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| 2月へ 4月へ |
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| 2004年 3月 31日(水) いよいよ3月、2003年度も今日で終わり。 自宅近くの公園の桜も、もう満開状態で花びらが散り始めていた。 学校の片付けと整理は昨日の段階で終わったので、今日は明日からの仕事に向けて年休をとって家の仕事をした。 午前中は、車の12ヶ月定期点検と銀行の通帳の整理、そして、さっぱりと散髪をしてきた。 午後は、明日からの仕事の準備と計画を見直してみた。 明日の職場でのオリエンテーションで1年間の方向性は示されると思うが、自分としては、自分の目指すことに対して計画・企画・運営そしてまとめて発信するという一連の流れの中で研修を進めていきたいと思っている。 今までは、学校での新学期の準備に備えて大忙しの3月末であったが、今年の場合は、とくに焦ることもなく、のんびりと過ごしている。 もっとも、明日からの新しい仕事の体制がどうなるかにもよるが、今までの現場での仕事と比べたらわりとマイペースでできそうな気がしている。 自分自身のコントロールをうまくできるように、出きることから始めていこうと思っている。 |
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| 2004年 3月 30日(火) 今日も、昨日に引き続き、教室の私物の荷作りと職員室の棚と机の中身の箱づめ作業を行った。 ほとんどが、本や研究記録集なので、大きな箱に入れると大変なのである。 重くて運ぶのが大変なのです。。 仕事の途中、諸帳簿の最終点検や学校のパソコンメールアドレスの削除をした。 そのままにしておくと、これからのメールもどんどん学校のパソコンに配信されることになるからである。 4月からは、職場のパソコンを自分専用で使うことができるため、はじめは自分なりにカスタマイズすることからスタートすることになりそうである。 インターネットにつながっている自分専用のパソコンがあるので、その日のことはその日のうちに職場内で片付けることができるので、多分家に持ち帰っての「宿題」はなくなるはずである。 それが、学校現場との大きな違いでもある。 午後には、まとめた荷物を車に積み込み、家に帰ってダンボールを山積みにしている。 この中から、必要なものだけを職場に持っていこうと思い、分別整理をしておいた。 丸2日かかった荷物整理と運搬であったが、これでスッキリした。 明日は来年度の計画を、具体的に形にしていくためのプランを立て始めようと思っている。 |
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| 2004年 3月 29日(月) 今日の午前中は、教育長さんより来年度の辞令を受け取った。 教育委員会のみなさんにもあいさつをして、1年間がんばってくる決意である。 もちろん、これからも学校である大きな行事には顔を出したいと思っている。 4月から1年間ほど学校を空けるため、今日は教室の片付けをした。 1年間住み慣れた場所であるが、片付けていると、けっこうなゴミも出てきたり、懐かしいモノも出てきたりした。 片付けも、なかなかはかどらない。 今回はそのまま別教室への移動ではないので、一度自分の荷物は自宅まで持って帰らないといけないのである。 ダンボール箱にして7箱もの荷物になり、置き場に悩みそうである。 そのほとんどが教育関係の書籍なので、運ぶのも重たくて大変であった。 その中から、ちょいちょい見たい本は整理して持ち帰ることにしたいと考えている。 あさって31日は、次の日からの初出勤にそなえて年休をとっているので、学校へ来るのもあと明日の一日だけになった。 夜には、離任される先生方の送別会があり、みんなで宴会であった。 異動されるのは、3人であるが、いっしょに仕事をしてきた仲間との別れは寂しいものがある。 新任校においても、益々大活躍して欲しいと願いたい。 私自身は、4月から1年間職場から離れるのであるが、籍はいままで通り学校にあり、時々は学校にも顔を出すつもりである。 |
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| 2004年 3月 28日(日) 今日は、新サイトの準備をした。 プロフィールを更新したり、スケジュール表をつけたりと、なかなか中身も充実してきた。 実際には、4月1日にスタートしたいと思っているが、今のうちに形は整えておきたいため、書く内容の下書きもしておいた。 これで、自分のサイトにWebで書き込みや追加ができるので、どこにいてもインターネットにつながっていれば編集が可能となった。 1年間の取り組みとして、「今日のことは今日のこと」として、Web上に残していきたいと考えている。 そして、そして、ついに携帯電話を購入した。 今までは、携帯電話を持たない主義であったが、仕事先が自宅から離れるため、家族との連絡用に用意することにした。 今まで全く使ったことがなかったので、これからいろいろと活用していきたいと思っている。 多分、送信よりも受信の方が多くなると思うので、料金もさほどかからないと思っている。 なんだか、生活がワンランクアップした感じがしているのは、気のせいだろうか。 |
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| 2004年 3月 27日(土) 先週から今週にかけて、掲示板の書き込みの他にも、いろいろな方からメールが届いていた。 仕事が忙しかったために、読んだだけでそのままにしていたのだが、今日は、朝からその返信を送った。 まとめて送るのは、なかなか大変であったが、気持ちがホッとした。 その後、新しいBlog作りの準備にも取りかかった。 4月からは、新しいホームページに一新する予定である。 その後、定期通院の日だったので、通院ドライブを楽しんだ。 今現在は体調の方もいいので、診察時間は短時間で済んだ。 午後からは、不登校の親の会に参加した。 小児科の先生も来ておられて、医者としての不登校への対応についての話をした。 学校の教員が参加することが少ないらしく、保護者の考え方と学校側の考え方について話し合った。 私自身は、不登校を良くないこと、問題行動であるとは思っていない。 また、学校復帰をめざした不登校の対応だけが全てではないと思っている。 学校に行くことのできる子は学校に行けばいいのだし、どうしても学校に適応できない子にとっては学校以外の「居場所」も必要となる。 個人的な意見ではあるが、今の学校現場の状況では、これかあらますます「(学校)不登校」と呼ばれる子どもの数は増える一方だと思っている。 そのためにも、学校内部で変えていくことは変え、学校に適応できない子どもたちの「居場所」つくりも進めていく必要があると思っている。 今日は、「親の立場」で参加するつもりであったあが、そうしても「教員の立場」でものを言ってしまうのである。 学校を変えなければ、不登校はもっと増える。 これは確かなことである。 |
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| 2004年 3月 26日(金) 昨日に引き続き、今日も学年末整理に時間を使った。 文部科学省の「情報連絡ネットワーク」への情報教育に関する環境や職員の実態について報告。 ネット上で操作しながら必要事項を入力していくのであるが、これになかなか手間取ってしまった。 続いて、「指導要録」と呼ばれる法定帳簿の記入をした。 5年生33人の分を一枚一枚書き上げていった。 そして、来年度の修学旅行に向けての班編制。 旅行は6年生の4月なのであるが、今から班編制や計画表など、準備しておくことはたくさんある。 6年生になってからでは、いろいろと手続き関係のことも出てくるので、今から計画的に進めておかないと遅れてしまうのだ。 結局、今日も一日デスクワークであった。 なんとか、帳簿類の関係のモノは今日で出来上がったので、来週は教室の片付けや荷物移動をする予定にしている。 また、同時進行で、来年度の研修のためのホームページ作りも進めているところである。 今のところは、予定通りに進んでいるので、精神的にも肉体的にも落ち着いている。 4月からの環境の変化にも気をつけなければならないと思っているが、マイペースを守りながらぼちぼちやっていくつもりである。 |
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| 2004年 3月 25日(木) 子どもたちは、今日から楽しみな春休みに入たのであるが、私たち教員はこれからが一番忙しいときである。 本年度のまとめと同時進行で来年度の計画を立てていかなければならないのである。 今日は、学級事務関係の帳簿の整理をしたが、なかなかはかどらない。 時間制限がある仕事なので、早く仕上げて来年度への計画も創っていきたいと考えている。 しかし、無理は禁物である。 「明日まででいい仕事は明日にのばし」て、今日できることだけに留めておいた。 いつもは、子どもたちといっしょに学習しているのだが、今日は一日机に向かっての作業で、さすがに疲れた。 1年間をふり返ってのまとめ、そして4月から始まる新しい環境での計画を練りながら仕事であった。 明日も終日勤務で仕上げにもっていきたいと思っている。 |
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| 2004年 3月 24日(水) 今日は、子どもたちとすごす最後の日となった。 今日で、平成15年度も終わり。 勤務校では、午前中に修了式と離任式が行われた。 この2つの儀式は、学校では、卒業式に続いて特別な一日である。 まず、体育館で修了式。 私の受け持つ学年代表で、Y君が修了証書(通知票)を受け取り、Kさんは代表で、「今年度がんばったことと来年度の目標」を堂々と発表した。さすが、2人ともたいしたものである。 こんなときに、教師の良さを感じる瞬間である。 学級で諸連絡をした後で、離任式を行った。 今年度は3人の先生方が新しい学校に転任されることになった。 「お別れのことば」は、全校の中でF君が代表で発表をしたのだが、この言葉がまた素晴らしかった。 自分で読みながら、涙が出るのをこらえきれなかったようであったが、最後まで立派にお別れの言葉を伝えることができた。 この他にも、児童の中には、涙を流している人もあり、永遠のお別れではないものの、やはり別れの時は寂しいものがある。 復職してからちょうど、3ヶ月が過ぎたことになるが、自分で崩れそうになりながらもなんとか持ちこたえて学級担任という仕事を終えることができたのは、とても良かったと思っている。 やはり、自分は子どものための「仕事」が似合っているとも再確認できた。 4月からは学校現場とは離れての仕事を進めていくことになっている。 自分としては、不登校の子どもたちやさまざまな子どもたちをとりまく問題についてじっくり取り組んでいきたいと考えている。 この研究は、自分にとってのライフワークとも言えるものになるので、最初にしっかりとした計画と目標をもって取り組んでいく決意である。 |
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| 2004年 3月 23日(火) いよいよ今年度もあと明日1日を残すだけとなった。 もちろん、仕事は3月31日まであるのだが、子どもたちが学校に来るのは明日が最後である。 明日で一応の年度の区切りとなる。 うつ病が発覚してから3ヶ月の病休をとってその後復職して3ヶ月がたつことになる。 今の自分の状態は「疲れ」も確かに感じてはいるが、他人から「させられている」という感じではなくて「自分がやりたいからやっている。」という感じで、気分的には安定している。 学校というところは、毎年3月にゴールがあるので、そこで一呼吸出きるのがいい点である。 そして、4月にリセットして再スタートとなる。 自分の中では、すでに来年度の計画も進みつつあるので、その計画を作るのも楽しみになっている時期である。 実は、こころ舞さんといううつ病を克服された方がおられる。 昨日は掲示板への書き込み、今日は直接メールを送っていただいた。 彼女の本「ツイてる!ツイてる 読めば読むほどツイている」も読ませていただいたが、考えが前向きになる本である。 また、地元の新聞に毎週連載されている「うつ病体験記」も興味深く読ませていただいている。 このように、知り合うことができたのもこのホームページを公開しているからなのである。 これからも、いろいろな人との出逢いとネットワークの輪を広げていきたいと思っている。 |
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| 2004年 3月 22日(月) 今、『結晶物語〜水がおしえてくれたこと〜』(江本 勝 著)という本を興味深く読んでいます。 水 にも伝わる「愛」と「感謝」というテーマで、水の結晶について不思議というかなるほどというか、こんな実験があります。 「人から「ありがとう」といわれたり、「ばかやろう」と言われたりしたとき、どんな気持ちになりますか。」 「ありがとう」って言われたら、心に明かりが灯って、温かい気持ちになりますね。 反対に、「ばかやろう」って言われたら、心がずきんと痛んで反対に動揺してしまいます。 実は、「水」も、言葉や音楽を感じることができるのだそうです。 そして、水は「波動」といって、「全ての物の存在を形作っているもの」を受け取る名人なんだそうです。 こんな実験があります。 1.ガラスのビン2本に水を入れます。 2.1本には「ありがとう」と書いた紙をはり、もう1本には「ばかやろう」 と書いた紙をはります。 3.その2つのビンの中の「水の結晶」を見てみます。 その結果、2つの水の結晶にどんな違いが見られたでしょうか。 実は、「ありがとう」と書いた水は、きれいで整った形の結晶を作ったのですが、」「ばかやろう」と書いた水は、その言葉にひどく傷ついたように、結晶がばらば らに砕け散ってしまったのです。 これと同じ実験を、英語、ドイツ語、フランス語、中国語などでやってみても、同じような結果になったということです。 私たちの体は、70%が水でできています。 体の中の水がきれいな結晶を作るような言葉を、自分にもまわりの人たちにもかけてあげたら、私たちは、自分のもっている能力をどんどん発揮できるようになるのだと思います。 水への言葉かけの実験では、こんなこともしてみたそうです。 A ひんぱんに「きれいだね」と声をかける。 B ときどき「きれいだね」と声をかける。 C まったく無視して放置しておく。 さあ、この結果、どうなったと思いますか。 もう、わかりますね。 大切なことは、相手に対する「思い」です。 いくらりっぱな言葉を言っても、心がこもっていなかったら、それも「波動」として相手に伝わってしまうのです。 |
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| 2004年 3月 21日(日) 午前中は、家族と一緒に彼岸の墓参り。 春分とはいっても、まだまだ肌寒く、春はまだやって来そうもない感じである。 心配していた「花粉症」の方はそれほどでもなく、例年と比べるとかなり軽くて助かっている。 これを契機に花粉症が治ったらいいのだが・・・ 墓参りから帰ってからは、昨日と同様に学級事務を片づけていった。 ゴールは見えているものの、やはり毎年この時期は大変である。 今までの報告書や各種帳簿類をまとめて作成するのは、とても疲れる作業である。 しかも、ほとんどが「手書き」という旧態依然としたスタイルのものも少なくない。 これだけ「IT化」が叫ばれているにも関わらず、学校現場では「今までもやっていたので・・・」という理由がまかり通っている。 各種機器が発達してきたので、その分仕事も効率化されてもいいはずなのであるが、それとは反比例するかのように仕事量は増えて行くばかりである。 こちらのページに「教職員の雑務について」載せておいたので、興味のある方はご覧いただきたい。 昨日の新聞に、「出勤前に熱が40度を超えていたにも関わらず出勤したことが原因で死亡した教員」の記事が出ていたが、この事件はその人個人の問題ではなく、教育界・教育職の体制・学校教育システムによる問題だと受け止めている。 決して他人事ではないので、職場の内外でも声を大にして教育職員の勤務体制についての問題点を訴えていく必要があると思っている。 ふり返ってみれば、自分が鬱病になった理由のひとつに職場の勤務体制の問題がある。 「疲れているので休みたい。」と思っていても、現実には簡単には休めないのが事実である。 「年休をとればいい。」とも言えるのだが、「休めば休んだだけ、そのあとの仕事が大変であり、その日の授業体制をきちんと整えておくことが難しい」のである。 子どもに対する教育改革は言葉の上では叫ばれてはいるが、現実にはなかなか進展していない。 また教職員のこのような問題を正していこうとする教育改革も今持って進んでいないと言えるのである。 まあさに、「自分の命は自分で守る。」しかないのである。 学級事務の大変さを今抱えながら、そんなことを思った彼岸の一日であった。 仕事はまだまだ続く・・・ |
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| 2004年 3月 20日(土) 今日と明日は、学年末の学級事務処理に使うことになる。 子どもたちへの家庭連絡票(通信簿)、学級会計簿、学級通信、などなど、24日の修了式までに終わらせないといけない仕事が残っている。 今日も、一日のほとんどは、成績処理(3学期の評価)に時間を使った。 最後の通信簿になるので、子どもたちに対して励ましの言葉も添えてやりたい。 こう考えるとなかなか進まないのであるが、なんとか頑張るしかない。 やはり、1年間をふり返ると最後は気持ちよく修了したいと思っている。 夜は、自分が代表として開いている「親の会」に参加した。 3月の学年末の土曜日とあって、みなさんがいろいろと予定がはいっているらしくて参加者は自分を入れて4名であった。 少ない人数ではあったが、今の現状と来年度に向けての取り組みの方向を確認し合うことができた。 「子どもたちは親が育てる」を合言葉として活動していこうと考えているので、学校側ともうまく連携しながら、楽しくて意味のある中学校生活を送ってもらいたいと願っている。 |
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| 2004年 3月 19日(金) 今日は、勤務校の卒業式であった。 朝からとてもいい天気で、まさに卒業式日和であった。 毎年思うことであるが、この行事は、小学校では最大・最高の行事であり、いつも感動がある。 今年は異動したばかりなので、学校や卒業する子どもたちに対してはあまり懐かしさは感じないが、やはり卒業式というのはいいものである。 卒業生が、それぞれの道で自分らしく歩んでいくことを願っている。 昨日は、前任校へ「卒業メッセージ」を届けた。 学年の終了に当たって、学級通信に書いている言葉にメッセージを加えて書いた。 ・不完全であることを、あたたかく受け入れること ・そのまま無条件で、子どもを百点とみてあげること 「できて当たり前」ではなく、「できないことが当たり前」と考えてスタートするのです。。 このように見れば、子どもたちは本当にすごい成長をしてきています。 しかも、目に見える成長よりも、目に見えない成長の方がずっと多いのです。 これからも、子どもたちは、未来に向かってますます大きくなっていくことに違いはありません。 0点からのスタートではなく、百点満天からのスタートにエールを送ります。 これは、子どもに向けたメッセージでもあるが、自分自身の生き方についても言えることなのである。 特に、うつ病を体験してからは、特に意識するようになっている。 卒業式の後片付けのあと、職員研修会があった。 学期末の忙しい時期なので、できればこの日には全体の研修会は避けてほしいものである。 終了式後にやってもいいと思える内容である。 それならば、子どものこと(通信簿や学級会計など、学級事務整理)を優先に進めていくべきだと思うのであるが、全体で動いている以上そうは言っておられないのが職場というところである。 学級担任としては、そちらの仕事に専念したいのである。 学期末の事務処理はまだまだ残っている。 帰宅してからは、今日の卒業式までの疲れもたまっていて、ぐったり状態である。 明日、あさっては休みなのだが、家でたまった仕事を片付ける予定である。 本来であれば、家に持ち帰ってからする仕事ではない。 しかし、勤務時間内にはとてもする時間などないのが実情である。 このあたりも、今後強力に改革していかなければならない。 「子どもにとって本当に必要なことは何か。」をしっかりと意識して学校改革にとりくんでいく必要があると思っている。 とにかく、今日も疲れた一日であった。 |
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| 2004年 3月 18日(木) 今朝も、花粉症の症状を感じて目が覚めた。 幸い、今日は雨天だったので花粉の飛ぶ量も少量であったようで、そんなに大変ではなかった。 今朝も鬱病と花粉症の薬を飲んでおいた。 学校では、ごごから明日の卒業式の準備を行った。 子どもたちもテキパキと動いてくれたので、思ったよりも早く準備が完了した。 帰宅すると、個人メールと掲示板の書き込みがあり、それにも対応した。 ホームページを公開している上で励みになるのが、メールによる意見と掲示板への書き込みである。 とくに、懐かしい方からの個人メールをいただくと、この上なく嬉しいものである。 さあ、いよいよ明日は卒業式である。 子どもたちにとっても最高の日となるように天気がよくなることを願っている。 卒業式が終わっても、まだまだ仕事は続くのではあるが、ひとつひとつ片付けていきたいと思っている。 自分自身の中での自己コントロールもかなりできるようになってきたことが鬱病回復への進歩でもあると感じている。 自分自身が鬱病とうまくつき合うことが、同じ精神疾患で苦しんだり悩んだりしている人の励ましにもなると思っている。 |
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| 2004年 3月 17日(水) いよいよ今学期のゴールも目前である。 やるべきことは順調に進んでいる。 すべての学習も無事に完了したので、今は国語と算数の基本練習を繰り返してやっている。 今日から、19日にある卒業式の練習が始まった。 小学生にとっては、初めての「礼儀作法」の学習の場である。 やはり、集団行動においての最低限の「礼儀作法」は学んでおく必要がある。 今も大切なことであるが、大人になって社会人となったときの振るまい方によって、他の人が自分を見る目も変わってくるのだと思っている。 「儀式は儀式である。」とを身をもって体験できる場である。 そして、今日は職員の来年度の異動についての「内示」があった。 くわしくは25日の新聞発表までは外に出すことはできないが、毎年このときは何ともいえない気分になる。 職員にとっての別れと出会いの日なのである。 体調の方はまずまずであるが、とうとう持病である「花粉症」の症状が出始めた。 目のかゆみと鼻水がでるようになった。 それでも、例年とくらべるとかなり軽い症状である。 しかし、大事をとって花粉症用の薬を服用することにした。 |
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| 2004年 3月 16日(火) 今日は、放課後、長々とした職員会であった。 今回が、学年末の教育反省の場であった。 内容も内容であったが、もっと前向きな改善意見が出てこない。 学校の活動を精選していかなければ、子どもも教師もゆとりがないというので、「これは切りましょう。」と提案するのだが、「やらないよりはやったほうがいいでしょう。」ということで、結局何も変わらないし、もちろん改善もされない。こんな話し合いを何時間やっていても意味がない会である。 なんといっても、学校とは「子どもが中心」ということを念頭にに置かなければならない。 「「何のためにしているのですか」と問われて、答えられないものは止めにしましょう。」と言うのだが、「今までもやっていたので...」で変わらない。「今までやって来た具体的な成果が検討されないまま次年度へ繰り越しをしているようでは、何の進展もない。」と思った。 大切なのは、「子どもの変容した事実」そして、職員自身の「やって意味があったか。」という反省のもとでの議論が必要である。 勤務校も、あれもこれも「何でも」やっている気がしている。 学校全体としてのまとまりが感じられないのである。 学校としての「システム」にメスを入れる必要を感じていたので、意見としていろいろと述べたのだが、結局疲れただけに終わった。 中には、子どもにとって大切かどうかは関係なくやっているものもあり、体裁や関係機関とのしがらみでやっていることもある。 子どもにとっても、いい迷惑である。 こちら教員にとっても、忙しさを増やすだけで、なんの功もないことになる。 今後、削れるものはどんどん削って、いらないものはどんどん捨てようと考えている。 これも、職員も子どもも前向きにしていくためなのである。 本当に疲れる、空しい職員会であった。 |
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| 2004年 3月 15日(月) 昨晩、というよりも今日の深夜の1時30分ごろに。父親が「胸が重く痛い。」と言うので救急車をよんだ。 救急隊の人とともにすぐに到着して、指定の救急病院へお願いして連れて行ってもらった。 その後、3時頃に病院から電話があり、「今の状態を話したいので家族の人に病院まできて欲しい。」とのこと。 早速車を走らせて、病院へ行き、主治医(というより夜間勤務の先生)から状態を聞いて、入院の手続きをとった。 家に帰ったのは、4時前になっていた。 それから再び眠る体制になったのだが、なかなか寝つかれないで朝を迎えた。 目は覚めたが、睡眠不足と風邪気味とがあって、体が重い。 しかたがないので、思い切って年休をとることにした。 昨日の日記にも書いたが、ゴール直前になって、「やらないといけない」と思う気持ちが自分自身を負担に感じさせている。 その上、「やろう。」という意欲も弱いのでなおさら気分は良くはない。 もう少し時間によゆうはあるので、ぼちぼちとやっていこうと思っている。 午後5時半に病院へ行き、父親の病状と今後の方針について先生から説明を受けた。 特別に問題はなさそうだが、明日、精神科の専門の先生の担当日になっているので、そちらの精密検査を受けてから判断しようということになった。 親の介護というが、並大抵のことではできないと思った。 まだまだこれからが、本当の戦いの始まりであるような気がしている。 結局、今日一日は、父親の件の他には、何もしないで床についている時間が多かった。 気持ちの上で、自分自身も「鬱状態」になっている感じがしている。 やはり「早く今年度の仕事の区切りをつけたい。」という焦りと不安がそうさせているのだと受け止めている。 まあ、こんな一日のすごし方もあるのだと思えばいいのだ。 |
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| 2004年 3月 14日(日) 学年末の仕事の〆切が迫っている。 「やらないといけない」と思う気持ちが負担に感じさせている。 午前中は、仕事そっちのけで趣味のホームページの更新をして過ごしてしまった。 前々からやっておきたいと思っていたことなので、そのままにしておくということができなかったのである。 そちらの方はようやくきりがついたので、学級事務整理に取り掛かり、一応の目安はついてきた。 あとは、時間との戦いで何とか完成までこぎつけようと思っている。 午後からは、前任校で担任していた子どもたちが卒業するので、「ありがとうパーティー」に招待され、参加した。 昨年度まで勤務していた学校なので、会場の中に入っても全く違和感を感じることなく、子どもたちや保護者の方と再会できた。 プログラムもいろいろと工夫が凝らしてあり、おやつを食べたりお茶を飲んだりしながらの楽しい時間を過ごすことができた。 勤務校は変わっても、このように招待されることはとても嬉しいものである。 卒業式は19日(金)に予定されている。 自分の勤務校の準備も進めていきながら、この子たちに向けた「卒業のお祝いメッセージ」も作って届けようと思っている。 これからも、人と人との出逢いを大切にしていきたいと思いながら帰途についた。 |
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| 2004年 3月 13日(土) 今日は朝から天気もよく、花粉症の症状もまったく表れていないので、気分良く出かけることができた。 午前中は、定期的な通院で、この1週間の疲れ方と休み方について話をした。 午後からの不登校の親の会の始まりまでには時間があったので、市内の古本屋と新刊書店に立ち寄ってみた。 最近は、新刊書よりも古本屋で珍しい本やお目当てにしていた本を見つけることが楽しみになっている。 そして、近くの店で昼ご飯を食べて午後の会に参加した。 今回は、「チャイルドライン」の教育カウンセラーの方を招いて、「オープンカウンセリング」を行った、これは、参加者が見ている中でカウンセリングをするもので、クライエント(相談者)と参加者が一体感(共感)を持ちながら進めるカウンセリングのしかたである。 クライエントとカウンセラーとのやりとりが中心であるが、参加者も自分と共通な内容については参考になるし、他にも自分にとって役に立ちそうなことは持ち帰ることもできる。 私自身は、このスタイルでのカウンセリングに参加したのは初めてであったが、参考になることや同感できることもたくさん見つかって、効果的な方法だと思った。 今日の話の中から、印象に残ったことを書いておくことにする。 ・子どもの不登校や問題行動で悩んでいる親は、親自身が素直になることが大切。 ・そのためには、自分の行動や言葉に対してきちんと責任をもつこと。 ・責任を持つとは、子どもを信じきること、自分を信じること、自分の腹をくくってかかること。 ・カウンセリングや教育相談は、「なぜそのことが起こったのかという原因さがしをすることが多いが、それは解決の糸 口ではない。 ・明日につながる手立てを考えていくことが大切である。 ・相談して「生きていてよかった。」と思える時間を作ること。 ・子どもの問題行動は。親や教師などの大人をためしている行為である。 ・子どもの言葉や行為をそのまま受け取って判断するのは大間違いである。 ・それは、氷山の一角であり、大人が試されている。その背景にあるものを見きっていかないと子どもの願いや思い はわからない。 ・今までにいろいろな方法で対処していったが、現状は変わらない。本人が「なにもしたくない。」といっていてそれで いいのかというと、そうでもない。子どもは何らかの道を探しもがいているのである。 今までの方法が効かなかったのだから、それなら今までとはちがう「押し方」や「引き方」(アプローチ)をしてみる 必要がある。 ・その結果、どうなるかでまた次の方法を探していくしかない。 ・試行錯誤の繰り返しであり、事例はあってもケースバイケースである。 ・いつも子育ては母親に泣かされがちであるが、父親の存在を全面に出すことも大切なこと。 ・そのためには、夫婦間のコミュニケーションがとても重要である。 ・夫婦間でお互いが言いたいことを言い合って、ときにはケンカになるくらいになってもいい。 ・それくらい親が本気にならなければ、現状はなかなか変わっていくものではない。 昨今の不登校や子どもの問題行動を見ていると、人としての基本的な生き方への「警告」であるととらえるようになった。 一昔前は、親子や兄弟などの家族を基本とした地域の人間関係が安定していた。 しかし、現在はその最も基本的な生き方である「家庭」がぐらついている。そして、夫婦関係も大丈夫だと思っているが、お互いのコミュニケーションがどれだけとれているのかと問われたら、自信がもてない夫婦もあるに違いない。 我が身をふり返ってみても、世界で一番小さな社会である「家族」や「夫婦」「兄弟関係」をもっとより緊密なものにしていく必要を感じさせられた会であった。 |
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| 2004年 3月 12日(金) 「ようやく週末だ。」という感じの金曜日である。 昨日までの疲労感も少しは抜けてきた感じがする。 学校の授業の方は、すでにほとんど終わり、大詰めにはいっている。 授業と言うより、いままでの「おさらい」を自主学習している感じである。 しかし、今の学校での学習は「やらされている」という感覚が強く、決して意欲的にはなっていない。 このようなシステムを改革していくためにも、セルフラーニングの大切さを感じている。 このシステムを学校現場に持ち込むことができたら、今より意欲的な子どもたちが育つはずである。 春休み、そして来年度の研修のひとつは「〜しない教育」と決めている。 機会があるごとに積極的に研修会に参加したいと思っている。 |
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| 2004年 3月 11日(木) 今朝は、少しは気分もよく目が覚めた。 あと2日勤めれば休みがああるという安堵感からくるものかもしれない。 学校の授業の方はほとんど学習済みなので、今は1年間の弱点補充などに時間を使っている。 昼間は、いろいろと仕事が詰まっていて、今日も薬を飲むことを忘れていた。 自分自身で、ちょっと不安というか危機感を感じてすごしている1週間である。 「とにかく休む」ことだけは常に頭に置いて過ごしていこうと思っている。 これからは、きちんと昼の薬を忘れないように飲まなければいけない。 仕事の面では、子どもたちだけでできる場合には、私自身はそばにいて気持ち的にはゆったりして過ごしている。 今年度のゴールもあと少しのところまできているので、なんとか乗り切っていきたいものである。 帰宅したら、福井県の主婦の方からメールが届いていた。 若い頃に教員をされていたということで、学校の事情にも詳しい方であった。 メールを読みながら、つくづく家族の大切さを感じさせられ、今週の疲労感が、このメールで励まされて少し元気も戻ってきた。 1週間でたまってしまった仕事を少しだけやってから、今日も早めに床につくことにした。 |
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| 2004年 3月 10日(水) 今週は、今までで一番苦しい週になっているような気がする。 とにかく、疲労がどんどんたまっていく感じである。 今週は、「疲れた、疲れた。」の連続である。 精神的な負担感が体力的な疲労に結びついているような感じである。 今日で週の中日であるが、すでに1週間を過ごしたかのような疲れ方である。 午後からの職員研修会もなかなか身が入らず、うつらうつら時間だけを過ごした感じであった。 なんとなく、「自分にとってはあまり意味のない内容」のようにも感じられ、本当に身が入らない。 早く終わって、帰りたい気持ちを抑えて時間を過ごした。 自分にとって価値ある仕事で時間を使うことはいいのだが、意味のないことのために時間だけが過ぎていくことは、本当に空しく感じる。 「子どもにとって、本当に価値のあることは何か」という視点に立っての話し合いが必要である。 「形だけ」で終わるような会は持つ必要を感じない。 今日の午後がまさしくそんな感じであった。 それだけに、疲労感も何倍も感じるのである。 帰宅後は、どうしても明日が〆切のものがあったので、それだけかたづけて早めに就寝。 週末の休みが待ち遠しく感じている。 とにかく、疲れたときには何もしないで寝てしまうことだ。 今週は、パソコンに向かう時間もほとんどなく、本当に最低限必要なことだけに留めて、早めに床につくことにした。 |
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| 2004年 3月 9日(火) 今日も、昨日の疲れが残っている感じで目が覚めた。 今日は、本年度最後の参観日であり、以前から計画し、自作の資料も作成して、万全の準備で学習をした。 学習中の子どもたちは、とても意欲的に資料に食い入るように眺めて、よく集中した授業をすることができた。 この自作資料は、自分でも大切にしているものなので、今日の授業で「使える」ことを再確認できた。 その後は、保護者の方と学級懇談。 来年度の修学旅行の話もするよていにしていたので、33名中26名の方が残ってくださり、今年度最高の懇談ができた。 保護者の方からは、3学期に私が復職したことを本当に喜んでもらえたということが伝わってきて、安心すると同時に感謝の気持ちでいっぱいになった。 今週は、2日連続重たい授業や行事が続き、疲れがたまっていることを実感している。 昨日と同様に、帰宅したら何もする気力がなく、夕食と入浴をすませるとすぐに床についた。 |
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| 2004年 3月 8日(月) 今日からまた1週間のはじまりである。 毎度のことながら、月曜日の朝はやはり辛いものである。 学校では、「6年生を送る会」の全体の進行役になっていので、子どもたちの進め方の指示しながらいろいろな企画を進めていった。欠席者が多いことや時間の関係で、省いた内容もあったが、1年生から6年生まで和気藹々に会の進行ができ、とても良かったと思う。進行役の実行委員の5年生も良く動き、流れもスムーズであった。 これで、大きなイベントもひとつクリアして一安心である。 終わってからは、片付けの後、午後の授業。 そして、学年末の成績や報告書の作成と身の回りの整理などをして退勤時間を待った。 帰ってからは、本当に何もしたくないほど疲れた。 こんなに疲れを感じたのも久しぶりのことである。 明日のために最低限やっておかないといけないことだけをして、9時30分には床についた。 |
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| 2004年 3月 7日(日) 金曜日に休んだので、今日で3連休となった。 朝から外はすごい雪で、積雪量は20cmを超えたと思われる。車の上にも雪がすっぽり被さっている感じである。 結局、一日雪が降ったり止んだりの繰り返しであった。 3日間もゆっくりできたので、体調の方は良くなってきたが、喉の痛みは続いている。 しかし、毎年のいわゆる「花粉症」の症状ではない。今年は花粉症が治ったのだろうか?と疑うほど鼻の調子も良い。 それとも、うつ病の薬が花粉症にも効果があるのか、減量のために毎日飲んでいる「さら桑茶」と「クロム入りのスープ」が効いているのか?よくはわからないが、とにかく、鼻の調子がいいのはいいことである。 午前中は、「こころが幸せになるプログラム」Blogのネタの書き貯めをした。 学年末になるので、毎日の更新が大変になると思ってのことである。 そして、市立図書館へ本の返却と同時に新しい本を借りてきた。 最近は、富田富士也氏の書いた本を集中的に読んでいて、借りるだけではなく、ネット通販でも購入してしまった。 氏の本は、とても読みやすくどんどん引き込まれていくように読み進めることができる。 それと、この本も興味があり、注文していたのが今日届いた。 テレビ・ビデオ・ゲームによる育児、子育てに対する危機意識を書いた本である。 私自身は、テレビ中心ではないが、子どもたちはゲーム依存になっているし、私自身はコンピュータ依存の傾向も強いと感じている。 気候が暖かくなったら(これも言い訳なのだが)外に出て屋外での運動や遊びを増やしていこうと思っている。 今日のような一日降雪するような日は、とても外に出る気にはなれないのである。 さあ、明日からまた1週間がはじまる。 ゴールまでは、17日間となったが、マイペースを保ちながらやっていきたいと思っている。 まだまだ「ガンバリズム」の気持ちが出てきてしまい、自分でしっかりコントロールしていかないといけないと思っている。 |
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| 2004年 3月 6日(土) 今日も朝から雪の降る空模様で、気温も例年並みに低い。 昨日は、調子が悪く、一日ゆっくりすごしたためか、今朝起きたときは、昨日よりは気分は良かった。 いよいよ学年末とあって、やるべきことはいろいろあるのだが、ひとつひとつ片づけていくしかない。 とりあえず、来週の学習参観日に向けて、授業で使う資料をパワーポイントで作成し、学級の保護者への案内文も作った。 今年度最後の参観日なので、やはり気合いが入る。 「イチロー選手の夢」を使った授業展開を考えている。 1年間を終えるにあたって、子どもたちにも保護者にもしっかりとした内容を伝えたいと思ってのことである。 ちょうど、午後6時30分からBS−iの「キャッチボール」という番組でイチローと糸井重里とのインタビュー番組が放映されていた。 今のイチロー選手の思いを聞くことができ、とてもラッキーであった。 その中に参加していた野球少年から、次のような質問が出された。 「今5年生なんですが、どんな野球の練習をしたらいいですか?」 それに対して、イチローは、次のように答えていた。 「宿題だよ、宿題はちゃんとやっといたほうがいいよ。」 「勉強のすきな人っている?」 「多分、いないよねえ。宿題の好きな人って?」 それには、こんな訳があるということである。 「勉強や宿題は好きでないからやった方がいいんだ。将来、大人になればいろいろな上司からやりたくもないことを要求される。そのときにはやらないわけにはいかないわけだ。だから、やりたくもない勉強や宿題は今のうちにちゃんとやっておいた方がいいんだ。」 なるほど、イチローらしい答えだと思った。 「野球の練習」については一言も対応しないで答えていた。 ただ、自分としては「やりたくもない」という言葉にひっかかりを感じた。 「やりたくもない」ことならば、しなければいいのだ。 しかし、現実にはそんなわけにはいかない。 程度の差こそあれ、結局はある程度の妥協点でやっていくしかないのである。 また、参加者の中から、こんな質問も出てきた。 「野球をするのが、いやな日って、ないんですか?」 その答え方には驚いた。 「そりゃ、いやな日だってありますよ。試合に出たくないって思うときだってありますよ。」 「しかし、プロとしてお客さんも見に来ているし給料だってもらって仕事をしている。だから、出たくないときだってきちんと出なきゃいけないんだ。」 私は、イチローでさえ野球をしたくない日があるのだと知って、驚いたと同時に少し安心した。 やはり、イチローとて普通の人間なのである。 それにしても、このイチローという人間は、すごい人間である。 あまりにも、今の自分の要求にタイミングよく放映された番組だったので、イチローについて多くを書いてしまった。 そして、今の気分はとてもいい。 |
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| 2004年 3月 5日(金) 今朝は、風邪気味なこともありなんとなく体がだるかったので、一日年休を取ることにした。 学校側には、病気のことも理解してもらっているので気兼ねなく休むことができるはずなののだが、「どうしても、自分が休むことによって、他の職員の負担が増えて迷惑をかけてしまう。」という思いはでてくる。 本来なら、病気なのだから何の心配もいらないような勤務のシステムが必要なはずである。 これは、私の職場だけでなく、全ての就労場所のおいて保障されていいことなのである。 しかし、現実はそうではなく、体調が悪いときでも無理して勤務したり、超過残業を科せられたりと、労働条件は弱い者ほど厳しいのが現実である。 ある知り合いのお父さんが、「子どもの入院の付き添いで2週間も休んでしまい、給料が少なくなる。」と危機感を交えて話しておられたことを思い出す。 大人にとっても、子どもにとっても、人間らしく「生きる」ことのできる社会を目指していかなければいけないのである。 みんなが「安心して暮らせる」社会作り、建前だけのスローガンで終わるのではなく、ひとりひとりが自分の問題として考え、実行していくことが必要だと思っている。 そういう意味でも、まずは、自分の職場から意識改革を進めていきたい。 なんだあか、休んだことにたいする「言い訳」じみた書き方になってしまったが、職場内での「バックアップシステム」組織としての協力体制をもっとしっかりとやっていく必要がある。 なんといっても、子どもたちのよりよい成長のために、そして、みんなの健康のために。 |
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| 2004年 3月 4日(木) 今日は、学校で大きなイベントを担当することになっていたので、気持ち的には多少不安もあり緊張感も感じながらの朝のスタートであった。 しかし、学校の都合で急に来週に延期になり、少しホッとした。 今日も、いろいろあったが、自分なりにペース配分を考えながら動けるようになってきたので、調子は悪くはない。 そして、毎年の「花粉症」の辛さも感じないので、その点も気分がいい要因にもなっている。 仕事帰りに久しぶりにレンタルCDを返すついでに書店によってみた。 それにしても、毎日毎日新刊書の数がすごい。 最近は、若い人の文字離れ、本離れが多いと聞くが、書店の新刊書の更新状況をみると、まんざらそうでもないように思える。 欲しい本は、たいていネット通販で購入しているので、書店に寄ることはあまりないが、あの雰囲気はいいものである。 たくさん、読みたい本が山積みになっているので、時間を作って読んでいきたいと思っている。 実は、子どもの頃は本などというものに触れたこともないほど、本が嫌いであったが、特に最近は本を読みたくてしょうがない。 いろいろなことを「もっと、もっと知りたい。」という自分の欲求がでてきているのを感じている。 ゴールまで、いよいよ3週間。 なんとか乗り切って、来年度はいいスタートを切りたいと思っている。 |
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| 2004年 3月 3日(水) 例年だと、3月1日に解禁となる「花粉症」の症状がまったく感じられない。 毎年決まって、3月1日に鼻水やくしゃみ、目のかゆみを感じるのであるが、今年はそれがない。 とてもいいことなのだが、それだけ気候が急変したのか、それとも自分の体に何かの変容があったのか。 今年は冷夏だったために、スギ花粉の飛散する量もすくないということっだが、何が原因なのかは分からないが、自分としてはこのままでいたいと願っている。 仕事面では、3月末のゴールに向けて計画的に進んでいるためか、多少気分的にも余裕がもてている。 そのため、精神的には随分落ち着いてきている。 ただ、昼休みに急な用事が入ったりすることが続くと、昼食後の薬を飲み忘れることがたまにある。 実は、今日も昼の分を1回分抜かしてしまった。 それに気づいたのが、仕事から帰ろうとする時間だったので、結局そのままで夕食後に飲むことにした。 しごとの帰りに、前々から行ってみたいと思っていた県内の「フリースペース」を訪問した。 はじめて入ったのであるが、とてもアットホームな感じで、落ち着く「場」になっている。 その日は子どもたちはいなかったが、世話人の2人の方とボランティアできている若い方とあと一人この「フリースペース」の支援者のかたが来られていた。 コタツに入りながら、これからの運営や企画についても話をしたのであるが、このような「場」は、とても大切な場であり。 この取り組みは、今はまだ小さいけれど、とても大きな一歩だと思っている。 学校でもない、適応指導教室でもない、塾でもない、まったくどこからも独立している「自由な空間」が子どもたちに保障されるようにならないといけないと思っている。 みなさんと話をしながら、自分もスタッフのひとりとして、何かできることをやっていきたいという気持ちが湧き出てくるのを感じた。 今、「不登校」と呼ばれている児童・生徒は、行く場所がなくて、そのほとんどが自宅ですごしている。 今では、「ホームスクール」という考え方も認知されるようになってきてはいるが、やはり子どもは子どもとの関わりの中で育ててやりたいと思っている。 自宅に帰ると、公文教育研究所に勤務しているという方からのメールが届いていた。 立場はちがっても、お互いに「よりよい教育」を目指そうとして、それぞれのポジションで頑張っている。 実は、その方もうつ病で、このサイトを見たことが縁となって、2人の関係が続いている。 このように自分の職種とは異なった人とコミュニケーションができることはありがたいことである。 今後は、先日ネットで知り合った方との出逢いがあったが、オンラインでのつき合いだけでなく、顔の見えるかかわりも作っていきたいと思っている。 |
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| 2004年 3月 2日(火) 今週は、朝のリズムもまずまずである。 自分の信念というか、思いというか、自分の決めたスケジュールにそって物事が進んでいるので、いいリズムである。 今日一日をふり返ってみても、他人の指示で動くのではなく、全て自分の計画通り進んだのがよかった。 そして、久しぶりに少ないじ時間ではあったが、夫婦だけの時間を過ごすこともできた。 仕事の帰りに喫茶店で待ち合わせをして、軽くコーヒータイムを楽しんだ。 わずか40分ほどではあったが、普段は子どもと共に行動することが中心になりがちであるので、意識して夫婦だけの時間を作るように心がけるようにしている。 今日の話の話題は「ダイエット」。 妻は、「にがりダイエット」がいいと言っているが、私としては、今も継続中の「朝だけダイエット」と「プチ断食」をセットにした減量に頑張ろうと思っている。 減量を決めたのは、ちょうど復職した1月9日なので、これまでに約2ヶ月経過したことになる。 目に見えた効果はそれほどではないが、1月9日と比べたら、確実に体重は少なくなってきている。 これからも、急激な減量ではなく、ゆっくりとマイペースで続けていこうと思っている。 |
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| 2004年 3月 1日(月) 早いもので、今日から3月である。 昨日、千葉に住む女性の方から相談のメールをいただいた。 『家族が病気の理解してくれません。 実家の母や妹は理解してくれてますが、帰りたくても遠くなので帰る事もなかなか出来ません 。どうしたら家族に理解してもらえますか? どのように話せば良いでしょう。』 という内容のものである。 私からは、以下のような返事を送った。 『こんにちは。ゆうです。家族が病気の理解してくださらないことは辛いですね。 ご主人もそうなのでしょうか?(実は、ご主人の理解もないようでした。)そして、実家が遠くては帰る事もなかなか出来ませんよね。他人から見れば、家事でも何でも普通に見えるのは当然の姿だと思います。それが、精神疾患の分かりにくい点です。 1、まずは自分の言葉で説明する。 本人は病気で仕事休んでるのですから、きちんと説明をする以外に方法はないと思います。 2、一緒に病院に行ってもらい、先生の説明を受ける。 主治医の診断書もあるようですから、ご家族の方といしょに通院されてみてはどうでしょうか。 精神病疾患の病院に准看護婦として勤めておられるようなので、そちらの先生に相談されてみることもいいのではないでしょうか。婦長さんは今の状態を理解してくださってるようで、その点は安心ですね。 3、感情的になっている自分をありのまま見せる。 どんなに苦しくても、でも我慢なんていつか無理がたたって爆発してしまいます。 そんな状態を見て周りの人が理解できたという人もあります。 そういう姿を見ないと、経験したことのない人はいくら言葉で言われてもピンとこないということもあるようです。 4.中には、どうしても理解できない人もいることも知る。 特にお祖父さんの理解がないと言うことですが、とても残念なことなのですが、世の中には、理解できる人間と理解できない人間がいることもあるということも知りましょう。 あまり「わかって!わかって!」と迫ると相手に負担な場合もあるようです。 実は、私自身も、はじめのうちはうつ病であることをなかなか言い出せませんでした。 しかし、うつ病になるのは、本人の責任でもなく、なりたくてなったのではありません。 それらのことを理解してもらうこともHPを作った理由のひとつです。 十分な答えになったかどうか分かりませんが、職場の理解は強い味方になると思います。 少しずつ分かってもらえるように焦らず説明してみてはどうでしょうか。 うつ病であることは、風邪や盲腸などと同様、怠け病なんかではありません。 大変な重病のひとつなんだととらえて、堂々と生きていきましょう。』 家族の理解がないことは、うつ病本人にとっては、大変辛いことです。 幸い、職場の方の理解があるようなので、何とかここまで来られているのだと思いました。 職場の方に入ってもらって、家族の方に話してもらうという方法も考えられます。 |
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