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2004年 7月 31日(土)

 今日は約1ヶ月ぶりの通院日であった。
 先月は精神的にへこむことがあったのだが、今月は「夏休み」感覚もあって、すこぶる調子がいい。
 ちょっと飲み過ぎもあって胃腸の具合はやや不調ではあるが。
 この時間には病院も空いていて、入るとすぐに受診できた。
 この1ヶ月の好調さを話し、自分では薬の服用はストップできそうな気がしていたが、2つの錠剤であったのが、今日から1つになった。
 通院の回数を重ねるごとに徐々に薬の量も少なくなっている。
 形に見えて快復に向かっていることが嬉しい。
 仕事の面だけでなく、私的にも役立ち感が感じられているし、自分の目標があることが充実感にもつながっていると思っている。
 昨日も書いたが、「自分が他人から必要とされているのだ」という自覚が大切である。
 それは、自分から求めていくものであるし、そういう周囲の環境を作っていくのも自分の行動なのだと思っている。

 午後からは、「不登校の子を持つ親の会」に参加した。
 今回は、以前不登校だった子どもを持つ3人の方(2人のお父さん、1人のお母さん)から体験談を聞いて、それについてみんなでディスカッションをしていった。今日は親の立場からの話だけでなく、参加者の中には小児科医や精神科の先生もおられたので、専門的な話しも聞くことができ、とても内容のある会となった。
 そういう方達との「つながり」ができたことに感謝しているし、これからもこの会に参加して「自分はなにができるのか」「自分らしく生きること」を目標に立てて、それに向かってできることをしながら役に立てたらと考えている。

2004年 7月 30日(金)

 
今日は、終日所属校に出向いて仕事をした。
 学期中は、みんなが超忙しくてゆっくり話す暇もない状態であるが、夏休み期間はそれでも時間に融通がつく。
 心を割って話ができる仲間というのは、本当にいいものである。
 お互いが、お互いのことを考えながら話しているのだと感じられるときに、幸福感を感じることができる。
 「ああ、ここに自分の居場所がある」と感じ、生きる喜びにつながっている。
 そうゆう所属感や役立ち感があって、はじめてやる気も出てくるのである。
 今、子どもたちをとりまく環境も急激に変化しているが、大人たちが子どもたちに必要なものを整えていくことが大切である。
 それが、
所属感や役立ち感である。
 先日、あるテレビ番組を見ていたら、「少年院でのドッグ・トレーニング」について放送されていた。
 アメリカの少年院内で保護施設(ドッグ・シェルター)の犬を新しい飼い主に渡す前のトレーニングや世話を入所中の少年達に任せるという「プロジェクト・プーチ」という更生プログラムが効果をあげているという。
 以前は再犯率30%という効率であったが、「プロジェクト・プーチ」を取り入れてからは0%という驚くべき成果があったという。
彼らには、このプログラムを通じて責任感が養われ、自分が必要とされていること(役立ち感)を再認識し、忍耐と思いやりを培いながら、行動面・感情面にもよい影響が得られるそうである。
 また、動物の職業に関する技術もここで取得できるので、卒業後ペットショップ等に勤める卒業生もあるという。

 番組によると、今後は、この取り組みを日本でも取り入れていこうとする動きもあるという。
 命を預かり、命とともに生きることによって生命の大切さも実感できる。
 そして、自分が他から必要とされていることを自覚することによって、自己を大切にもでき、他者への思いやりの心も育っていくのである。
犯罪を犯してしまった少年達にとっても、保護施設の犬たちにとってもとても意義のあるこのプロジェクト、ぜひとも早急に取り入れて欲しいものである。

2004年 7月 29日(木)

 
さすがに昨日までの疲れが残っている一日であった。
 日中も、なんとなくだるさを感じながらなんとか過ごした。
 しかし、たまっている仕事もあったので、それらを片付けてから退勤。
 帰ってからメールチェックをしていたら、懐かしい人からのメールが届いていてとても嬉しかった。
 こんなときんも、人と人とのつながりの嬉しさを感じることができる。
 インターネットの危険性が叫ばれている昨今であるが、使い方さえ間違わなければこれほど便利で楽しいものはない。
 私自身は、人と人とをつなぐ確かなツールとして活用している。
 ネットがなければ、今の自分はなかたと言っていいくらいのパートナーなのである。
 これからも、いろいろな立場の人たちと立場を超えたつながりを作っていきたいと思っている。 

2004年 7月 28日(水)

 
今日も引き続き神戸に滞在した。
 日中は暑かったが、神戸ポートピアランドに遊びに行った。
 平日とあって、お客の数も多くなく、いろいろなアトラクションにも待ち時間なしで乗れたのが良かった。
 久しぶりに童心に返って遊んだが、心も体もいいリフレッシュができたと思う。
 日常の生活の中で気分転換をすることも大切であるが、しばし家や仕事のことを忘れるためにも、家から離れたところで過ごすことは精神的にもいいことである。
 「夏休み」は子どもたちだけのものであるが、大人まで「夏休み」期間は心が落ち着く。
 同じ仕事をしていても、この期間は不思議と力が抜けるのである。
 これからも、1年間このような心の状態を保ちながらすごしていきたいものだと思っている。
 明日からは、また仕事に戻るがこの1週間は早く終わるので休みが近くていい。
 多少仕事で疲れ気味であったので、この2日間の神戸はいい心の休日となった。 

2004年 7月 27日(火)

 
今日は家族でヴィッセル神戸vsSS・ラツィオを神戸まで見に行った。
 ウィングスタジアムに行ったのははじめてであったが、ピッチやスタンドもとてもきれいで、場内アナウンスも「ホンモノだあ!」という感じでとても良かった。
 そして、猛暑の7月ではあったが、海からの風が入ってきてとても爽やかな場所であった。
 スタンドではヴィッセルのホーム側にいたのだが、すぐ間近で選手が見られ、サポーターと一緒だったのですごく盛り上がった。
 もちろん、ビールもグビグビ状態でとても快適なサッカー観戦であった。
 ゲーム内容は、速さ、力ともに勝るラツィオの4−0での勝利。
 さすがにセリエAの上位チームである。身体能力の高さもさることながら、体のつくりもちがうものを感じた。
 やはりホンモノはいい。
 すぐ目の前で肉眼で見るのは、感じ方が全然違う。
 いっっしょに観戦した3人の子どもたちも、結果よりもプレーのレベルの高さに満足していたようであった。
 アテネオリンピック、アジア予選、そして有力海外チームの来日と、この夏はサッカーからも目が離せない。

2004年 7月 26日(月)

 
今日は、何週間かぶりの雨が降り、すこしは落ち着いた気温となった。
 昼には雨が上がったが、自然にとっても潤いのある雨となったに違いない。
 雨上がりの昼食を職場の仲間といっしょにした。
 職場の近くのこぢんまりした家族経営のカフェに行った。
 はじめて見るメニューに新鮮味を感じ。タイ風カレーなるものを注文した。
 他にもいろいろなメニューがあって、日常をしばし忘れる空間としてはとても居心地のいいカフェであった。
 1時間ほど食事と会話を楽しんだ。
 気のあった仲間達というのは、気持ちを幸せにする。
 ちょっとした時間ではあったが、短い時間で心の安らぎさえ感じた一時であった。
 日々の仕事の中で精神的なストレスを感じることはあっても、このような時間によってリフレッシュできることは幸せなことなのだと思っている。

2004年 7月 25日(日)

 今日も温度計は32度を超えていた。
 さすがにこの暑さにはまいっている。
 先週は、精神的にも落ち込むこともあったりしたが、この2日間の休日でリフレッシュしている。
 ある人との話の中で、自分のことをふり返る機会に恵まれた。

 うつ病の一番苦しかったとき・・・
 「何にもして欲しくない」
 「一人になりたい」
 「そっとしていて欲しい」
 そんな思いに対して「何かを要求されること」は一番の負担になってしまう。
 そのようなうつの激しい状態のときであれば、自分の要求を100%のんでもらいたい。
 全てのことを否定しないで、100%肯定してもらいたい。
 そのことでしか、自分の居場所を作ることができないのである。
 そのような「居場所」を見つけることができなければ、精神的に落ち着くことができない状態なのである。
 相手が「何かしてあげたい」という思いが強ければ強いほど、それがどんどん苦痛になってくる。
 その相手のことが信用できなくなり、自分のことをますます責めてしまう。
 だから、うつ病の回復のためには、「ただ待つ」ことと「何もしない」ことが必要なのである。

 うつ病をはじめとする精神疾患の理解は、他人には簡単にはできないと思っている。
 いや、理解など、患者本人以外の者にはできないのかもしれないとさえ思っている。
 今振り返ってみると、自分自身がそうなってはじめて気づいたこともたくさんあり、自分自身が身をもって体験したからこそ理解できたのだとも思っている。
 しかし、患者本人とともに同じように生きることによって、理解も深まっていくはずである。
 私自身は、「うつ病と闘う」ことは止めた。
 これからの人生の中で一生、うつ病とともにうまくつき合って生きていこうと思っている。
 それが「ありのままの自分の姿」であると思うからである。
 今でも、気持ちのぐらつきや落ち込みは繰り返しやってきている。
 しかし、自分で自分のことをコントロールできるようになってきた。
 「ありのまま」をそのまま他人の前に出すことは、生きにくい場合も少なくはない。
 しかし、自分自身に対してウソをつくことだけは絶対にしたくないと思っている。

2004年 7月 24日(土)

 特に7月に入ってからというもの、夏の暑さにまいっている。
 肉体的な疲労感が精神的なものにまで及んで、脳みそまでも溶けてしまいそうな感じである。
 それにしても、今年の夏は暑すぎる!!
 自分の心の状態を維持するために、リフレッシュが必要である。
 最近は、文字に対する恐怖感すら感じ始めている。
 「何にも投げ出して楽になりたい」という気さえ出始めている。
 頭の中にはやりたいことが詰まりすぎの状態なので、少し頭の空気抜きが必要なのだと思う。
 体と心が自然を求めている。
 日常の世界から非日常の世界に出ることを求めている。
 これはやはり、暑さから来る疲労が原因であろう。
 来週は1泊2日で家族旅行を計画しているので、今から待ち遠しく思っている。
 こういう「変化」が心と体を元気にしてくれる。
 早く来い来い、夏休み。

2004年 7月 23日(金)

 
7月から習い事を始めている。
 いつもは教える側の立場であるが、教えられる立場になるといろいろと見方や感じ方も変わってくるのが面白い。
 今日も、その教室に行ってきた。
 習い事も楽しいのであるが、その教室の先生との会話や生徒同士での話が楽しい。
 生徒といっても、年令も様々であり、お互いに違いがあるから楽しいのだ。
 自分とは異なった世界で生きている人との出逢いが自分にとって楽しく嬉しいのだ。
 違いがあるからいいのだ。
 いつもは、本当に狭い社会の中だけで生活していて窒息してしまいそうになることがある。
 毎日同じことの繰り返しは、精神的に自分を追い込んでいるような気がしている。
 正直言って、ときには、このばから逃げ出したいと思うことすらある。
 しかし、その感情をそのまま出すことはできないのが「現実」なのである。
 自分と自分を比べながら、自分自身を試しながら日々くらしているともいえる。
 ほとんどの人は、それに耐えながらくらしているのであるが、それに耐えられなくなった人はどんな生き方をすればいいのだろう。
 結局、その現状に対して我慢して生きるか、本当に自分に合った道を探し求めて生きることしかできないような気がしている。
 最近、またいろいろなことに感じやすくなっている自分に気づくようになった。
 これが素直な自分の姿であるから、そのままの自分を受け入れ、自分自身には素直でありたいと思っている。
 考えすぎす、こだわりすぎずとは思っているが、これを曲げることはできないのだ。
 これが、ありのままの自分自身なのであるから。 

2004年 7月 22日(木)

 
毎日暑さのことばかり書いているが、今日は最近の中では比較的過ごし安さを感じた日であった。
 気温は30度を超えていたが、適当に風もあって、日陰にいればそんなに苦痛でもなかった。
 また、今日は久しぶりに学校の子どもたちの元気な姿の出会うことができ、元気も出てきた。
 やはり、子どもからのエネルギーはいいものである。
 今年は、ほとんど毎日大人だけの世界で過ごしているので、久しぶりに気分の違ったすごし方ができた。
 毎日の生活の中に少しでも変化をさせることによって、気分転換になり、心のリフレッシュができる。
 体の健康とともに心の健康にも気を配って、この暑い夏をのりきりたい。
 暑い夏、それにしてもビールが美味い。

2004年 7月 21日(水)

 
さすがに夏休みである。
 平日だというのに、朝から海水浴場は何人かの家族連れや若者達のグループをが来ていた。
 通勤途中で海を見ながら、うらやましく思いながら通りすぎた。
 なんとなく周りが夏休みだと思うと、仕事にも身が入らないことがある。
 教育関係の新聞や雑誌に目を通しながら、毎日いろいろな事件が起こっていることを再認識した。
 特に今年は少年少女に関係した事件が大きく取り上げられているのは、メディアの関心の強さを表しているのであると考えている。
 一度何か事件が起こると、連鎖反応的に事件が繰り返されるのは、メディアによる影響力も少なくないと思っている。
 メディアの取り上げ方によって、いわゆる「模倣犯」的な事件もあるように思っている。
 毎日の暑さとなんだか夏バテ気味でもあり、今日一日はなんとなくのらない日であった。

2004年 7月 20日(火)

 
今週も暑い1週間となりそうな気配である。
 幸い職場にはエアコンが付いているので暑さとの戦いはしなくていいのであるが、真夏の真っ直中で一日中エアコンの部屋の中というのは、不健康極まりない感じである。
 いつもの年なら外に出ることも多いので、全身まっ黒状態なのだが、今年はほとんど日焼けもしていない。
 今日は、カウンセリングの手法の一つである「傾聴」の実技講習に参加した。
 人と人とのコミュニケーションは言語が中心なのであるが、そのほかの表情や間の占めている割合の多いことに気づいた。
 コミュニケーションのためにはどうしても言葉に頼りがちであるが、言葉以上に表情や相手との間の取り方の難しさを感じた。
 ネットでは文字情報だけでのコミュニケーションとなるが、それでも相手を思いやる気持ちや相手の気持ちを汲み取ることを頭に置きながら文字交流をすることによって、相手の表情や気持ちまでも伝わってくるから不思議なものである。

2004年 7月 19日(月)

 子どもたちは夏休み3日目。
 そしてこの夏は大人も3連休と、さすがにゆったりと過ごせた3日間であった。
 テレビや新聞の報道によると、インターネットの有害性が大きく取り上げられているが、それを使うのは人間である。
 インターネットそのものが悪いのではなく、使い方に問題があるだけなのである。
 ここ数日の間に、ネットを通じた新たな出逢いがあった。
 私自身にとっても、勇気づけられる結果となり、とても感謝している。
 ホームページという場を通して発信することによって、様々な出逢いがある。
 「発信するところに情報は集まる」と言われているが、まさにそれを実感した3日間であった。
 ひとつの考えに対して様々な意見交換ができるのもインターネットがあればこそである。
 また、情報はメディアというフィルターを通して受け取っている。
 様々な情報が多く流される中で、それが確かなものなのかということを自分の目と耳、五感を使った判断力の大切さも考えさえられた。
 今の世の中、毎日本当にいろいろな事件や事故が起こっている。
 自分の判断力を鍛えるとともに、自分の命を自分で守るということを改めて考えた一日であった。
 明日から、また一週間が始まる。
 暑さとも上手につき合いながら、健康第一で頑張っていきたい。

2004年 7月 18日(日)

 体調は、さすがに疲れも重なっていい状態とは言えないが、心の状態はすこぶるいい。

 今朝は少し早起きして、子どもたちの部活の合宿の見送りをした。
 夏休みに入るずっと以前から楽しみにしていて、今日、明日の2日間、他県での合同合宿に参加するのである。
 その後、うつ病の夫をもつ女性からメールで相談を受けていたので、その返事を書いて送った。
 返事を書きながら、今までの自分自身のことや家族との関係をを振り返ることができた。
 今でこそ、このように自分の素直な思いを書き綴ることができるようになってきたが、うつ病発覚直後の自分をふり返ってみると、辛い毎日の連続であった。
 他人には言えない苦しさを自分一人だけで抱え込み、うつ病であることを隠し通そうとする自分の姿があった。
 しかし、今では自分自身に素直に生きることの大切さに気づかせてくれたうつ病に感謝こそすれ、うつ病になったことが迷惑であるなんて考えることはなくなっている。
 堂々と「私はうつ病です。」と言える自分が大好きである。
 相談相手の人に対して、どれだけ自分の思いが伝わったのかは測ることはできないのであるが、このように自分のできることで自分が役に立っているということが嬉しくてたまらない。
 こうやって、ホームページという「場」で発信したことが、自分の喜びであり、存在感につながっているのである。

2004年 7月 17日(土)

 朝から、頭痛がしている。
 昨晩の飲みの影響がもろにでている感じである。
 さすがに、最近は体への影響力が大きいことを痛感している。
 しかし、心の状態はすごくいいので、それでなんとか過ごせている。
 午後からは、毎月楽しみにしている会に参加した。
 自分にとって、「人との出逢いを楽しんでいる」場のひとつである。

 最近、いろいろな人たちと出会うことがとても楽しい。
 自分と違う人との出逢いを幸福に感じている。
 幸福感を感じられるときは、自分のことを他人に語れるときである。
 自分を語れるということは、相手が「自分を信頼していてくれる、信じてもらっている」ことが感じられるからである。
 自分のことを素直に語ることのできる人との出逢いは、自分を幸福にする。
 出逢った相手に感謝の気持ちが素直に現れる。
 そんな素直な自分が好きになる。
 幸福感を感じることができたら、自分自身のことをもっと好きになれる。

 逆に、相手が自分を信用していないと察したとき、人と人との対等な関係ではなく、立場優先の関係になっている場合、語りにはウソが混じる。
 ウソを交え、立て前を優先して話さなければならないときは、不幸であり、空しさだけが残る。
 そんな自分がイヤになってくるのだ。
 自分を隠して相手と接しなければならないときほど空しいことはない。
 相手との関係が、幸・不幸を分けているのである。

 そして、自分にとっての役立ち感。
 相手の意識ではなく、自分自身が「役に立っている」と自覚できたとき、なんともいえない充実感、幸福感を感じる。
 相手が喜ぶ姿、態度が感じられたとき、それはそのまま自分の喜びになっているのである。
 「自分が誰かに必要とされている」と自覚できたとき、それは自分の存在を認められているということであり、生き生きと生きるエネルギーになっている。
 そんな素直な自分を感じられるとき、ますます自分が好きになる。

 そんな出逢いを求めて、いろいろな所に出かけていくことが楽しみである。
 自分で決めて、自分で動く。
 そこに充実感があり、幸福な自分を見ることができている。

 実は、このホームページという「場」も、そんな出逢いの場になっている。
 自分の思いを発信することは、出逢いの欲求の表現になっている。
 いろいろな人がいて、いろいろな考え方がある。
 自分の考え方と共感できる人に出会えたときには、この上ない喜びとなる。
 反対に、たとえ自分とは意見の違う人であっても、その人の考えを聞き、それによって自分に謙虚になれている自分が嬉しく感じる。
 人と人との関係で、対等に話ができたときは、たとえ意見が違っても語り合うことそのものに幸福感を感じることができるのである。

 人との出逢いが自分を、そして相手を幸せにしているのである。
 これからも、たくさんの人との出逢いを通してもっともっと自分を好きになりたいと思っている。
 今日もまた、人との出逢いに感謝した一日であった。

2004年 7月 16日(金)

 
今日は、勤務先の慰労会があった。
 昨日の人間ドックでいくつかのイエロー信号は出たのだが、飲酒の禁止はなく、安心して飲むことができた。
 しばらくの間飲酒を断っていたので、その間は少々寂しさがああったことは否めない。
 飲まずに場のつき合いをすることは、実は抵抗感を感じていたのである。
 こうやって、飲めるようになってその喜びは一層強く感じている。
 飲みながら、みんなといっしょにいろいろな話をした。
 その瞬間がとても楽しく、生きている喜びを感じることができた。
 酒宴は二次会、三次会へと続き、店のマスターを交えて人生論や国家論まで語り合っていた。
 飲んでいるとはいっても、ただ酔っぱらうのではなく、実に充実した時間であった。
 気がつくと、とっくに午前0時をまわっていたが、とても気持ちのいい一日であった。
 まさに「飲みニュケーション」の大切さを味わうことができた。

2004年 7月 15日(木)

 
今日は1日人間ドックに、近くの病院へ行った。
 人間ドックで健康診断をするのと、1日仕事を休むことができることが、なによりのリフレッシュである。
 とてもきれいな病院で、まるでホテルのような内装と雰囲気のいい対応。
 これなら、来た人が気持ちよく受診できると思った。
 実は、昨年に引き続き2回目のドックであるが、ゆったりとした時間の中で診断が進んでいく、待ち時間には持っていった新書を読む。
 待ち時間さえもが、心地よく流れている感じである。
 一通りの検査が終了し、先生の診断と栄養士さんの話を聞いた。
 診断では、いくつかのイエロー信号も出たが、すぐにどうこうというものではなく、少し安心した。
 栄養士さんからは、
生活習慣病予防のためのアドバイスを聞き、食事と運動のバランスの大切さを再確認した。
 今年は、特に運動不足になりがちなので、できるだけ体を動かすことに心がけたいと思った。
 今日もまた、気温は35度を超え暑い一日であったが、体調管理をしっかりして楽しい夏にしたいと思っている。

2004年 7月 14日(水)

 
今日もまたまた暑い一日であった。
 昨年は涼しい夏だったので、今年の暑さはよけいにこたえる気がする。
 とにかく健康が第一である。
 仕事よりも健康が大切である。
 こんなときに無理は禁物だ。
 無理せず、頑張らず、疲れたら休むこと。
 のばしてもいい仕事は無理して今日はしないこと。
 疲労感を感じたら、早めに休みをとって休養すること。

 なんといっても、健康第一である。
 再度、「うつ病の予防と再発防止」を確認した。

2004年 7月 13日(火)

 
さすがに梅雨が開けたとたんに暑い朝を迎えた。
 予報によると、今日も気温は35度を超えるということであったが、予想通り37度まで上がった。
 しかし、幸いに今日はエアコンのある場所での仕事だったので、涼しく過ごすことができた。
 帰宅したら、うつ病の仲間から書き込みがあった。
 こんなことがあると、ホームページを公開してよかったとつくづく思う。
 自分が他人の役に立っているという喜びほど生き甲斐を感じることはない。
 ここが自分の大切な居場所であり、自分自身なのだと思っている。
 仲間がいるから、こうやって生きていくこともできるのである。

 夜は、中学校の息子の学年懇談会に参加した。
 一応3年生なので、参加した親たちの関心は、「子どもの勉強」についてであった。
 「ウチの子は勉強しているところを見たことがなくて心配です。」
 「みなさんの子どもさんは、どれくらい勉強しておられますか」
 など、受験生らしい勉強をさせたいようであった。
 私は、3年生だからといって自分の息子を受験生らしい1年間をおくって欲しくないと考えている親である。
 そのため、自分の息子に「勉強しなさい」などと一言も言ったことはない。
 勉強は、自分のためにすることである。
 本人がやりたくもないのに「やりなさい、やりなさい」とガミガミ言われると、余計にやる気をなくしてします。
 子どもからすれば、「そんなことくらい、言われなくても分かってるよ」「ウザイ親だなぁ!」であろう。
 参加しているお母さん方にもこう言った。
 「お母さん方が、やりなさい、やりなさいと言わなくなれば、子どもは勉強をはじめますよ。」
 それが徹底できないで、中途半端に言うから子どもはイヤなのである。

 こんな感じでお互いが思っていることを語り合うことが大切である。
 これからも、親同士でつながりを大事にして子どもたちのために協力していきたいと思いながら帰路についた。
 今日は蒸し蒸しとうだるような日中であったが、夜の会で清々しい思いになれた。

2004年 7月 12日(月)

 
先週は3日間の出張もあったので、久しぶりの出勤である。
 さすがに3日間の疲れが残っている感じがして、朝起きるのが辛かった。
 いつものデスクワークを終えて帰宅したときのこと。
 夫婦でいろいろと話をしていたら、小2の息子がミニトマトを2つ持ってきた。
 「これ、ぼくが作ったミニトマトだよ。」と言って、2人分手渡してくれた。
 夏休みも近いので、学校で育てていたミニトマトを家に持って帰っていたのだ。
 「ありがとう。うまい!」
 ひとくちではあったが、2人分として2このミニトマトを持ってきてくれたこと、そして自分が作ったという嬉しさを伝えたかったことが伝わってきて、とても幸せな気分になれた。
 これからも、次々と赤く実っていくのが楽しみである。
 一日のつかれも一気に吹き飛んだ気がした。
 また、明日からもがんばろう。

2004年 7月 11日(日)

 今日は、特別な予定のない日曜日である。
 そこで、昨日までに出逢った人たちに、お礼のメールを送ることにした。
 なにかで表現したくてたまらない、もっと自分の思いを伝えたい。もっともっとつながっていたい。
 そんな思いもあって、お礼の言葉を綴っていった。
 先週の出逢いだけでなく、今日までに出逢えた全ての人にお礼を言いたい。
 みなさんに、感謝、感謝である。
 そして、自分自身に感謝である。
 そして、このような導きをしてくれたうつ病に感謝である。
 明日からまた1週間が始まる。
 またあらためて、自分に素直に、ありのままにあるがままに生きていきたいと思っている。
 ありがとう!!うつ病。

2004年 7月 10日(土)

 今日は昨日までの疲れがどっと残っていて、とても辛い朝であった。
 しかし、午後からの楽しみがある。
 先週とはまた違う「不登校の親の会」に参加することである。
 今日は、近県から教育相談員の方が来られてのトークであった。
 不登校に対する自分自身の思いと全く同じ思いをもっておられることを感じ取ることができ、自分自身でまた自信を深めることができた。
 ここでも、お互いの立場など関係はない。
 一人の大人として、親として、「自身の子どもとどう向き合い、どう生きていくのか。」ということを皆が真剣に考えている。本気でみんなを幸せにしたいと考えている。そんな空気が会場をいっぱいに満たしている感じであった。
 教育相談員の方のトークの影響もあるのかもしれないが、参加者一人一人、みんなが主役である。ここには傍観者、第三者は存在していない。「全員が当事者」なのである。だから、共感も受容もできるのである。
 今日もまた、自分を大好きになることができた。
 今日出逢った「仲間たち」に感謝である。
 今週は、自分自身が確実に進化していることを感じ取ることができた1週間であった。
 さすがに、命のエネルギーを力一杯放出したので疲労感はある。
 しかし、生きていることの充実感がそれを心地よいものに変えてくれているような気持ちである。
 これからも、人との出逢いを求めて行動を続けていきたいと思っている。
 

2004年 7月 9日(金)

 
7月7日(水)から今日までの3日間、ある合宿に参加した。
 全国から約100名の人たちが集い、人間関係、コミュニケーション、教育問題について語り合った。
 わずか3日間の合宿ではあったが、全国からいろいろな人が集まり、その中でとても多くの出逢いがあった。
 みんな初対面の人たちばかりである。しかし、、それでも人と人とはつながりが持てるのである。お互いに信頼し合い、尊重し合い、自分のことを語り、相手のことを受け止め、思いやりの心を確認し合うことができた。本当に「仲間」という意識でつながり合うことのできた3日間である。
 あらためて、人間の素晴らしさ、人と人とがつながることの大切さを感じることができ、自分自身もとても素直に自分を表現することができるようになれたし、以前の自分とは違う自分を発見することができ、それを素直に受け止めることのできる自分自身をより一層好きになることができた。
 これも、一人ではなく「仲間」の存在があってのことである。
 信じ合うことによって強くなれる。
 強くなれることによって自信がもてる。
 自信をもつことによって勇気がでる。
 勇気がでると、自分をそのまま語ることができる。
 自分を語ると、相手も共感的に受け止めてくれる。
 それが、自分そして他人を大切にしようという思いにつながる。
 お互いを大切にしようという意識が出てくると、信頼感を感じ合うことができる。
 今回参加した100人の仲間達に感謝している。
 ほんとうに ありがとう。

2004年 7月 3日(土)

 今日は、久しぶりにのんびりした休みである。
 やはり、休みはいい。
 午前中は、Blogその他の更新やメールに対する返事を出したりして過ごした。
 午後は、「不登校の親の会」に参加した。
 すでに何回も参加しているが、今では、この場は自分自身にとってもなくてはならない場となっている。
 確実に自分の「居場所」として定着してる。
 何よりも、居心地がいいのである。
 参加していて、楽しいのである。
 どんな人も受け入れ、どんな立場の人であっても、対等に話し合うことができ、いろいろな考え方を聞くことができる。
 私自身も立場を捨て、みなさんと対等な位置で話すことができる。
 そのことが最高に素晴らしい。
 「人として何が大切なことなのか」「生きるって、どういうことなのか」
 いろいろな人との意見交換を通して、そんなことを考えることができるとても貴重な場と時間になっている。
 10人いれば10通りの考え方がある。それをみんなで受け入れ、みんなで共通の問題として本気で話し合えることは、本当に貴重なことである。
 私もその場にいて、そのことをとてもありがたいと感じている。

 今日の会では、みなさんのそれぞれの辛い思いを語り合った。
 ひとりひとりの本音と本音がぶつかり合う、生きるということに対する真剣な思いが伝わってきた。
 私も参加していた一人として、今までには語っていなかった「自分自身の育ち」について、はじめて語った。
 お互いが、相手の思いを共感的に受け止め合い、自分のこととして一緒に考え、一緒に行動しようという一体感のようなものを感じることができる。本当に素晴らしい人たちである。本当に心地よい場所である。
 立場を超え、お互いの利害関係を超え、体裁や対面など関係のない、本当に対等な関係であることが素晴らしい。
 みんなが本気になって生き方を論じ合って、つながりの大切さを感じることのできた午後であった。

2004年 7月 2日(金)

 
今日は、とてもいい目覚めであった。
 ある人と会うことができるので、それを期待していたからである。
 その人に実際に会って、話を聞いて、期待以上のものを感じることができた。
 こんなときには、人というものは本当に幸せな気分になることができる。
 話を聞いていて、共感できることが多く、自分の考えていたことや思っていることが肯定されたような気分になり、とても充実感を感じた。自分の決めた生き方に間違いがなかったのだと、妙に納得してしまった。
 「人間にとって本当に大切なことは何か、生き方の問題とはなにか」について、自分自身でも再確認でき、これからの生き方の方向性もはっきりと見えたような思いさえした。
 人は、他人からの承認、満足感、充足感、自己肯定感、自己満足感など、他者との関係において自分自身が認められ、役に立っているという思いを感じることができて、幸福感や生き甲斐、やりがいを見つけることができる。
 ただ生きているだけでは幸福とはいえないのである。
 今日の出逢いが、またひとつ自分自身を大きくできたし、一回り成長できた自分を感じることができ、清々しい気分で帰路についた。

 今日は定期通院の日だったので、その帰りにクリニックに行った。
 先々月までは良い調子で過ごせていたのであるが、6月は精神的にも疲労がたまってきた感じだったので、もう一度リセットしてうつ病とつき合っていこうと思った。
 大切なことは、うつ病である自分自身を見失わないで、ちゃんと向き合って過ごしていくことだ。

2004年 7月 1日(木)

 
今日から7月。今年も折り返しに入った。
 相変わらず、梅雨のうっとうしさは変わらず、早くスカッと晴れた夏が来ないかと待ち遠しい。
 先月は、公私ともにいろいろなことがあって気分が落ち込むことがあったが、今月からは気持ちを切りかえて前向きにやっていきたいと思っている。
 とはいっても、一日なんとなく不安感を抱えたまま過ごしてしまった。
 あと2日で休みだ。
 がんばろう。