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2004年 5月 31日(月)

 
今日で、今年度に入って2ヶ月が過ぎた。
 はじめは、新鮮な感じもあったが、毎日がデスクワークばかりで単調な仕事になっているので、少々退屈というか「動けない」ストレスを感じ始めている。
 贅沢な悩みといえばそうなのであるが、自分で変化のある仕事を作っていこうと考え始めている。
 そして、体を動かすことがほとんどないので体力的なことも心配になってきた。
 今までは、それほど深刻には考えていなかったのであるが、6月には、日常生活の中に、ウォーキングなどの運動を取り入れていかないと、本当に体力が落ちてしまうことになりそうである。
 週に1回は大学まで片道20分程度は歩いているが、それだけでは十分ではない。
 やはり、外に出て空気を体中に取り込むことが必要だ。

2004年 5月 30日(日)

 昨日からの雨が続き、今日も運動会は中止となった。
 休みの日に、朝から雨が続くと気分も落ち込みがちであるが、考えようによっては、落ち着いた気分で過ごすことができる。
 昨日は、NHKの土曜インタビューを見た。
 ゲストは、大阪市の助役の大平光代さんであった。

 彼女は中学時代にひどいいじめにあい、その結果としてくやしさから割腹自殺を試みるような経験をし、その後「頭がおかしい」と言われ精神科のカウンセリングを受けさせられた。
 そして、とても自分自身をわかってくれないまわりに対してイラ立ち、ヤクザの世界に飛び込んんで極道の妻を5年ほどやり離婚という経験の持ち主で、今でも背中にはくっきりとその当時の入墨が入っているという。
 またそれを消さない事によって非行や、登校拒否、様々な問題で苦しんでいる子供達に居場所と理解を与えるために毎日がんばっている弁護士である。

 大平光代さんという人は知っていたし、本が売れていることも知っていた。
 しかし、今まではそれほど関心を持っていなかったのだが、
本人の口からこの話を聞いて、とてもすばらしい生き方であると思い、とても感動した。
 自分自身をしっかりと見つめ、とても素晴らしい方である。
 早速、彼女の著作物を買って読みたいと思っている。
 雨の日には、読書が最適である。(プラス思考、プラス思考)

2004年 5月 29日(土)

 今日は、所属している小学校の運動会の予定であったが、大雨のために順延となった。
 しかし、天気予報では明日も雨のようである。
 「幸せに生きる」ことををテーマにBlogもはじめたのであるが、その反響に驚いている。
 いろいろな人たちからのメールが届き、中には臨床心理士だったり、自分の子どもが発達障害であったりする方からも連絡をいただくようになっている。
 そのお陰で、自分自身も今までよりも幅広い考え方ができるようになっていることがありがたいと思っている。
 まさに、Webのすごさを実感している。
 自分の考えをWeb上に公開することによって、微力ながら精神疾患や「障害」についての理解に役に立っていることを感じている。
 幸いなことに、自分自身のうつ病の症状も快復に向かっている。
 自分自身が前向きに取り組めるまでに快復したことは確かである。
 元来、いろいろなことに興味を持ち、好奇心だけはあった。そのうえこだわりも強い性格であったので、やり始めたら自分の納得のいくまでやりたい。相手が誰であろうとも、自分の主張をはっきりと述べたい。そういう考え方は変わっていない。
 だからこそ、そういうことが災いしてうつ病を発症したとも言えるが、自分自身の性格は治せるものではないし、治したいとも思っていない。
 それどころか、そういった自分の性格を誇りにさえ思っている。
 今は、そのような本来の自分に戻ることができたことが、うつ病の快復を確かめることになっている。
 とは言え、以前のようにあまりにも熱中しすぎることは危険であると分かったので、無理なくマイペースを保っていきたい。

2004年 5月 28日(金)

 
今年度の4月から学校現場を離れての生活に入って2ヶ月が過ぎようとしている。
 この間、いろいろな本を読んだり、大学の講義への参加を通して、今までに知らなかったことや知っていても理解が曖昧だったことがはっきりとしてきた。
 このサイトは、自分自身がうつ病という精神疾患を患ったことをきっかけに作り始め、いかにしてうつ病とつきあっていくかを考え、実践しようとしていたのであるが、今では「人が幸せに生きること」が、このサイトのテーマとなってきた。
 しかし、それは精神疾患と全く無関係ではなく、いわゆる「社会的弱者」と差別的な言葉で呼ばれている人たちも幸せに生きるためには自分には何ができるかを模索しはじめている。
 社会的に差別や偏見の目で見られ、職場で認められなかったり、地域の目を気にしながら暮らさなければならない人たちが存在している。
 それは、その人達に原因があるのではなく、社会の目、職場の無理解からくる偏見こそが問題なのである。
 誰もがみんなが、堂々と暮らしていいのである。
 そんな社会を造りあげることが大きな目標になっている。
 実際には、「教育」という社会の中で動いているのであるが、社会そのものを変えていくことは困難があるのは分かっている。
 自分にできることは、「教育と育児」を改善していくことによって、社会を改善していくことだと思っている。
 そのためにも、知らなければならないことはたくさんあるが、無理をしないで一つずつやっていきたいと思っている。
 実は、このような考え方ができるようになったのも、うつ病という精神疾患を患ったことが大きな契機になっていることは間違いない。
 人間の心理や発達については、以前から興味はあったのであるが、自分の進むべき方向を決めたのがうつ病であったと確信している。

2004年 5月 27日(木)

 
今週は、子どもの起こした事件が影響したためもあり、子どもを取り巻く「問題」について触れてきた。
 ここで「問題」と書いたが、子どもたちに問題があるのではなく、大人の見方や社会の「子どもを見るものさし」に問題があるという意味である。
 実は、このことは決して子どもに限ったことではなく、いわゆる「社会的弱者」という立場に置かれた人たちにも共通のことだと思っている。
 私自身は、「社会的弱者」だとか「障害者」という言葉は適切な表現ではないと思っているが、ここではあえてそのような「用語」を使っている。
 この表現は、「健常者」を基準とした表現であり、「社会的弱者」だとか「障害者」は、決して社会的弱者でも障害者でもないのである。
 何をもって「社会的弱者」だとか「障害者」と決めるのかは、はだはだ疑問のあることである。
 この「社会的弱者」だとか「障害者」と呼ばれざるをえない人たちが住みよい社会を作ってこそ、「健常者」と呼ばれる人たちにとっても住み良い社会になるはずである。
 私自身は、今後そのような社会作り、地域の復活のために努力していくつもりである。

2004年 5月 26日(水)

 
子どもの発達障害について、どれだけの人が正しく理解しているだろうか。
 AD/HDという病名は多くの人が耳にしたことがあるであろう。
 「注意欠陥・多動」というふたつの言葉がつながっているのは、誰が見てもわかると思う。
 では、この二つの言葉はどんな意味か。
 なんとなく、「注意欠陥」とは、注意散漫で、ひとつのことに集中できないようなイメージをもつ。
 また、「多動」といえば、落ち着きがないことを示しているような気がする。
 実は、このようなイメージは大きな誤りを含んでいるのである。
 第一、そのようなことだけなら、たいていの子どもはそうであると言える。
 しかし、これらの症状がずっと続いていて、しかも家庭でも親が手を焼き、保育園・学校などでも問題行動を起こして先生も困っている場合にはADHDである可能性も高いので、適切な相談機関(児童精神科や児童相談所など)に相談してみる必要がある。
 ただし、医者といっても「小児科」の場合は、ADHDについての医者の知識や理解がなく、誤診(ADHDと診断されない)場合も少なくない。

 ADHDの児童は、学校生活においていろいろな問題を抱えやすい子どもである。
 上記の症状は、本人の努力にかかわりなく、突発的に起こる場合が多い。
 そのため、注意欠陥や多動・衝動性の症状が病気によるのだと知らなければ、本人が必死で努力しているにも関わらず、周囲から叱責され続けることになり、ますます症状は悪化していくことになる。これは、決して好ましいことではない。
 最近では、薬物療法や心理療法などで、この障害を克服させていく方法も見つかっているが、適切な治療や配慮がない場合は、ADHDの子どもたちは傷つき、その上、二次障害を引き起こしていくことにもつながる。
 ADHDが病気であると知らなければ、本人は、必死で努力しているにも関わらず、落ち着きの無さや衝動性を周囲から叱責され続け、本人にとって、多大な不利益を被ることになってしまうのである。

 しかし、きちんと理解した上で適切な治療をすることによって、行動面での改善が認められるようになるのである。
 であるから、教師や医師がまず最初になすべきことは、ADHDという「病気の症状を正しく知ること」である。
 このことは、うつ病をはじめとする精神疾患にも同様なことがいえる。

2004年 5月 25日(火)

 
今日は、「少年法」に関連して、以下の点を確認したい。
 「刑事裁判所」は、犯罪をした人の責任を追及し、責任と犯罪の内容に応じて、法律に決められた範囲内で刑罰を言いわたすことを目的としている。そのための手続は、すべて公開の法廷で行われる。
 おおまかなイメージとしては大人の殺人や強盗などの犯罪を対象にしていると思っていいのであるが、正確に言うと、子どもでも重大犯罪の場合には刑事裁判にまわされる。

 それに比べて「家庭裁判所」は非行をした
未成年者を非行から立ち直らせることを目的としている。
裁判官は調査官の調査の内容や意見を参考にし、また少年鑑別所の意見も参考にして最終的な処分を決めるのだが、裁判や調査は非公開であり、少年の名前も写真も一切公開されない。
 それは、
その子どもの立ち直りをできるだけ支援するという考え方に立っているからである。(なお刑事裁判が国民に公開される理由は、犯罪をしたとみなされた人が、自分の言い分を主張し、それを一般の人たちに知ってもらうためであり、決してその人をさらしものにするためではない。)
 
大切なことは、子どももおとなも犯罪をおかさないですむようになることであり、もし犯罪をおかしてしまっても、反省したり償ったりして、もう一度やり直すことができる余地というのをできるだけつくっておくことである。
 実際に、そういうふうに立ち直った青年もたくさんいる。
 人間は弱く、あやまちをおかすものであり、罪は犯しても、立ち直りのチャンスはあるのである。

2004年 5月 24日(月)

 
最近の子どもたちは、人とのコミュニケーションがとれない。協調性がない。主体性がない。体力の低下。犯罪の低年齢化。いじめ…などなど。今、子どもたちには様々な心配がされている。

 また、弱くなる家族のつながり。孤立する親子。虐待。地域の無関心…。
 少子化が進むなかで、大人にとっても、社会環境を見ても、子育てが難しくなってきていることも確かである。
 そんな中で、“遊び”というものをを通して、子どもたちが友だちや仲間と出会い、親子・家族の交流を深めたり、地域のなかでの関わり合いを通して、さまざまな体験・経験を手わたせるはずである。
 そのような体験や関わり合いを通して、子どもたちは人を思いやる気持ちや協調性を身につけ、コミュニケーションをとる力や主体性、体力を養い、家族や地域の人たちとの強いつながりを実感できるようになると考えている。
 そのような場作りや環境整備は、私たち大人の責任である。
 子どもたちに本来の「遊び」を復権しなくては、将来はないとさえ感じている。

2004年 5月 23日(日)

 学校では学級崩壊・いじめに対して歯止めがかからない状態で、不登校児童・生徒の数も増えるばかりで、学校だけでは対処できない問題がますます増えている。
 もちろん、子どもの教育は学校だけで行われるものではなく、家庭と地域と学校とがそれぞれ受け持つべきものである。
 勉強以外の力・・例えば社会性や協調性、思いやり等、生きるための社会への適応能力は、まず家庭の中で芽ばえ、地域での「子供社会」つまり子供同士のルールやふれあいの中で育っていくものである。
 しかし現状では、それらの力を育むための家庭と地域が機能しないで、家庭崩壊や地域崩壊も発生しているのが現実である。

 そうはいっても、そのことは十分に頭に置きつつ、学校の教員は、それも踏まえた上で、学校の実情を家庭や地域に発信していく必要がある。
 このような現状の中で、地域社会の肩代わりを学校がするしかないように思えるのである。
 すでに公園は子供の集まる場所でなくなりつつあるし、街角にも子供の姿が見えなくなって久しい。
 「子供の集まる場所としての地域社会」が、ほとんど存在していないというのが現状だといってもいい。

 そこで、最後まで子供の集まる場所として残るのが「学校」だと思っている。
 子どもの集団の場として生き残れる場所が「学校」なのである。
 それも、教員や親が子どもを引っ張っていくのではなく、子ども達自身が小社会を形成し、自分たちでルールを決め、それを守ってゆく場所は、もう学校しかないのかもしれないと思っている。
 もちろん、学校が居場所である限り、教員は子ども達の生活に関わっていく義務があり、なにか事故・事件が起こったときにはそれに対しての責任も問われてくる。
 
 一昔前までは、「子ども達の小社会」は、本来、教員管理による学校という場ではなく、親の保護のある家庭でもなく。「地域社会」で形成されるものであった。 しかし、実際、地域社会が子どもを育むという機能を果たしていないということになれば、学校が最後の子ども社会の砦として立ち上がるしかなく、教員はその責任に対して「腹をくくる」べきだともいえる。

 とはいっても、これは明らかに「学校の限界」を超えている。
 実際には、学校が受け持つ役割以上のことだとも思っている。
 しかし、反対に「学校だけでは対処できない問題が増えた」ということは、すなわち学校の役割がますます重要となっているということでもあると思ってる。
 学校だけで抱えることができないことは、地域の支援を求めていくことが学校の役割のひとつにもなるといっていい。
 学校だけで対応できないことが明かなわけであり、学校側も「学校の限界」を地域に発信する必要があると思っている。
 そして、家庭の教育力、地域の教育力が落ちている現在、学校からの発信をきちんと受け止め、地域社会も本気で子どもを守り・育てていくという自覚をもって地域社会の責任として子どもを育み育てるという機能を復活させていく必要がある。
 
 それも、形だけの集まりや話し合いをしたような格好では意味がない。
 家庭と地域と学校の本当の意味での連携・協調を常に頭に置き、それがお互いに対する責任のなすりつけあいにならないためにも、学校の果たす役割は大きい。
 学校が「学校の限界」を 外に発信していくことが、家庭と地域を蘇させる契機になるとも思っている。

2004年 5月 22日(土)

 今日も、「母親傷害事件」について書くことにした。
 その後も、自分自身でも、どうしていいか分からず、とにかく様子が知りたい、情報が欲しいという一心であった。
  このような事件を見聞きする度に思っていることであるが、子どもは、表面的には分からないが、内面では相当苦しい・辛い思いをしているに違いない。
 そのためにも、私たち大人がしっかり援助してやりたいものだと思っている。
 自分にとっても、これからの生き方を決めるような出来事であり、私でさえ普通の感覚ではなくなっているので、関係者の方の気持ちはさぞかし苦しい思いであると感じている。
 この事件を契機として、大人が本気にならないといけないことに、みんなに気づいて欲しい。
 そのために、私自身も動くつもりである。
 子どもの健やかな成長のために、大人としての責任として、みんなでこれからできることをやっていかなければならない。
 学校を変えていくこと、社会を変えていくこと、地域のつながりを復活させること。
 それが、みんなの幸せのためにできることであり、私自身もできることを全力で頑張りたいと思っている。

 新聞報道でしか情報は得ることができないが、いろいろな場で話し合いはなされているはずである。
 そこで感じることであるが、その場の雰囲気がどうだったのかは分からないが、具体的な行動を確認することが必要である。
 「思い」だけでは、何も変わらない。
 一人一人が自分の問題だと受け止めることが大切であり、少なくとも、「意志のある」保護者だけでも行動すべきではないか。
 「行動」とは、親の意識を変え、行動として表現していくことである。
 今こそ、今後の保護者間の結びつきが大事なのである。それも、イベントとしてで集まるのではなく、日常的な交流こそが必要である。
 自己表現の形こそ間違ったものではあるが、2人が大人たちに訴えたかったことをしっかり受け止めてやりたい。あのような方法でしか表現できなかった辛い思いを受け止めてやることが、私たち大人にできることではないだろうか。
 2人の思いを受け止めて、子どもをとりまく環境を浄化していくことが、私たち大人の責任である。
 そのことを、少なくとも関係者は感じて行動していかなくてはならない。
 2人の「思い」を大人が実現するためにも。

2004年 5月 21日(金)

 
鳥取県での中3生 母親殺人未遂事件!!
 私にとって、生涯忘れることができないと言っていいほど、とても衝撃的な事件である。
 今後の自分自身の生き方にも関わって、自分自身の問題でもあるととらえている。
 心が痛む。
 気持ちが落ち着かない。
 怒りさえ感じている。

■中学校の教諭の発言
 「ごく普通の生徒だったのに……」 (5月20日付 毎日新聞)


 この発言は絶対におかしいと思う。
 新聞というフィルターを通しての情報であるので、正確な発言ではないのかもしれない。
 ところで、「ごく普通の生徒」という判断基準は何だろう?

 また、そのようなことに至るまでには、
必ず何かしらのサインはあったはずである。
 その生徒は相当追い込まれ、辛かったに違いない。
 事件に至るまでの間、その心中は、相当苦しかったに違いない。
 それなのに、まわりの者がこうなるまで気づかなかった、気づけなかったことに大きな問題点がある。

 この事件は、中学校の教員、その母親だけの問題ではなく、
教育そのものの問題だと考える必要がある。
 決して、他人事ですましてはいけない問題である。
 子どもをとりまく教育関係者の責任として受け止め、教育行政のシステムそのものから改革していかなくてないけない。
 私自身は、それだけ大きな事件なのだと考えている。
 
学校教育の関係者のトップの危機管理意識の低さ、児童生徒の理解の甘さを露呈した象徴的な事件なのである。

■関係者(誰のことをさしているのかは不明)によると……
 「少年らは、不登校などの問題も特にない……」(同新聞)とある。


 もし、不登校生徒だったら問題があるというのだろうか!!
 この事件、もし不登校生徒が起こしたとしたら、
 「あの子は、不登校だったので……」 という発言になるのだろうか??

 不登校は「問題」ではない。
 不登校は「悪」ではない。
 不登校を「問題」だととらえていることが「問題」である。不登校を発生させている教育システム、そして社会体制こそが「問題」なのである。
 そのような認識に立っていないと、不登校にたいする見方・考え方の大きな間違いと偏見を産む危険性がある。

 そして、教育関係者は、そのことに気づいているはずだが、対処療法ですませている。
 
根本的な、抜本的な教育改革が必要である。
 教育システムを本気で変えていくという熱意がないとダメである。

 今後も、私自身は、自分も事件の当事者であるという認識に立って、問題解決に向けて行動をとっていくつもりである。

2004年 5月 20日(木)

 
自閉症がもたらす行動上の問題は、とても重いものから軽いものまで様々である。
 行動上の問題が重い場合は,ひどく攻撃的になることがあり、場合によっては自傷行動に及ぶことさえある。
 これらの行動はいつまでも続き改善するのが難しい場合もあり、まわりの理解と援助が必要である。

 軽度の自閉症は学習障害に似たようなものであるが、軽度の自閉症の人であっても、コミュニケーションと対人関係の障害により、周囲に誤解されつらい思いをすることがしばしばあるのが普通である。
 このような自閉症に対しては、有効な対応をすることができる。
 周囲の人の適切な指導や援助によって、どんな自閉症の人でも目覚しく伸びることが研究の結果明らかになっている。
 自閉症の人たちの多くは、自分たちの周りの世界を理解する力を身につけるにつれて、人への対応の仕方がよくなっていくのである。

 例えば、自閉症の人の困ってる様子が見えたら……

 どうか、放っておかないことである。
 いかにも自分の意志でなくそこにつれてこられたような感じで一人でいたり、しばらく同じ場所でふらふらしていたり、電車の中で一人で歩き回っている人がいたら。疲れ果てた様子で道端に座りこんでいたり、寒空に裸足でいる人がいたら。 服の着方が異様だ。こだわりや、奇妙な手付きを操り返しているなど。そんな光景に出逢ったとしたら……
 時には駅などで、自動販売機の使い方がわからないのかも知れない。
 声を掛けて手伝ってやってほしい。
 大人の迷子かも知れません。迷子なら、交番につれていってほしい。

 
参考図書:障害を知る本シリーズ 全11巻「自閉症の子どもたち」(大月書店)

2004年 5月 19日(水)

 
最近、マスコミなどでも自閉症や学習障害など、発達障害について取り上げられることが多くなっている。
 この4月から始まったテレビ番組「光とともに」 の影響もあって、発達障害についての関心も高まっているように感じている。
 そんな中で、当事者に対する周りの人の輪は大切なことである。

 私なりに、発達障害について、クラスや学校でのみんなの理解のためにできることをあげてみることにする。

1.まず、教師自身が発達障害について「正しい理解」をすること。
  そのためには、「正しい理解」ができるまで学習する必要がある。
  理解のために、必要な情報はたくさんある。
  私自身も、研修して初めて知ったことや間違った認識をしていたことにも気づくことができた。

2.その理解の上に立って、「発達障害のことをどう伝えたらいいか」考える。
  学校全体での共通理解の上に立った学校としての対応の仕方を考えておく必要がある。

3.発達障害のある子どもの保護者の思いや願いを知る。
  教師の一方的な思いだけで伝えることは危険である。
  本人の思いや保護者の願いを抜きにしては考えられない。

4.学級の子どもにも「正しいこと」をきちんと伝える。
  本人のできること、できないこと、援助の必要なことを伝える。

5.ともにくらしていく中で、クラスの子どもたちは発達障害についても肌で理解し、援助ができるようになると思っている。

 このことは、発達障害だけでなく、人権・同和教育、福祉教育、平和教育などなど、まずは教師自身が「正しい理解」をすることと本人や保護者の意志を大切にすることによって、それぞれの対応の仕方は決まってくるはずである。

2004年 5月 18日(火)

 
自閉症やアスペルガー症候群など発達障害の早期検診や支援態勢の整備などを盛り込んだ「発達障害支援法案(仮称)」が議員立法で今国会に提出される見通しとなった。
 今まで発達障害についての偏見や誤解が根強く、社会生活が困難なケースは多いが、これまで自閉症などは福祉の対象として法的な規定はなかった。
 また、発達障害と関連して、毎日新聞(2004年4月21日付 東京朝刊)の記者の目「自閉症児の父として」の反響がすごい。
 その中には、次のような小学校現場での考えられない教師の対応も出ている。

 『和歌山県に住む小学生男児の母(39)は、乳幼児健診で不安を相談した保健師から「友達もいないから子育ての悩みを相談したいの?」と相手にされなかった。担任教師はパニックを起こす子供に「帰れ」と怒鳴り、校長には「こんな大変な子が学校に見てもらえるだけありがたいと思いなさい」と諭された。』

 発達障害は、精神疾患ではないが、精神疾患に対する世間の偏見や間違った認識、職場や学校での差別はまだまだたくさん残っている。
 社会的に弱い者が安心して暮らせる世の中にしていってこそ、みんなの幸せにつながることは明かである。
 そのためにも、社会の人々の正しい理解が望まれる。

 毎日新聞の反響記事について、詳しい内容は こちらのページ でどうぞ。

2004年 5月 17日(月)

 
5月も中旬を過ぎた。
 最近は体調の方は良いのであるが、毎週の土日にいろいろなところに出かけているので、肉体的に多少の疲労感を感じている。
 しかし、精神的には気分もよく落ち着いているので、いいだろう。
 研修の方は、いよいよ本格的な実践研究に入っていこうと思っているが、まずは子どもや保護者、そして教員の意識調査から始めようと考えている。現実の生の声を聞くことからが出発としたいからである。
 今週は研修会への参加や現地研修会も予定しているので、いつものつまらないデスクワークばかりではなく、変化のある週になりそうなので楽しみにしている。

2004年 5月 16日(日)

 今日は、不登校の親の会に参加した。
 今回は、3人の不登校体験のあるお母さんから話を聞くことができ、親の思い・子どもの思いを直接感じることができた。
 また、今まではお母さんが中心となって参加されていたが、今日の会にはお父さんや祖父母の方の参加もあり、さまざまな意見や考え方を聞くことができ、また新たな思いを持つことができたとともに、自分の考え方に自身も持つことができた。
 やはり「生の声」を聞くことは大切なことである。
 与えられる研修や出張では得ることのできない貴重な話を聞くことができるのである。
 今の私自身にとっても、本当に大切な「場」になっている。
 個人として参加をしているのであるが、やはり「学校」としての意見も求められることもある。
 そんなときは、学校や文科省・教育委員会の方針を伝えると同時に、自分はそれにたいしてどんな考えをしているかとか自分の行動を紹介したりや発言をするようにしている。
 お互いが、いかに世間体や周囲の目を気にしながらくらしているか、本当に大切なものは何かについて考えることができている。
 自分自身の問題意識をみなさんに話すことによって、感想も返ってくる。そうすることで、自分の自信にもつながるし「生き甲斐」のようなものすら感じることができている。
 これからも、いろいろな人とのネットワークを広げていくことを通じて、自分に出きることを行動で表したいと思っている。

2004年 5月 15日(土)

 最近は心身共に体調がいいので、主治医の先生のどんな判断を効けるか期待して定期通院に向かった。
 結果としては、薬の服用はストップとはいかなかったが、朝と夜の2回の服用が、夜だけの服用で良くなった。しかも今までよりもその量もぐーんと少量になった。
 自分でも、今の環境になってから随分よくなったという自覚症状も感じられているので、薬のストップを期待していたが、やはり徐々に減らしていくのがいいようである。また次回の通院でどう判断がされるのか楽しみである。
 午後からは、不登校の親の会(県中部)に参加した。
 県内にある様々な会のひとつであるが、今回は他県で親と子の教育相談をしておられる相談員の先生の話を聞いて、参加者同士で意見交換をした。この会に出ていつも思うことは、参加者が対等に話ができ、本当に忌憚のない素直な思いが出ているということである。私自身も自分の立場でものを言うのではなく一個人として話ができるのがいいと思っている。
 今日の会には初めて参加された方もあったが、いろいろな考え方を知ることができて、自分としてもとても有意義であり参加して本当によかったと思っている。
 自分自身の生き方を振り返る機会にもなっていてありがたいと思っている。
 明日は、東部地区の親の会に参加する予定であるが、毎回楽しみである。

2004年 5月 14日(金)

 
今日は、「構成的グループエンカウンター」についての本を読んだ。
 今の時代、自分で自分の存在を実感できない子どもたちが増えている。
 自分は、確かに「生きている」のだけれど、その自分の存在そのものにリアルな実感をもてない。「これが自分だ。」という実感がなく、自分と周囲の間をただフワフワと漂うように生きている。
 自分と自分でないものとの境界があいまいで、何が自分で、何が自分でないのかが定かではない。自分は本当に自分のしたいことをしているのか、それとも周りの人から期待されていることをただしているだけなのか、自分でもよくわからない。そんな実在感の乏しい子どもたち。
 そんな子どもたちが増えている気がしてならない。

 構成的グループエンカウンターは、こんな時代を生きている子どもたちに、自分という存在をはっきり感じることのできる機会を与えていく。
 「これが自分だ」「自分はこんな人生を生きていきたい」こんな意識を持たせるためのユニークな教育方法である。

 このことは、子どもだけの課題ではなく、大人も含めた問題ではないだろうか。
 うつ病の人にとっては、まさに「自分で自分の存在を実感できない。」「自分で自分を否定してしまう。」ことが問題である。
 そこで問題解決・治療にあたって大切なことが、「自分自身のことを知ること」である。
 自分自身の長所や短所が見えてくると、周りにいる人たちのことも少しずつ理解できるものである。

 その中のひとつの方法であるエゴグラムは、「自分発見」の方法のひとつである。
 エゴグラムは、交流分析理論という心理学をベースに作られていて、心療内科医や臨床心理士などの間では、非常に有名な心理テストである。
エゴグラムの自己診断は、こちらのページ で試すことができるので、お試しあれ。

2004年 5月 13日(木)

 
今日は、午後から「ギガビット・シンポジウム2004」という会に参加した。
 JGNUを用いた超高速伝送を実体験するとともに、シンポジムでの講演や、各県の代表者による発表等を通じネットワーク利用技術やアプリケーション技術の研究開発等活動の活発化を図ることが目的である。

 はじめに、基調講演として「インターネット天文台奮闘記〜地域と教育の活性化〜」というテーマで和歌山大学学生自主創造科学センター教授の尾久土 正己(おきゅうど まさみ) 氏の話を聞いた。
 そのなかで、和歌山県海草郡美里町のみさと天文台での取り組みについての話をには感銘した。
 世界の各地から日食を生中継するという夢を実現した話である。
当時は、パソコンはほとんど普及していなくて、インターネットも研究用に試行されていたときであったのだが、そんな環境で宇宙の星々をインターネットで中継するという夢のようなプロジェクトに取り組んだ話であった。
 まさに「夢を形にする」という実践である。
 
 その後で、中国5県をテレビ会議システムでつないで、「教育分野でのネットワーク活用」というテーマでのパネルディスカッションがあった。
 ハード面での環境整備は進んできたが、人という環境を含めた「ソフト面」での充実がまだまだ必要だと感じた。
 自分自身でも、「できることを できるように」実践を続けていきたいと思っている。

2004年 5月 12日(水)

 
今日は、学習障害(LD)について学んだ。
 『学習障害(LD)とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、 読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著 しい困難を示す様々な状態を指すものである。 学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的 な要因が直接の原因となるものではない。』

 これが、1999年7月に、文部省・協力者会議(「学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調査研究協力者会議」)が「学習障害児に対する指導について」(いわゆる最終報告)の中で示したLDの定義であり、現状日本では唯一の公式の定義である。
 この定義で取り上げている主症状は、下記のとおりである。
  (1) 言語能力の困難
  (2) 読字・書字の困難
  (3) 算数・計算の困難
  (4) 推論の困難
 最終報告の中でも示されているが、中核症状ではないとの考え方で、定義からははずれたものの、LDはこの他に下記の様な困難を併せ持つことが多いとされている。
  (1) 社会性の困難
  (2) 運動の困難 
  (3) 注意集中・多動による困難  

 LDは症候群であり、個々のLD児・者たちが抱える困難は多様である。
 例えば、
・聞いて理解することはできるのに、教科書や黒板の字を読んで理解することが困難な
 読字障害。
・コミュニケーションや集団行動がうまく取れない社会性の困難
 などがある。

 LDは中枢神経に何らかの機能障害があると推定されているが、現在の医学でははっきりと解明できておらず、また一部の症状を除いて有効な医学的治療法はない。
 LDは、教育的概念用語として定着しつつあるが、決して学齢期だけの問題ではない。
 そして、一生涯何らかの困難を伴うものとされている。

 「ペンギンくらぶ」のホームページによると、「発達障害児の理解と支援」に関して、以下のような記述がある。
 『発達上の障害を持ちながら成長して行く子どもたちの能力を最大限に発揮し、社会的な不利益を被らないためには、それぞれの障害特性に合わせた特別な学習が必要である。健常児との比較ではなく、それぞれの障害特性(ここでは、LD・ADHDだけなのか自閉症があるかの見極めが重要)に応じた発達尺度で、現在、発達段階のどこにあるか常に把握していること。今できていること・今わかっていることの、一つ上のステップを課題にすること。できることを伸ばし、そこから広げて行くこと。それぞれの障害特性に固有の心理的問題を、決してないがしろにしないこと。』

 大切なことは、障害の正しい理解の上に立った適切な支援である。
 障害に対して先入観や偏見でとらえることの危険性と、個々にあった支援の方法を専門家だけでなく、たくさんの人の理解が必要だと感じた。

2004年 5月 11日(火)

 
今、心理学を教育相談にも役立てようと、「アドラー心理学」についての本を読んでいる。
 
「アドラー心理学に学ぶ勇気づけの学級づくり」(中野浩彰 著 明治図書)
 
「アドラー心理学トーキングセミナー(正・続)」( 野田俊作 著 星雲社)
 
「クラスはよみがえる―学校教育に生かすアドラー心理学」( 野田俊作 萩 昌子 著 創元社)

 その中で、自分が今まで考えていた「教師と子どもの関係」について、まったく正反対なことが書かれていた。
 例えば、「小学校一年生が、朝、教室でオイオイないている。」場面でのこと。
 こんなときには、どうするか。まずはさておき、「どうしたの、何かあったの?」とその子に聞くはずである。
 しかし、アドラー心理学では、ちがうのである。
 どうするかといえば、とりあえず「泣きやむまでほうっておく。」のだそうである。
 この例に限らず、子どもの不適切な行動に対して、教師は何もしないと不安になることが多い。実は、不安になるのは子どもではなくて教師なのだ。
 「子どものため」と言いながら、教師自身のの不安をなくすための行動であることが多い。

 また、こんな例もある。
 「学校には、さまざまなきまりやルールがある。」何か問題があると、子どもに対して新たな禁止事項を作っている。
 ルールの制定と運用については、大切なことが多いのであるが、『クラスはよみがえる』の一節は重要であると感じた。
 『禁止ルールは、最小限にとどめるべきです。「○○をしてはいけない』という「禁止ルール」は、不適切な行動、すなわち共同体に対して破壊的な行動についてだけしか作ってはいけないということです。』

 また、「子どもの問題行動の原因を家庭にある」と見る場合がある。
 それに対して、野田氏はこう述べている。
 『子どもたちも、あなたの前ではあなた用の顔をしているのです。あなたの前にいる問題児は、あなたの前にいる問題児なのです。』

 まさに、変わるべきなのは教師自身、自分自身なのである。
 他人のせいにしがちな傾向の強い私自身にとっては肝に銘じておかなければならない一節であった。

2004年 5月 10日(月)

 
今日は、文科省がまとめた2003年3月27日付けの「不登校の保護者に対するアンケート調査」を読んだ。
 その内容は、以下のように多岐にわたり、不登校児童・生徒の思いや、効果のあった学校の措置なども盛り込まれていて、自分の研究のテーマである「不登校対策」についても参考になりそうである。

・学年別不登校児童生徒数
・不登校となった直接のきっかけ別の推移
・本人に尋ねた不登校のきっかけ
・不登校状態が継続している理由別推移
・不登校児童生徒への指導結果の状況
・「指導の結果登校するようになった児童生徒」に特に効果のあった学校の措置
・不登校生徒の卒業後の進路
・学校を休んでいたときの気持ち
・家庭の教育力が低下していると思う理由
・不登校経験に対する評価
 など

 意識調査で自分自身を振り返った「不登校経験に対する評価」を見ると、「行けば良かった、後悔している」が36%、「しかたがなかった、どうしようもなかった」が31%、「行かなくてむしろ良かった」が28%あった。
 全体の64%は不登校であったことを「しかたがない、よかった」と考えていることになる。
 問題は、3分の1の「後悔している」子どもに対してどのような対応をする必要があるかということである。
 また、不登校体験による苦労についても、不安感や学力・体力の低下が心配であるという子どもが多い。
 これらの苦労・不安をどのように払拭していくかも大きな課題であると思っている。

 このサイトでは、精神疾患と不登校を同じような視点で考えているが、やはり大切にしたいことは「本人の意志」であり「本人の思いや願い」をしっかりと受け止めることであると思う。

2004年 5月 9日(日)

 今日は、昨日から2日間の日程で開催されている少年サッカーの地区予選の応援に出かけた。
 わが子のチームと勤務校、そして前任校が昨日の予選を勝ち抜いてベスト8まで残ったのである。
 今日は朝から天気が心配されたが、幸いなことにだんだんと日差しも差してきて、サッカーをするのにはいいコンディションとなった。
 今日の試合は、その3チームがベスト4にまで勝ち進み、どの試合もみんながよく頑張り、白熱したいいゲームであった。結果は、わが子のチームが準優勝、勤務校が3位となり、そろって県大会出場が決まった。
 私自身も保護者の一人として、見ながら思わず大きな声で応援に力が入ってしまった。
 結局、今日は一日中グランドでの応援をして過ごしたことになる。
 子どもたちがひとつのことに向かって、みんなで頑張っている姿を見ていると、こちらまで元気をもらったような気がしてくる。また明日からの仕事の活力として頑張っていきたいと思っている。

2004年 5月 8日(土)

 今日も不登校についてのことを書くことにする。
 今では、全国的にフリースクールや不登校の子どもを持つ親の会が作られて、それぞれが定例会、講演会、そして各種の集いやイベントなどを開催しながら独自の運営をされている。
 これらの会は、そのほとんどが「自助グループ」で、自分たちの共通問題をお互いに考え、それぞれの知恵を結集して直面している問題のために努力していく市民活動である。
 この活動や組織は、対等な相互援助が基本である。学校の教員、医師、相談の専門家であっても、上下関係は一切ない。

 このような「不登校の子どもと親の会」が、県内にもいくつか作られて、活動されている。
 私も、その会のメンバーの一人として各地の会に参加している。
 県内の会では、東部に1つ」、中部に4つ」、西部に1つずつ自助グループがあり、それぞれが独自の活動をしている。
 また、東部と中部には「フリースペース」もあって、誰でも利用できるようになっている。
 しかし、現状ではその存在を知らない人も多く、それぞれの会のスタッフもたくさんの人の参加を期待しておられる。
 ぜひとも、不登校で悩んでおられる保護者の方に参加していただきたいものだと思う。
 参加するには、ちょっとの勇気も必要であるが、会に参加することで得られることも多い。

 定例会では、お互いの経験を語り合ったり、子どもとのかかわり方、教育について相談し合ったりしながら、不登校の子どもを理解し支えていく活動に取り組んでいる。
 私が参加していて感じることであるが、どの会にも共通して言えることは、「ゆっくりと今を大切に生きていくことが一番大切なことである。」と気づき、「その人なりに楽になり、生きる力や希望を見いだしていくことができたらよい。」と考えておられることである。
 決して不登校を問題とは見ないで、「自分らしく堂々と生きていく」ことをめざして活動されているのである。
 今日は、午後から西部の「不登校の親の会」に参加してきた。
 そして、昨日作成した保護者対象のアンケートに記入をお願いしたところ、快く書いてくださった。
 どちらかというと、学校関係者に対しては不信感をもっておられる方もあるのだが、私の思いを受け止めてくださったものと理解し、とても感謝している。これからは、学校もいろいろな関係機関や保護者の方と意味のある連携をとりながら、子どもたちの自立支援を行っていく必要がある。
 私自身もその中の当事者として、連携の推進役を務めることができたらと考えて、これからも行動していきたいと思っている。

2004年 5月 7日(金)

 
昨日と今日は、いよいよ実践に向けてのアンケートの原案を考えた。
 アンケートの対象として考えているのは、児童・生徒、不登校児童・生徒とその保護者、小中学校の不登校担当の教員である。
 まずは、それぞれの実態調査から始め、実際に面接や聞き取りを通して、「不登校・学校不適応」についての意識をまとめた上で、調査結果の考察と課題を明確にして、その課題に対する具体的な対応の方法を探っていきたいと考えている。
 不登校に対する対応については、もちろんケースバイケースで、10人いれば10通りの対応の仕方がある。そうではあるが、ある程度「このケースにはこの対応で」というような見通しをもったマニュアル的なものを作れたらいいと考えている。
 そのためにも、事例をたくさん研究・分析をする必要もあるし、なんといっても「生の声」を聞き取ることが大切なことだと思っている。今までの自分自身の体験も振り返りながら、じっっくりと腰を据えた研究をしていきたいものである。

 連休でゆっくりリフレッシュもできたので、体調の方は心身共にいい調子である。
 主治医の先生からも、「連休があけたら薬の服用は止めてもいいくらいです。」と言われているので、ストレスやプレッシャー、突然のハプニングに対しても自己コントロールが出きるようになってきたので、自主的に服用もストップしている。
 次回の通院日が楽しみである。

2004年 5月 6日(木)

 
今日は、研究テーマに関して最も根本である「義務教育」について考えてみた。
 法律では、「義務教育」について以下のように定められている。
「国民は、その保護する子女に、9年の普通教育を受けさせる義務を負う。」(教育基本法:第4条)
 ここで勘違いしてはいけないのが、「義務教育の義務」とは、「子供が教育を受ける義務」では無くて、「大人が子供に教育を受けさせる義務」であるという事です。
 不登校の子どもの視点に立って考えると、義務教育の義務に違反しているのは不登校の子供たちではなくて、不登校になった子供の周りの大人たち(両親だけではありません、地域社会の大人、行政担当者、社会的な環境整備も含めて)なのです。
 また、国民に与えられた義務は、「子供に教育を受けさせる義務」であって「学校に行かせる義務」ではないのです。
 簡単に言うと、家で勉強を教えるだけで「義務教育の義務は果たしている」のです。
 ということであるならば、学校に行かなくても、勉強を学ぶ事が出来るようなシステム作りが必要であり、学校そのものを学びやすい雰囲気の場所にしていく義務が大人たちにはあるのです。これは教育関係者、教育行政に関わっている大人の責任と言ってもいいでしょう。
 それらの解決をしていくことなしに、ただ不登校の子どもを「学校に行かせる」ということを目的に指導しても無理があるのではないだろうか。

 ここで「不登校」の子どものことを取り上げたが、このことはうつ病をはじめとする精神疾患者に対しても同じことが言えると思っている。
 精神疾患になったのは、本人に責任があるのではなく、職場や地域などの社会環境の方に問題があるととらえることはできないだろうか。
 精神疾患の人たちに対する社会的な偏見や差別は厳しいものがあり、本人に原因があるという見方も根強いものがあるのが現実である。
 それこそ、社会的な環境整備こそが大切なのである。

2004年 5月 5日(水)

 連休最終日。
 今日は、勤務校の野球チームが地区の野球大会のベスト4にまで勝ち進んだので、その応援にでかけた。
 準決勝をコールド勝ちで決勝へ進み、決勝戦でも10対0の大勝で優勝した。保護者の方もたくさん応援に来ておられ、選手のみんなの顔も誇らしげであり、私も自分のことのように嬉しかった。今度は6月の県大会でも大活躍をして欲しいものである。
 個人的には、同じやるからには、もっと上をめざしてやらせたいものである。
 監督の言葉によると、「小学生として、試合は楽しくやらせることができたらいい。」とのこと。
 その言葉で子どもたちも自分の力を十分に発揮できて、今回の優勝にもつながったのだと思う。
 
 最近、『人格障害かもしれない』(磯部 潮 著 光文社新書)を読んだ。
 その内容を少しだけ紹介する。
「人格」とは、普段使う性格と同じような意味である。
「人格」には「気質」と「性格」が含まれるている。
「気質」は遺伝的な要素が強く、「性格」は周りの環境や、社会、文化などに強い影響を受けるものである。

「人格障害」とは、その人の持っている「人格」が常道からはずれてしまって、社会生活に障害を来すものを言う。
 青年期や成人期早期に始まることが多く、長期にわたってその人格が安定しいて、苦痛を伴う。
 この中でその障害が他の精神障害に原因がないものを一般的に人格障害という。
人格障害と診断が可能な人たちの中には、特異な才能を持った人が一部に存在する。
 彼らの多くは生活が破綻し、アルコールや薬物に手を出したり、自殺を何度も試みたり、実際に自殺してしまったり、友人関係や異性関係がいつも不安定だったりする。
 その一方で彼らは非常に精力的に創作活動を行い、創造的な仕事をしている。
 これらの代表的な人物として、本書では尾崎豊、太宰治、三島由紀夫を取り上げている。

 この本の著者の磯部 潮氏の『不登校を乗り越える』を読んだのがきっかけで本書も読んでみたのだが、精神疾患についても分かりやすく事例を交えながら書かれていて、読みやすい本である。

 さあ、これでゴールデンウィークも終わり、明日からはギアチェンジして、実践研究にむけたアンケートや調査内容を決めていきたいと思っている。

2004年 5月 4日(火)

 リフレッシュ休暇3日目は、朝からひどい雨になった。
 最後の朝食は、昨日買っておいたパンと冷蔵庫の片付け。
 3日目ともなると、帰るのが惜しいような感じである。
 雨の中だったので、コテージからクルマまで荷物を運ぶのが大変であったが、みんなの協力で無事収納完了。
 昼食はお目当てのラーメン屋に寄って、帰路についた。
 帰りもUターンのクルマで混み合っていたので、渋滞を避けて山道を快適に飛ばした。
 こうやって、自分にとっての迂回路をもっておくことはとても役に立つ。
 帰りも予定よりも早く到着して、3日間のリフレッシュも終了。
 ひさしぶりに自然の中で過ごすことができ、心も体もいい休養ができたと思っている。
 ゴールデンウィークも明日で最後なので、遊びモードから仕事モードに体調も戻さなくてはならない。
 仕事といっても、今年度は自分のペースで進めることができるので、目標に向かって着実に進めていく計画である。
 5月には、デスクワークばかりではなく、施設見学や共同体験の他、自分の研究テーマに関するアンケート調査のために、県内の学校訪問なども計画しようと考えている。

2004年 5月 3日(月)

 リフレッシュ休暇2日目の朝、空はどんよりと曇っていたが、遠くの方では日差しも差しているようで、これなら外にも出かけられそうである。
 コテージから15分ほどの所にあるファミリーパークへ行った。
 子どもたちが昨年からゴルフに興味を持ち始め、今回もそれを楽しみにしていたのである。久しぶりに外で過ごしたが、やはり歩きながら自然の空気を吸い込むのは気持ちがいい。
 パターゴルフで18ホールまわった頃にちょうど雨が降り始めたので、そのタイミングにレストランで昼食を食べた。
 午後は雨も上がり、コテージで一休みしてから近くの広場で遊んだ。子どもたちは、サッカーボールひとつあれば十分に楽しんでいた。その間、大人はしばしの休憩をとった。
 その後、昨日のスーパーへ今日の夕食と明日の朝食の買い出しに行き、リフレッシュ休暇2日目の夜を迎えた
 ここは家族みんなのお気に入りの「別荘」感覚であり、毎年の好例行事にしようと思っている。
 抗うつ剤も朝だけにして、夜はアルコールのために飲まないで過ごしたが、リフレシュできる環境にいたことで、ストレスやプレッシャーも感じることなく快適に過ごすことができた。
 これなら、次回の通院で薬の服用もしなくて済みそうな予感がしている。

2004年 5月  2日(日)

 今日から2泊3日のリフレッシュ休暇に入った。
 今回は、去年好評だったコテージに2泊することにした。
 昼食を食べてから、午後に自宅を出発して、現地に4時に到着する予定であったが、途中の渋滞を避けるため山道を通り抜けて自動車道へ入った。すると、混雑もそれほどではなく、予定よりも1時間も早く現地に到着した。
 その時間を使って、近くのスーパーへ今日の夕食と明日の朝食の買い出しに行った。ちょうど日曜日とあって、抽選会がありみごとに2等賞でビール4本が当たった。いつもはアルコールは止めているのだが、こんな日には飲んでも良いことにしている。久しぶりに飲むビールは去年の10月依頼となり、やけにアルコール感を感じた。久しぶりに「酔い」を味わっていい眠りにつくことができた。
 明日の天気が心配だが、なんとか雨が落ちてこないように願いたい。 

2004年 5月 1日(土)

 今日から5月。待ちに待ったゴールデンウィークのスタートである。
 今日は、朝から夏休みの予定のため、オートキャンプ場の予約電話を入れるのだが、絶えず話し中。しかもNTTからの「混み合っています・・・」のコールまで入っている。
 今日は、一日電話とかかりっきりであたが、結局電話がつながることはなかった。
 Webで確かめてみると、7月8月の土曜日はすでに満員になっていた。
 これでは予定を変更して、平日キャンプにすることにした。

  明日からは、家族で2泊3日のリフレッシュをしに出かける予定にしている。
 1年ぶりのアウトドアで5月の連休に出かけるのは久しぶりなので、楽しみである。

 仕事の方は、始まってから1ヶ月がたち、自分のテーマや年間計画もはっきりしたので、今月からはいよいよ実践の開始となる。