![]()
| 8月へ 10月へ |
|
|
| 2004年 9月 30日(木) 今日で9月も終わり、今年度の前半の折り返しとなった。 今年度は、現場から離れて学校を見ることができたが、相変わらず現場は超忙しいことに変わりはない。 みんな、よく頑張って耐えているなと思っている。 最近は、教員の方から相談メールをいただくようになったのだが、本当にきつい毎日を過ごしておられるのが分かる。 みんな大変なのだ。 大変にしているのは、他ならぬ自分たち自身でもある。 生きるために本当に大切なことは何か、本当に必要なことは何かを見定めて、毎日を生きていきたい。 そのためには、競争主義や評価主義、能力優先主義から脱却して、世間体や立場、体裁優先から幸せ優先の考え方に切りかえる必要がある。 一人ひとりが、もったり、まったり、ゆったりとのほほんと暮らしていく世の中が求められている。 日々のくらしの中に、歩みを一時止めたり、後戻りをしたりすることが大切となってくる。 一昔前に、「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」という言葉が流行ったが、今まさにその言葉をリバイバルさせ、みんなでもたもたのろのろしたスローライフを楽しみたいものである。 明日から10月であるが、心のギアチェンジをしてゆったりと歩んでいきたいと思っている。 かなり疲れた9月であった。 |
|
|
| 2004年 9月 29日(水) 今日もまた、台風が日本列島に接近してきた。 朝から雨が降っていたが、不登校対応教員対象の研修会に参加した。 その会の参加者の先生方の発表を聞いて感じたことは2つ。 ひとつ目は、学校の教職員の意識改革によって、子どもは変わることができるということ。つまり、子どもに一方的にいろいろなことを押しつけたり、子どもの見方を決めつけて見るのではだめで、きちんと子どもを見つめ、「信じて見守る姿勢が大切である」と心底思えるように意識改革をする必要がある。 教職員の本気の思いと姿勢が子どもを良くする、子ども本来の「らしさ」を発揮することにつながるのである。 二つ目は、学校現場の教職員の多忙化である。 そして、その多忙感を拭わない限り、本当の教育改革はできないということである。 ひとつ目の教職員の意識改革を進める条件に、その多忙感からの開放が挙げられる。 なんだかんだ言いながら、先生方は懸命に頑張っている。 システムとしての教育構造改革によって学校教育システムそのものを見直す必要がある。 そのことによって、はじめて多忙感からの開放と意識改革が実現できると思っている。 帰りの時間には、再び強風をともなった豪雨であったが、車が揺れるのを感じながら帰宅した。 |
|
|
| 2004年 9月 28日(火) 今日も一日中パソコンで仕事をした。 プレゼンのまとめがほぼできたので、後は時間内におさまるように整理したらいい。 自分の伝えたいことを簡潔にまとめるのに苦労している。 時間があれば自分の思いを十分に出すことができるのだが、限られた時間内でまとめることは難しい。 レイアウトだけでは物足りなくて意味がないし、かといって中身を充実させようとすると限られたことしか言うことができない。 今回は、だいたいの全体像にふれた上で、自分のプレゼンの売りを3つに絞って説明することにした。 それは、カウンセリングの理論をテーマとして、子どもの心を聴く、ブリーフセラピー、チーム援助法の3つである。 子ども理解を柱に進めているが、それは同時に自己理解、自己開示にもつながるものだと思っている。 10月には、また人との再会も待っているので、多少は変化のある日々になりそうで期待している。 イチローは、新記録まであと5本と迫っている。マイペースで頑張って欲しいものである。 |
|
|
| 2004年 9月 27日(月) 今日は、事情があり一日休みを取った。 家の中でもいろいろとあって、半日は雑用で潰してしまった。 仕事をしていると、平日にしか動けないこともあるので、いろいろと片付けることができたのがよかったとしよう。 このところ、精神的な疲労感は感じていないが、肉体的な疲れが残っていたので骨休みにはなった。 あわせて新Blogも更新した。 |
|
|
| 2004年 9月 26日(日) 久しぶりに何の予定もない2日間の休みで、朝はゆっくり過ごせた。 午前中は、何人かの方へのメールの返信。すぐにまた返信が帰ってくる人もあり、感激した。 このような形でいろいろな人とつながっていることがとてもうれしく思っている。 中には、苦しみや辛さと闘いながら過ごしている人もあるが、メールのやりとりによって少しは励みになっていることが伝わってきて、こちらまで勇気をもらえている感じがしている。 直接会って悩みを相談できる相手も大切だが、ちょっとしたことでもメールで話ができることは、安心感にもつながっている。 そして、今日は新しく始めたBlogの更新や今までに作っていたものにちょっとしたリンクをつけた。 リンク先は、ボランティアや募金のページである。 時間があったので、ゆっくりネットサーフィンをしていたらいろいろなサイトにヒットしたが、その中にユニセフやボランティアのサイトがあり、読み入ってしまった。 日本もいろいろな問題を抱えてはいるが、今すぐ生死を問われるということはない。 しかし、世界には様々な理由で人権が保障されないままになっている国々がある。そんな国々のために役立てることができたらと思うようになっている。一人の幸せはみんなが幸せになることで実現する。 そんな思いを持った。 午後には、近くの家電店で、前からほしいと思っていたポータブルハードディスクを買った。 USBポートに接続するだけでよく、別電源もいらないのでとても使いやすい。 これで、家と職場のパソコンのデータをこの中に入れて携帯するだけでよくなった。 早速、家のパソコンのデータをしまいこんでおいた。 夕方、テレビでイチロー関係の番組をやっていたので見た。 大リーグの年間安打記録の257本まであと7本と迫っているイチロー。 自分の大好きな人の一人であるが、これからも注目して活躍を期待したいと思っている。 そして、今晩11時50分からF1上海グランプリの決勝がスタートする。 中国でのF1初開催、なんだかワクワクしている。 |
|
|
| 2004年 9月 25日(土) 今日は、午前中にメールでの相談の返信を送った。 このホームページを見て、いろいろな方からの相談メールが届くようになったが、最近は同じ職種の方からの相談が多くなっている。 同じ職種で同じ病気を患ったということで、共感できることが多い。 こちらが相談を受けているのであるが、返事を書きながら、相手の方から勇気づけられていると感じている。 私は、カウンセリングの専門家でも精神科の医者でもない。 しかし、上手な回答はできないが、自分の体験から発言することはできる。 前に、ご主人がうつ病だという方からこんな話を聞いた。 「ゆうさんは、お医者さんではないですが、お医者さんよりもうつ病のことをよく理解しておられると思います。」 この言葉を聞いて、自分がありのままに語ることが役立っていると感じ、とてもうれしかった。 これからも、うつ病で苦しんでいる人とともに生きていきたいし、うつ病の理解のためにもこのスタンスを続けていきたいと思っている。 |
|
|
| 2004年 9月 24日(金) 今日も、単調なデスクワークで終始した一日であった。 家に帰ってからは、メールの返事書きとBlogの更新。 自分の考えを整理して、新しく書き込みを加えた。 夜9時から、北朝鮮の拉致問題のドキュメンタリーをドラマ化したテレビ、金曜エンタテイメント「封印された“拉致”海に消えた真実〜母・寺越友枝 愛の戦い41年〜」を見た。 この番組は、北朝鮮による拉致事件の追及に奔走した3人の男達の真実の生きざまを描いた、2003年9月12日放送の『金曜エンタテイメント 完全再現!北朝鮮拉致 25年目の真実』に続く第2弾である。 ドキュメントチームによる関係者への徹底取材によって、関係資料を忠実に再現し、報道映像だけでは伝えきれない当事者の心情をしっかりと描いていた。 寺越友枝さん役を演じるのは泉ピン子の子どもと生き別れた母の心情を痛いほどに感じた。。 国と国の政治の犠牲になった拉致問題。 この親子を救うとは、どういうこんとなのだろう。 人間の本当の幸せって何なんだろう。 そう感じさせる物語であった。 拉致被害者の家族たちは、今現在も拉致問題の全面解決のために闘っている。 この寺越親子のような悲劇を2度と繰り返してはならない。 拉致問題は、やっとスタート地点に立った段階である。 今年、15人の拉致被害者が帰国を果たしたが、まだまだ問題解決が始まったばかりである。 今までの日本政府の取り組み方には大きな問題がある。自らの責務として問題解決に当たって欲しいと望むと同時に、拉致被害者の家族の方々に対して声援を送りたい。 今後、自分の周りでできることは、誰に対しても正義を訴え続けること、正しいことを正しいと言える勇気を持ち続けることだと思っている。 拉致問題の一刻も早い全面解決を望んでいる。 |
|
|
| 2004年 9月 23日(水) 今週は休みがたくさんあっていい。 やはり休みの日は気分が落ち着く。 実は、今日から、新しいBlogの作成をはじめた。 最近、Blogサービスも充実してきて、いろいろなBlogが公開されている。 自分のBlogはこれで3つ目となるが、新作は心理学に関するもので、カールロジャースの理論をもとに、ブリーフセラピーについて考察していく予定である。このホームページ「ありのままに あるがままに」も幸せを求めたテーマにしているつもりであるが、Blogでは心理学の理論に基づいた内容を展開していきたいと考えている。 情報は発信するところに集まるというが、事実その通りである。 これからも、発信を続けてさまざまな人たちとのつながりを作っていきたいと思っている。 |
|
|
| 2004年 9月 21日(火) 今日は、一日県議会の傍聴に行った。 今日から代表質問が始まったが、一日中人の話を聞きっぱなしというのは非常に疲れた。 しかも、内容が内容だけに退屈な時間であった。 感想を言えば、もっと県民のことを考えた答弁をしてもらいたいものだ。政治の主人公は国民である。議員のために政治があるのではない。そのあたりの感覚を疑ってしまう場面すらあった。 一人一人の国民が何を求めているのか、何に困っているのか、どうなりたいと思っているのかを真正面で受け止めて、政に関わって欲しいものである。 夜は、中学校の文化祭に保護者の演奏をするので、その打ち合わせの会に出た。 みなさんが積極的に参加していただき、前向きな提案をしてくださった。 私も一保護者としてできる限りの協力をしていきたいと思っている。 |
|
|
| 2004年 9月 20日(火) 今日は、午前中に、県内の自主研究サークルに参加した。 県内の教員の有志で作っているサークルである。 そこで、Skypeというテレビ会議用ソフトを使っての話し合いも試みてみた。 このソフト、インターネットにつながっている環境であれば、無料で電話をかけ合うことが出きる。 しかも、1対1の通話だけでなく、5〜6人まで同時につないで同時に話すことができる優れものである。 家では、4台のパソコンを家庭内LANでつなげているので、家庭内テレビ会話をやってみたいと思っている。 インターホンとしての使い方も可能である。 Skypeについては、こちらのページに詳しい。 |
|
|
| 2004年 9月 18日(土) 今日は、午後2時から不登校の親の会に参加した。 今回は、初めての参加で津山からはるばるやってこられていたお母さんがあり、その人の話を中心に話が進んだ。 みなさんの語る体験談は、とても説得力があり、生きることにとても前向きである。 学校や教育システムについて、私自身の思いと共感する所が多く、これからの学校教育で大切にしていかなければならない視点が多く含まれている。自分自身も、教員という鎧を脱いで語ることができる貴重な場である。 ややもすると、学校復帰だけが最重要課題であるととらえがちな不登校の問題であるが、私自身はそうは思っていない。 一番大切な視点は、「自立」と「社会参加」である。 学校に行かないといい大人になれないとか、いい職業に就けないとか言われているが、そうではない。 学校履歴だけが大切なことではなく、本人のやる気が一番なのである。 この会のお母さんやお父さん方と話をしていると、いかに社会が学校化されているかがよく分かる。 今の社会の歯車は、次の3点によって噛み合わなくなってしまったものと思っている。 ・競争と評価によるおしつけ教育 ・効率化を最優先する親や教師の価値観 ・人間関係の希薄さ これらの改善悪なくしては、未来の幸せな社会は築くことができないとさえ思っている。 そういう意味でも、今不登校をしている子どもたちは、豊かな未来を作る先駆者だと言える。 少なくとも私は、そう思っている。 不登校、万歳である。 |
|
|
| 2004年 9月 17日(金) 昨日今日と、1泊2日で研修旅行に行ってきた。 2日間の研修で、人権を守ることの本当の勇気と強さを実感することができた。 特に、国立療養所で、2人の方とハンセン病の話をした。 前半は、副院長の畑野研太郎さんから病気と差別、ハンセン病の歴史の話を聞いた。 以前は、らい病と言っていたが、現在ではハンセン病と呼んでいる。 病名とちょっとした知識だけは知っていたが、このようにきちんと学習するのは初めてのことであった。 ・邑久光明園は第3区連合府県立の「らい」療養所として、明治42年4月1日に大阪府知事の管理による京都府、兵 庫、奈良、和歌山、三重、滋賀、岐阜、福井、石川、富山、鳥取の2府10県により大阪府西成郡川北村(現在の西 淀川区中島)の神崎川河口に収容人員300名で「外島保養院」として開院された。 ・ハンセン病は、ライ菌による感染症で、遺伝はしない。 ・ライ菌は感染力が弱く、療養所職員で感染した人はおらず、感染しにくい病気であり、プロミンという治療薬で治る病 気である。 ・隔離政策により、妊娠中絶や断種等々、いろいろと人権を無視するようなことがなされ、患者の皆さんは差別されて きた。 ・全国には、療養所が国立で13カ所、私立が2カ所あり、県内には、ここと長島愛生園の2ヶ所があり、入所者数は、 約264名である。 ・1996年に「らい予防法」が廃止され、ハンセン病も一般の感染症としてあつかわれることになった。 ・2001年5月23日小泉首相はハンセン病国家賠償訴訟の熊本地裁判決について、控訴断念を表明。 ・あらゆる差別は「南北問題」抜きには語れない。 など、ハンセン病と畑野研太郎さんとの関わりについて、熱く語られた。 人が人として生きることの厳しさや逞しさを感じた。 午後からは、入所者の男の方(80才)の部屋を訪問して約2時間半の間、話をした。 彼は、16才の時にやってこられたので、もう64年間ここで生活をされている。 ここでは詳しくは書けないが、自分の生い立ちから今までを本当に詳しく話して下さった。 話を聞きながら、いろいろな思いが頭の中を駆けめぐり、途中で涙が出そうになった。 私たちに対して、全てのことを包み隠さず話をされたことで、こちらが勇気をもらうことができた。 彼の生き方そのものがハンセン病の歴史なのである。 これからも、共に差別と闘っていく決意を新たにした。 副院長さんの話もだが、「知らないということは害である」と感じた。 無知が差別を拡大していると感じた。 その後、園内の見学をした。 ・園にないものは、パチンコ屋くらいで、いろいろな施設・モノが揃っていて、1つのコミュニティという感触を受けた。 ・それぞれの建物の中に個室があり、夫婦で住まれている方もあり、個人に病状に応じた仕組みが整っている。 ・文化施設や畑等々、いろいろな個人の趣向に応じた選択も可能である。 ・敷地内には心地よい音楽が流れ、視覚障害のある人への対応もなされている。 ・園から見える瀬戸内海は、本当にきれいだった。丘の上には童謡が流れるようになっていて、歌を聴くと妙に郷愁を 感じた。 ・当時の監禁室や壁等の跡も残されていて、人権無視の様子が伺えるようになっている。 ・入所者数は264人で、平均年齢は78歳である。 ここには初めて来たのだが、生きることの逞しさを感じることのできる一日であった。 本当に歴史の重さと共に、人権の重さを感じることができた。 |
|
|
| 2004年 9月 14日(火) 今日は、職場のプレゼン発表会があった。 各自の決めたテーマについての取り組みについて、一人15分でのプレゼンであった。 みんながそれぞれに工夫していることが伝わってきた。 みんなそれぞれ意図しているモノが違うが、いわんとすることは伝わってきた。 あとで、自分の感想と意見を書いて渡した。 体裁を繕う意見ではなく、忌憚のない思いを書いておいた。 自分のプレゼンは10月の予定である。 いまのところは、まだ内容がまとまらなくて停滞気味であるが、残り半月で仕上げていかなかくてはいけない。 誰のためでもなく、自分自身のために頑張りたいと思っている。 |
|
|
| 2004年 9月 11日(土) 今日は、先週の小学校に続き、長男の中学校の運動会だった。 朝からとてもいい天気だったので、久しぶりの太陽の下でしっかり日に焼けた。首や腕がヒリヒリしている。 2年前には、生徒の態度がすごく気になっていたが、昨年度、今年度とはとてもいい感じである。 それが生徒の表情や動きにも表れていて安心した。 やはり、親と教職員がいっしょになって生徒達を盛り上げていこうという姿勢が大切である。 大人が変われば子どもは変わる。大人が変わろうとしなければ子どもも変わるはずはないのである。 大好きな水谷修さんの言葉に、「大人が笑顔を」がある。 子どもの社会を作っているのは、大人の社会である。 大人が生き生きと生きる姿を見て、子どもたちは成長していく。 そんな社会を作っていくために、自分自身も役に立ちたいと思っている。 |
|
|
| 2004年 9月 8日(木) 今日もまた、プレゼンの続きを作っていった。 自分の考えがまとまらない。 書きたいことがたくさんありすぎて、どうもうまくまとめることができないので、とりあえず、やってきたこととやりたいことをピックアップして羅列してみることにした。 やってみながら、自分の思いがあっちこっちにいっているのがよく分かる。その一方で「やらされている」という感覚があって、自分の意欲を邪魔しているところもある。この点が自分自身の大きな課題だとも感じているが、自分でもどうしようもできないのだ。自分らしくいるためには、妥協はしたくない。 そのこだわりがあるから、今の自分があるのだとも思っている。 とりあえず、今日の時点で書けることは書いたが、内容的にはまだまだである。今日も疲れたので、プレゼン作りはここまでで止めた。 明日は、何が言いたいのかをはっきりさせていかなくてはならない。 |
|
|
| 2004年 9月 7日(水) 今月は、先月と違ってデスクワークが中心で、毎日単調な暮らしである。 今は、月末に迫っている「イベント」に向けて、今までの取り組みをプレゼンにまとめている。 今までの自分の取り組みを整理するのにこういう機会はいいと思っている。 そのときはよく考えていたようでも、後で振り返ってみると思い出せなかったり、うまくつながらなかったりすることも多い。 自分で書いていても、エピソード中心でコラム的な書き方になっているので、プレゼンの重点を絞り、伝えることを明確にしていく必要性を感じている。 しかし、自分の考えに筋を通してまとめるというのは難しい。 今日もまた、一日椅子に座りっぱなしで疲れた。 |
|
|
| 2004年 9月 5日(日) 今日は、子どもの小学校の運動会だった。 朝から天気が心配だったが、案の定午後から雨が降ってきた。 個人的には、9月の第一日曜日に運動会を位置づけている学校の方針には反対である。 運動会は、子どもたちの成長の場のひとつである。それが、この時期にあると、落ち着いたことができない。ただやればいいという感じになってしまう。学校にすれば、次々といろいろなことが迫っているので、運動会を早く片付けてしまいたいという思いもあるのかもしれない。 しかし、それでは子どもが不幸である。じっくりとゆったりとした学校生活を送ることが大切である。 午後からの雨にも負けず、子どもたちが一生懸命に演技をしていた姿に救われる思いがしたが、運動会の期日の設定を再度考え直して欲しいものである。 |
|
|
| 2004年 9月 3日(金) 今日は、職場の懇親会。 夏休み明けということもあり、9月も頑張ろうという飲み会である。 駅前のホテルのビアホールで飲み放題食べ放題であった。 洋食中心であったが、味もなかなかで値段的には満足した内容だった。 夜10時帰宅。 |
|
|
| 2004年 9月 1日(水) 今日から9月。 いつもの年なら今日から2学期のスタートであるが、県内のほとんどの学校は8月30日(月)から始まっている。 とはいっても、31日は台風のため学校は休校になった。 職員は勤務なので、子どもたちがうらやましかった。 一日デスクワークで疲れた。 体を動かすことができないので、じっとしていられない自分にはとても苦痛である。 同じ部屋に同じ状態でいなけrばならないのは、本当にきつい。 今月はこんな状態が長く続くので、自分自身で上手にコントロールしながらやっていきたいと思っている。 |
|
|