「幸せへの処方箋」までつなげてある。
 この2冊とも、うつ病である人はもちろん、その家族、そして不安感や抑鬱感を絶えず抱えながら過ごしている人にとって、、いかに休養することが大切なことか、なにが人生にとっての幸せなのかについて考えさせられる本である。

2004年 11月 26日(金)

 今日は通院日であったが、朝から動くのもおっくうな感じで午前中は寝ていた。
 ことを始めてしまうとある程度まではできるのだが、なかなか続かないのが今の自分の状態である。
 通院は午後からだったので、昼から自分の運転で病院まで行った。
 前回の運転中は眠気もあってうろうろした感じであったが、今回はきちんとした運転であった。
 前回の時と比べてさほど変化は見られないが、対仕事に関するとやる気が起こってこない。
 主治医の先生と「やる気」について話をしたので、通院日記に書いておくことにする。

 このホームページによって、今ではいろいろなうつ病その他の精神疾患を抱えている人とのつながりができている。
 その中の方からも、数人の方が「休職していることにたいする心配をしている」というメールをくださっている。
 会ったことも、もちろん話したことさえない方であるにも関わらず、私の個人的なことに気を配ってくださっていることは、ほんとうに嬉しく生きる励みにもなり、今後うつ病快復への勇気にもなっていることは確かである。
 病気になることは、正直辛く苦しい、早く元気になりたいと真から思う。
 しかし、その一方で同じ辛さや苦しみを抱えて頑張っている仲間がいるのだということはとてもとてもうれしく思っている。

 人は一人では生きていけない。
 人は人の中でしか生きていけない。
 だから、人は人とつながりを求めているのだ。
 だから、人は人の中に入ろうとしているのだ。

 自分は一人ではない。
 人は決して一人ではない。
 自分のまわりには多くに人たちがいる。
 自分は、その多くの人たちに守られて支えたれて生きているのである。
 だから、こてからも人と人とが手をつないで生きていこう
 うつ病である自分を受け入れ、うつ病である自分に自信をもって

 ありのままに
 あるがままに
 自分らしく生きていこう

2004年 11月 25日(木)

 今日も、昨日とほとんど同じような過ごし方であった。
 午前中は寝て、午後からパソコンでメールのやりとりをした。
 一日中家の中にいるので、うつ病仲間とのメールの交信だけが外部とのコミュニケーションのひとつになっている。

 体調の方はかなりよくなってきて、日に日に気持ちも上向きになってきていることを感じている。
 午後からは、職場に行って、上司に病気の経過報告を伝え今後のことについて相談をした。
 経過としては、すぐに勤務できる状態ではないので、とりあえず11月末までの診断書であったが、今回、さらに病気休暇を来年の1月末までに延ばすことになった。
 休める条件さえ整うのであれば、うつ病の治療には休養が一番である。
 何分、仕事に向かおうとしても、仕事に対する意欲がなくては勤務どころではないのである。

 他の職員の方達にもこれ以上ご迷惑をかけるわけにはならないし、思い切って十分に休養の時間をいただくことにした。
 上司と話をしている中で思ったことは、うつ病に対する理解を示してくださり、今は何よりも自分の心の健康が大切であるということを考えてくださっていることが、本当にありがたいと思った。
 早く元のように元気になって(とはいっても無理はしないようにしたいと思っているが)みなさんと一緒に仕事ができるようになることを望んでいる。
 職場のみなさんの暖かい理解とご配慮に心から感謝を申し上げたい。
 しかし、仕事への復帰のことを考えると、今はとてもその気にはなれない。
 これが、今の自分の現実である。
 仕事とは関係ないことで好きなことであれば長続きするようになったが、仕事関係の書類や本を見たりすると、とたんに嫌な感じがする。
 自分自身でも避けたいという思いがあるのだと思う。
 考えることはできるし、本の内容も読みとれるのであるが、仕事のことを考えることになると頭がストップしたようになってしまい、それ以上のことはできなくなってしまう。
 早く快復して元の生活に戻りたいという気持ちはあっても、それができないのである。
 待つしかない。
 時間が来るのを待つしかない。
 がんばらないで自然体で待つしかない。
 無理しなくても「やりたい」という思いが出てくることを待つしかないのだ。

2004年 11月 24日(水)

 休日が開けた。
 人は働いているのに自分が休んでいることに対する罪悪感というほどではないが、何か落ち着かない気持ちがある。
 病気で休んでいるのであるから堂々と休めばいいのであるが、それがなかなかそうはいかない。
 どうしてもまわりの視線が気になり、これが身体の外部で分かる病気であればいいのだが、精神病という体の内面の病気であるために具合が悪い。「悪い」という程のことではないのであるが、居心地は良くないことは確かである。
 結局、なかなか何もする気も起こらず、午前中は寝て過ごした。
 午後からは、本を読んでみるが長続きせず、メールの返信を送ったりテレビを見たりしながら夜を待った。
 やりたいのにやる気が起こらないというのが、一番辛い。

2004年 11月 23日(火)

 
今は、病休中なので休日は関係ないのだが、やはりみんなが休みの日は休んだ気がする。
 変な言い方だが、みんなと同じ日に休むときはほんとうに休めていると思えるのである。

 そして、今日また嬉しいお便り(メール)をいただいた。
 このホームページを見て、「自分も仲間に入らせてください」というような内容であった。
 このホームページを見た人みなさんがメールや掲示板などで連絡をくださるわけではないのであるが、こうやってメールをいただけるのは本当に嬉しい。
 同じ仲間が増えた喜びと、みんなで共に生きていこうという勇気がもらえるような気がするからである。
 自分の病気の状態も調子のいいときと良くないときがああるので、すぐには返事が出せないこともあるのだが、精一杯の勇気を出して送ってくださるのだと思うと、できるだけ早く返信したいと思っている。

 私も1年前にうつ病と分かり休職後に復職、そしてまたこの11月に再発し、現在も病休中である。
 うつ病というのは、なかなかやっかいなもので、そう簡単には治らないものである、自分がなってみて、本当にそう感じている。
 「焦って早く早くと急ぐこと」と「気合いや気持ちで無理すること」が一番いけないことだと、再発してみて痛感した。
 自分ではすっかり完治したものだという勝手な期待を自分にしていただけに過ぎなかったのである。

 私の病気の経過はHPにも書いているとおりであるが、今も気分の凹凸も激しく、決して思わしくはない状態である。
 しかし、多くの人たちの支えと励ましで、なんとかやっている。
 また、私は、いいことも悪いことも、プラス思考もマイナス思考も含めて、考えてしまうことを無理してストップすることも止めました。
 考えるのはしかたがない、そう考えるのも自分なのだからと。
 それも自分のありのままの姿なのですからね。
 「頑張れるときに頑張って、しんどくなったら休む、絶対に無理はしない」
 そう決めました。

 掲示板を見てもらえば分かるように、うつ病と共に生きている人はたくさんいます。
 うつ病以外の精神疾患で苦しんでいる仲間もいます。
 そんな仲間の存在は心強いです。
 今日も、みなさんんに感謝です。

2004年 11月 22日(月)

 休日というのは、皆が休んでいるので気を使わなくていいのだが、今日のような平日の日の過ごし方はとても気を使う。
 結局午前中はすっかり寝入ってしまった。一人だけで起きていると、いろいrなことを考えてしまい、結局は良い方向には進んでいかないことが 多いからである。
 そんなとき、前にも紹介したが、「無相庵〜仏教に学ぶ〜」という仏教経典の解説、仏教で伝えられている言の葉などを紹介されているサイトが、ささやかではあるが心の安らぎになっている。
 経営者であり仏教家でもある大谷国彦氏による歎異抄,般若心経,会社経営,仏教会での法話等に関するコラムなどが載せられていて、生き方を見つめる指針にもなると思って、毎日読んでいるところである。

 今日一日の仕事、お疲れさま。
 まだ残業がある方、無理しないでください。
 自宅療養中の方、気分はいかがですか?

 それにしても、土日開けの月曜日というのは、うつのどん底気分であります。
 寝ていても、起きていても、悪夢悪夢の連続!!
 起きては明日のことを考え、将来について考え、頭が痛い!

 自分が分からない
 自分はどうすればいいのかか分からない
 これはら、何も考えないで、全てに流されながら生きていけたらラクだろうに

 しかし、自分の性格上、それは無理というもの。
 うつの初発(2003.9)は、過労とストレスがその発端だったと思っているが、
 今回の再発は、自己一致の矛盾からきたものではないかと思っている。

 特に、仕事上でのことで、自分のやろうとしていることと、職場の方針(のようなもの)が違っていること。
 初発のときにも感じてはいたが、今回は自己矛盾が大きな要因である。


 やりたいことができない
 やろうとすることがわからない
 なにをやればいいのか分からない
 やろうとしていることとやえいたいことに矛盾がある
 めざすものと理想が違いすぎる
 とにかく自分の中に矛盾を抱えていることは間違いないと思っている。

 もっと、すっきり割り切って進めたらいいのだけれど、それも、もう限界だ。
 今までは自分の中に妥協点を作って、それなりに組織体の一部として機能してきたつもりである。
 しかし、その妥協点すら見つけることが難しくなっている。
 それだけ自己一致には程遠いのである。
 自分を偽るという新たな作業が必要になってくるのである。
 組織の一部として機能するためには、お互いにある程度の一致点がなければ組織として機能はしない。
 それでは、組織としての意味をなさなくなるからである。

 今、自分が組織の一員としてできることは何だろうか。
 何をすれば組織に貢献できるのであろうか。
 しかも、その中に自己一致がなければただの偽りにすぎない。
 ただいるだけにすぎない。
 それでは、何の意味もない、何の価値もない。

 「ただいるだけでもいい」 
 そうは言ったものの、やはり役立ち感、充実感、ちいさな喜びが欲しい。
 それは、だれからの評価ではなく、他者からの賞賛ではなく、自己一致を実行できたときの自己評価なのだ。
 自分を生きるとは、こういうことを言っている。
 「自己一致を実行すること」
 これが、自分を生きるということである。

 自分を偽り、妥協やいいかげんなことはしたくない。それが本心である。
 自分を偽り、妥協やいいかげんな道を選ぶことだってできる。
 しかし、それが楽かと言えば、逆に自分を苦しめていくことになっていく。
 なぜなら、自己一致できていないからである。

 自分が分からない
 自分は何をしたらいいのかわからない。
 どちらを選んだらいいのか分からない。
 一つを選ぶ勇気がない。
 自分を変える勇気がない。
 
 考えれば考えるほど深みにはまっていくことを承知で考え、書き綴っている。
 自分をどうにかしたい。
 自分を楽にしたい。
 自分を安定させたい。
 自己一致した自分を実現させたい。

 そんな勇気が欲しい。
 そんな生き方がしたい。

 自分自身を生きていきたい。

2004年 11月 21日(日)

 
今日は、終日来客があり、病気のことや今後のことなどは考えることなくすごすことができた。
 何かやることがあったり、何かに夢中になっている時には、余計なことを考えなくて済むのでいい。
 そういうこともあって、日中は気分も落ち着いて安定していた。
 夜に、夫婦で自分の今後のことについて話をした。
 一応今月末までは病気休暇をとっているのだあが、その後のことや将来のことについても話をした。
 といっても、自分が一方的に「こうありたい」と思っていることを伝えただけであったが、妻はきちんと聴いてくれた。
 今後のことについても焦って決めることが一番よくないことだと思っているので、関係者の方達とも相談しながら決めていこうと思っている。」

2004年 11月 20日(土)

 
今日で再発してから2週間になる。
 午前中は自分でクルマを運転して通院したが、薬のせいもあって、うつらうつらであった。
 内容については「通院日記」に書いている通りで、このまま様子を見ていこうというものであった。
 2週間の休養によってお陰様で、調子の良し悪しはあるし、無気力状態から脱してはいないが、一時の辛さからは開放されようとしている。
 とはいっても無理することができない
 できないというか、無理することが恐い気がしている。 。

 私自身も鬱病を再発し、ここ数週間苦しい思いをした中で、再確認したというか、うつ病である自分自身の自覚と周囲の人たちのうつ病の人に対する見方・認識の仕方として出た3つの結論である。
 
■ きみは きみのままで いいんだよ

 ■ いま ここにいるだけで いいんだよ

 ■ 見直すチャンスは いくらでもあるんだよ


 今、うつ病をはじめ、いろいろな精神疾患で苦しんでいるみなさん、確かに今は辛くて苦しい最中だと思いますが、決して欲張ることはありませんよ。あなたは、あなたであり、あなた以上でもあなた以下でもないのですから。
 ありのまま、あるがままのあなたが、あなたなのですから。
 これからも、ともに生きていきましょう。

2004年 11月 19日(金)

 今日も昨日と同様に、ほとんど寝てすごした。
 昨日も書いたが、今は目標意識というものがない。
 確かに、今は仕事という「やるべきこと」はあるのだが、それが本当に「やりたいこと」なのだろうかと考えてしまう。
 今までにも何度も書いたが、
 生きる目的とは?
 生き甲斐とは?
 どう生きるのがいいのか?
 などなど、生きることの「意味」を探そうとしている自分がいる。

 そんなことはどうでもいいじゃないいかとも思うのだが、そうできない自分を無視することもできない。
 特に今のように一日がある意味で自由に使うことができ、今後どのように進んで行こうかと考える時間が山のようにあるので考えてしまうのだが、これが今の自分である。
 やはり、生きる指針というか目的意識はもっていたいと思うのである。
 しかも、それ自体、自分自身がきちんと「これだ!」と納得できるものでなければならない。
 「〜しなければならばい」だとか「〜ねばならない」的な思考から開放されるようになると、鬱状態からも開放されるといわれている。
 そして、自分自身でも、あえて「いいんじゃない」とか「まあ、こんなもんだろう」とは口では言っても心からそう思えない自分がいる。
 どうしても、理屈、理論で自分を納得させないと気が済まないのである。
 そんなことを考えながらネットを眺めていたら、こんな2つのサイトを見つけた。
 ひとつは、「叱ってちょーだい」というリクルートによる転職サイトで、著名人の職業間や生き甲斐感、人生観を読むことができる。
 もうひとつは、「無相庵〜仏教に学ぶ」という、仏教で伝えられている言葉が紹介されているサイトである。
 この2つのサイトを読んで、今日思ったことは、
「結局は自分が決める」ということである。自分で決めて、自分自身の考え方で自分のやり方でやってみる。
 結局の所、これしかないのである。

2004年 11月 18日(木)

 うつ病の再発した11月6日からは気持ち的に落ち着いてはきたが、毎日がスローペースである。
 目的意識というか存在意識が弱く、自信喪失感が強い感じである。
 毎日午前中は、ほとんど寝てばかりいる状態である。
 寝ていればなにもしなくていいので、それが一番楽なすごし方なのである。
 とはいっても、いつまでもこのままの状態でいられるわけではなく、病気休暇明けの今後のことや将来的なことも考えなくはない。
 しかし、いまのような状態では結論を出すことは危険であるし、状態が良くなってからきちんと決めていきたいと考えている。
 今日は、久しぶりに仕事に向かった。
 今までは仕事に関することを考えたり、それらの文献を目にするだけで嫌気がさしていたのであるが、今日は提出の〆切も迫っていたので、これだけは自分の責任としてやろうと思ったからである。
 幸い家でパソコン操作で仕上げればいいものだったので、短時間で済み、いくばかりかの達成感も感じられた。
 ここ数日、とにかく他人に会っていない。 
 家族以外の他人と話をするどころか、顔を合わせることも全くないのである。
 ここにきて、その欲求が出てきたということは、少しは回復の方向に向かってきているのかなと思っている。 

2004年 11月 17日(水)

 毎日が単調に流れていく中で、今日はいいことがあった。
 ネットでお付き合いしているうつ病の男性がこの度再婚されることになった。
 相手の女性も睡眠障害などがあるそうだが、お互いに支え合って幸せな家庭を築いていって欲しいと思っている。
 彼とは、あるML(メーリングリスト)で知り合い、お互いに辛いことを語り合ううちに仲間のような気がしていたので、自分のことのように嬉しい。
 昨今、ネットの危険性の方が大きく取り上げられている風潮があるが、匿名性だからこそ本音が語り合え、立場や年令を超えてお互いに言いにくいことや弱い部分をさらけ出すこともできるのだと思っている。
 とにもかくにも、彼と彼女にはおめでとうを言いたい。
 ほんとうに良かった。
 
 日記にも書いているように、昨日までは、自分一人だけが社会から弾かれて孤立していたような気持ちでいたが、このように仲間としてつながっていることが分かり、なんだかホッとしたというか人との関わりを感じることができて不安な気持ちが少しは薄らいできた。
 
もちろん、今の自分の状態は病気なのでベストではないし、この姿がすーっと続くわけではないと思っている。
 今は、次のステップへのプロセスであり、大きく踏み出す前の準備にすぎないと思っている。
 彼からこんな言葉をもらった。
 「なんとかなるさ」
 そうなのだ。
 その気持ちを忘れないことが大切だ。
 私にも、大きな夢がある。
 それが、みんなが幸せになる社会を作ること。
 本当に自分のやりたいことを見つけてやること。
 そのためにも、これからも無理をしないで、ゆっくり、ゆっくり進もうと思っている。

 この日記も、ただ、今の自分の気持ちを残しておきたくて書いているだけである。
 あとから振り返ったときに、自分自身を励ましてくれると思うのと、うつ病である自分自身を真正面から受け止めようと思うからである。
 自分がうつ病から逃げるのではなく、うつ病の自分が生きることに価値があるのだとおもっている。
 昨年、うつ病を発症するまでは、自分で言うのもなんだが、パワフルで、ガンガン仕事する方だったと思うし、何でも自分がやらないと気が済まない、しかもとことんまで。
 今思えば、それがいけなかったと思っている。

 だから、今は、休憩の時間を与えられたと思ってのんびりしていようと思う。
 風の向くまま気の向くままで。
 これからの大きな夢を実現するために発進するときをじっと待つことにする。

 焦らないで、無理しないで、自分のペースで、ゆっくり、ゆっくりと。
 昨日より、少し前向きになった自分を褒めてやろう。

2004年 11月 16日(火)

 毎日が当たり前のように流れていく。

 自分だけが当たり前ではなく、自分以外の世界だけが
 何事もなかったように流れていく。

 自分だけがいなくてもいい存在。
 自分だけが外の世界から残されている。
 自分がいなくても毎日に変わりはない。
 毎日の生活には、自分の存在に関係はない。

 何もやる気がしない。
 何もやりたくない。
 そんな風に自分をごまかしてここにいる。
 やりたくないではなく やろうとしないだけ
 でも、それができないから苦しいのだ。
 それができないから辛いのだ。

 本当は何かやりたい。
 やりたいことがあればやりたい。
 それが本当の思い。
 今のまま、このままでいたくはない。
 行動を起こしたい。

 でも、今は気力が行動につながるほど強くない。
 実際の行動までにはエネルギーが全然足りない。
 動く気力が全くない。

 だから、せめて誰かとつながっていたい。
 同じ時間を共有したい。
 誰かと話がしたい。
 自分のことを本当に理解してくれる人に話を聴いて欲しい。
 同じ苦しさ、同じ辛さを知っている人に聞いてもらいたい。

 この暗闇の中に、光はいつ差してくるのだろう。
 この時間、今こうしている時間が永遠に続くのではないかという怖ささえ感じることがある。
 時間が解決してくれることは分かっていても、この時間が辛い。
 この時間が長すぎる。

 何か、なんでもいいから行動を起こしたい。
 自分が本当に大切だと思っていることにために行動を起こしたい。
 みんなが幸せになるために。
 自分自身が幸せになるために。
 自分が生きていくという実感を感じるために。
 自分の生き方を一番大切なことに使いたい。
 みんなが幸せになるために使いたい。

 今は、そのための充電期間だと自分に言い聞かせている。
 大きく再出発するときのための準備期間だと思っている。
 行動をはじめるときは必ずやってくる。
 そう信じて、じっと待っていることにする。

 自分の生き方をみんなのために使いたい。
 一番大切なことに使いたい
 みんなが幸せになるために使いたい。

 みんなの願いがかなうよに♪

2004年 11月 15日(月)

 薬の作用だとはいえ、この体のだるさはどうにかならないものなんでしょうか?
 だ〜るくて、だ〜るくてどうしようもないのです・・・
 毎日何もする気がしないので、ほとんど寝てばかりです。
 本当にだるくて、だるくて・・・・
 
 まあ、主治医の先生の方針に従うしかないので、このまま様子をみるしかありません。
 とにかく、毎日トロ〜〜〜ンとしたまま過ごしています。

 どちらかというと白黒はっきりつけたいタイプなので、とても居心地が悪いのです。
 そのせいでうつ病にもなったのですが・・・

 早く行動を起こしたくてしかたないのですが、体と思いがギクシャクして空回りしています。
 全くエンジンがかかる気配さえありません。
 多分、薬によって、白黒はっきりつけたい自分にストップをかけさせている防衛反応の現れなのでしょうね。
 とにかく、今は「寝たきりおじさん」に徹することにします。

2004年 11月 14日(日)

 
実は、うつの状態もよかったので、主治医の判断もあり。10月は1ヶ月薬を止めていたんです。
 それで、先週の金曜日5日に通院して再発を確認しました。
 そして、また薬を服用しはじめました。

 実は、昨日も行く予定でしたが、だるくて動く気がしなかったので
 妻に病院に行ってもらいました。
 「ずっと無気力状態が続いています。
 「毎日、ぼーっとしています。」
 「中身のない抜け殻だけが存在しているみたいです。」

 と伝えると。主治医の先生は、
 「下のような症状になるのは、薬がちゃんと効いているからだ。」
 「ちゃんと薬に逆らわずに効果が出ているんですよ。」
 と言われたそうです。

 前に、「薬と闘って無理しちゃダメですよ。」と言われたことがあって、自分でも頑張りすぎたことがあったのです。
 それが、今回の場合は素直に薬に任せているということらしいです。

 やる気がまったくなくて、だるくてだるくて心配していたのですが、これは、今までたまったものを吐き出す作用をしているのだそうです。
 今までギンギンに張り詰めていたものをスーッと緩めているのだそうです。
 薬がそうさせているということでした。
 無意識のうちに、どうしても無理して頑張ってたんだと思います。
 今思えば、ここで無理しないで気づいてよかったと思っています。

 こんな状態がいつまで続くのでしょうか?
 この状態は薬の効用なので、来週くらいからは無気力な感覚もだんだん取れていくということでした。

2004年 11月 13日(土)

 
相変わらずの毎日です。
 やる気なし
 目的なし
 ただここにいるだけです。
 ただ寝てるだけです。

 ここにいる意味なんてあるのでしょうか?
 寝てるだけの毎日。
 自分が消えても何も変わらない。
 いたってしかたがない。
 なんにも変わらない。

 いつまでこんな状態が続くのでしょうか?
 待てなくなってきました。
 目的がないのに
 ここにいるのは辛いです。

 ただなにもしないでいるだけ
 消えてもなにも変わりません。
 早くラクになりたい。
 
 うつ病が再発してから1週間。
 ずっと無気力状態が続いています。
 毎日、ぼーっとしています。
 中身のない抜け殻だけが存在しているみたいです。

 こんな状態がいつまで続くのでしょうか?
 つかみどころがなく、ただ浮いている感じです。

 自分がどんどん、どんどん小さくなっていくのが分かります。
 どんどん、どんどん、深く沈んでいるのが分かります。
 出口はずーっと、ずーっと先の先。

 早く前のように戻りたい。
 生きていれば、辛いことや苦しいことはあるけど
 無気力で、なにもできないよりはまし。
 早く自分の足で動きたい。
 早く自分の頭で考えたい。
 みんなといしょに話がしたい。
 とにかく自分で、自分の体を動かしたい。
 自分で、自分の頭を使いたい。
 早く前の自分に戻りたい。

 待つことがこんなに辛いなんて
 待つことがこんなに苦しいなんて
 
 うつ病は、うつ病になってみないと分からない
 絶対、絶対分からない。
 うつ病に感謝していたなんて、うそだった。
 今の自分はうつ病が憎い。
 うつ病になった自分が憎い。
 
 早く元の自分に戻りたい。

 なんのためにここにいるこか分からない。
 いてもいなくても同じ。
 はやく今の状態から逃げ出したい。
 いつまで続けばラクになれるのだろう?
 早くラクになりたい

2004年 11月 12日(金)

今日もただ寝てるだけ。
なにもしないで、寝てるだけ。

再発を自覚してから1週間。
なにもしていない。
なにもやる気が出ない。
1週間、なにもしないで寝てるだけの毎日が過ぎ去っただけ。

トンネルの中はまっ黒で、出口なんかどこにも見えない。

ただそこに止まっているだけ。
ただそこにいるというだけ。
なにもしていない。
なにもできない。
なにもしようとしていない。
ただいるだけ。

出口がみつかるまで待つしかない。
出口が見つかると信じて待つしかない。
ゆっくり生きると決めたのに。
ゆっくり生きると決めたのに。

出口を待つことができない。
待つことが辛い。
出口って、本当にあるのだろうか。

なにもできないことに焦る。
なにもできないのに、焦っている。
なにもしたくないと思ったのに。
なんにもやりたくないと思っているのに。

なにもできない自分が悔しい。
なにもできないことが恨めしい

自分はいなくてもまわりは動いている。
自分はいなくてもまわりは変わらない。
自分もまわりの一員であったはず。
自分もまわりを動かしていたはず。
自分がいなくても、なにも変わらない。
みんなの輪の中に入りたい。
でも、それもできない。
しようとする気力すらない。

なにもしたくない。
でも、なにかしたい。
どうにかしたい。
はやく、動けるようになりたい。

ただ怠けてるだけじゃないのか?
ただやりたくないだけじゃないのか?
ただ現実から逃げてるだけじゃないのか?
今がいやで離れたいだけじゃないのか?
今の現実から逃げたいだけじゃないのか?

それをうつ病のせいにしようとしているだけじゃないのか?

なにかしたい。
でも、する気が起きない。
なにかやりたい。
でも、やる気になれない。

もう がんばらない。
でも がんばらないとできない。

ただここにいるだけ。
なにもしないでいるだけ。

できるようになるまで まつだけ。
じっとして寝てるだけ。

これが、今の自分。

2004年 11月 11日(木)

 
今日は三男の誕生日。
 父親として、自分がこんな状態で誕生日を迎えることが申し訳ないと思う。
 気持ちはあっても、気力がない。
 なにもしてやれない自分が情けない。


 ゆっくり生きる       ゆう

生きている
ただここにいるだけ
なにもしないでいるだけ
ほとんど寝ているだけ
なにもしないでいるだけ

なにがしたいのか
なにをしたらいいのか
わからない

どうにかしたいけど
なにもする気がしない
なにもやりたくない
ただここにいるだけ
ほとんど寝てるだけ
なにもしていない

ほんとにこれでいいのだろうか
なにもしなくていいのだろうか
いつかはできるようになるのだろうか
寝ていても起きていても
考えちゃう
これでいいのかって

寝てるだけでいいのか
なにもしなくていいのか
これでいいのか

今は休むことが仕事だけど
これでいいのかって考えちゃう
なんとかしたい
はやくやる気を出したい
がんばらないけどやる気をだしたい

競争に疲れた
評価に疲れた
まわりの目に疲れた
急ぐことに疲れた
要求されることに疲れた
成果を出すことに疲れた
いい人であることに疲れた
まわりの言葉に疲れた
自分と社会の矛盾に疲れた
がんばることに疲れた

競争なんてやめよう
評価なんてやめよう
まわりの目を気にすることもやめよう
そんなに急がなくたって、ゆっくりゆっくりいけばいい
自分のやりたいことをやればいい
今を大切に生きればいい
いい人にならなくてもいい
まわりの言葉は気にしないでいい
自分は自分、人は人
もうがんばらなくていい
自分のしたいことをすればいい

どうしてそんなに無理してまでやってるのだろう
そこまでしなくてはいけないのだろうか

責任?
立場?
強調?
競争?
協働?
評価?
成果?

それが生きる目的?
それが人生?

それが、体や心を壊してまでやること?
それが幸せにつながること?

もっとゆっくり生きようよ
自分のペースで生きようよ
ゆっくり、もったり生きようよ

疲れたら気兼ねなく休めばいい
ゆっくりゆっくり休めばいい
元気がでるまで待てばいい

そんなに急ぐことはない
自分の人生は、自分の人生なのだから
もう がんばらない
ぜったい がんばらない
自分の人生 がんばらない

ゆっくりゆっくり生きたらいい
ゆっくりゆっくり生きようよ

今、ここにいることが全て
いるだけで価値があるのだから

 今日も丸々布団の中で過ごした。
 ねているときだけは考えないで済むから、また薬の効果もあってなのか、いつも眠たい感じがしている。
 「薬とはケンカしないように」と主治医の先生から言われているので、逆らわないであるがままにしている。
 とはいうものの、はやり今後のことが心配である。
 今の仕事を続けていいものか
 同じことの繰り返しになるのではないか
 自分に向いている仕事は何なのか
 なにをやっていけばいいのか
 考えれば考えるほど不安は膨らむばかりである。

 そんな中でも、ネットを通したうつ病仲間の支えはありがたい。
 同じ病をもつ者同士、その痛みや辛さをお互いによくわかっているだけの、励まし声も他人ではあっても嬉しいものである。
 彼らもなんとかやっている。辛くても自分のために声を出してくれている。
 そう思うことが今の自分の支えの一つになっている。
 もちろん、自分の生きる支えとなっているのは家族である。
 自分一人だったら、どうなっているか分からないが、まわりの人のためにも生きようと思っている。

2004年 11月 10日(水)

 
うつ病関係のML(メーリングリスト)に投稿しているが、自分の思いを受け止めてくださって一生懸命に励まそうとしてくださることが嬉しい。

 今日も仕事を休んでいました。
 一日寝ていました。
 寝ていれば、何も考えなくてもいいから。
 寝ていてもだるい、起きていてもだるい。

 晴れるのを待つと決めたけど、不安。
 こんなことでいいのだろうか。
 いつまで続くのだろうか?

 なにもしたくないって書いたけど、
 本当は、元気になってなにかしたい。

 やったらまたへこむかもしれないけど
 今よりはましかも

 このままでいいのだろうか?
 なんにもできなくなってしまいそうで、不安。
 ただ寝てるだけ。
 朝起きたら、またすぐに寝る。
 そんな毎日でいいのだろうか。
 このままで・・・
 
 待つしかない。
 待つしかない。
 今は、ただじっとして待つしかない。
 そう自分に言い聞かせるしかない。
 待つしかない・・・
  待つしかない・・・
 今は、ただ待つしかない・・・

 何もできないから
 何もやりたくないから
 ただ寝てるだけ 

 いったい自分は何をやりたいのだろう?
 本当にやりたいことって何だろう?
 早く元の元気な自分に戻りたい。

 結局今日も朝・昼ともに食事もしないでほとんど寝てばかりいた。
 頭の中にはこれからのことも出ては消え、出ては消えの繰り返しであったが、心配してもしょうがない。
 早く抜け出したいけど、今はじっとして待つしかない。
 なにをしていても、辛い。

2004年 11月 9日(火)

 
まさか、いやもしかしたら、と心配はしていたが、どうやらうつ病が再発したようである。
 心の方は、ますます状態は悪くなる一方である。
 とにかく何もやる気が起こらない。
 朝からずっと床の中で、テレビを見る気にもならない。

 今の自分の存在を確かめるために書いています。

 ますます症状が重くなって行っている感じです。
 体が動きません。
 こんな自分は嫌です。
 でもしかたありません。

 今日も仕事は休みました。
 というか、動けないので行ったってなにもできません。
 今日も電話が怖かったです。
 あやまるしかありませんでした。

 今は、MLだけが居場所です。
 人に会うのも怖くなってきました。

 みなさんだって辛いでしょうに、いっぱいいっぱいありがとう。
 だから、PCを立ち上げる元気だけはあります。

 みなさんとつながっている限り、大丈夫だと思えるようになりました。
 MLに入っててよかったです。
 HPを作っててよかったです。

 誰かの役に立ちたいと思って作ったHPだけど、今は自分が助けられている。

 みなさんのメッセージは、ちゃんと届いています。
 きちんと伝わっています。
 本当にありがとうございます。

 おなじ苦しみ、おなじ辛さを知っているから言えること
 みなさんのメッセージを読んで、それが感じられます。

 昨日、妻と話をしました。
 「動けないのなら、休むのが一番だって」
 「迷惑なんかどうだっていいじゃない」
 「今は、休むこと」
 そう言ってくれました。

 申し訳ないなという思いでいっぱいですが、そうするしかありません。
 気合いで、なんとかという思いすらもうありません。
 本当に電源が切れてしまったオモチャみたいです。

 今日の午後、病院へ行くことにします。
 妻がクルマで連れて行ってくれます。
 今後のことも相談します。

 みなさんも、ぜったいにぜったいに無理しないでください。
 いい人にならないでください。
 がんばらないでください。

 1年前も休職して、もうがんばらないと決めたのに
 がんばっていないはずだったのに、がんばっちゃってた自分
 えらくなったら休むと決めてたのに、素直に休めない自分

 でも、もうこれからはがんばらない。
 
 また寝ます。
 よくなるまで待ちます。

 ありがとう。

 午後から妻の運転で通院した。
 予定では12日であったが、今後のことも考えて急遽今日の午後診てもらうことにした。

 「これで明日からはゆっくりしたらいいよ。」という妻の言葉がありがたかった。
 自分では体は動かないし、職場には行きたくないので、休職にあたっての手続きは妻がしてくれることになった。

 診断書には、「自律神経失調症 治療のため11月9日から11月末日までの休養を要する」という記述。
 とりあえず、3週間は休養することになった。

2004年 11月 8日(月)

 
今日も、朝起きたときからだるくてしかたがない。
 全く何をする気も起こらない。年休。
 職場には、電話で休むことを伝えた。

 とにかくなにをする気もおこりません。
 気力がない。
 ごはんもほしくない
 なにもしたくない
 ねるのもえらい
 おきてもえらい

 今日は、勇気をふりしぼって休みました。
 休むのも、とっても大変なのです。
 電話の向こうの上司の声が恐いのです。

 いまも布団の中です。
 PCの前にはこれます。
 MLがあってよかった
 なにもしたくないけど、ここにはきたいと思っています。

 このままずーと休めたらいいのに・・・
 なにもしなくてもよかったらいいのに・・・
 でも・・・

 生きるのって、今いることがしんどいです。
 うつ病を受け入れたつもりでいたのに、うつ病がにくいです。

 これも自分なんだけど、しんどさから逃げたいです。

 金曜日に通院しました。
 「ずいぶんたまってますね」
 「無理しないつもりでも、無理しちゃってるんです。」
 「とにかく休養がたいせつですからね。」
 主治医の先生から、そういわれて薬をもらいました。

 ちょうど土日は休めたのですが、今日からが一層しんどい。
 また1年前に戻ってしまった見たいです。
 これが再発っていうのでしょうか。

 なにもみたいくない
 なにもしたくない
 すべてのことをとおざけてしまいたい

 でも、みんなにめいわくをかけてしまう
 仕事もいっぱいある
 そのまにできないこともいっぱいいぱいある
 自分がこわい

 ぜんぶやめてしまいたい

 でも、でも・・・
 これからどうすればいいの?

 人には「待つしかないよ」っていってた自分が待てないでいます。
 待つことってほんとうに辛いです。

 でも、でも、自分とおなじ苦しさをしっているひとがいる
 同じように辛い人がいる
 今は、それだけが支えです。

 今日もやっぱり布団の中。
 不安だらけで、先が見えない。

 また明日がやってくるのが怖い。

 でも、みなさんに相手をしてもらえるこことがうれしい。

 1年前のころとよく似ています。
 いまはもっとひどいかも

 無理しないと決めたのに、結局無理してた自分
 競争に勝つことだけを目標に、評価されているという視線を
 感じながら平気なフリをしていた自分
 なんでがんばるの?
 なんでやってるの?
 なんで無理してまで頑張るの?

 無理するのに疲れちゃった
 無理しないために無理してる自分に疲れちゃった

 なにもしてないよといいながら知らないところで無理してた自分

 主治医の先生にも「調子良いです」と
 ウソついていた自分
 良くなったフリをして、何にもないフリをして
 うつ病から逃げようとしていた自分

 ありがとう
 だって、本心からなのかわからない

 なにもしたくない
 なにもやりたくない
 いなくなればしなくてすむかも・・・・
 そんなことも考えてしまう

 また明日が来てしまう
 どうやっって休もうか
 どうやってウソつこうか

 やっぱり後のことも考えちゃう
 仕事になんかむかえない

 なにもやりたくないのだから
 でも、なんとかしたい
 がんばらないと という自分がいる
 しんどい
 どうしよう

 なにもかもやめたらラクになるかも

 診断書をとって休職しようかなあ
 やめたらラクになるかも
 なのもかも捨てたらラクになるかも

 明日が怖い
 寝るのも怖い
 ずーっと、明日がこなかったらいいのに
 時間が止まったらいいのに
 でも、今もしんどい
 逃げたい
 どこかラクになれるところがないですか?
 いい薬はないですか?
 どこか休めるところはないですか?
 一人でいられるところはないですか?

 今できるのはPCだけ
 自分の今の思いを綴っておきたいだけ
 なんとかしたい
 どうにかしたい
 でも、なにもできない

 生きていること
 今ここにいること
 その証として書いています
 今、この瞬間だけは辛さを忘れられる
 辛さから離れられる

 でも・・・
 でも・・・

 明日がまたやってくる
 怖い
 朝が来るのが怖い

 まわりの人にまた迷惑をかけちゃう
 自分のために迷惑かけちゃう

 まわりの評価が気になる自分
 自分だけ
 自分だけ
 ひとり

 ありがとう
 これだけしかできない
 これだけしか書けない

 もうがんばらない

2004年 11月 7日(日)

 
今日も、朝起きたときからだるくてしかたがない。
 全く何をする気も起こらない。
 結局今日も、ほとんどの時間を布団の中で過ごした。
 以下、うつ病関係のML(メーリングリスト)宛に出したメールより

 結局、この2日間布団の中で過ごしました。

 みなさんのレスを読んで、少しは落ち着いてきました。
 ありがとうございます。

 頑張ろうとしている自分を止めることもやめます。
 といいながら、頑張ろうとしてしまっています。

 「がんばらなくてもいいや」と思える薬があればいいな
 とも思ったのですが、これも自分の姿なのですよね。

 今の”ありのまま”でいることにしたのに・・・。
 やっぱり できない。

 明日からの仕事のことや将来のことも考えてしまうと、
 とても不安ですが、辛いときは、なにもできないときはなにもしないことにします。

 とにかく今を生きるしかないですから。

 書くことさえおっくうでしたが、少しずつ出せるようになりました。
 トンネルには入口があるのだから出口もありますよね。
 雨が止んで晴れるのを「ただ待つ」ことにします。
 待つこともしんどいけど、待つことにします。

 とは言っても、不安は次から次から襲ってきます。
 自分で自分の自信を消してしまおうとする自分がいます。
 過去の嫌なことばかりが頭を駆けめぐっています。
 明日からの仕事、将来のことを考えると、全く自信がありません。

 何もしなくて生きていけたらいいと、都合のいいことばかり・・・
 今の状態から逃げることばかり・・・
 うつ病といっしょに生きようと決めたのに・・・

 やっぱり、自信がもてません。
 早くラクになりたい。
 それだけの思いで書いています。

 みなさんからのレスを読んで、私のために、一生懸命に応えて
 くださったことが、とてもうれしかったです。

 でも、明日からどうしよう?

2004年 11月 6日(土)

 
今日は、朝から起き上がる気がしない。
 1年前に発病してから最近はとても調子が良かったのだが、またしてもうつ病の再発である。
 今日はちょうど土曜日だったので、無理する必要はないのだが、仕事のことを考えると頭がおかしくなりそうな気さえ感じている。
 家にも仕事関係の書類や本を置いているので、視線を避けている自分がいる。
 今までは結構前向きにやっていけてたのだが、先日のミスについて叱責を受けたことが影響している感じである。
 ちょうど仕事に対する意欲も低下気味の所だったので、悪いタイミングが重なってしまったのではないかと思っている。


 とにかくなにもしたくない。
 仕事もしたくない。
 どこにも行きたくない。
 だれとも会いたくない。
 昨日の落ち込みがきっかけになったのかも知れないが、エネルギーがプツンと切れてしまった感じである。
 急にガクンと来た感じだ。

 なんだかつかれました。
 エネルギーがきれてしまったみたいです。

 このままなにもしたくない。
 なにもしなくてもよかったらいいのに。
 元気になる気力もでません。
 でも・・・
 どうしよう???

 何のために生きているのかな?
 人は、何のために生きているのだろう?
 何のために仕事をしているのだろう?
 何を目標に生きているのだろう?

 命ってなんだろう?
 命は大切?
 自分の命?人の命?
 命について考えることは意味があるのだろうか?

 生きる目的って何だろう?
 そんなに無理してどうするのだろう?

 ラクになりたい
 ラクになりたい
 休みたいけど休めない
 「休みたい」といえない

 なにもしたくない
 ラクになりたい
 不安・・・
 どうしよう?・・

 いやなじぶん

2004年 11月 5日(金)

 
今日もまだ昨日のことが頭から離れない。
 滅入ったままの気分でなんとか出勤した。
 朝一番で上司に昨日のミスについての報告をした。
 その後は午前中はモヤモヤしながらなんとか仕事をこなしたが、仕事関係の書類や本を目にすると、嫌で嫌でしょうがない。
 どうしても気持ちが落ち着かないので午後は急遽年休をとって心療内科に向かった。
 定期通院予定日は明日であったが、早く診てもらいたいという思いで急遽今日の午後に変えてもらったのだ。
 頭の中は、明日以降のこと、今の自分の状態がまた1年前に戻ってしまったのではないかという不安。
 これでまた多くの人に迷惑をかけてしまうという自己嫌悪感などなど、自分でなんとか止めようと頑張りながら医院にクルマを走らせていった。
 診断結果としては、通院日記に書いているが、今まで頑張ってきたことやストレスがたまって爆発しそうだということ。
 パンパンの状態から緩める必要があるということで、再び薬を服用することになった。
 最近は、精神的には調子が良かったので薬を止めていたが、それも影響していたのかも知れない。
 自分としては、なんとなく追いつめられている感じややらされている感じ、自分では納得できないことを無理してやらざるをえない状態などでストレスがたまっていたのかも知れないと思っている。
 無理しないでやろうとはしているのであるが、そうしてもやってしまう自分がいる。
 そんないろいろな要素が重なって今回の再発につながっていったのだろうと思っている。
 明日、あさっての休みはとにかく、ゆっくり休むことにしよう。

2004年 11月 4日(木)

 
今朝は仕事上のミスがあり、上司から注意を受けた。
 自分としてはかなりのへこみ方であった。
 自分のこれからの生き方、暮らし方について、将来的なことに関してまでも頭の中を駆けめぐり、どうしたらいいのか目の前が真っ暗になってしま った。軽はずみな自分の行動によって関係者の方にも迷惑をかけてしまい、申し訳ない思いでいっぱいである。
 どうやって立ち直ればいいのだろう。
 自分のミスで多くの人たちに迷惑をかけてしまった。
 そのことの謝罪や気持ちの落ち込みもあり、一日中気持ちが不安定だった。
 一つ一つの行動がぎこちない。
 発する言葉も選び選びでたどたどしい。
 それを察せられまいとして、余計に変な感じに見えたかもしれない。
 仕事からの帰り道も、いろいろと考え事をしながらの運転だったので、ちょっと危ない場面にも出会してしまった。
 考え事をしながらの運転は謹もうと思いながらも、今日のことや明日からのことについても考えてしまう。
 ということで、一日気が抜けたというかイライラしていたというか、とにかく落ち着かない一日であった。
 明日からは、気持ちを切りかえて再出発したいとはおもっているが・・・。

2004年 11月 3日(水)

 
少々疲れ気味のところに中休みできるのはいい。
 やっぱり休みに勝るものはない。
 今日は久しぶりにパソコンの前でいろいろつついてみた。
 ホームページの更新や前からやってみたかったスタイルシートやCGI。
 ネットで調べて読んでみたが、さっぱり分からない。
 自分でもBlogをカスタマイズしてみたいという思いはあるのだが、スタイルシートについてはさっぱりである。
 ということで、当分の間(もしかしたら、ずっとそうかもしれないが)今まで通りのスタイルのままいくことにした。
 そんなこんなで、今年もあと2ヶ月。
 なんとなく年度末に向けて焦りを感じ始めているが、人は人、自分は自分でマイペースでやっていこうと思っている。

2004年 11月 2日(火)

 
体調も今一、気持ち的にも今一歩である。
 今まで結構良い調子だったのが、ここのところペースダウンである。
 目標ややらなくてはいけないことは見えてきたのだが、なんとなく乗る気がしないのである。
 なんとなく過ごしている感じで、なんとなく一日が終わっている。
 明日は休みなので、のんびりすごそうと思っている

2004年 11月 1日(月)

 
今日から、11月がはじまった。
 いよいよ後半の仕上げに向けて本格的に実践していく時期に入った。
 しかし、月曜日だということもあって、なんだか朝からだるい感じがしていた。
 それでもなんとか気合いを入れて出勤。
 仕事の方も最近ペースダウンして、なんとなく前向きになれない。
 体の体調の方はよくなってきたのだが、気持ち的にははっきりしない一日だった。
 とはいっても、なんとか少しずつは進めていかなくてはと思っている。