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| 2004年 2月 29日(日) 4年に一日しかない2月29日、しかも日曜日である。(特に今日の行動には何の関係もないが...) 午前中は、最近相談メールが多くなってきているので、それに対する返事を書いたり、別のホームページの月変わりの更新の準備などをしながら過ごした。 うつ病に関するメールの質問や相談を受けると、自分自身をふり返る機会になるのがいい。 調子がいいときというのは、あまり意識しないで過ごすことがあるので、「自分がうつ病であるという認識」ができて感謝している。 興味のあるプロ野球もオープン戦に入り、いよいよ開幕まで1ヶ月と迫ってきて、なんとなく気分もいい。 特に、今年の阪神タイガースもオープン戦とはいえ2連勝で幕を開け、調子もよさそうなので、ペナントレースも期待大である。 午後からは、ちょっとした「引っ越し」の場を作った。 家は狭い上、3世代同居家族なので、一時避難場所?なる場を確保しておいた。 将来の自分の「居場所」になるかもしれない場所である。 仕事の上でも、あと1ヶ月後には、一応の修了を向かえることになる。 ゴールがはっきりしているというのは、気持ち的には落ち着いている。 ゴールから逆算して、今は何をすればいいかが分かりやすいからである。 ということで、午後はゴールまでの見通しと来週の学習の予定を組んだり資料を作成したりして過ごした。 今、富田 富士也氏の『「ムカつく」子どもの本当の心理(わけ)―今、父親として知っておきたいこと』という本を読んでいるが、 子どもたちの学校や親に対する生の声をとりあげながら、父親と子どもが心を通わせ、新しい関係を築いていくためのポイントをわかりやすくアドバイスされている。思春期の子どもをもつ父親のための対話ハンドブックといていいだろう。 「心揺れる子どもたちは、今、あなたに助けを求めている…。」親たな父子関係を築きあげるための「学校、友人、異性、家庭、生活、将来」という6つのアプローチで書かれてあり、文章もとても分かりやすく読みやすい。このほかにも富田 富士也氏の著書は何冊か読んでいるが、思春期を持つ親には、どれもお勧めである。 |
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| 2004年 2月 28日(土) 今日は、定期的な通院日。 2週間ごとの土曜日に通院している。 今日の診察では、「精神的には落ち着いてきたが、体力的な疲労が重なってきていること」や「いきたくない気持ち」である「たいぎい病」の表れたことなどを話をした。 その後、メールで会う約束をしていた方とクリニックで待ち合わせをして、昼食をいっしょに食べながら話をした。 「ご主人がうつ病で、もうすぐ病休期間が終わるのだが、どうしたものか」ということで相談を受けた。 とてもご主人のことを心配されていて、とても理解のある方であると感じた。 「自分でどうしたら、ご主人がいろいろなことに前向きになってくれるのか」ということ、「今のままで自分自身はなにができるのか」など、とても熱心に話をされました。 話していくうちに、ご主人と私との共通点も見つけました。 どちらも、「やるからにはとことんやる」タイプのようです。 そのため、このご主人は、うつ病発覚までにそうとうな無理をして仕事をしておられたようです。 しかも、とても仕事に対しても真面目に取り組んでおられたようで、その反動としてうつ病という形で出てきたのだと思いました。 このあたりの経過も、私の場合とよくにていました。 うつ病を治すには、「まず休養、薬をきちんと服用すること、自分自身とまわりの方のうつ病に対する理解」があげられますが、それに加えて「自分自身が病気を治す!病気を治したい!」という意志も大切だと思っています。 私自身も、うつの波が繰り返しやってきますが、自分自身でうまくつき合っていくことが大切だと思っています。 このご主人の話を聞いていると、今の段階はまだまだ不安定な時期なので病休が終わってもすぐには復職はされない方がいいと思いました。ご主人自らが、「仕事をしたい。」「職場に戻りたい。」という思いが出てくるまでは、ゆっくり休養された方がいいと思いました。 この奥さんには、せっかくの休みなのですから、しっかり休みを「楽しむ」ことをお勧めしました。 そして、本人のやる気は見守りながら待つこと、今は無理しないで自分の好きなことを楽しめばいいと思います。 それだけ、今までの無理が重なっているので、その分はしっかり休養する必要があると考えました。 今日は、奥さんと話しただけでしたが、ご主人が「その気」になられたら、3人で話をしたいと思いました。 自分自身がうつ病を体験したことは、本当に良かったと思っています。 いろいろな意味で、ものの見方が広がったし、なによりも以前と比べて自分自身を素直に見ることができるようになったと思っています。今は、うつのまっただ中にいる人にとっては苦しいときかもしれませんが、必ず「うつ病になって良かった。」と思える日はやってきます。 午後からは、「不登校の親の会」に参加した。 私にとって。今一番楽しくて充実した時間が過ごせる「場」が、この場である。 参加者は十数名ほどであったが、お互いの苦しさや悩みをうち明けながら、それぞれが今までに体験したり情報として知っていることを出し合いながら、話が進んだ。 私自身は、学校現場にいる一人の教員であるが、「不登校を健全な姿である。」ととらえている。 もちろん、「登校も健全な姿である。」 今の学校現場の実態から考えると、「不登校の子どもたちが出てくるのは当たり前の姿」であると考えている。 今日参加されたお母さん方も、今現在の子どもの悩みを自分の悩みとして考えておられる。 しかし、みんながこの「場」に集まって話し合いを続けていくことはとても大切なことである。 本来なら、行政なり学校側が「不登校を認め」その上で、子どもたちの支援ができることが大切なことだと思うが、今の現状ではそれは期待ができない。個人個人の取り組みによって、子どもたちの「居場所」を作っていかなければならないのである。 全国に多数できている「フリースクール」と呼ばれている「居場所」も、ほとんどがボランティアや個人経営の「塾」(いわゆる進学を対象とした塾とは異なる)である。 私自身は、教育行政として、「不登校も選択肢の一つである。」ことを認識し、その上に立った根本的な子どもへの支援が不可欠だと思っている。 そして、これらの会に参加することによって、「自分自身のできることは何か」を見つけ、行動していきたいと思っている。 今日一日、いろいろな人と話をしたが、とても楽しく充実した日であった。 「出逢いは人を大きくし、ものの見方・考えを広げる。人を動かす。そして、一人の行動が社会を変える。」と言っても言い過ぎではないと感じた。 |
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| 2004年 2月 27日(金) 今朝は、きもちも楽な感じでスタートが切れた。 昨日の日記にも書いていたように、今日は勤務校で地域の方を招待して学年イベントを開催した。 はじめのうちは、「うまくできるだろうか。」とか「準備に落ちはないだろうか」と不安もあったのだが、「できることはできる。」と信じて今日の日を迎えた。 結果としては、幸いうまくいきホッとした。 地域の方達もとても喜んでくださり、やったかいがあったと思っている。 さすがに週末ともなると、疲れも出てくるが、明日から休みになるので、気分的には楽である。 また、明日は定期通院日なので、そこでまた気分転換にもなる。 そして、このホームページを通じて知り合った方が同じクリニックに通っておられることが分かり、明日会って話をすることになった。 以前にも、インターネットを通じて知り合った人たちと「オフ会」を開いたことはあるが、このような共通の病気をもった者同士で会うのははじめてのことである。 メールや掲示板ではどうしても伝えきれないこともあるので、実際にお会いして、相手の方に自分の思いを十分に伝えたいと思っている。明日の出逢いが楽しみである。 |
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| 2004年 2月 26日(木) 今朝の体調はまずますだが、起きたときに喉の痛みを感じた。 風邪の引き初めかそろそろ持病の花粉症がやってきたのか、どちらにしても無理はしないように一日のスタートをきった。 最近は、仕事そのものは割り切ってやっているので、気持ちの上では安定している。 ただ、日程がバタバタしていたせいで、今日も昼の薬を飲むことを忘れていた。 それに気づいたのが、5時をまわっていたので一回分とばすことにした。 昼休憩はあるにはあるが、仕事が仕事だけに、その休憩を使ってやりたいこともあったりして、そんなときに薬のことを忘れがちになってしまっている。 帰宅後、昨日のメールの返信を出した。 このようにホームページを公開していることによって、いろいろな人が見ているのだと感じるのが、メールが届くときと掲示板への書き込みのあるときである。 自分自身がうつ病の治療中であるのだが、相手によっては、こちらが相談に応じるような内容もある。 自分としては、本で読んだことや自分の思ったことや体験したことを「ありのままに」書いているだけである。 しかし、自分がうつ病という精神疾患を体験したことで、自分なりの対処法やアドバイスはできるようになってきている。 特に、職場に復帰してから1ヶ月半が過ぎようとしているが、仕事に対して疲れたときの「力み」と「緩み」のバランスの取り方、というかうまく休養をする方法がつかめてきたように思っている。 病気を治すのには、やはり「本人の治そうという気持ち」が不可欠であるように感じている。 気分によって、山あり谷ありではあるが、自分の中で無理しないで前向きに考えることがいいようである。 明日は、勤務校の学年で、あるイベントを計画している。 準備もしっかりとできているので、明日は自分自身も楽しみたいと思っている。 |
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| 2004年 2月 25日(水) うつ病とのつき合いも、4ヶ月以上になるが、毎日が山あり谷ありの状態が繰り返している感じである。 調子のいいときにはとてもいいのだが、ちょっとした重大事業などが控えていたり、自分自身でその意義を感じられないことに対しては、意欲の低下を実感している。 今日も、仕事の途中で、なんとなくやすきがしない状態を何回か感じた。 しかし、仕事は仕事と割り切ってやっていっている。 幸い、今日の日程はいつものペースに比べて軽めであったこともあり、そんなに緊張感なく、過ごすことができた。 帰宅後、メールチェックをしたら、このサイトを見たという人からのメールが届いていた。 すぐに返事を書きたかったのであるが、持ち帰り仕事と明日の仕事の準備もあり、明日に伸ばすことにした。 体の疲れを感じたときには、最低限のことだけに留めて早く寝るように心がけている。 いつもながら、寝付きはとてもよい。 |
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| 2004年 2月 24日(火) 昨晩は、水谷修氏のことをしって興奮気味に床に入ったが、今日もなんとなく前向きな気分にはれないまま出勤した。 「できれば、仕事を避けたい」という思いも持ちながらの出勤タイムであった。 しかし、学校に着けばそんなことは言ってはいられない。 考えることより先に、今日やるべきことが待ちかまえているのである。 朝から午前中の授業を終え、昼休みには午後の調理実習の準備。 ばたばたとしているうちに、すっかり昼の薬を飲むことを忘れていた。 主治医の先生からは、遅くなっても薬は飲んだ方がいいと言われていたので、気がついた4時前に飲んでおいた。 昼の時間にいろいろなことがあると、ついうっかりして薬を飲むことを忘れがちになるので、注意していきたい。 午後の調理実習は、思った通りというより思っていた以上にうまくできたので、安心した。 その後、近くの学校へ学力向上についての話し合いに出かけた。 話し合いの中で感じたことは、毎年変わり映えのないことをやっては、学年末に同じような反省点が出される。 そんなことを繰り返していても、学力向上などできるはずがないと思った。 それで、来年度からは、こども本来の自主性や意欲を伸ばす教材を積極的に取り入れていくと共に、自分自身が児童理解に努めていかなければならないと思った。 帰宅したら、通販で注文していた「もしもウサギにコーチがいたら」という本が届いていた。 『ウサギが選ぶコーチとはどんなコーチか?「やる気」は有限だって知ってました?だから、上手に使うことが大事で、ファイトはウサギに教えない。ウサギが望むところに、望む方法で一回に1つだけ、ウサギに教えるのは。そして、聞かれたら答えるウサギの人生はまだ始まったばかり。誰かに貼られたレッテルは、はがしていいウサギはそれぞれ違う。4つのタイプの長所と短所失意や挫折感に長居をしてはいけない。なぜなら、動けなくなるから反省なんてさせない。ウサギには、次に何をやるかを聞くウサギ君、僕は君の味方だよ。君が望む限り君のコーチでいますアドバイスはしない。ウサギには自分で考え、自分で行動して欲しい』(以上、本から引用) 物事を視点を変えてみるとずいぶん見方も考え方も変わるモノである。 最近は、読みたい本が次々あって、時間がないのが悔やまれる。 |
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| 2004年 2月 23日(月) 今日はハードな週末を終えた朝であるたね、多少疲労感が残っている。 何となく仕事に向かうにも気が進まない感じの朝を迎えた。 このこととは関係はないのだが、家の用事の都合で一日年休を取った。 午前中は、家続の用事で各所に赴き、相談やお願いに走ってまわった。 午後は、他にもやり残したことがあり、年休でありながらも、普段はなかなかできないことがあるので仕事を片づけることにした。あることから、「夜回り先生」こと水谷修氏のことを知り、さっそく、通販で本の注文をして、深夜「水谷修の春不遠」を読むことに熱中した。 それにしても、ものすごい先生である。ここまでできる源はいったい何なのだろうか。 なんとも熱意に満ちていてエネルギッシュである。 水谷修氏の生き方を知って、いかに自分自身がいい加減で生きているかということを思い知らされた。 平井雷太氏の「考現学」もそうだが、「続ける」ということに深い意味があるのだと思う。 今朝は、なんとなくやる気のないスタートであったが、また改めて自分の行くべき方向が確認できたように思った。 |
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| 2004年 2月 22日(日) 昨晩は夜の12時を過ぎるまでその後の話をしていたので、朝起きるのがいつもよりゆっくりになった。 午前中は、たまっていたメールへの返事やホームページの更新、自分にとっての「考現学」を書いた。 昼食は、家族と一緒に近くのラーメン屋さんに行って、チャーシュー麺と餃子を食べた。 とても天気が良く、まるで4月下旬から5月上旬並みの陽気であった。 午後は、ノートパソコン(WinXP)に新しいアプリケーションソフトをインストールして、携帯用として使えるように設定をした。 普段は、このデスクトップ機(Win98)をメインにつかっているので、少しずつデータの移行もしていきたいと思っている。 その後は、来週の学習に向けての準備、特に授業に使えるサイトの開拓をした。 教科書関連業者のホームページもいいが、最近では個人で作ったコンテンツを公開しているページもあり、いろいろと活用していきたいと思っている。 |
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| 2004年 2月 21日(土) いよいよ待ちに待っていた今日がやってきた。 昼は、すくーるらくだの平井雷太氏を交えてのセルフラーニング講座があり、参加した。 参加者は13人ほどであったが、初参加の私にもすぐにうち解けることので着る雰囲気の場であった。 この会を始めて12年になるというKさんも、「私自身、今日からがスタートだと思っています。」と言われたように、時期がちがえばメンバーもちがうので、毎回新しい発見があるというのだ。 午前中は、平井雷太氏に対して、1人20分間のインタビュータイムを与えられてインタビューをした。 その最初のインタビュアーが私に指名された。 初めての参加であったので、そのまえに簡単な自己紹介を提案し、その後にインタビューになった。 質問内容としては、 ・平井氏のラクダ教材開発のきっかけとなったこと ・「教えない」のに、どうして学びが成り立つのか ・「できない」ことからスタートするということについて ・教えても伸びない子に教えなくてえできるようになるのか そして、現実問題として ・今現在、学校現場にこのらくだ教材を導入することができるのか ・そのためにすることはなにか ・それに必要な経費はいくらかかるのか 等、具体的な教材の導入の仕方や開塾の方法にまで話が及んでいった。 特に印象に残ったことは、次の2つである。 1.「まず、決める」ということからスタートする 決めたことがないと何も始まらない。 もちろん、決めたからには、それをきちんと実行していくことが伴わないと意味がない。 2.平井雷太氏自身も躁鬱病であるが、自信で「薬は飲まない」と決めて病気を克服しようとされていることである。 自分自身が「決めた」ことをクリアしていきながら躁鬱病を克服するというのである。 この講座に参加しての感想は、思うままにのページにも書いているが、本当に画期的な方法であり、「教育」という考え方を根本から変えなくてはならない、革命的ともいえる教材と支援方法である。 ぜひ、自分自身もこの教材を使って体験する中でたくさん気づきをしていきたいと思った。 昼食は、主催者の方が手作りの食事を作ってくださり、みんなで歓談しながら食べた。 午後からは、2時間枠の中で「インタビューゲーム」をやった。 2人一組で聞き役と答え役に分かれて、それぞれが20分間のインタビューをしていった。 私とペアになったIさんは、児童保護施設の職員の方であったが、私からは「その方らくだ塾との出逢い」から聞き始めたのであるが、話を聞いていくにつれて、何かに行き詰まっていたり、落ち込んでいるときに新たな出逢いがあったと答えられた。 しまも、その出逢いまでの数年から数ヶ月の間に、何か自身で求めておられたモノであったと聞いて驚かされた。 私は、その人の紹介の題を「ピンチはチャンス、新たな出逢いに感謝!!」とした。 まさに、自分自身の今日のできごとそのものであった。 インタビューをしながらメモしたものを再編集したモノをみんなで読み合いをした。 それぞれが、自分で自分の紹介をする以上に、その人自身の個性や性格が書き表されていて、インタビューして書くことの大切さと面白さを感じることができた。 その後は、一日の講座の感想を書いて閉講となった。 私自身、初めて体験することばかりで、まさに「目からウロコ」状態の時間であった。 また機会があれば、というより必ずらくだ塾の生徒になって教材をやってみたいと思っている。 まずは、「自分自身で決めること」から始まるのである。 そして、夜7時30分からは、私が代表となっている「親の会」の定例会があった。 今回は、他校の保護者の方に来ていただいて、ご自身の体験談を交えながら、「感受性の強い中学生の親(大人)としての対応」と題して話をしていただいた。 話の内容は、次のようなことであった。 1.荒れた中学校時代 2.そのときの「親」としての対応−具体的な事例を通して 3.親の子どもに対する姿勢 4.複数の親で複数の子どもとかかわりを持ち合う 5.学校の先生を味方に引き入れる 今回は参加者も20名を超え、みなさんが熱心に聞いてくださり、これからの「親の会」の方向性もだんだん明らかになっていくように思った。 これからも、学校とPTA役員の方とも連携をとりながら、子どもたちの過ごしやすい環境作り・学校作りの協力をしていきたいと思っている。 |
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| 2004年 2月 20日(金) さすがに週末が近づくと、疲労感がピークになる。 疲れた体をかばいつつ勤務校へ向かった。 肉体的な疲れはあるが、週末に楽しみをとっておくというのが精神衛生上とてもいいものである。 楽しみといっても、何かプレゼントやいいものが手に入るということではなく、前々から期待していた研修会に参加する予定もあり、かつ自分が代表になっている「親の会」を夜に設定しているのだ。 どちらも、それぞれが、今の自分にとってはかかせない「場」であり、一番意欲的で前向きに取り組めることのひとつである。 その目標があるので、今週も特別な難もなく、乗り越えることができた。 一日一日をふり返り、自分のできたことや良かったことを思い出すことも習慣になって来ているので、このことも精神的にいいのかもしれないと思っている。 ただ、さすがに疲れたので、早めに床に入り爆睡した。 |
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| 2004年 2月 19日(木) 今日は週末に近づき、体力的な疲れを感じている。 しかし、10月の発病が発覚したときの自分とくらべると、確かに変わってきていることを実感するようになってきた。 自分の好きなことに向かうときはもちろんであるが、仕事上で「たいぎいな」とか「こんなことしなくたって」と思うようなことに対してもそれほど苦にならずに向かえている。 今も通院治療と薬の服用は続けてはいるが、自分自信の「やりたい!」という意識が鬱かあら立ち直らせようとしているようにも感じている。 今日から、Blogのページで新しい試みである「幸せになる思考プログラム」という50回シリーズの心理ゲームを始めてみることにした。 これも、広い意味では「認知心理学」にも通じるのではないかと自分では考えている。 簡単に、しかもその場ですぐにできることをめざしていこうと考えている。 自分自身もメニューを考えてはいくが、そのときそのときの思いつきで書くことになると思うので、全体の系統などはほとんどないと考えていい。 どうにかして、「幸せな考え方でくらすことはできないか」ということを考えたひとつの試みである。 平井雷太氏が「考現学」ということを提唱しているが、書くことによって、書き続けることによって、読者を変え自分自身を変えることにもつながって来るのではないかと期待している。 |
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| 2004年 2月 18日(水) 今日も、仕事の内容に関して見通しが持てているため。精神的には落ち着いて出勤できた。 3月のゴールに向かって、一日一日をクリアしていくことが今の自分にできることだと思って取り組んでいる。 すでに、来年度4月からの計画も自分の中にはできているので、それも励みになっていることだといえる。 来年度が今から待ち遠しいくらいであるが、とりあえずは今の仕事を大切にしていきたい。 自分の興味のある研究発表会があるので、出張の希望を上司に伺ってみたのであるが、校内事情で学校を空けることができなくなり、希望は叶わなかった。 来年度の予定とも関係のある研究発表会だっただけに、残念であった。 今日は、通常勤務の後で来年度の事業計画についての話し合いをした。 3月というのは、1年間の事業の決算であるのと同時に来年度の計画も同時に立てておかないといけない大切な時期である。幸い、今週は気分良く過ごすことができているので、このペースを続けていきたいと思っている。 |
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| 2004年 2月 17日(火) 今日は、早起きをして朝から気分良くスタートできた。 今日の研究発表会に向けて昨晩作り上げたプレゼンテーションを公開することの期待感もあって、気分も晴れていた。 午前中の授業を済ませ、午後から鳥取県教育センターの情報教育研究発表会に発表者として参加した。 今までの実践から、自分なりにまとめたものを持っていっての、公開発表となった。 この研究会は、県内外の情報教育に関する実践をしている者が集まり、各自の発表を持ち寄ってプレゼンテーションを行うもので、鳥取県内はもちろん、他県からの発表もあり、いろいろ学ぶべきこととしての収穫もたくさんある研究会であった。 今後の実践に取り入れたい発表も聞くことができ、とても励みにもなった。 こうやって、いろいろな実践を情報交換できる場があるのは、ありがたいことであるが、「やっている人はやっている。」「知っている人は知っている。」という情報交換ではなく、広く情報を発進していくことこそ大切なことである。 実践者はいるにはいるが、自分の実践に留まり、公開されていないコンテンツや教材資料があることがもったいない話である。 これからは、それらのコンテンツを「整理」「分類」していく作業が必要な段階になっている。 自分にとって一番使いやすい「誰でも、いつでも、どこでも」しかも「簡単に」使うことが出きるような情報集積サイトが必要であると考えている。 今日は、自分のやりたいこと、興味のある研究会に参加したことで、気持ち的にも安定し、気分良く帰途につくことができ、充実した一日であった、 |
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| 2004年 2月 16日(月) 今日からまた1週間のはじまりである。 今までは、なんとなく憂鬱なスタートをしていたのだが、今日は気持ち的にいい感じでスタートできた。 出勤中も快適な音楽と共に、運転ができた。 今週は、いろいろな行事等があるにはあるが、どれも自分にとってやり甲斐もあり、意欲のでることだということも大きく影響していることは確かである。 今日の授業は午前中の4時間をキレイにこなし、午後からは長男の進学説明会に行ってきた。 来年度から新指導要領のもとでの高校入学試験が実施されるとあって、学校としても保護者と子どもに対して早めに意識を持ってもらおうということがねらいであったようである。 しかし、当の本人はもちろん、保護者である私自身も「高校進学などまだまだ先のこと」という感じでピンときていないというのが正直なところである。 その後、久しぶりに夫婦で喫茶店にコーヒーを飲みに行った。 いつもはそのような2人だけで行くことはないのであるが、たまにはお互いが時間を作って、子ども抜きの一時を過ごすことも大切なことだと思った。 そこのコーヒーの味も美味しかったので、また行ってみたいと思っている。 帰ってから、通販で買った「13歳のハローワーク」に目を通した。 高校の選択も、将来を見据えて決める時代になっているのだろうか。 個人的には、自分の将来を早く決めることが必ずしも良いとは思えないのだが。 |
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| 2004年 2月 15日(日) 最近は、体調的に疲労感は感じているが、精神的にはすごく落ち着いていて気分もいい。 今日は、午前中にホームページの更新をしたり、たまっていたメールの返信を送ったりした。 休みの日でないとなかなかできないことなので、最近はためてしまいがちになる。 しかし、出きる日にやればいいことなので、「今日できなくても、明日がある」という気持ちでやっている。 午後からは、鳥取でタンポポの会の2月の定例会に参加した。 昨日の「あすなろ会」に続けての不登校の会の参加となる。 今回は、東部の中学校の養護教諭のかたや元教師の方も参加されていて、保護者同士の情報交換と言うより、学校現場や教育行政の問題にまで話題が及んだ。 保護者の方の話を聞いていて、「自分の子どもが不登校になったときはどうしてよいかパニック状態になっていた。」と言われたが、「このような同じ悩みをもつ親の会に参加することによって、親自身が落ち着いてきた。そして、その結果、子どもも安定して見えるようになった。」という方の意見があり、もっともな話だと思った。 やはり、登校することだけが子どもの成長につながったり確かな育ちをするとはいいきれない。だから、登校するしないに関わらず、「自己決定」や「自己判断」のできる子になることが大切な訳で、「学校に行っている子が健全で、いっていない子は健全ではない」かというと、決してそんなことはない。不登校の子の方が健全な場合だってある。学校には登校していても、かなり無理をして来ている子だっているはずだし、その子に対する支援策も当然必要になってくる。 私自身、不登校の親子の実態や意見を聞く中で、やはり学校こそもっと変わらなければならないと痛感している。 そのためにも、いろいろな人たちとネットワークを作って少しでも子どもたちのいきいきした場を作るために力を使いたいと思っている。 今の自分のできることからひとつずつやっていきたいと考えた集まりであった。 そのひとつが、このような「不登校の親の会」の存在を他の教職員に伝えていくことが考えられる。 実際にこのような場に参加し、保護者のみなさんの思いを知ることはとても大切なことである。 これからも、県内だけでなく、たくさんの方と直接会って、広げていきたいと考えている。 |
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| 2004年 2月 14日(土) 今日は、2週間ぶりの通院日であった。 詳しいことは、通院日記の方に書いているが、「調子のいいときほど注意が必要。」だと言われた。 自覚はしているつもりであるが、どうしても性格や性分はなかなかかえられないモノである。 その後、ツイてるシールというものを買い、近くの中古ショップにもよって、浜崎あゆみと宇多田ヒカルのCDを買った。 最近、この2人のCDばかりクルマの中で流している。初めは、曲のノリだけが入ってきていたが、じっくり聞いていると詞の中に込められている意味の深さを感じている。 特に浜崎あゆみ自身が「自分でも一番二番」だという「YOU」と「TO BE」の2曲はとても気に入っている。 若いのに(若いからか)よく書けた詞だと思っている。 午後は、「不登校の親の会」に参加した。 今回は。不登校児童を入所対象にしている適応指導教室とフレンドリーの先生、高校の定時制と通信制の先生の話を聞いた。 私自身は、不登校というのは、そのこのありのままの姿であり、「今の状態」にすぎないと考えている。 「学校に行っているか行っていないか」で、その子の評価は決して決まったりはしない。 今日来られたいろいろな機関がそのこにとっての「居場所」になれることが大切なことだと思っている。 会が終わってから、個人的に子どもさんのことについて、あるお母さんから相談を受けた。 相談に対しては自分の体験や感じたことを応えたつもりである。 まあた来月も参加されると言うことなので、ゆっくり時間をとって話ができたらと思っている。 学校の教員の中でこのような会に参加している者はほとんどいないといってもいい。 多分県内・近隣の県内でも私くらいではないだろうか。 今の自分にとっては、このような「場」もとても大切な「居場所」となっている。 自分が求めるモノがその「場」にあり、かつ自分自身がその「場」にいる人たちから必要だと思われていると感じているからである。 だから、いろいろな人と話をしていることが、とても楽しいのである。 次回の会が今から待ち遠しくてたまらない。 |
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| 2004年 2月 13日(金) 今日は、3日間風邪で休んだ後であり、多少けだるさを感じながら出勤した。 朝の読み聞かせから始まり、午前中の授業、そして午後からは学習参観と学級懇談会があった。 前から予定していた学習(性教育)を準備して参観授業に臨んだので、精神的にもリラックスして向かうことができたし、なによりも子どもたちの集中力が凄く、一生懸命に学習に取り組んでいた。 その後の学級懇談会では、「今日の日を待っていました。」「先生の元気な顔を見ることができて、これで安心して子どもを学校へ行かせられます。」などと、保護者のみなさんから言われ、復職した喜びと同時に、自分が必要とされている嬉しさで感謝の気持ちでいっぱいになった。 復職前も、復職後も不安感は少なからずあったのであるが、今日一日で、「ここにも自分の『居場所』がある」ということを改めて実感することができた。 その後も、個人的に保護者の方と懇談し、子どもを見守るということの大切さをお互いに確認し合うことができてよかったと思っている。 放課後には、ある研究会の発表者となっているので、パワーポイントで作った9MBものファイルを送る手配などの他、学級事務整理をしてから帰途についた。 とにかく、体力的に疲れた一日ではあったが、気持ちはとても軽く、また来週から頑張ろうという意欲ももらえた日であった。 |
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| 2004年 2月 12日(木) 今日も、朝起きたときから喉の痛みがある。頭も重い感じで、体のだるさも感じた。 熱はないのだが、鼻の調子が悪く、顔から頭にかけてズーンと重たい感じがする。 やってみれば、仕事にも向かえそうなのであるが、もう一日だけ休養日にすることにした。 気持ちの上でも、体力的な面でも疲れがたまってきたような気もするので、明日にそなえて無理をしないことにした。 休んだら休んだで、気になることもあるにはあるが、とりあえず体が第一である。 午前中は、ほとんど床の中に入って寝ていた。 「病は気から」という言葉があるが、今の自分はまさにそんな感じである。 自分にとって前向きになれることには頑張れるのだが、あまり自分にとって意味のないと思っていることには意欲が湧いてこないのである。 (誰でもそうだと思うのだが、自分自身でまだそのあたりの融通というか、妥協というかコントロールができないでいる。) 午後からは、たまった仕事や明日の授業の準備をした。 (これも、今できることをやればいいとは思っているのだが、「きちんとやっておきたい」という気持ちが強く、頑張ってしまった。自分の納得できることをやりたかったためである。) 長い間病休で休んでいた後の、参観日でもあり、今年度最後でもある。 子どもたちにも、保護者のみなさんにも印象に残る授業をしたいと思っているし、せっかく学校まで来てくださるのであるから、みなさんの思いに応えたいという思いからでもある。 病気をすると、どうしても前向きになれないことが多いが、明日に向けて出きるだけのことはしておきたかったからである。 うつ病の治療に必要なことは、まず休養と薬の服用であり、まわりの理解が必要である。 その上、自分自身で「治りたい、治したい!」という強い意志も不可欠ではないかと思うようになっている。 自分自身を変えることと同時に、まわりの環境を変えていくことも大切なことだと思っている。 |
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| 2004年 2月 11日(水) 今日もまた楽しい夢を見た。 『どこかは分からないが、草原というか森林というか、そのなかにログハウス村がある。私たち家族がそこに住んで、日々をゆったりと過ごす。ときどき若者達やいろいろな家族が訪ねてきては、顔見知りになっていく。「いっそ、ここに暮らして仕事や学校に行こうか。」なんて話もでたりする。』とまあ、こんな内容の夢だった。 自分で解釈してみたところ、今日の「夢」は自分の「将来の夢」に近いような感じであり、自分の願望が夢になって現れたような気がしている。 体調の方は、昨日からの風邪で、喉の痛みと鼻水がすごい。 熱がないのが不幸中の幸いなのであるが、体もなんとなく力が入らずだるい感じである。 しょちゅうのどが渇くので、手元からお茶入りの水筒がはなせない状態である。 今日一日は、無理をせず、休養してあと2日間を乗り切りたいと思っている。 最近、体力の低下を実感しているが、健康であることほどありがたいことはない。 |
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| 2004年 2月 10日(火) 今日は、朝起きたときから喉の痛みと頭痛、体のだるさを感じた。 熱はなさそうなので、出勤して仕事もできそうな感じではであったが、終末の参観日に欠勤するようなことになってはいけないと考え、休みをとって病院で診てもらった。 そこで体重を量ったのだが、わずかではあるが1月よりは少なくなっていた。 目標体重にはまだまだ遠い数字であるが、減量作戦も、気長にやっていこうと思っている。 ここは、かかりつけの内科医で、注射の効き目が早い。 4日分の風邪薬をもらって、静養した。 床の中に入って、市立図書館から借りてきた、「今どきの中学生」に関する数冊の本に目を通した。 「転んでもただでは起きない」性格がこうさせているのか、やりたいことがありすぎてこうさせているのか、なかなか自分の性格の変革は難しいものだと実感した。 明日も祝日で休みなので、ゆっくり過ごしたいと思っている。 |
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| 2004年 2月 9日(月) 1週間のはじまりは、なんとなく意欲に欠ける。 昨日までの気分と、今朝の気分のギャップを感じつつ、頑張って仕事に向かった。 幸い、気温は低いものの雪の量は少ないので、通常時間の出勤で間に合った。 今日も一日、小刻みなスケジュールをこなしていったが、中には子どもたちも楽しみにしている授業もあるので、こちらも気分をよくして向かうことができた。 しかし、どうしても、「やらされている」という感じの学習はなかなかうまくはいかない。 「まあ、これも勉強のうちだから。」と言いながら進めているが、子どもたちののってこない訳も分からないでもない。 ただ、一日の中で子どもたちの頑張っている姿を見るときには、こちらも嬉しくなり、気分もいい。 疲れたなと感じたときには、無理をしないで、教室でゆっくりとしながら熱いお茶を飲むと、心も落ち着いてくる。 帰ったら、掲示板への書き込みがあり、返信を出した。 また、「このサイトを見てやる気がでた」とのメールもあり、私のホームページがいろいろな人の役に立っていることを思うと、とても励みになっている。 自分自身、今までにも何回も書いたが、本当にうつ病になってよかったと思っている。 本当の自分自身を知ることができ、無理しないで生きていくことの大切さを心から感じることができたからである。 |
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| 2004年 2月 8日(日) 今日も、昨日の夢の続きを期待していたのだが、全く別の夢を見た。 『なんと、自分自身が小学校1年生になって、授業を受けている。使っている教科書が小学館の「小学一年生」なのである。 先生の質問にみんなが答えていくのだが、なぜかしら先生の言っている言葉が通じなくて手を挙げられなくてもぞもぞしていた。 すると、とがった先のある金属棒で隣の子が手をつっついてきたのである。すかさず避けたが、手に傷が付いてしまった。すぐに保健室に行って手当を受けようとするのだが、かすり傷程度なので消毒でいいと思っていたところ、「これは、救急車で病院へ行って縫ってもらわないといけません。」とのこと。私はこんなかすり傷程度で救急車なんてとんでもない。』 というような内容であった。 その続きもあったのであるが、覚えがない。 昨日、今日と2日続けて不思議な夢(夢というのはそんなものかもしれないが)を見た。 しかも、ちゃんと自分がその中に「存在」しているのである。 家族にそのことを話すと、「何かのストレスで精神的に疲れているんじゃないの?」と言われた。 この夢がどんな意味をもっているのかは分からないが、なんとも不思議な夢であった。 午前中は、来週の授業の準備やホームページの更新、メールの返信などをして過ごした。 午後からは、散髪に行ってさっぱりと気分転換。 その後、市立図書館で「人物の伝記」を13冊と「私、たたかう中学生」など、今の中学生の心理や思いを取り上げた本を4冊ほど借りた。 他にもすることはあるのだが、この「私、たたかう中学生」は、自分の体験を書いた本で、読みはじめると他のことをさておいて読みふけってしまった。今の学校現場に対する痛烈な批判や要求も出されていて、刺激的な本である。 学校改革の参考にもなると言っても言い過ぎではないと思える本だった。 |
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| 2004年 2月 7日(土) 今日の早朝、とても「いい夢」を見た。 『私自身がどこか知らない、でもどこかで見たことのあるような町にいる。いろいろなところを歩き回った末、その町にたどり着いたような感じであった。その町は、職人達がいろいろな手仕事をしている町であった。寿司職人、建具職人などの工場が見えていた。そして、その町の中にある貧しい長屋のようなアパートに移り住もうということになる。すると、その部屋の中には、自分の昔の思いでの品物が入ったタンスが置いてある。懐かしく見ていたら、その部屋の中にアパートの住人たちが数名やって来て、本当に言い表情で新しい仲間として受け入れてくれる。そのときは、とてもお腹がすいていてのども渇いていたので、一人の女性に「何か食べ物と飲み物が欲しい。でも、今お金はもっていないので払えない。」と要求したところ、すぐに暖かい面のスープのようなものを持ってきてくれた。そのだんかいでは、自分の正体は明かしてはいない。どこから来た誰であるかは話していないのである。その後、「ちょっと届けたいものがある。」といって、そのアパートから出かける場面になり、アパートの住人達が優しい表情で見送ってくれるのである。後ろ髪を引かれる思いで、そのアパートから離れていった。その物とは、なぜだか分からないが赤と黄色の幼児用の布製のクツである。なぜそれを持っているのか、どこに届けるのかも分からないのであるが、とりあえず自分の自宅をめざしている感じだった。しかし、その場所がどこにあるのか、どうやって行けばいいのか分からない。少し行くと見慣れた子どもたちを見つけて、「ここは、そこ?」と訪ねた。すると、一人の少年が道を教えてくれるのである。そして、私は言われた通りにその道を歩き始めたのである。』 夢の物語は、ここで終わって目が覚めた。 なんだか、起きたときはとてもいい気分であった。 夢の内容から判断すると、現実逃避の願望や人との温かい関係を求めているような気がしているが、自分でもどうしてそんな夢を見たのかよく分からない。 言えることは、夢の中にでてくる人たちがとっても温かく自分を受け入れてくれたと言うことである。 なんとも不思議な夢であり、鮮明に記憶に残っている。 できたら、今晩その夢の続きを見て、もう一度あの貧しいアパートの住人達と会いたい気持ちだ。 今日は、今までたまっていた各ホームページの更新や「親の会」の案内文の原稿書きをした。 これらのことは、今の自分にとって大切にしたいことでもあり価値あることなので、書き始めると考えもどんどんでてきてどんどん進んでいった。 復職してからは、まとまった時間が取りにくいので、どうしても週末仕事になる場合も多い。 夢と現実が交錯したような一日であった。 |
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| 2004年 2月 6日(金) 1週間があっという間に過ぎ去っていく感じである。 明日明後日が休みであることの余裕がもてる金曜日である。 今日は、子どもたちにとって楽しみにしている授業もあって、教室では楽しく過ごすことができた。 今日が〆切の文書を提出したり、残された宿題を作ったりしながら放課後を過ごす。 夜7時から、「親の会」のゲストとして予定している他校の保護者の方と面談をした。 現在も中学3年生の子を持つお父さんであるが、一昔前に我が子の学校が荒れていた時代に精力的に活動された方である。ご自身の体験されたことや具体的な問題行動への「親としての対応」の仕方や、学校や教員に対する思いなどの話、そして、ご自身の家庭教育にまで話が及んだ。いっしょに話をしていて、自分の考えとの共通点を多く感じることができ、とても実りのある時間が過ごせたと思う。自分自身、「親の会」というものを立ち上げ、「親としてなんとかしたい!」という強い思いがあるが、その方も全く同じような活動のスタートであったと聞いて、とても励みになった。 2月の定例会にはその方をゲストというより、同じ親としての「仲間」の一人として会に参加していただけることになった。 たくさんの保護者や先生方にも聞いてもらいたいと思っている。 このように、自分にとって「前向きに取り組めること」に対しては、すごく勢いを感じ、心も豊かになっていっている。 その方のアドバイスの中にこういうことがあった。 「決して一人だけでやろうとしないこと。」 「どうしても夢中になると、一直線で向かってしまうので、ストップをかけてくれる人の存在も大事である。」 「頑張りすぎるのもえあいので、たまにはガス抜き(休養)も必要。任せられることは他の人にしてもらえばいい。」 などなど、またひとり自分にとって大切な人と巡り会えたことに感謝している。 |
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| 2004年 2月 5日(木) 今朝も外は氷点下で、起きるのが辛い朝であった。 クルマの運転にも注意しながらの出勤であった。 いつもなら、昨日「終礼」といって、1週間に一回職員の連絡協議の時間があるのだが、昨日は皆が出張であっっため、今日の朝、連絡協議の時間をとった。 内容的には、文書通達ですませればいいものまで協議に上がっていたり、自分の前向きだと思う発言が取り上げられなかったりしたこともあり、無意味な時間を過ごしたように思えた。 しかし、職場というのは集団生活の場でもあり、皆の考えには従わなければならない。 この辺が自分の苦手としている部分でもあり、こだわりたい部分でもある。 子どもたちは、相変わらずGENKIで活発な一日を終えることができた。 子どもが帰ってからは、3学期のまとめの提出文書に追われるようになってきた。 いつもなら、早め早めに出してしまおうと考えているのだが、今年の場合は自分でものんびりペースでやっている。 期限さえ守ればそれでいいと思っているし、できない仕事は初めから受けないことにしているし、自分ができない場合は他の職員にまかせている。 やはり、仕事であるからには、やるべきことはたくさんある。 しかし、それらを全て100%クリアするのは無理なことである。 できることをひとつずつこなしていくしかないのである。 精神的には落ち着いてきたが、寒さもこたえて体力的に疲労感を感じているので、今日も早めに就寝した。 |
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| 2004年 2月 4日(水) 昨日ゆっくり過ごしたので、今日は調子が出るかと思っていたが、予想以上に疲れた。 朝から仕事のメニューがびっしりと詰まっていたので、行き着く暇もなく動き回っていた感じである。 幸い、仕事の方は午前中で終わり、午後からは中学校の参観に行ってみた。 小学校とは違う雰囲気で、シーンとした中で淡々と学習が進められていた。 もっと、いろいろと話し合いの声が聞かれるかと期待していたのだが、今日の時間帯は、ほとんどの学級が書くことを中心に取り組んでいた。 中学校には、40分程度滞在して帰宅した。 帰宅すると、疲労感がどっとくる感じである。 風邪をひいてはいないが、なんとなく倦怠感というかだるさを感じている。 自分で仕事量をセーブできているときは調子はいいのだが、どうしてもこなさなければならない仕事が増えてくると疲労感も増してくる。 このような状態がこれからも続いていくと思うので、休むときにはきちんと休むようにしたい。 |
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| 2004年 2月 3日(火) 今朝は、予告年休をとっていたので、いつもよりは少し遅く目覚めた。 しかし、生活のリズムは崩したくないので軽い朝食(スープ)とサラ桑茶を摂った。 減量を意識しはじめてから20日になるが、結果はそう簡単には出てこない。 もちろん、うつ病の薬は毎日欠かさず服用している。 仕事中には、ときどき昼の薬を忘れることがあるので、自分の机に「薬」と大きく書いた紙を貼り付けている。 減量については、焦らず、4月の新学期をめどに今のプログラムを続けていこうと思っている。 年休をとって仕事をするのは変な話だが、自分のペースでできるので、このような方法をとっている。 午前中は、今年度のゴールを見据えた計画作りをしたり、「親の会」の参加やの方に連絡をしたり、その会にゲストとして来ていただく予定にしている先輩保護者の方に参加の依頼をしたりした。 ホームワークなので、時間的にも物理的にもほとんど拘束がないので、精神的にはとてもいい状態である。 午後からは適当に本を読んだり、少しの睡眠をとったりしながら一日を過ごした。 |
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| 2004年 2月 2日(月) 今朝は、いつもの朝とくらべて、比較的暖かく感じた。 週のはじまりというのは、なんとなく意欲に欠けるものである。 しかし、今日は一日のスケジュールをきちんと計画を立てて臨んだので、不安なく一日のスタートがきれた。 とは言っても、どうしても職場に入ると力が入ってしまうのだろう。 自分でも力みを自覚しながら過ごしている感じであった。 どうしてもこの時期は、いろいろと提出物(宿題)が多くなり、こなしていかなければならないことがたまってくる。 それをひとつひとつこなしているというのが、毎日の日課となっている。 ただ、ゴール(学年末)ははっきり見えているし、「これだけやればよい」という宿題も決まっている。 あとは、それらを自分で見通しをもって、やりさえすればいいことである。 一日の予定だけでなく、1週間、1ヶ月単位で見通しをもちながら進めていきたいと思っている。 「力み」と「ゆるみ」のコントロールが大切なので、仕事面で他の人に任せられる場合には、遠慮なくまかせるようにもしている。 幸い、明日のスケジュール(授業計画)は、私がいなくても進めることができるので、早めに年休を願い出て休ませてもらうことにした。 「休み」といっても、家で「宿題」をすることもあるが、毎日の忙しさと離れて、マイペースでできるので、年休を有効に使っていこうと考えた方法である。 「疲れたら休む。」 これが大原則である。 |
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| 2004年 2月 1日(日) 今日は、仕事上のまとめの原稿作りをしたり、来週の予定に入れることの確認、これからの短期プラン(来年度にやろうと考えていること)と長期プラン(将来的にやっていきたいこと)を考えて過ごした。 病休期間中から考えてきていたが、来年度4月からの自分の身の置き方や方向性もきちんと考えておきたい。 読みたいと思っている本もたくさんあるし、直接会って話したい人も大勢いる。また、興味のある研究会もあるので、またまた欲張り根性が出てきそうなので、注意信号を発進した。 調子のいい時ほど気をつけないといけない。 それで、来週予定していた「小学校英語」の研究会には、参加することを止めることにした。 今は、目先のことをしっかりと足がためすべき時期だと思っているし、いろいろ手を広げることは無理につながる。 明日からの仕事に向けて、こうやってのんびり過ごせる日曜日がいい。 |
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