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| 2004年 4月 30日(金) 研究生活に入って1ヶ月、4月も今日が最終日だ。 今日は、『不適応能力−どんづまりが出発点』(大越俊夫 著 致知出版社)と『不登校を乗り越える』(磯部 潮 著 PHP新書)を読んだ。 大越俊夫氏(師友塾 塾長)は、不登校に対してこのような考えに立って、子どもたちの指導に当たっている。 『学校へ行こうが行くまいが、行けようが行けまいが、つきつめれば、そんなことはどっちでもいいことです。学校であるかそうでないかにかかわらず、そこが子どもにとって安心できる居場所であるかどうか。私たち大人が子どもに用意してやるべきは、そういう場所です。そこで、子どもははじめて本来の子どもに返ることができるからです。私が学校外教育によってめざすものはただひとつ。それはこれまでの30年も、これからの30年も少しも変わりません。すなわち、子どもを学校へ帰すのではなく人間に返すこと。いや人間を人間に戻すことなのです。』 そして、「元気」ということを次のように定義している。 1.自分の将来を見通すエネルギーがあること。 2.その夢の実現のために具体的な案を考え出すエネルギーがあること。 3.その具体的を達成するために、小さな努力を継続的に続けるエネルギーがあること。 それでは、不登校の子どもの「元気」は、どのような過程をたどって現実のものになるのか。不登校に限らず、子どもというものはどんな段階を経ながら成長し、変わっていくのか。 「子どもを元気にする7段階」を次のように段階づけている。 ・第1ステップ 『直視する』 痛い思いをしなくては、本当の元気は得られない。自分の立場を「直視」すること。学校を不登校しているという自分の現 実・事実を理解することからスタートする。 ・第2ステップ 『自覚する』 自分の立場を「直視」したあとはその事実・現実を認識し、意識化して言語化(自分の言葉で自分の状況を表現)する 「自覚」という段階が必要。 ・第3ステップ 『容認する』 子は自分で自分を許し、親は子を無条件に受けとめる。事実から目をそらせて逃げないで、勇気をふりしぼって自分で 自分を受けとめ、「元気」に向かって踏み出す。 ・第4ステップ 『脱皮する』 いったん受け容れた自分の古い衣を脱ぎ捨てる。みじめな自分を「容認」した子どもは、そこに長く留まる必要はない。 今度はそこから卒業すればいい。 ・第5ステップ 『覚醒する』 大変難しい心の作用。「学歴主義社会」に見切りをつけ「出世主義」を手放して新しい「生き方」や「価値観」に目覚める。 ・第6ステップ 『同化する』 主体的に生き、親に自分の考えを話せるようになる。子どもを「元気」にするためにがんばっている先生や仲間、その 様々な活動や環境と自分を「同一化」する。 ・第7ステップ 『出立する』 「元気」をとり戻し、目標を定めて再び動き出す。しっかりと自分の生きる道を定め、その道に向かって歩きだす。 この段階を経て「元気」を回復できれば、一個の人格としても完成されることになり、その後、学校へ戻ろうが既成社会 へ出ようが、新しい道を歩もうが、自己を見失うことなく、誇りを持って生きていける。 この本を読んでいくに従って、私自身の考えていたこととの共通点の多いことを感じた。 うつ病の回復も、これと似たようなステップを踏んでいるのではないかと思った。今の自分は、上の段階でいえば第6ステップから第7ステップあたりではないかと思っている。完全に第7ステップにまで到達するには、まだ自分自身の迷いがある。 このようなステップを踏んで子ども自身が「元気」になることができれば、後の道は自分自身が自信を持って歩んでいけるのである。 |
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| 2004年 4月 29日(木) 今日からゴールデンウィークに入った人もあるのではないだろうか。 明日30日を休みにしたら、連続1週間の休暇となる。 自分自身、ここ数日間は土日にも予定を入れていたり、夜の会があったりと、なにかと気忙しく過ごしていたが、今日は特別な決まった予定はなかったので、久しぶりにのんびりと家で過ごした。 昨日までにもらっていたメールの返事を出したり、ホームページの更新や整理をしながら過ごした。 先日、えらく落ち込んだ一日を過ごしたのであるが、結果としては気持ちはすっきり整理でたし、いかに「相手の思いを聞き取ることが大切であるか」を学ぶことができたと思っている。 そして、そのことを通して得られたことが自分にとっても大きな収穫であると思った。 まさに「ピンチにチャンス」であった。 ぴっかりさんは、「「いま・ここ」とつながるセルフワーク遊び」の中で、こんなことを言っています。 『「子どもも大人も、癒しの道筋は同じ」ということをご紹介してきました。その道筋は、ひとことで言うと、「苦しい気持ちを、ひとりぼっちで抱え込み、ガマンガマンでがんばり続けていると、かえって堂々巡りの悪循環になってしまう。でも、人とつながっていき、苦しい気持ちを受けとめてもらえると、だんだん、その人本来のステキな姿に立ち戻っていける」』 気分が落ち込んだとき、辛くなってどうしようもないときに読むと気持ちが楽になるページである。 自分のダメな点だけ見つめて自分を追い込んでしまう悪循環に入り込んでしまうことは、誰しもありがちなことである。 しかし、それは同時に新しい素敵な自分に気づくチャンスでもあるということである。 そんなこともあって、今日は気持ちを楽にして、のほほんとすごしている。 5月には、家族で宿泊しながらのリフレッシュの計画も立てているので、それを楽しみにしているせいもあると思う。 |
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| 2004年 4月 28日(水) 今日は、精神遅滞(知的障害)と自閉症についての講義を受けた。 特に、自閉症については、世間の理解が少なく、誤解してとらえている人も多いのではないかと思った。 そこで、「自閉症」について簡単に説明しておく。 『自閉症は、その文字が示すような自閉の殻に閉じこもって周囲の人に打ち解けないというような障害や状態ではありません。 また、乳幼児期に不適切な教育をされたために、親やそのほかの人たちに不信感を抱いて、心を閉ざしてしまったというような情緒障害でも症候群でもありません。「自閉症は生まれつきの脳障害」です。 脳内の情報処理の仕方に障害があります。 しかしその原因はまだわかっていませんが、脳科学の進歩とともにその原因もだんだんと究明されてきています。 ことばと感覚情報とを処理する脳の部位に問題があることをうかがわせる研究結果もあります。 脳内のある種の生化学物質に何らかの不均衡があるのかもしれません。 遺伝的な要因も関与している場合があるかもしれません。 自閉症は、実際にはいくつかの「要因」の組み合わせによって生じるのではないかと考えられています。 きちんと理解しておきたいことは、「自閉症は心理的な原因で生じる情緒障害ではない。」ということです。親の育て方(生育歴)やその子の周りの環境が原因ではないのです。 自閉症は発達障害のひとつで、生まれてくる子どもの1,000人に1人か2人の割合で発生します。 また、人種・国籍・生活様式の別に関係なく、世界中で自閉症の子どもが生まれていて、5人のうち4人の割合で男児です。』 自閉症については、日本自閉症協会 や あたらしい自閉症の手引き のページに詳しく書かれているので、そちらが参考になる。 今日、あらためて知的障害や自閉症について学んだのであるが、その対応や社会の環境については知的障害や自閉症の子どもだけにいえることではないと感じた。 うつ病をはじめとした精神疾患についても、薬による治療や支援者(介護者)による援助も大切なことであるが、同時にまわりの理解や社会環境の整備(社会の受け皿)も大切なことであると思う。 「自分とはちがう」「普通とはちがう(異常)」ということで、社会的な差別があることも現実である。 その現実を正しくしていくためには、やはりまわりの者の正しい理解が不可欠であると思う。 |
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| 2004年 4月 27日(火) 今日は、「カウンセリング」についての研修だった。 その中で、特に印象に残ったことを書いておくことにする。 1.カウンセリングにおいて大切なことは、相談者の「問題」を理解することから始まる。 その「問題」のとらえ方には2通りある。 1)どうしてその「問題」が起こったのか 2)相談者が何を問題だと考えているのか(何に困っているのか) 2.「援助的コミュニケーション」とは、対話を通してクライエントの自己表現を促していくための手助けのことである。 カウンセラーは、クライエントが他の面と同じように自由に自己を語れるように対話を通して援助するわけである。 では、援助的コミュニケーションにとって大事なことは何か 1)「共感」「うなずき」「相手の気持ちに寄り添う」ことももちろんだが、大切なことは「技術」(テクニック)である。 2)なぜ、テクニックなのか? ・相談者自身が「共感されている」「自分のことが分かってもらえた。」と感じることが大切。 ・相談者に、「共感されている」と思わせるようにするのが、カウンセリングテクニックである。 ところで、落ち込んだ昨日の件であるが、結果としては気持ちはすっきり整理できたし。両者納得して安心できた。 昨日は、電話を通しての急なクレームだったので、相手の怒りに満ちた声を聞いてこちらまで頭にきてしまったのである。 そこで、今日は直接会って話をした。 確かにこちらにも落ち度はあったのであるが、それを謝罪した上で自分の思いを語っていった。 すると、その思いは相手にも伝わり、自分の思っていたことを受け止めてもらうことができた。 やはり、直接会って話をすることは、とても大切なことである。電話でも両者の言い分は伝え合うことができるのだが、「声」という情報しか伝わらない。場合によっては、その「声」だけで勝手に相手の表情まで想像してしまう。 それが、直接会うことによって、お互いの表情も見て取れ、自分の思いを誠意をもって話せば、理解してもらえるということだ。 自分では「正しいことをやっている」つもりでも、その伝える方法によっては、誤解を招くこともあるのだ。 これで、昨日のもやもやした気分もすっきりして立ち直ることができてホッとしている。 カウンセリングテクニックとまではいかないが、いかに相手の思いを聞き取ることが大切であるかを学ぶことができた。 なお、この件でいろいろな人に愚痴めいたメールを送ったところ、たくさんの方から応援や励ましの返信をいただいた。 自分が落ち込んだときには、ひとに話すことが一番である。 まさに、昨日の自分は相談者(クライエント)の立場だったのである。 そして、それに対して勇気づけられる言葉を返してもらい、本当にありがたかった。 返信を送ってくださった方には、あらためて感謝の気持ちを伝えたいと思っている。 |
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| 2004年 4月 26日(月) 今日は、仕事の方はまずまず。 しかし、私的なことでちょっとしたことがあり、気持ち的に落ち込む原因になってしまった。 自分としては、正しいことをしていると思っていたのだが、それに対してクレームがつけられてしまった。自分のしたことを全面的に否定されたというわけではないのだが、こちらとしては、とても気分を害された感じである。あまりにも「形」にこだわった言い方に対して「そこまで言わなくても。」という感じである。 ただ、手続き上こちらにも抜けていた点があったので、それはこちらの不十分なことは認める。 しかし、それに対する対応の仕方についてのクレームであり、ものの言い方にこちらの気に障ることがあり、内心腹を立ててしまった。 気にしなければいいと言えばそうなのかもしれないが、最近は体調的にも精神的にも気持ちよく過ごしていたので、今日のことがとても気になり、精神的に鬱状態に陥りそうな感じさえなってしまった。 いつもならプラス思考で解決できることなのであろうが、今日はマイナス思考のぐるぐる回路状態である。 確かに言われることも理解はできる。しかし、自分では納得のいかないこともあるので、きちんと解決をしたいと考えている。 なんだか、うつ病の回復までの時間まで遠くなってしまったように感じた一日であった。 そこにきて、帰ってから「初任給からいきなり格差 ここまできた成果主義 」という記事が目に入った。 『初任給の明細をみたときに同期と差がついているとどう思うか。すでにそんな企業が出てきたのである。護送船団的な初任給から、能力に応じた個別初任給へ。そこで欠かせない客観的な評価基準に、官製のモノサシまでできそうだ。 』という内容であるが、これを読んで、「日本もついにここまできたか。」という感じである。 何でもかんでも能力優先主義がまかり通ることになれば、社会的な弱者や障害のある者にとっては大変な社会になっていくと、とんでもない社会になっていくと思い、恐ろしささえ感じたのである。 |
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| 2004年 4月 25日(日) 今日の午前中は、県内の小中学生の相撲大会の応援に行った。 子どもたちと会うのは久しぶりだったので、みんな元気そうにしていて嬉しかった。 やはり、子どもの元気な姿を見るのは嬉しいものである。 午後は、読書やホームページの更新をして過ごした。 そして、今年度はいろいろな研究会にも参加する予定にしているので、人との出会いに備えて名刺の印刷をした。 こちらから名刺を差し出すと、相手からも名刺をもらうことができるので、その後からのアポイントも取りやすくなる。 今、自分の頭の中にはほんとうにいろいろやりたいことがたくさん詰まっている。それらのことをひとつずつやり進みながら目標に向かっていきたいと思っている。 今は、とにかく自分自身に充実感と満足感があり、毎日がとても楽しく感じられている。 明日から、新しい1週間が始まるが、期待ばかりあって楽しみで仕方がないというのが本音である。 改めて自分をふり返ってみて、うつ病になって3ヶ月間の病休をして過ごしたことが、自分にとって本当にプラスになっていると確信できている。 今だから言えることであるが、うつ病になって本当に良かったと思っている。 |
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| 2004年 4月 24日(土) 今日は、定期通院日であった。 前回は、昼の薬をカットしたが、今回も朝か夜だけの1日1回になることを期待して通院に向かっった。 結果としては、「5月の連休明けくらいからは薬なしでも大丈夫でしょう。」とのこと。 これで、止めていたアルコールも飲めるようになり、今まで頑張ってきた甲斐があったと思えた。 その後は、好例の書店巡り、午後からは不登校の親の会があるので、そちらに向かった。 先日も別の親の会に参加したが、4月の参加者は少なかった。 今日も、ほとんどがコアメンバー(スタッフ)ばかりで、お互いの近況報告をし合ったり、5月の講演会についての確認などをして過ごした。 今日のメンバーの方の中には中学生の子を持つ方もおられるが、義務教育を終えて(といっても、学校には行かないで過ごしたのであるが)家にいるという人もあり、「不登校」から「引きこもり」に移行していることについて話をした。 みなさんの考え方として、「やはり今の体制のままの学校に行くのはとてもエネルギーがいることで、本当は学校へ行くのが楽になると思っても実際は行かない方が自分に素直な生き方ができる。」ということで、今は家にいながら好きなことをして過ごしているということであった。 そして、「ホームエデュケーション」や「アンスクール」について情報交換をした。 「アンスクール」に関しては、こちらのZERO-netの本を紹介してもらったが、なかなかいい内容である。不登校の親だけでなく、現場の先生方や教育委員会の方達にも呼んでもらいたい本である。 |
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| 2004年 4月 23日(金) 午前中は、昨日の研修会について自分なりの見解をまとめ、これからの研究との関連を考えて、「教員の配置も含めた教育環境の整備」そして、「教師のメンタルヘルス」も研究内容に追加することにした。 自分にとっての課題と自分の生き方そのものがピッタリと重なりあうと確信できたのである。 前にも書いたが、決して他人から「やれ」と言われてやっているのではない。自分自身解決したい課題であると考えているからやっている仕事である。自分でできることは「思い」としてではなく、「行動」という形で表していかないと意味がないと思っている。 であるから、いかなる相手であっても、ものは言っていきたいし、自分の主張を訴えていきたいと思っている。そういう意味でも、今の自分の満足感というか充実感を感じている。 午後は、子どもの参観日と在籍校の歓送迎会に参加した。 そこでもいろいろな人と語り合うことができ、自分の思いを出す場であったので、ついつい遅くまで話し込んでしまった。午前0時を過ぎての帰宅は久しぶりであったが、不思議と疲労感は感じていない。 それだけ、語り合いにも満足できたということであろう。 |
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| 2004年 4月 22日(木) 今日は、午後からある「教師の不登校対応」に関する研修会に参加した。 その中から、自分にとって大切だと感じたことの整理、自分の思いと共感できることの確認をしておく。 ●不登校「問題」は、「学校を改善していく」切り口である。 学校のどこに、どんな問題点があるのかを振り返る機会になる。 子ども自身が、「学校が変わる」必要性を訴えていると受け止めることができる。 私自身、どれだけ子どもや保護者の思いや願いを受け止めることができているか、正直言って自信がない。 だからこそ、いろいろな「不登校の親の会」に参加しながら、語り合う場に参加している。 子どもや親の考え方も、以下の通り様々であるのが現実である。 A とにかく学校に行かせなければならない B なんとか学校へ行かせたい C 学校に無理に行かせようとは思わないが、できることなら行かせたい D 学校には行かなくてもいい E 学校に行く行かないは問題ではない F 学校以外の居場所の方を選んで行かせる G 学校は必要ない D・E・F・Gの考え方の場合も、「本当の気持ち」としてはどうなのであろう。 全く、「学校」という場から離れたところで「子どもの育ち」を営もうと考えておられるのであろうか。 そのあたりを自分自身でも確認していきたいと思っている。 原点に返るが、やはり「はじめに子ども(家庭)ありき」である。 |
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| 2004年 4月 21日(水) 今日は、朝から大学の講義を聴講した。 1つ目の講義は、「学校における精神保健」という講義で、今日は「子どもの心身症」に関する内容であった。 「心身症」についてはほとんどの人に「心の病気」と思われているが、それは間違いである。「心身症」は、「体の病気」である。これは、うつ病の理解とも共通していることである。 うつ病も「心の病気」「気の持ちようでなんとかなる」「なまけ病」などと誤解されている面があるが、決して「心の病気」なんかではなく、きちんとした身体症状として現れる「体の病気」なのである。自分自身の苦しい、辛い体験からも実感として確信している。 「心身症」とは、具体的な体の疾患として出現し、その要因が心理的社会的なものであることがただの体の病気とのちがうところである。 2つ目の講義は、「特別なニーズを持つ子ども論」で、子どもの見方を心理学からのアプローチで発達的な視点で子どもを見るという基本的な考えで講義が進められている。 今日の内容は、「子どもの問題行動」をどうとらえるかで、2人の自閉症児童の事例を取り上げて「問題行動」が誰にとって問題なのかというとらえについて学んだ。 一見して(大人側の一方的な見方)「問題である」と思われることは、実は子ども側からすれば、きちんとした正当な理由が背景にあっての行動だということである。いかにものの見方が偏ったものであるかということも改めて考えることができた。 今は、いろいろな本を読み進んでいるが、本を読むにつれて分からないことも、このような形で講義を聴くと、自分の解釈を確認することができていい。分かっているつもりのことが、明確になってくる。 また、自分自身のものの考え方・見方が自分中心であるかを感じている。 そのためにも、多方面からの情報を収集し、「より客観的な主観」を磨いていく必要性を感じている。 |
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| 2004年 4月 20日(火) 今日も朝から体調も良く、いいスタートであった。 自分にとって、今の環境が合っていると思っているし、仕事内容も自分の生き方にも関連しているのでとても充実感がある。 誰かに「やらされている」ということが全く感じられないで、「自分のやりたいことをできている」というのが最高である。 今は、「不登校問題」(「問題」とは書いているが、私自身は問題だとはとらえていない)について研究を進めているが、「不登校」と「うつ病」はすごく関連性があると考えている。 「不登校」は、社会人にとっては「不通勤」とか「休職」に相当するものであると考えている。 私自身の体験で、今現在は精神的にも落ち着いているが、うつ病初期の時期は「教師の不登校」であった。 本当に仕事に行くのが辛い日々が続いていた。 なんとか、その場から逃げてしまいたい。 とにかく、いやいや仕事に向かっていた自分が存在していたのである。 そういう意味で、不登校とうつ病は関連性があると見ている。 「学校へ行きたくない」子どもと、「仕事に向かいたくない」大人なのである。 そして、今、自分のうつ病体験もひとつのきっかけとなって不登校「問題」を深く追究しているわけである。また、それと同時に、「教師のメンタルヘルス」「職場の中でのストレス」についても本気で考え、本気で改善していかなければならないと思っている。 うつ病も不登校もその原因はいろいろあるが、その一つが「学校」であり「職場」であると考えている。 そうであるから、学校や職場の環境改善、人間関係の正常化が必要なのである。 うつ病を理由に、職場から変な圧力が加わることはまったくもって大問題である。その上司の人間性が疑われる。学校においては担任をはじめとする職員集団の子ども理解が重要な問題である。 この両者共に、全てがそうだとは言えないが、現状では不登校の子どもやうつ病で苦しんでいる人に対して冷たい視線と圧力が加えられているのが事実である。 私自身は、今現在はとても安定した精神状態であるが、だからこそ上に述べたような問題を改善していくためにも、このページを続けて更新していきたいと思っている。このページそのものが、自分自身にとって「今の自分」に素直でいられる「居場所」にもなっているのである。「立場」で思いを綴るのではなく、一人の人間としての思いを綴っていくつもりである。 |
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| 2004年 4月 19日(月) 一昨日、昨日と1泊を伴った会に参加したこともあり、少々疲れた朝の出勤であった。 しかし、仕事の内容としては、職場にいる時間内だけで済ませることができ、家に持ち帰ってする仕事がないのがいい。 今まで学校現場にいるときには、家に帰ってから、明日の授業の準備、子どものノートの点検、テストやプリントなどの処理、学級事務、学級便りなどなど、夜遅くまでやらないと明日の授業に向かえない日も少なくなかった。 それが、今の職場になってからは、職場にいるときに仕事を終えることができている。 仕事にかける時間と内容の違いが大きいためであるが、あらためて学校の外から学校を振り返ってみてみると、いかに教職員が多忙であるかがよく分かる。当事者のときには「しなければならない」という考え方が強く、また明日の準備などは前の日のうちにやっておかないとすまされないということもあって、どうしても超過密スケジュールをこなしていたというのが現状であった。 そういう体質は、今でも全く変わってはいない。 学校現場を離れてみて、現場の忙しさを痛切に感じている。 今、『先生が壊れていく―精神科医のみた教育の危機』という本を読んでいる。 その本の中にも、学級崩壊、校内暴力、いじめ、不登校…。教育現場の混乱と危機の背景の一部として「心を病む教師」「不適応教師」の存在が指摘されるようになったこと。学校メンタルヘルスへの取り組み(教師のメンタルヘルスの要点。「心を病む教師が増えている」現状など、心を病む教師を長年にわたり診察してきた精神科医の警告と提言が書かれている。 自分自身の体験としても実感しているが、教師という仕事が、いかに精神的に大変なことであるかが読んでとれる。 とにかく健康が第一である。 無理しすぎないで、辛いとき、苦しいときは遠慮なく休暇を取るべきである。 |
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| 2004年 4月 18日(日) この日は、午前中は4年ぶりに日展の鑑賞に行った。 実は、子どもの頃から漫画や絵を描くことが好きだったので、小学生の頃は、「将来は絵を描きながら生計を立てることができたらいいな。」と思っていたこともあった。 そのせいもあって、近くに美術展があると足を運ぶようにしている。 今日はとても天気も良く、外を歩くときの風も爽やかで気持ちが良かった。 博物館の中は落ち着いた雰囲気で、精神的にも休まる空間である。今日が最終日だということだったので、もっと混んでいるかと思ったが、朝早く入館したせいか、ゆったりと鑑賞することができた。 午後2時からは不登校の親の会に参加した。 今日は、新しい人の参加はなくて、ほとんどが常連の方とスタッフの方との話しになったが、自分と異なる仕事の人と語り合うことは実に楽しく感じられる。もちろん、テーマは不登校についてが中心ではあるが、それぞれの方の生き方や思いにも触れることができて、参加していてとても勉強になっている。 本当は、自分の子どもが不登校でそうしていいのか悩んだり苦しんだりしている親はたくさんおられることと思っている。 そんな人たちに「どのような形で会の存在を知らせていくか」、また「会に参加してもらうにはどうしたらいいか」など、親の会の運営や人集めのことについても助言をしたりした。 自分自身、「教員」という立場ではあるが、3人の子どもの父親であるということも活かして、いろいろな人との出逢いを求めていきたいと思っている。 明日からは、毎日が変化のある一日一日になるので、しっかり自己研修を重ねていきたいと思っている。 2日間の滞在は本当に得るものが多く、気分良く帰路につくことができた。 平井雷太氏の教育観は載せているので、興味のある方は見てみてほしい。 |
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| 2004年 4月 17日(土) 昨日も書いたのであるが、最近の調子の良さについて振り返ってみたい。 「うつ病の予防と再発防止」にも書いているが、自分自身でも意識的に毎日のくらし方を変えようとしたことが、調子の良さの大きな要因であると思っている。 まず、確認しておきたいことは、「うつ病は早期に発見して、正しい治療を受ければ必ず治る病気である。」ということ。それとともに本人が「今までのライフスタイルを変えるようにつとめること」が大切である。 今の自分自身を振り返って、以下の内容をチェックしてみた。 1.うつ病についての正しい知識を持つ 2.自分の性格傾向をよく自覚する 3.発病当時の状況を再びつくらない 4.ライフサイクルの変わり目に注意する 5.ものごとは大事なことから片づけるようにする 6.自分にかかる負担をなるべく少なくする 7.趣味や運動などに時間をかける 8.悪玉ストレスの解消につとめる 9.周囲や世間の目を気にしすぎない 10.食生活や睡眠にいつも気を配る 以上の10項目を自分で振り返ってみると、その全ての項目に○をつけることができている。現在はうつ病の通院治療中ではあるが、「再発防止」を一番重要なこととして考えていることが体調の良さや精神的な落ちつきにつながっているのだと思っている。 今日の夜は、平井雷太氏(セルフラーニング研究所所長)を招いての「学習コーディネーター実践講座」に参加した。平井雷太氏に会うのは今回で2回目であるが、とても刺激的な人であり、話をしていると自分自身にエネルギーが出てくるのである。その上、今回は副知事も「学びの仲間」としての参加があり、今晩はどんな再会ができるかとても楽しみにしてた。 参加してみて感じたことは、予想したとおり自分の満足度はかなり高かったといえる。今回はW平井氏の公開インタビューゲームという形をとって進めていったが、両方の平井氏の生き様や考え方がとく伝わってきた。 また、12名の人たちといっしょに夕ご飯をご馳走になりながら、さまざまな立場と職業の人たちと歓談できた。 もちろん、副知事とも教育のことについて質問やお願いをしたりできたし、79歳になるといわれる小規模作業所のスタッフの方とも「障害者の自立と社会参加」について話をすることもできた。 参加する前以上の収穫のあるひとときを過ごすことができ、両平井氏と企画されたスタッフのみなさんに感謝したい。 またこのような会が催されることがあれば必ず参加したいと思っている。 久しぶりに充実した一日であり、心も体も元気いっぱいになることができた。 |
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| 2004年 4月 16日(金) 今日は、終日孤独な勉強であった。 午前中は、教育相談や発達障害・学習障害、そして不登校に関係する「用語」を調べていった。 Webサイトには、教育関係や医療関係のサイトばかりでなく、個人ページも数多くあり、自分の体験や家族の体験談なども見つけることができた。自分の体験で書かれているので、とても説得力が感じられる。 学習障害については、ほとんどが同じような見解であると思うが、不登校に関してはその考え方も捉え方もさまざまである。 自分の研究テーマと関連した読みたい本がたくさんあるが、毎日のように一冊ずつ山を崩していくように読んでいるところである。 そんな中に、『学校に行きたくない日に読む本』(久保田正子 灰谷健次郎 他著 偕成社 1990年)を見つけて読んでみた。 1990年8月初版の本であるが、今の自分の「思い」にも通じるものが感じられて、興味深く読み進んでいった。 その本の終わりに、『学校だけが「学校」じゃない』という宮城教育大学教授の宮川健郎氏の解説が書かれていた。 全く、同感である。 次に、自分で書きながら感じていることなのであるが、最近の「うつ病日記」は「仕事日記」になっている。 自分としては、仕事半分、うつ病の回復状況半分くらいの割合で書いていきたいと考えていたのだが、どうしても仕事中心(生活中心)の内容になる傾向が強くなってきている。 その理由として、4月になって勤務先が変わってからは、最近の病気の状態としては、「すごくいい」ことがあげられる。そして、自分自身の感覚としては、現時点においても「投薬治療」ともさよならできるくらいの状態にまでなっていると思っている。 しかし、自己判断は再発を呼び起こす要因にもなるので、主治医の指示をきちんと守って「完全治癒」までもっていきたいと思っている。 |
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| 2004年 4月 15日(木) 今日でほぼ1年間の研修計画が決まり、次は県外の研究会の出張の予定を考えている。 年間にどれくらいの出張が許可されるのかは分からないが、この機会にできるだけ先進地や先進校の視察研修にも出かけたいと思っている。 今日は、平成16年日本青少年育成協会主催の「学校教育相談実技研修会」の出張願いを出した。 研修内容は、以下の通りである。 (1) 記念講演 「 学校教育相談新技法――不登校生の無気力からの脱出法 」 講 師 立正大学 心理臨床センター長・教授 松原 達哉 先生 (2) 実技研修「学校で行なう構成的グループエンカウンター」 講師の松原達哉氏は、教育相談やカウンセリングについての著書をたくさん出されていて、とても著名な先生であり、一度講演を聴いてみたいと思っていたし、実技研修も本で読むだけでなく実際に演習をしながらの研修になるので、とても期待している。 まさに、自分の研修テーマとも関係が深く興味を持って参加したいと思っている。 今日は、一日中屋内だったので、あとの時間は、昨日の大学の講義で紹介のあった「ADHD、LD、HFPDD、軽度MR児保健指導マニュアル―ちょっと気になる子どもたちへの贈りもの」や「エンカウンターで学級が変わる」などの本を読んでいった。 |
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| 2004年 4月 14日(水) 今日から、いよいよ大学での講義も始まり、第1回目の講座を聴講した。 学生といっしょに聴講したのであるが、いつもは「教える側」であるのが久しぶりに「教えられる側」となって、新鮮な気持ちで聴講することができた。 今日は、『学校における精神保健』と『特別なニーズを持つ子ども論』の2つを聴講した。 『学校における精神保健』では、年間のオリエンテーションの後で、「特殊教育から特別支援教育への転換とその背景にあるもの」について「特別支援教育のあり方についての基本的な考え方」について聞いた。 『特別なニーズを持つ子ども論』では、今日は講座全体のオリエンテーションの後、子どもを見る視点として心理学からのアプローチであること、「障害があるなしにかかわらずすべての子どもを対象として、その子の発達を通して子どもを見る」という基本的な考え方を聞いた。 久しぶりに食べる大学の学食の日替わり定食(375円)もなかなかの味で美味しかったが、大勢の中で食べる食事はなんだかあわただしい感じであった。 これから、自分のテーマに照らし合わせながら大学の講座と関連づけていきたいと思っているが、まずは、自分自身の「障害」に関する捉え方や「軽度発達障害」とは何か等について、基本的なことを学んでいく必要があると感じている。 自分自身の研修テーマも、「学校に在籍しているすべての子ども」を対象としている。 その中には、不登校、学校不適応、軽度発達障害など様々な子どもの理解が不可欠である。 昨日までは、自分の机に向かっての研修がほとんどであったが、今日の大学の講座の聴講に始まり、外に出ての体験的な研修にも参加するので、「変化のある研修」になっていくと期待が膨らんでいる。 |
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| 2004年 4月 13日(火) 今日も体調の方は快調で、朝も早く目が覚めた。 いつもの時間よりも20分早く自宅を出発して出勤。いつもの渋滞にも巻き込まれないで8時前には職場に到着した。 職場での仕事方は、ほぼ年間計画が出来上がり、自分にとっての課題について参考になりそうな本を数冊読みながら要点をまとめてみた。 ただ読むだけとはちがって、まとめながら文章化すると、書かれている内容の理解もよくできる。 しかし、今のところはそれぞれの知識もバラバラなので、それらを自分なりに関連づけながら組み立てようと考えている。 これらを記録しておいて、自分なりに使える部分を加工して仕上げていく予定である。 自分にとっての今年度の目的は、あくまでも「実践で使えること」学校現場に戻ってから、勉強した理論の裏付けに立った実践をしていくことである。 「このケースには、このように対応したら良い。」 「このような子や家庭に対しては、このように接していけば良い。」 というような技術とういかノウハウを身につけて戻りたいと思っている。 はじめの思いにも書いたように、「まず、子ども(家庭)ありき」である。 目の前の子どもたちや家庭に対して、どんなアプローチをしていくことが効果的なことなのかが重要なのである。 そして、明日からいよいよ大学の講義も始まるので、どんな内容なのか期待している。 とにかく、今は机の前でパソコンと参考文献の読み込みという仕事なので、早くこの単調な仕事から離れたくてしょうがない。 これから序々に変化のある研修スタイルに持って行きたいと思っている。 |
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| 2004年 4月 12日(月) 今日から、いよいよ「朝食抜きダイエット」に本格的に挑戦することにした。 今までは、朝食はスープだけ飲んでいたが、今日から完全に朝食は絶食になる。 たまたま今日は胃検診の日だったので、朝食は抜いて出勤した。 昨日までのスープのみの朝食からの移行なので、それほど苦痛でもなくやっていけそうである。 午前中は、昨日の新聞から教育記事をスキャナーでパソコンに取り込み、掲示板に張り付ける作業をした。初めてやあったことであったが、すんなりと掲示できた。 その後、胃検診があり1年ぶりに飲むバリウムはあまりいいものではない。しかし、健康診断は大切なことだと痛感しているので、毎日の健康管理と合わせてきちんとしておきたいと思っている。 新しい仕事の方は、ほぼ年間計画が出来上がり、自分にとっての課題について数冊の参考になりそうな本を読みながら要点をまとめてみた。 ただ読むだけとはちがって、文章化すると、内容の理解もいいようである。 これらを記録しておいて、自分なりに使える部分を加工して仕上げていく予定である。 そして、今週からいよいよ大学の講義も始まるので、どんな内容なのか期待している。 とにかく、早く今の単調な仕事から離れたくてしょうがない。 昨日からうつ病の薬は昼抜きになったが、体調の方は今までと変わってはいない。自分としては、2回分がなくなったとしても調子は変わらないような気がしている。気持ちの上でも精神的にもかなりリラックスして(リラックスしすぎかも?)仕事に向かえていることが幸いである。 |
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| 2004年 4月 11日(日) 今日は、朝から地区内の溝さらえ。 年に一回近所の者達が集まってやっている。こういう行事によって近所の人たちとの結びつきが続いているのだと思うと、ただ環境をよくするという活動ではなく、地区の活性化にもつながることだと思っている。 その後は、「教育相談」に関して、『子どもへのまなざし』(佐々木正美 著)を読みながら、自分の関心のあるところをピックアップしてまとめた。カウンセリングとは、いかに相手のことを知るかと同時に相手自身に自分を振り返るきっかけを提供することでもあると思っている。 自己の振り返りが大事な要素のひとつである。 午後は、「親の会」の役員会に参加した。 やはりお互いの情報交換の場というのは大切だと感じた。 ひとりの情報をたくさん集めることによって、ひとつの事象をより客観的に観ることができる。 それと同時に、自分の家では見ることのできないわが子の姿も知ることが出きるのがいい点である。 あと1年間、継続してこのような場の設定をしていくつもりである。 昨日、今日とさすがに新しい職場に変わったということもあり。夕方寝込んでしまった。 自分のペースで動くことのできる仕事内容とは言っても、無意識のうちに気を使っていることもあるのであろうし、片道1時間の通勤でも疲労がたまっているのかもしれない。 しかし、自分の求めていたことであり、今年度の仕事はとても充実していて職場に向かうことが楽しい。 明日からは、デスクワークだけでなく、具体的な体験も加わって来るので、単調さから変化のある生活になっていくはずである。 また来週、新たな出逢いがあることを大いに期待している。 |
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| 2004年 4月 10日(土) 今日は、新しい職場に変わってから初めての通院日であった。 体調もよく、自己コントロールもうまくできているし、力みやプレッシャーを感じないで自分のペースで動くことができるという理由で、薬の回数が3回から2回に減った。今日からは朝と夜の2回飲めばいいことになった。 とてもいいことである。 早く薬を飲む生活とサヨナラしたいと思っている。 その後、書店に立ち寄って3冊の本を購入した。 今研修している「教育相談(カウンセリング)」関係の本で、「エンカウンターとは何か」と、「学校現場でつかえるカウンセリングテクニック(上・下)」である。 今の子どもたちへの対応の仕方を考える上で、カウンセリングやエンカウンターの知識と方法を身につけておくことはとても大切なことである。教師として必要な「技術」であるとも言えると思っている。 家に帰ってからは、プロ野球をテレビ観戦。 阪神が2連勝して、気分も上々である。 夜は、中学校の役員決めの会があったが、自分がクラス役員に立候補したので、ほんの数分で会は終了した。 |
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| 2004年 4月 9日(金) 「不登校になる」ような親の対応に問題がある。」 「学校の先生は、不登校をなおす専門家ではない。」 今日は、午前中は昨日読んだ2冊の本について、要点をまとめていった。 ただ読むだけよりも、こうやってまとめていくと、大切なポイントが見えてくる。 どちらも、「不登校を治す」という目的で書かれてあり、「母親の子どもへの正しい対応の仕方」が重要であるとあった。 不登校は、「不登校になる要因」を持った子どもに対して「不登校になる」ような親の対応に問題がある。だから、正しい対応の仕方で「学校に戻すことを目的」とした専門機関に具体的な方法を教えてもらうことが重要であるということである。 今までは、「不登校は誰でも起こりうる」という捉え方をしていたが、この本を読むと、「不登校への要因を持った子ども」の傾向や今までの親の育て方のまで追究して説明がしてあった。 ややもすると、「不登校の親の会」に参加したがために、どっぷり不登校にはまってしまうといった例も挙げてあり、まさに目から鱗というか、考え方を180度変えていく必要性を感じた。 時間の関係で、最後までまとめきれなかったが、時間を使って続きを書いていくつもりである。 午後には、いよいよ来週から大学の聴講生として専門の講座に参加することになるので、担当の教官の所に挨拶に行き、講義についてや大学での動き等についていろいろと質問をした。 大学で講義を受けるのは、20年以上も前のことなので、新入生の気持ちでわくわく期待している。 講座の終わりには、レポートや試験もあるということなので、受講生の一人としてどんな評価をもらえるのかも楽しみにしている。 |
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| 2004年 4月 8日(木) 「小学生の登校拒否は100%なおる」 過激なタイトルであるが、実際に体験した母親のグループの出した本にこう書いてあった。 巷では、不登校に対する考えとして「不登校になったときは、待ちましょう。」とか、「休むことも大切なことです。」などと語られることが多く、たくさんの「居場所」としてのフリースクールができているが、本書は、全く正反対の考え方で、「子どもが学校に行くようになる」ということを目標にして取り組んでいる。 その本というのは、「母さん、早く学校に行きたいよう!」(林 礼子 編著)と「小学校の不登校はこうしてなおす」)(吉岡泰生 編著)である。 その理念は、「小学生の登校拒否は100%なおる!」というもので、具体的な親の対応として、不登校をなおす「母親講座」と、素直な子どもにする「母親の法律」が書かれている。そのいずれもが、今までの「子育てのしかた」や「不登校対策」と比べて見れば、全く正反対のことが述べられている。 私自身も、これを読んでかなりショックを受けた。 「不登校は、学校ではなく親が治す」と確信を持って書かれていて、不登校の子どもが「克服」できる方法が明確である。 今日は、自分なりに昨日下記並べた「カウンセリング」に関するキーワードについて調べていった。 言葉で検索してみると、インターネット上には個人サイトも含めいろいろなサイトがあることを発見した。 はじめに考えていたことは、「不登校および学校不適応児童に対する支援の方法」を中心に進める予定であったが、いろいろな文献に目を通してみると、先に書いたキーワードを抜きには考えられないということに気づいた。 そこで、はじめに掲げていたテーマの書き方を少し修正して、「心を育てる生徒指導」という言葉を加えることにした。 結局、今日も終日座ってのデスクワークであった。 早くこの単調なリズムから抜け出したい。 |
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| 2004年 4月 7日(水) 今日も、朝から引き続き「年間計画」の作成をしていった。 いろいろな資料を見ながら、自分として中心になる研修テーマを設定していく必要がある。 昨日までにエクセルの一覧表で作成した「年間計画」を自分専用に使っているWebのスケジュールにも書き込んでいった。 テーマと具体的な研修内容を考えていくために、「カウンセリング」に関するキーワードをピックアップしてみた。 例えば、以下のような言葉である。 ・カウンセリング ・コミュニケーションスキル ・ソーシャルスキル ・構成的グループエンカウンター ・ピア・サポート ・ブリーフセラピー ・LD(学習障害)・ADHD(注意欠陥多動性障害)・高機能自閉症 ・軽度発達障害 ・いじめ ・不登校 ・学校不適応 などなど こうやって列挙していくことによって、事例のとらえ方から実際のカウンセリング理論と実践の関わりもわかりやすくなってきた気がしている。 また、まだまだ勉強していかなければならないこともたくさんある。 せっかくの機会なので、いりろな「知識」も身につけておきたいと思っている。 自分の目指すこと・目的としては、「学校・学級で活かせる教育相談の手法を身につけること」である。 学校現場で、いろいろな事象に対して実践的かつ効果的な対応ができるようになることである。 今までは、理論的な背景や指導の根拠となるようななことをじっくりと考えたことはなかったので、この機会に勉強をしていこうと思っている。 明日は、自分なりにカリキュラムを組み立てて行きながら、各種の事例研究会に参加したり、参考文献を読んでいきながら、テーマに迫っていきたいと思っている。 体調の方は悪くはないのだが、終日座りっぱなしで文献を読んだりパソコンに向かったりすることばかりなので。とても単調で体が鈍ってしまいそうである。早く、もっと体験的な活動を取り入れていきたい。 このままの状態が続くと、耐えきれなくなりそうな気がしている。 |
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| 2004年 4月 6日(火) 最近は、「うつ病日記」というより、仕事の日記と重なることが多くなってきた。 それだけ体調の方は安定していると受け止めている。 今の仕事環境が、自分にとって自己コントロールしやすい場であることも関係しているのだと思っている。 とにかく、今の環境下では、「自分で計画を立てて、自分で動く」ことが許されているので、それがいいのだと思っている。 今日も、昨日からの「年間計画」の続きを考えながら作成していった。 そして、これらの予定をエクセルの一覧表に入れながら日程を埋めていった。 埋めていくと、何もない日もあるが、そのような日には、参考文献を読んだり、人と会って話し合いをしたりする時間もほしいと思う。 昨日も書いたが、1年間といっても限られた日数しかない。やろうと思えばいろいろできるが、「自分にとっての課題意識」を明確に持ちながら、いろいろな会に参加したり参考文献を読んだりしていこうと思っている。 とにかく、自分自身が動かない限り何も進まないのである。 それだけにやりがいもある仕事だと思っている 一覧表で埋まってない日程のところには、今後県内外で開催される研究会への参加や、臨床心理学や不登校対策に関係した専門家の方との面談の日程を決めたり、体験学習のできる施設での実地研修も入れると年間計画の大枠は決まる。 明日は、もっと具体的な研修内容を書き上げていきながら、自分自身のやりたいことや課題をきちんともてるように整理していきたいと思っている。 夕方からは、職場の歓迎会に参加した。 学校の歓迎会とはちがった雰囲気で進められたが、こういうところでも「人のネットワーク」を作っていくことが大切だと考え、上司ともいろいろと語り合うことができた。 やはり大切なのは「人と人とのつながり」である。 |
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| 2004年 4月 5日(月) 今日は、朝から今年度の年間計画を考えていた。 あらかじめ、どんな段取りで進めていくのか大まかな内容は決めていたのだが、今日は、自分のテーマに役立ちそうな内容を選択していった。 内容的には、心のカウンセリング、心理学からのアプローチが中心となるが、できるだけ実践的なモノをやっていきたいと考え、カウンセリングの実習や各種検査や心理テストなどの演習にも出かけるようにした。 また、個人的に興味のある「英語活動」と「コンピュータのネットワーク作り」についても勉強したいと考え、年間計画に入れておいた。 あとは、県内外で開催される研究会への参加や、個人的に会って話したい臨床心理学や不登校対策に関係した専門家の方との面談の日程を決めたり、体験学習のできる施設での実地研修も入れていきたいと思っている。 あまりにも情報が多いので、整理するためにこれらの一覧表をエクセルで作って日程を入れてみたが、1年間といっても限られた日数しかないものである。 その中で、中身の濃い研修をしていきたいと思っている。 明日の予定も、今日の続きを完成させることであるが、自分自身でとても充実感を感じながら取り組めているのが心地よい。 オーバーワークにならないように、意識的に体操をしたり近くの公園を散歩したりしながら一日を過ごすようにしている。 ただ、調子がいいので、昼の薬を忘れがちになるので注意したい。 |
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| 2004年 4月 4日(日) 今、「不登校児童生徒への対応」に関する考察を行っている。 主たる内容は、「学級作り及び学力補充のあり方と効果的な自然体験のあり方」そして、「子どもたちの『課題(不登校,軽度発達障害,問題行動等)』に応える校内支援のあり方」に関する考察である。 ここで、あえて『課題』と書いたが、それが本来的な課題という意味ではなくて、本人にとって課題となっていることに対する言葉として書いたのであり、本来的に「不登校,軽度発達障害,問題行動等」は「課題」ととらえていいかというと、そこにも大きな問題もある。 前にも述べたとおり、私自身は、「学校に行けない(行かない)」状態に関して、絶対的に異常であるとは考えていない。 また、文科省の認識と民間のフリースクールと呼ばれている団体関係者の認識とは、まったく正反対である。 それらの確認なしには、「不登校児童生徒への対応」に関しても、いろいろな価値観があることを踏まえて考えていく必要があると思っている。 不登校や学校不適応の状態にある児童・生徒・保護者自身がどのような生き方を望んでいるのか、また学校に対して何を希望しておられるのかを大切にしなければいけないと考えている。 また、このことは、全ての児童・生徒・保護者も対象に考えていくべきであると思っている。 「全ての児童・生徒が学校に行くようになること」が一番良いことだとは思う。しかし、現状では、前述した通り、「不登校に対する認識のちがい」がある。また、「本来子どもは、人はどう生きるべきか」という視点も含めて対策や対応を考えていかなければならないと思っている。 では、そのために、学校として、教育に関係している専門家として「何をどのように変えていけばよいのか」「誰に対してどのように対応していけば良いのか」を真剣に考えていく必要がある。 この4月から職場が変わたのであるが、現在の自分の体調は、絶好調である。 その理由としていくつか考えられることがある。 ・今の職場が、自分のやりたいことができる環境であること ・自分のペースで進めることができるので、自己コントロールがやりやすいこと ・今までの学校現場では、自分の意志とは無関係にやらなければならないこともあり、ストレスを感じていたが、今の状況はそうではないこと ・今取り組んでいることが、自分にとって最高に価値の高いものだと自己評価しているので、意欲的であること ・大きな目標を前に見据えて取り組むことで、とても充実感を感じていること ・他人の評価や目で見られるのではなく、自分自身が納得してやれる状態であること これらのことから、今の自分がやりたいと思っていることと職場の環境がうまく合っていることが一番なのだと思う。 自分としてのテーマは大きなものであるが、それをひとつひとつクリアしていくことによって、みんなが幸せに生きることができると考えると、自分自身も幸せでありとても充実感を感じている。 また、明日からの仕事が楽しみである。 |
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| 2004年 4月 3日(土) 今日は、新年度が始まって初めての休日である。 午前中は、自分の思いをまとめたBlogの整理やメールの返事などを送って過ごした。 その後、家族と一緒に自宅から1時間ほどのスーパーやサッカー専門店へ買い物に行った。 今までは、普段はスーツで過ごすことはなかったが、今年度は毎日スーツ姿での仕事である。 そこで、カッターシャツとネクタイとクツをいくつか買うことにした。 カッターシャツやネクタイなど、紳士用品を買うのは、二男が小学校に入学して以来のことである。 まさにサラリーマンスタイルなのである。 帰ってからは、先日買った携帯電話の機能をいろいろと試してみた。 ほとんどは電話とメール機能くらいしか使わないが、130メガの写真も写すことができるので、デジカメがわりにも使えそうである。 撮った画像をメールで送れば、パソコンでも編集できるし、メモリースティックに保存も出きるのでVAIOノートで使うこともできる。 今までは、「ケイタイ」を必要ないと思っていたが、やはり持ってしまうといろいろ使いたくなってくるものである。 そして、「不登校」というカテゴリーを追加して、文科省の不登校の認識とフリースクールの認識の違いについて載せることにした。 個人的には、私はフリースクール側の認識を支持している。 「不登校も、いろいろな生き方の中のひとつの選択肢である。」と思っているし、それを決めるのはまぎれもなく本人自身とその保護者である。 今後も、そのような認識に立って、不登校についての認識を深めていくつもりである。 ところで、体調の方はオソロシイほど調子がいい。 あまり調子がいいので、自分で自制することも必要だと思っている。 調子のいいときほど気をつけないといけないからである。 また、来週の10日(土)が通院予定日であるが、隔週通院を月ごとに変えてもらおうかと考えている。 もっとも、主治医の先生との相談の上ではあるが。 |
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| 2004年 4月 2日(金) 今日は、朝7時10分に自宅を出発。 いつもよりも早めに出たのだが、1時間ちょっとで職場に着いた。 午前中は、パソコンのネットワークの設定をしたのだが、これになかなか手間取ってしまった。 自分で単体のパソコンを使うのとは違って、職場内のネットワークの設定も絡んでいるので、幾度か失敗をしながら、ようやくインターネットとネットワークの設定ができた。 そして、メールアカウントの設定も済ませて、ようやく自分専用機が始動できた。 さっそく、自分なりにカスタマイズして、パソコンをつかってまずはじめの仕事として、計画をスタートした。 インターネットにつながったことを確認し、Blogの準備もOK。 そして、早速「今の自分の思い」を「思い」のページにも載せた。 仕事を始めて2日目であるが、学校現場とは違い、慣れなくていろいろととまどうこともあるが、自分のやりたいことに専念できるのはありがたいことである。 まずは、計画の立案である。 |
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| 2004年 4月 1日(木) いよいよ4月。 新学期のスタートである。 今日は、緊張感もあってかいつもより早く目がさめてしまった。 いつもの年なら、小学校が仕事場になるのであるが、今年度は新しい場所でのスタートとなった。 今日は初出勤であり、多少緊張感もあったが、中には知っている人も数名あり、すこし安心してその場に入った。 はじめに、仕事始めの式のようなものがあり、その後、挨拶や職場内の案内、そして勤務規定や自分の仕事に対する取り組み方などについての説明を聞いた。 いつもは、こちらがしゃべる方が多いのであるが、今日ばかりは聞く方が圧倒的に多かった。 いよいよ2004年度はスタートした。 以前から自分でやりたいと思っていたことなので、とてもやりがいを感じている。 自分で計画・立案・企画・運営・実践、そして発信という展開で毎日の生活が進んでいく。 やろうと思えば、どんどん勉強ができるし、自分が動かなければ何も進んでいかないのである。 わがままな自分にとっては、こんなにやりやすい職場は他にないと言っていいだろう。 どんどん外に対して働きかけて、自分の中にどんどn貯めていくことができる1年間にしたいと思っている。 以前から各地の「不登校の子どもをもつ親の会」には参加してきているが、実際に「カウンセリング」を行う体験はほとんどないといっていい。 理論研究だけでなく、自分自身の体験という価値のある実践も同時に行えることが最高のメリットである。 しかも、自分で出張計画を立てたり、自分で講座の企画を考えたりと、自分の求めるものをいろいろとやっていくことができるので、素晴らしい環境である。 この環境をフルに使って、自己研鑽をしていこうと思っている。 新しい職場での仕事になるので、精神的にどうなるのか多少の不安はあったが、とくにストレスも感じることなく職員のなかにも入ることができたし、なにより、自分のペースで動くことができるのがいい。 上手に自己コントロールしながら、ゆっくり確実にやっていこうと思っている。 また、同時進行でBlogも更新していくので、それがそのまま毎日の記録として残ることになる。 また、明日からが楽しみである。 |
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