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2004年 10月 26日(火)

 
今日は、午後から子どもの小学校の学習発表会に行った。
 どの学年とも素晴らしい発表で、ほとんどの子が一生懸命な表情で演技をしていた。
 しかし、中には「音楽は苦手なんだろうな」と思える子どもたちもあった。
 やはり、どの子にも向き不向きはあって当然である。
 全ての子が音楽が好きになることを求めることは無理だと思うし、全ての子が上手く出来なくてもいいと思っている。
 大切なことは、自分なりに参加する姿なのであろう。
 その中で自分のやりたいことを見つけていけばいいのだと思う。間違っても、押しつけや強制はしてはならない。自分自身が押しつけや強制、形にこだわった指導は大嫌いなので、その子に応じた対応の大切さを身にしみて感じている。
 一見無責任なように思われるが、その子その子に任せてみることも大切なのだと思っている。
 子どもを信じて、子どもの要求に応えられる大人になりたいと、今日の発表会を見て改めて思った。

2004年 10月 25日(月)

 
最近は、なんとなくやる気が出ない日が続いている。
 特に月曜日というのはエンジンがかからない。
 今の立場が緊急を要するようなことを求められていないということも影響してか、なんとなく仕事に向かうやる気が弱いのを感じている。
 昨日のテレビ「発掘あるある大辞典」でうつ病に関することを取り上げていた。
 その中に「うつ病になりやすい人」チェックというのがあり、テレビを見ながらやってみた。
 1問目は、何かやろうとしたときにやらないと気が済まないタイプを調べる質問であったが、3つの質問のいずれも危険度高のAを選んでい た。
 Aタイプとは、何かやろうとしたらきちんとやらないと気が済まない、何でも完璧を求めるタイプで、最もうつになりやすい危険があるタイプだ。
 2問目は対人関係の融通性を見るもので、自分のことはさておき他人に合わせるタイプが危険だということであった。
 この質問に対しては、Bを選んでいる「言いたいことはズバリ言う」タイプであったので、うつになる危険度はそれほど高くはなかった。
 自分で自分をチェックしてみることも必要だと思ったので、Webでうつ病のチェックリストを探していたら、いくつか見つかった。
 その中に、「やさしいうつ病・うつ状態ハンドブック」というページに「SRQ−D」という自己診断チェックシートが見つかった。
 早速診断してみたところ、「軽症うつ病」という結果が出た。
 あまり気にしすぎることも良くないと思うが、気分が滅入ったときややる気が出なくなったときなどに時々チェックしてみるといいと思った。
 ここ数日のやる気のなさを感じているので、無理しないでやる気が出るまでのほほんとしていようと思っている。
 こんなときだからこそ、無理は禁物である。
 ゆっくり、のんびり、マイペース、マイペース。

2004年 10月 24日(日)

 
 一体、日本は、地球はどうなってしまったのでしょう??
 そんな感じさえ起こさせる今年の連続災害の連続到来です。
 台風の日本列島への上陸数は2桁を超えて記録更新中だし、昨晩の新潟中越地方を襲ったM6.8の連続地震の被害も、一夜明けた今現在も拡大しています。

 そのような状況の中、台風23号で浸水被害等を受けた被災地では、23日被害から初めての週末を迎え、各地からボランティアが集まって濁流が入り込んだ家屋の清掃など、生活支援を中心にした活動を始めています。
 阪神淡路大震災のときにボランティアに助けられた人たちが「恩返しに」と、今度は被災地に駆けつけるなど、“支援の輪”も広がっっています。

 また、今朝の新聞によると、新潟県中越地方を震源とする強い地震で、10月24日現在、死者は計13人、少なくとも3人が行方不明になっているということです。
 そして、一夜明けた被災地では、家屋の倒壊や土砂崩れ、道路の損壊などが多数見つかっており、道路が寸断されて孤立した集落もあり、県外からの警察や消防の応援部隊が加わって捜索、救助活動が始まっています。

 このように災害対策は官民一体となって進められていますが、こんなときこそみんなの助け合いが必要です。
 「NHKボランティアネット」には、全国の関連団体から寄せられたすぐに役立つボランティア情報が載せられていて、すべての情報をいつでも自由に見ることができるようになっています。
 この中で、今日すぐに参加できるボランティア活動や、各種講座やイベントの情報、ボランティアに関する基礎知識を見ることもできるようになっています。
 一人一人、自分が今できる小さなことを、できることから始めましょう。

 「NHKボランティアネット」はこちらです。

2004年 10月 22日(金)

 
先週からの体調不良も1週間経って、今日はかなり良くなってきた。
 病は気からというが、気は体調からともいえる。体調が悪いときと言うのは気持ちの面でもなんとなく元気が出ないものである。
 昨日の子どもたちの元気な姿も影響してか、気分も良くなってきた。
 仕事の方は、相変わらずのデスクワークの連続で単調ではあるが、マイペースでやっているので大丈夫だ。
 朝晩の冷え込みは、晩秋の感さえあるが、健康第一でゆっくり、まったり、のほほんと過ごしていこう。

2004年 10月 21日(木)

 
今日は、2つの小学校を訪問した。
 一校目は前任校で、午前中に研究発表会があり、休憩時間の活動と授業参観をした。
 学校の廊下を歩いていたら、子どもたちが「あっ、先生だ! こんにちは」と挨拶をしてくれ、とても気持ちよかった。
 しばらくぶりに会った子どもたちも、随分大きくなっていて頼もしかった。
 小学校の授業というものから半年遠ざかっていたので、とても懐かしく思ったと同時に、「やっぱり子どもと過ごせる学校っていいなあ」と感じた。
 子どもというのは、その姿を見ているだけで元気になれるものである。

 午後からは、所属校の学習発表会に参加した。
 昨年の今頃は病休で休んでいたので、初めての学習発表会である。
 一緒に参加できる嬉しさとともに、昨年の辛かったことも思い出されて複雑な思いではあったが、今日は楽しむことを第一にした。
 1年生から6年生までが一体となってプログラムが進んでいく。
 どの子も自分の役割を一生懸命に演じようとしている姿には感動させられた。
 皆が自分のありったけの姿を出そうとしている姿勢が素晴らしかった。
 これも決して一人ではできることではない。
 同じ苦労や喜びを共有できる仲間があってこそである。
 学校現場というのは、毎日が戦いであり、本当に忙しい。
 今日までのプロセスの中で、教員にとっても子どもたちにとっても苦しいことや怠けたいこともあったにちがいない。
 しかし、今日の子どもたちの一生懸命の姿を見れば、どんな辛かったことも吹き飛んでしまう。
 子どもたちは、本当にいいものをもっている。
 素晴らしい力を持っている。

 今日は、一日子どもたちと過ごしてこちらまで元気になったような気がしている。
 ここ数日間は体調不良も手伝ってか、なんとなく精神的にも辛い思いもあったあが、子どもたちのお陰で元気も回復することができた。
 子どもたちに感謝するとともに、人は一人では生きていけないということをあらためて感じた一日であった。

2004年 10月 20日(水)

 
今日は、子どもが熱を出したために一日休暇をとった。
 自分の体調の方も完治してはいないので、ちょうどいい休養にもなった。
 ちょうど時間もあったので、前から山積みにしていた本を読んだり、子供と一緒にテレビを見たりして過ごした。
 たまには、目的もなくのほほんとして、こんな一日のすごし方もいいものである。
 夜には子どもの熱も平熱まで下がったので、明日は大丈夫そうである。

2004年 10月 19日(火)

 
今日は、午後から裁判所に行って、裁判の傍聴と係の方から裁判についての話を伺った。
 今までにテレビドラマで裁判のシーンを見たことはあったが、実際に生の裁判の様子を見たのは初めてであった。
 傍聴席に座っていて、とても緊張感があった。
 そして、係の方から裁判員制度についての説明を受けた。

 平成16年5月21日に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が成立し5月28日に公布された。
 この結果、平成21年5月までの間に裁判員制度がスタートすることになっている。
 この制度については、賛否両論があってニュースにも数多く取り上げられているし、いろいろな意見も出されているが、国民の間では反対の意見の方が多いのが現状である。
 実際に、自分が裁判員になってみないと分からないが、他人の人生の決定権を持つことには、かなりの不安感がある。
 しかし、この制度は今の裁判のシステムの限界や欠陥を補おうということが目的で導入されたものであり、今後の整備状況や対応についても関心をもって見ていきたいと思っている。

2004年 10月 18日(月)

 
今日からまた1週間が始まる。
 今朝も体調はあまり思わしくないが、気乗りのしないまま出勤した。
 午前中は、学校に依頼したアンケート調査の集計表をエクセルを使って作成した。
 これによって、個人のデータとともに、各学年や学校全体の児童の意識の傾向をつかみたいと思っている。
 午後からは、そのアンケートの回収と職員との情報交換のために学校を訪問した。
 休憩時間だったので、子どもたちが元気に遊んでいるところであった。
 やはり、子どもの生き生きと遊ぶ姿が最高である。
 子どもは遊ぶことが一番であると思っている。
 思いっきり遊んだ子は、大人になってから自立してていくことができる。
 今、一番子どもに保障すべきことは、遊ぶ時間と場所である。
 その中で、いろいろな知恵や勇気を身につけていくのである。
 その後、午後からは数人の先生と話をしたり、アンケートの集計をしたりして過ごした。
 学校は、子どもたちの居場所になっているだろうか?
 その辺りを焦点化して分析を進めていこうと考えている。
 午前中は気分が優れなかったが、午後子どもたちの元気な姿を見て、こちらまで元気になったような気がした。

2004年 10月 17日(日)

 
今朝もなんとなく体調が思わしくない。
 先週の木曜日から、なんとなく体にだるさを感じているが、ここのところの急激な冷え込みが原因しているのかもしれない。
 先週あったような頭痛は消えたが、お腹の調子が良くなくて、そんなにひどくはないが、なんとなく吐き気もあるような感じだ。
 今日は、1年に一回の秋祭りの日であるが、大事をとって参加を取り止めることにした。
 何よりも健康第一である。

 実は、今年の1月からピアカウンセリング支援グループの「HEATFUL(ハートフル)」という心のサポート・ネットワークに参加している。
 といっても、実際に行っているのではなく、ML(メーリングリスト)を介しての交流である。
 そこには、いろいろな悩みを抱えている人たちが集っていて、お互いに励まし合ったり助言をし合ったりして交流を続けている。
 私自身も、その場が心の支えの一つになっている。
 そして、昨晩はそのグループのオンラインミーティングがあったので、少しだけ加わってみた。
 伝達手段は、いわゆる「チャット」と呼ばれているモノである。

 昨今のいろいろな事件がネットとの関連性があって、ネットの危険性ばかりが全面に出ている感じを持っているが、情報伝達ツールとしてのネットの存在は、そこに集う人と人との信頼性さえあれば、これほど便利なモノはないと思っている。
 もちろん、お互いにネットの限界を知っておくことも不可欠ではある。
 その上でお互いにマナーを大切にしてつき合っていけば問題はない。

 ということで、私自身、チャットに参加したのは久しぶりであったが、とても楽しい時間を共有することができた。
 参加者は、自分を含めて最高5人であったが、お互いのことを出し合いながら意見交換ができた。
 みんながいろいろな悩みや辛さとつき合いながら過ごしている。
 しかし、話ができる仲間の存在が自分に勇気を与えてくれる。
 仲間との「つながり」があることで、自信をもって生きることができる。
 昨日のチャットでは、そのようなことを感じたのである。
 最近は、MLへの投稿も随分ご無沙汰しているので、また訪ねてみようと思っている。
 このページをご覧のみなさんのなかには、MLに参加している人はいるのでしょうか。

 明日からの仕事に向けて、今日は一日ゆっくり過ごそうと思っている。

2004年 10月 16日(土)

 
今朝は気温がかなり低く、とても寒い朝であった。
 午前中は、子どものサッカー大会が近くのグランドで行われるので、その観戦に行ってきた。
 子どもの所属しているチームと前の勤務校と今の所属校の3チームともエントリーしているので、3試合とも見てきた。
 朝は寒かったが、日が上がるにつれて暖かくなり、外の日当たりと風が気持ちよかった。

 その帰りに、近くの図書館によって、6冊ほど本を借りた。
 児童心理に関する本を3冊とインターネット関連の本を3冊である。
 実は、このほかにも読みたいと思って買った本を山積みにしている。
 読むスピードよりも買うスピードの方が早くなっているので、ここらで買うスピードを緩めなくてはとおもっているが、また借りてしまったので、読む方もスピードアップしなければならない。
 前から一気読み、一気片付けの性格は変わっていない。
 だから、やるときにはやって、やらないときには休むというバランスでいくしかないのである。
 我ながら、メリハリの激しい人間だと痛感している。

 昼からは、掲示板に書き込みがあったので、その返事を送った。
 このページを見ていろいろと考えながら書き込みをしてくださったようである。
 自分のできることには限界もあるが、できるだけ役に立てたらと思っている。
 そういう目的もあってこのホームページを立ち上げたのであり、何かの形でみなさんの役に立てたら、それがうれしく思う。
 これからも、いろいろなことで悩んでいる人たちの交流の場にできたらと思っている。
 私自身も、忙しいときもあるので無理はしないようにしているのだが、何かを聞いて欲しいことがあれば、遠慮なく書き込みやメールを送ってもらいたいと思っています。
 これからも、よろしくお願いします。

 明日は、町内の秋祭りだ。
 体調を整えて美味しいビールを飲もうと思っている。

2004年 10月 15日(金)

 
今朝は昨日よりも気分は良かった。
 今日も出張で、ある県内の学校の公開授業を参観した。
 授業中の子どもたちの姿を見るのは久しぶりであったが、やはり子どもの笑顔はいい。
 この顔を見たくて教員になったのだ。
 大人を相手にしていると、気を使うことも多いが、子どもの前だと素直な自分を出すことができる。
 そして、以前勤めていた学校から転校した子を見つけたので話しかけてみたら、私のことを覚えていてくれた。
 そんな瞬間が、たまらなく嬉しいと思う。
 少しの時間だったが、しばらく雑談して分かれた。
 昨日までの疲れも多少残ってはいたが、子どもたちの元気な姿を見たことで、こちらまで元気になれたようである。
 爽やかな一日であった。

2004年 10月 14日(木)

 
今日は出張に行く予定であったが、朝からひどい頭痛がしていた。
 寝方が良くなかったのかと思いながら、バファリンを飲んで車で出発した。
 しかし、車を走らせながら、だんだん頭痛がひどくなり、ついには吐き気までもよおしてきた。
 50分ほど車を走らせたところで、これ以上行くと戻れなくなりそうな気がしたので、急遽休みを取ることにした。
 自分の健康を第一に考えた決定である。
 しかし、これがなかなか言い出しにくいのである。
 病気のために休む権利は保障されてはいるが、仕事を休むことを上司に伝えることは、とても勇気がいるのである。
 堂々と休めばいいのに、そうはいかないのだ。
 自分の考え方次第なのかも知れないが、職場環境が仕事の環境が、社会環境がそうはなっていないのだ。
 まだ、「病気で休むことは悪いこと」という考えが社会にはあると思っている。
 少なくとも私自身は言いにくかったのである。
 病気になったとき、疲れたなと感じたときに、いつでも誰でもが気軽に休むことのできる環境作りが求められる。
 これは、他でもない、みんなのためである。

 結局、今日は一日中床についていたお陰で頭痛は消えて、少しは楽になった。
 健康は、何よりも大切にしなければならない。
 また、昨日の職員会議が思い出された。

2004年 10月 13日(水)

 
今日は久しぶりに所属する学校に寄ってみた。
 9月中に行こうと思っていたのだが、自分のやろうとしていたことにかなりの時間を使ってしまったので、今日まで延びてしまった。
 そして、久しぶりに職員会議にも参加させてもらった。
 このような形で職員会議に加わったのは、半年ぶりになる。
 久しぶりに職員のみなさんと語り合ったのだが、それにしても、教員の忙しさは尋常ではない。
 息つく暇もないというが、まさにそのままの姿が学校現場である。
 特に、この10月、11月の予定を見ると、スケージュールがびっしり組み込んである。
 昼の間は、子どもたちと関わり合って過ごしているので、その時間は子どもたちのための時間である。
 従って、夜寝る時間を削らない限り、仕事の準備はできない。
 それが、一日、二日ではなく、学校に勤務している限り半永久的に続くのである。
 しかも、ひとつの行事や出来事が終わってから次の仕事に進むといった、ひとつひとつクリアしていく進み方ではなく、そのほとんどが同時進行で進んでいく、そして、一人の教員が複数の役割(学校では「校務分掌」と呼ぶ)を担当している。
 若いうちは、その分掌も少ないが、経験を重ねるにしたがってどんど増えていく。
 日々の授業や学校経営がある上に、その他の雑多な事務仕事や準備仕事が山のようにあるのだ。
 職員室で話をしても、皆がかなり疲労感を感じておられる様子である。

 子どもたちの健全育成のためには、まず、教員の心身の健康管理が大切である。
 毎日、疲労感と闘いながら頑張っている姿は、決して健全であるとは言えない。
 私自身が倒れたのも、ちょうど昨年の今頃の季節であったが、仕事上のストレスが原因であった。
 今日の学校の姿を目の当たりにし、その頃のことを思い出すような気がして、気持ちが切なくなってしまった。

2004年 10月 12日(火)

 
今年の8月に、ある研修会に参加したときにすばらしい人との出逢いがあった。
 今日は、その人と再会を約束していた日だったので、楽しみにしながらホテルを出発した。
 車で40分ほど走って、待っていた人を訪ねた。
 まるで、自分の第2の古里とでも呼べる場所である。
 いろいろな話をして、今日集まった人たちとの新たな出逢いもあったので、これからもお互いにつながり合っていきたいと思っている。
 帰るときには、なんだかセンチメンタルな気分にもなったが、また次回の約束をして分かれた。
 
 自分のことを待ってくれている人がいる。
 自分を待っている場所がある。
 そう思うだけで、心が優しくなれる。気持ちに安心感が生まれる。
 それが、まさに富田富士也さんの言う”還る家”なのだ。
 人との出逢いが、また一段と勇気を強くしてくれる。
 そんな出逢いを求めて、また明日からも頑張っていこうと思う。
 
 みなさんには、”還る家”がありますか?

2004年 10月 11日(月)

 
やはり休みというのはいい。
 今回は3連休ということもあって、なおさらいい。
 いつもの朝はなかなか起きようとする気が起こらないが、なぜか、というより当たり前のように早く目覚める。
 最近は、個人的にメールの数も増えてきたので、レスが楽しみになっていることも影響していると思っている。

 また、こことは別にBlogも作っていて、とてもいい交流をさせてもらっている。
 そこでは自分の本音で語り合うことが出きるので、とても居心地がいい。
 「ありのままに あるがままに」生きようとする自分らしさが出せるのである。
 また、このHPを見つけた方からの相談メールも増えてきている。
 平日はなかなか時間が作れなくて返事が遅れてしまうことが申し訳ないと思うこともあるが、自分自身が無理をしてはいけないと思っているので、マイペースで続けている。こちらが相談を受けている形ではあるが、反対に励まされることもあって、とてもありがたいと思っている。
 他人とつながって、人の役に立っているという自覚があるので、とてもやり甲斐がある。素直に自分で自分を褒めてあげられるのだ。

 昨日発売になった水谷修さん『夜回り先生と夜眠れない子どもたち』を読んだ。
 私の目指す大人の姿がそこにはある。私は、彼のことを勝手に「師匠」と呼んでいるが、それだけすごい人である。
 なによりも優先するのは「子どもたち」のことである。
 子どもたちの生活と命を守るために、彼の人生全てを賭けている。
 しかも、ごく自然な姿で。
 それが彼のありのままの姿なのである。生き方そのものなのである。
 先日、イチローのことに触れたが、水谷さんも、自分自身に誠実に生きている人だ。
 イチローや水谷さんにはなろうとは思わないし、なれるわけもない。
 しかし、自分らしく生きることにおいて、見らなっていきたい生き方である。
 ぜひ、多くの人に、前作の『夜回り先生』と合わせて読んでもらいたい本である。

 そして、もう一人の「師匠」の富田富士也さんの最新の著書『「よい子」の悲劇』も読んでいる。
 自分の考え方と共感することばかりである。
 子どもの見つめ方、子どもや社会を見る視点は、水谷さんと共通する部分がたくさんある。
 ありもままの自分を出すこと、弱さをさらけ出すことがいかに大切であるかが伝わっくる。
 
 今日の夜は、明日の出逢いに備えて、ホテルに宿泊した。
 知人の紹介もあって、豪華ホテルに格安で泊まることができた。
 夜暗くなってから入った露天風呂は最高の気分であった。
 明日の再開を期待しつつ寝ることにする。

2004年 10月 10日(日)

 
昨晩は、遅くまで夫婦でいろいろな話をした。
 気づいたら、午前2時。
 こんなに話し込んだのは、久しぶりだったが、こんな時間こそ大切にしていきたい。
 寝たのは2時を回っていたが、今朝は7時には目が覚めた。
 最近は、気分もいいので朝起きも辛くない。というよりも、やりたいことがいろいろあって、寝るのがもったいないくらいである。
 自分自身で充実感を感じている。
 とはいっても、この反動もきっとやってくると思っている。
 しかし、それも承知の上である。
 良いときと良くないときの浮き沈みは、あって当たり前。
 それを分かって動くことが大事なんだと思っている。
 やりたいときにはやって、やる気がないときにはやらなくていいのだ。
 そう考えるようになってからは、随分楽になった。
 午前中は、メールの返事。これがいい励みになっていることは確かである。
 いろいろな人との「つながり」が嬉しい。

2004年 10月 9日(土)

 
また台風がやってきた。
 今回で22号になるが、本当に日本に接近する台風の数が多く、被害も大きい。
 実は、今日は午後から通院予定にしていて、台風の様子で再び延期することも考えていたが、こちらにはそれほど影響がなさそうなので、予定通り通院した。

 前回の通院のときにもできたと思ったのだが、今回から薬の服用は止めることになった。
 正式に主治医から許可が出たのである。
 振り返ってみれば、心療内科の初診から1年が経過した。
 自分の計画というか予定では、休職期間を終えて職場復帰してから6ヶ月くらいは薬の服用を考えていたが、実際は復帰後9ヶ月になった。とは言っても、これからどうなるかは分からない。
 とりあえず、今は安定しているので薬をストップして様子を見るということである。

 夜は、地域の集まりでハンセン病についての学習会があった。

 講師の方の話を聞きながら、あらためて人の幸せについて考えることができた。
 ハンセン病対策は、明らかに国による「犯罪」であると言っていい。
 国の政策として、ハンセン病に対する偏見と差別を拡大していったという歴史的事実はなくすことはできない。
 2001年に国による賠償責任は明確にはなったものの、ハンセン病差別は根強く続いている。
 最近になってようやく、ハンセン病の対する差別解消の取り組みが始まったといってもよい。
 先月、邑久光明園にいく機会があり、副園長さんと入所者の方からお話しを伺ったが、そのときの話と今日の学習会の話を重ね合わせながら聞いた。
 今日初めて知ったこともたくさなって、とてもいい時間を過ごすことができた。

 人間は、歴史から何を学んだらいいのか?
 人間の幸せって何なのか?
 これから先、どのように生きていけばいいのか?
 自分は何をしていけばいいのか?
 などなど、本当にいろいろなことを考えることができた。

 今日の話の中のまとめとして、次の4点を確認しておくことにする。

1.自分にとっての楽しさ、豊かさを求めた生活をしていないか。
  自分の身の回りだけをきれいにして、良くないものは他に追いやって、見えないように隠して、自分だけが安穏と
  した生活をしていないか。
2.「おかしい」と思ったことを、誰に対しても、どんな状況にあっても「おかしい」と言える人と社会を作っていくこと。
3.知識は大切。しかし、それを人ごとと受け取らないで、「自分にとって大切な人の問題でもある」という認識が大切。
4.やはり、一番大切なことは「つながり」を保っていくこと、新たな「つながり」を作っていくこと。
  そのことによって、関わりを持つことによって当然リスクを背負うことにもなる。しかし、お互いを理解し合うためには、
  みんなでつながるしかない。

2004年 10月 8日(金)

 
今日は、午前中は大学の講義「生徒指導と教育相談」の聴講、午後はデスクで今後の計画案の作成をした。
 このところ、忙しくしていたこともあり、相談メールの返事がたまっている。
 相手の方が返事を待っておられると思うと、早く送りたいのだが、無理はしないと決めているのでしばらく待ってもらっている。
 近いうちに送りたいと思っているので、もう少し待っていただきたい。
 最近、このように相談メールが届くようになって思うことは、返事を書きながら自分の思いが整理できるということである。
 相手の相談に応えていく過程を通して、自分自身を振り返り、本当に大切なことを改めて確認することができる。
 その時間は、自分にとってありもままでいられる大切な時間となっている。
 このように日記を書いているときも同じような感覚である。
 自己開示と自己表現を同時にやっているのだ。
 天気予報によると、明日は台風が最接近する予定だそうだ。
 大きな被害が出ないことを願っている。

2004年 10月 7日(木)

 
今日は、久しぶりに学校へ行った。
 約1ヶ月半ぶりである。
 この10月、11月に校内での実践活動のお願いをするためである。
 みなさんが、本当にめまぐるしく動いておられ、声をかけるのも遠慮しがちになってしまった。
 それでも、自分のために時間を作ってくださり、お願いしたことを受け止めてもらえた。
 自分の願いや希望を受け取ってもらうことは、本当に嬉しい。
 しかも、日常の忙しさで大変な中だと分かっているだけに、とても感謝している。

 思い返せば、ちょうど1年前の10月7日に、心療内科を受診した。
 当時の日記を読み返してみたが、かなり辛い思いだったことが思い出された。
 1年前のことを思うと、今の状態は想像できなかったが、環境面ではほとんど変わってないといえる。
 日々の仕事は、超忙しい。
 忙しさの中で人間性や自分らしさが失われている。
 これからの自分の目標は、それらを実現していくことであると思っている。
 うつ病になったのは、100%環境の責任であると言い切れる。
 環境さえきちんと整っていさえすれば、うつ病にはならなかったのである。
 実は、今まさにうつ病の真っ直中で苦しんでいる人と交流を続けているが、彼らも環境のせいで病気にさせられていると言える。
 自分自身の力ではどうしようもない現実が迫ってきているのである。
 その環境を変えていかない限り、自分らしさを発揮することはなかなか難しいと思う。
 しかし、今の状態は決して悲観することはなく、堂々と生きればいい。
 堂々と自分の好きなことをすればいいと思っている。
 それが、唯一うつ病の治療方法なのであるから。

2004年 10月 6日(水)

 
今日は、夜に何人かの仲間とバンドの練習をした。
 このように楽器を演奏したり歌を歌ったりすることは、今年初めてである。
 飲みに行ったときにカラオケで歌うことはあるが、このようか形でやるのは高校生のとき以来ではないかという気がする。
 結果としては、とても気持ちよかった。
 ひとつのことに向かって、みんながいっしょに活動する楽しさを感じている。
 実は、はじめに誘われたときはたいぎさもあって何となく避けようとしていた自分もあったのだが、いざ始まってみると実に楽しいものである。
 次回の練習の日が今から楽しみである。 

2004年 10月 4日(月)

 
今日は、プレゼン本番の日であった。
 ここには詳しくは書けないので、内容については触れないでおく。
 昨日までイチローの自然体のことを書いたが、今日までの自分をふり返って見たとき、自分では自然体で生きているように見えても、実は相手に合わせながら行動していることに気づいた。「自分を良く見せよう」として行動している自分がいる。
 これは、危険信号だ。
 相手に合わせることは、その関係においてとtも大切なことであるが、自分の一番やりたいこと、一番大切なことを見失う危険性がある。
 これは、今の自分にとって譲れないことの第一番に挙げることができる。
 こだわりや主張は常に持っていたいと思っている。
 実は、これがうつ病になった要因のひとつになっているような気もしているが、これだけは譲ることができないのである。
 これを取り払ってしまっては、自分が自分でなくなってしまう。
 だから、一生うつ病でいる自分とありのままにつき合っていくつもりである。
 うつ病の自分も、素直な自分、ありのままの自分であり、こだわりをもって主張をしている自分もあるがままの自分なのだから。
 このようなことを書きたくなったのは、環境や今置かれている人間関係に対してのある種の抵抗または防衛反応、適応反応だと思っている。そして、これも自分にとっては当たり前の行為なのである。
 これからも「自分らしさ」を最優先に考えて行動していきたいと思っている。

2004年 10月 3日(日)

 
今日も、イチローの打席が気になって大リーグ中継を視た。
 周りの者達が騒いでいても、彼自身はいつもと変わらない。自然体のままである。
 あたりまえのようにプレーをしている。
 インタビューで「プレッシャーを感じませんでしたか?」と聞かれて、「多少はあったかな」のような応答があったが、彼にとってはプレッシャーなどそうでもいいことのように思える。
 「プレッシャーがある」と応えておいた方がインタビュアーの要求に応えることになると思っての発言ではないかと思っている。
 インタビュアーにとっても、そのように「伝える」義務があるから、そのような応答を求めていたにすぎないのである。
 イチローは、それだけ自然体なのである。
 まさに、ありのまま、あるがままの姿である。
 マイペース、マイペース。

2004年 10月 2日(土)

 
昨晩は、保護者として懇親会に参加した。
 総勢35人の参加があり、日頃はああまり話したことのない人たちとも話ができて、とても楽しかった。
 久しぶりに満腹になるまで食べたり飲んだりしたので、正直疲れたが、楽しい会話がはずみ、終始笑っていた。
 心底許せる関係での会話は本当に楽しいものである。
 美味しい酒を飲むことができて、満足して帰宅した。
 そのせいもあって、今日は一日ぼーっとして過ごした。
 二日酔いもあって、午前中はテレビの前でのほほん状態であった。
 実は、今日は通院の予定であったが、このような調子なので1週間後の10月9日に延期した。
 看護士さんが薬の心配をしておられたが、実はほとんど服用していないのである。
 精神的には落ち着いているので、自分で服用を止めてしまった。
 ヤバイ・・かも?

 ちょうど今日は、マリナーズのイチロー選手の試合があり、大リーグ新記録の258本のヒットを記録したシーンを見ることができた。
 最終的には、今日現在で259本となった。
 この業績に対しては、素直に拍手を送りたい。
 おめでとう!!

 彼の姿を見て感じることは、彼も、まさに「ありもままにあるがままに」生きているということである。
 他人から見れば、天才とも言われたり、そうとうな努力家であるとも見られているが、彼自身の中にはそんな思いは微塵もないはずである。
 彼自身は、自分のありのままを出しているに過ぎないのだと思っている。
 自分らしく生きることを貫き通しているだけなのである。
 だから、あれだけ自然体でいられるのだ。
 誰に対しても自分を主張し、自己表現ができている。
 そして、余計な、無理をした飾りや振る舞いはない。
 何よりも、自分自身に一番素直に生きている一人がイチローなのである。
 ある意味では、彼のことをうらやましいと思うこともあるが、イチローはイチローであり、私は私以外の何者でもない。
 私自身をありのままに生きることが一番大切なことである。
 私はイチローにはなれないし、なる必要もない。
 私は、私らしさを精一杯に発揮して、いや自然のままに無理をしないで自分らしく生きることこそが素晴らしいのだ。

 休みの日には、一日ぼーっと過ごす。
 こんな一日のすごし方もいいものである。
 スローライフ、スローライフ。

2004年 10月 1日(金)

 
今日から、今年度の後半戦が始まった。
 昨日、スローライフのことを書いたが、現実はうまく回らない。
 結局、今日も一日中パソコンとにらめっこ状態であった。
 最近、自分を出すことを遠慮しがちなことを自覚している。
 肉体的な疲れも影響しているとは思うが、立場を優先してしまうせいで、自分の主張が弱くなってきていることに多少危機感を感じている。
 夜は、保護者の懇親会の予定であるが、こっちの方は楽しみにしている。