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2003年12月 31日(水)

2003年も今日で終わり。
今日は、途中までしか作っていなかった兄弟サイト「心をかえるプログラム」の『5.コラム法を使おう♪』のページを更新した。いろいろな本を読みながら、「認知療法」について勉強しているが、いざ自分で説明しようとすると大変難しい。これが今後の自分にも、そして心をかえようと思っている人たちの役に立つことが出来たら幸いである。
とはいっても、自分なりに解釈した「認知療法」なので、内容的にも完全なものではないであろうし、偏りもあると思う。
気づかれた方にはメールや掲示板で知らせていただくと、大変ありがたい。
さて、この1年を振り返ってみると、今までとは違う歳の終わりを迎えたことになる。
今年は、自分にとっては、
「自己変革」の年であったと言えるのではないかと思っている。
3月に最高だった子どもたちとの別れ、4月の学校異動、10年ぶりの高学年担任、初めて体験することの多さ、そして10月のうつ病発覚...この1年間は、自分にとって、生涯においても大きな変革の年であったことになると思う。
特に、うつ病という病気を体験したことによって、自分自身を見つめ直す機会にもなり、今後の生き方、生きるために大切なことを教えてくれたと思っている。素直にうつ病であることに感謝出来ていることが嬉しい。
今までの生き方や考え方を見つめ直し、見せかけの姿ではなく、本当に本来の自分自身の姿を見つけることが出来たことに感謝している。
2004年は、新たな自分のスタートの年になる。
新しく変革した自分の一歩一歩を大切にして、確実に進んでいこうと思っている。

2003年12月 30日(火)

いよいよ今年も押し詰まってきたが、いつもの年とくらべればスローペースの歳の瀬である。
気持ちの方は落ちつき、体調も良い。
朝の目覚めの悪さ以外は、順調に過ごせている。
それでも、正月を前にしているので、午前中は家の簡単なそうじをすませた。
最近は、昼食後に睡魔がおそってくるので、素直に昼寝を楽しんだ。
その後、気になっていた学級のホームページの方の整理をして新年に備えておいた。
1月からは、このページと学級のページとの両立になるが、どちらも大切にしたいので、無理のないようにゆっくり進めていきたいと思っている。
幸い、うつ病を経験してからは「がんばる」ということにあまり価値を感じなくなっているので大丈夫だと思う。
出来ることだけやって、しなくていいことは極力止めようという考えである。
仕事の面でも切ることのできることは、バッサリと切っていこうと考えている。

2003年12月 29日(月)

今日が今年最後の通院日であった。
先週の調子の悪さを相談したが、これもまた普通のことであり、いつも調子がいい方がおかしいのである。
不調の時に、自分をどうコントロールしていくかということが大切なのだと理解できた。
そうしても、何かしていないと気が済まない性格もあって、何もしないでいることはとても退屈してしまうのだが、そんなときは自分の体の要求に素直に従って、ゆっくりと、ぼーと休むことにする。
来年からは、気軽に休みをとっていこうと思うことにした。
通院後は、いつものルートで新CDを購入。
通販で届いた「みんなで分かち合えばもっと楽になれるよ」仁科綾 著の本に目を通した。
それにしても、うつ病をはじめとした精神疾患の理解のなさがどれほど本人を苦しめていることになっているのかには怒りさえ感じた。
このサイトも、少しでも精神病の理解の役に立てば幸いである。

2003年12月 28日(日)

先週に続くホテルの宿泊であったが、朝食のバイキングが美味しかった。
お腹にどんどん入っていくので、体重の増加が気になり始めている。
3学期に向けて、本気でウエイトとレーニングも始めなくては、と思ってはいるのだが...
さて、2日目の研修であるが、一つは、「THE DAIKONNプロジェクト2003」といって、鹿児島県の桜島で育てられているでっかいだいこん、「桜島だいこんは,全国どこでも育つのでしょうか?」そんなぎもんをみんなで解決していこうというプロジェクトに参加している先生から紹介があった、子どもは情緒障害があり、対人恐怖症の傾向があって、自分のクラスの友だちとはなかなか関わりが持てないのだが、インターネットを通して遠くの友だちから通信文が送られてきたり、自分の取った写真がインターネットで見ることの喜びを感じたと言うことである。
昨年度までは、不登校傾向であったが、今年度は風邪での欠席が3日間になったという成果もあったということである。。対人関係が苦手な子どもにとっては、パソコンという道具は有効であることを実感した。
もう一つは、「マトリックス法」による子どもの伝達能力を伸ばす試みの発表であった。
子どもに到達目標をあらかじめ提示し、縦軸と横軸に評価項目を決めておいて、自分の伝達能力はマトリックスの中のどこにあるかを判断し、他人からも評価してもらうというものである。
初めて聞いた方法であったが、子どもたち自身に到達目標や評価の観点を知らせておくことは、実践の意欲にもつながると感じた。
マトリックスに関して探していたら、「中学生のための深層心理学」という面白いサイトを見つけたので紹介しておく。 

2003年12月 27日(土)

今日と明日の2日間、県内の情報教育の研究会があり、自分も参加した。
有志の集まりの研究会であるが、IT機器の使い方や最新の情報教育について知ることも出来、自分にとっては、とてもいい刺激になっている。
今回参加したのは20人ほどのメンバーであったが、それぞれが、今実践していることについてプレゼンし、お互いに意見交換しながらより効果的な授業作りやIT機器の効果的な使い方について話し合った。
中でも使えると思ったのが、携帯電話である。
パソコンは持っていなくても、携帯電話はほとんどの人が持っている。
(かくいう私自身は携帯をまだ持っていないのだが)
携帯電話を通信ツールとして子どもたちに持たせて写真を送ることも出来るし、それをすぐにパソコンに入れて加工しコメントも加えることで、見たことがはっきりと自覚できるし、「伝える」力を伸ばすことにもつながる。
次に、掲示板の活用である。
私自身、「あるプロジェクト」と掲示板とをくっつけた実践を紹介したが、みんなで同じ目標に向かって進んでいること、困ったときにはリアルタイムで質問も出来、安心して飼育していくことが出来るのがいいところだと思った。
使っているのは携帯やパソコンという機会であるが、中身は同じ人間同士、機械の向こうには人が存在している。
これからも、コミュニケーション手段としてのIT機器の活用に努めたいと思っている。
今日は、うつ病に関しては何も触れていないが、好きなことを共感できる仲間達との語り合いと、久しぶりに大きな風呂に入ったことがココロと体のリフレッシュにつながっている。

2003年12月 26日(金)

今日から、子どもたちは冬休みになった。
親子で一緒に過ごす時間が増える時期である。
午前中は、家の中で子どもたちといっしょにゲームをして遊んだ。これがなかなか難しい。
さすがに、子どもの方が上達は早そうである。
やる気の面では、昨日よりは少し回復したかな程度である。
一人で一日過ごすのと違い、家族と過ごせることがいいようである。
どうしても一人でいると退屈で、時間のすごし方がうまくできない。
それと、昼寝をしているせいもあるのであろうが、夜中に目が覚めるのが気になる。
次回の通院で薬の事も聞いてみたい。
午後から知り合いのところで、いろいrな話をして来た。
お互いに顔を見合わせて話すことの大切さと、常日頃からのコミュニケーションの大切さを感じた。
これは、他人とのことではなく、家族間にも言えることではないだろうか。

2003年12月 25日(木)

今日も、変な時間に目が覚めてしまった。
最近調子がよくない自覚がはっきりしてきた。
何かをしようかと思うのだが、全く何もやるきがしない、やろうとする気が起こらない。
朝のメールチェックだけはやったが、そのあとは何もやる気がしない。
時間があることをいいことに、ちょっといろいろやりすぎた反動が出てきたのかもしれない。
その時はやることが楽しくてやっていたことなのだけれど、それが生活のリズムを崩したのかもしれない。
やりすぎたといっても、自分に積極的になれることだったのだけど。
やはり、自分の残りのエネルギーを残しておいて休むのがベストだと感じた。
調子がいいときと悪いときと、これが「うつ病は一進一退を繰り返す」ということなのだろう。
しかし、鬱状態というには本当に気分が悪い。
どうしようもない時分を自覚してしまう。
こんなときには、「無理しない」のが一番だ。(と、ココロでは思いながら、何だか気分は晴れないのである。)
といっても、何もしないのも退屈なんだなあ。
退屈でしようがない。
テレビを見たり、本を読んだりしてゴロゴロ過ごし一日であった。
昼間にも、何時間も寝たのに、夜も寝付きはよかった。
まっ、これでもいいとするかな。
そうやって、何もしないでいるうちに、何かをやりたくなるだろう。
明日は、外に出て人に会う約束をしているので、目的意識があるので動けそうである。

2003年12月 24日(水)

最近は、昼寝をしているせいか、夜中に目が覚めることが多くなってきた。
睡眠時間としては足りているのだろうから、特に心配はしていないが、早朝に目覚めると再び寝起きするときが辛い。
今日は、午前中にこんなメールを九州の知人(教師)に送った。

私は、現在個人的に学校の仕事としてではなく、問題行動児童や不登校児童と関わりを持っています。
以下のメッセージを読んでみてください。
「本当に命の大切さを知らないのは大人達では?」
何を感じられましたか?
大人(教員)は、子どものためと思って一生懸命にやっています。
それが子ども自身を追い込んでいることに気づかずに。
それに気づいている教員は、どれくらいあるでしょう?
気づいていても何もできない教員は?

私自身、この子達と関わりを持つ中で、私は、自分に素直にありたいと思うようになりました。
無理して「教師を演じる」ことをやめたのです。
苦しいとき、辛いとき、そんなときに「本気」で子どもたちと向き合える人間として生きようと決めました。

無理をしない、頑張らない、見栄をはらない
一見すると、怠けているようにも思われるかもしれませんが、
子どもの正直な、素直な姿だと、私は思います。
今後は、このような思いで子どもたちとつき合っていきたいと思っています。
理想と現実のギャップは大きいですが、40才を超えて残りの人生を悔いのないすごし方をしたいと思っています。

昨日、今日と何となくなにをやろうかやる気が起こらない。
時間があることをいいことに、ちょっといろいろやりすぎた反動が出てきたのかもしれない。
こんなときには、やはり「無理しない」のが一番だ。

2003年12月 23日(火)

今朝は、早々と5時に目が覚めてしまったが、またすぐに寝、起床は7時30分。
午前中は、子どもたちとカルタをしたりテレビゲームをしたりして遊んだ。
天気が良かったので、久しぶりに外にでてみようかと思ったが、体が動かない、というか、外に出ようとする踏ん切りがつかないまま家の中で過ごした。
午後は、認知療法の本を読みつつ、そのまま昼寝状態へ。z z z Z。。。
そろそろ来月からの復職も頭のすみにちらほらし始めたので、教科書関連サイトを覗いて見た。
たった3ヶ月のうちにすべきことはたくさんあるので、優先順位を決めて、切れることはズバズバ切り落としてやっていくつもりである。それが、自分のためでもあり、職場のスリム化にもつながると思うからだ。
病気とうまくつき合っていくことも大切だと思いますよ。

私も今は、のんびりしているが、1月からの現場への復職に対しては、不安感も出始めている。
しかし、、今までの自分とは確実に進歩していると信じている。
復職にあたっての心得として、今までと反対のことをすればいいのだと思っている。

とにかく無理してでもやる!   →   無理をしない ♪
自分だけで頑張る!        →   がんばらない ♪
まわりの目を気にして!     →   ありのままに ♪
できないのにできようとあがいて!→ あるがままに ♪
不本意でありながらなんとかやる!→ 自分自身に素直に ♪


職場のみんなにも、うつ病について、自分の素直な気持ちを聞いてもらおうと思っているし、どこまで自分をコントロールできるか分からないけど、そんな気持ちで向かうつもりでいる。
「まっ、これでもいいっか♪」てな気持ちでね。♪

2003年12月 22日(月)

今朝は、2時と5時に目が覚めてしまった。
やはり、喉の渇きがあって、口の中が気持ち悪い感じがする。
しかし、起きてもすぐに寝付けるので、体調としては悪くはない。
予定の通院も、特に変わったこともなく、数分終わり、いつもの薬を1週間分もらった。
古本屋で富田富士也氏の「聞いて欲しいな、子どもの気持ち」を100円で見つけた。
最近彼の本をよく読むので、名前だけで買ってしまったが、100円はありがたい。
今までの本もそうだが、自身の体験とともに書かれていて、分かりやすいし説得力もあり、ついつい読み入ってしまう。
昼食後の車の運転は、妙に眠かった。
太陽が輝いていて、とてもいい天気だったのでほかほか気分のドライブであった。
帰りに学校によって、仕事用のノートPCを持って帰った。
途中で6年生の子どもたちが、「せんせー、おーい!」と手を振ってくれて、やっぱり学校っていいなあと感じた。
5年生の子どもたちも復活の日を待っているので、出来るだけいい体調で「その日」を迎えたいと思っている。
自分のノートPCを治すのに時間がかかりそうなので、今度の研究会のプレゼンの続きを作って完成した。
ひとつのことを終える達成感は気分がいい。
問題は、研究会のメンバーがどのように見てくれるかが楽しみである。

2003年12月 21日(日)

今朝は、というか夜中の2時と5時に目が覚めて、朝はちょっとけだるい感じで起きた。
雪の方もやっと落ちつき、昨日の雪も溶け始めた。
目覚めは早すぎた感じだったが、体調もよく、今週はいい感じで過ごすことが出来た。
午前中は、ミニコンサートに行った。
この人の歌は、県中部地方の方言丸出しの歌が多く、この地方に住む者にとっては、思わず笑ってしまう歌が多いが、バラード局も間に入って、ほんとに楽しい時間を過ごすことが出来た。
CDを2枚買って、彼のサインも書いてもらった。
午後は、研究会のプレゼン作りをした。
「掲示板を使った天神川のサケプロジェクト」というテーマで20枚ほどのプレゼンを完成させた。
写真をふんだんに入れ込んだので、9000KBを超えてしまう大きなデータファイルだ。
これを何とかノートPCに写さないといけないのだが、しばらく使っていなかったせいか、ノートPCの立ち上がりが悪い。というより、全く立ち上がらない!!
いざとなったら、MOディスクにコピーして持っていくことにしよう。
その疲れもあって、夕方2時間ほど爆睡した。

2003年12月 20日(土)

昨日から続いての積雪で、今日も外は真っ白に雪化粧であった。
家族いっしょに、スタジアムまで、サッカー天皇杯の試合を見に行く予定にしていたが、さすがにこの大雪には勝てず、観戦を中止することにした。
楽しみにしていたが、寒さの中で風邪をひいてもいけないので、残念だがあきらめることにした。
午前中は、「親の会」のMLのテスト設置。
午後からは、大人向けと子ども向けの年賀状を190枚ほど印刷した。
毎年の好例行事で、年賀状だけのつき合いのある人もあるが、これでお互いの成長の確認もできていいものである。
結局一日中雪が降り続き、子どもたちと室内ゲームを楽しんだ。
研究会用のプレゼンは、ゆっくり作り上げていこうと思っている。
今日は、雪のため、運動もほとんど出来ていないが、無理しないことが大切だと思ってやっていこう。

2003年12月19日(金)

今日は、朝から冬型の天気となり、平野でも初雪となった。
体調は悪くはないが、喉の渇きが相変わらずである。
今週は、月曜日から木曜日まで、日程が詰まっていたので、久しぶりにのんびりとすごせる一日となった。
今、進行中のことのひとつに、自分が発起人となった「親の会」の会報作りと、ML(メーリングリスト)立ち上げの準備がある。たくさんの人に学校を介さずに情報を送るには、携帯電話の活用がいいのではないかと考えたからである。
パソコンは持っていなくても、携帯電話はほとんどの人が持っていて、メールアドレスもついている。これからは、携帯電話が情報の送受信の先端を行く端末機になるような気がしている。
試験的ではあるが、携帯端末を使ったML(メーリングリスト)を使っていこうと考えている。
午後からは、うつ病のMLで情報交換。
職場復帰についての不安や心がけたいことなどについて意見交換をした。
やりたいことがあると、すぎに飛びつく性格なので、情報教育の研究会に向けて、あるプロジェクトについてのプレゼン作りに取りかかった。いいたいこと、伝えたいことを時間内に納めるプレゼン作りは結構大変である。
何を一番伝えたいかに絞って、出来るだけ切っていかないといけない。

今日は一日何もしないでいい日だったのだが、久しぶりの昼寝は心地よかった。
しかし、体力のことが心配である。

2003年12月18日(木)

今日は、午前中は、学校関係の事務整理をした。
久しぶりに「学校」との関わりを持った感じで、自分自身でなんだか緊張感を覚えた。
こんなにゆっくりとすごす年末は19年ぶりである。
とにかくマイペースにすごそうと考えているのが、気持ちの安定につながっていると思っている。
午後から、学校にて校長と3学期以降のことについて相談した。
当然、今までのような仕事の内容と量はこなせないと思っている。」もし、そのようなことをしたらうつ病の再発につながってしまう。
職場のみんなにも病気のことをきちんと説明してから仕事に戻りたい。
まあた、職場でのメンタルケアの充実を考えていかなければ、元気な生き生きした学校経営はできないと思っている。
どうしても、意識的・無意識に関わらず、無理を承知でしているのが現場の姿である。
そのことに、みんなが気づき、理解し合って健全な職場にしていく必要があると思っている。
病休期間は、1月9日まででちょうど3学期の始業式になる日である。
気持ちの上では、現場復帰の準備も整えているところであるが、この休職期間に体重の増加と体力の低下を実感している。
復職まで約1ヶ月間あるので、少しずつ無理にない程度に体力も回復しておきたいと思っている。

2003年12月17日(水)

久しぶりのホテル泊もいい気分転換になった。
それにしても、そうしてホテルでの朝食はこんなに美味しく感じるのだろうか。
やはり、環境と精神状態の違いで、食事も味が変わるようである。
2日目は、フリースペースを訪問した。
県内のフリースペースは、いくつかあるが、毎日開いているのは、てらこやおひさまとここのあかねの2つだけである。朝の10時から開いているので、開門前からスタッフの来られるのを待っていた。
ここは、スタッフ2人の午前午後交代制で、みんなで16人ほどおられるそうである。
ほとんどのスタッフの方が、自分自身の子どもさんが不登校であることを体験されていて、スタッフ同士もお互いの悩みを共有しあって、運営されていた。
今日来ていた子どもは、朝から1人、午後から2人であったが、とても熱心に数学の勉強をしていた。
昼食の弁当を食べながら、フリースペースの運営についての話や自分の思っていることなどを話した。
ここは、他のフリースペースと較べると、かなり恵まれているということである。資金面での心配がほとんどないそうで環境的にもう少し充実したいと言っておられた。
途中から、ボランティア出来ているという女子大学生も来たので、大学のことや学校現場のことについて話したりした。
将来は。郷土に帰って小学校の教師をめざしているそうだ。
このように、いろいろな方がやってきて、お互いに役割を分担しながら運営されていて、とても家庭的な雰囲気であった。初めて訪問させていただいたにも関わらず、すぐにうちとけて話しもでき、たくさんの情報をもらって変えることが出来た。県内にも「フリースペース」はあるにはあるが、週に1日で午後からだけとかの居場所なので、このような形でのフリースペースが出来たらいいと思ったと同時に、今後そのような企画に積極的に関わっていきたいと思っている。
いろいろな本を読んで、心理学やカウンセリングについて学習すると同時に、このように実際に出逢って「生」の実態を見たり聞いたりして体験を重ねることの大切さを学ぶことができ、自分にとっても、とても充実した2日間の岡山滞在となった。

2003年12月16日(火)

いよいよ待ちに待っていた、てらこやおひさまの訪問の日だ。
朝からアラレ模様で、山側でも雪、トンネルを抜けると山地の峠ふきんでは20センチほどの積雪があった。この冬初めての雪だ。
車でフリースペースに到着。
全く普通の家である。そのなかにいろいろな道具や子どもたちの「作品」が所狭しとはってあった。
玄関でスタッフの女性にあいさつし、遠慮なく中へ。フリースペース代表の女性もお元気そうで相変わらず忙しく動いておられた。
今日は市の教育委員会の方もおいでになっていて、フリースペースの運営などについて聞きに来られていたようである。
そうこうしているうちに、子どもたちも次々でてきて、いっっしょにいろいろな話をした。
特に7日にこちらに来ていた3人とは、懐かしく対面できた。
「ほんとに来ちゃったよ!」ってな感じで楽しくすごした。
みんなが自分の好きなことをいろいろとやっていた。
絵を描いたり、外でバトミントンをしたりと、自分のやりたいことをすごしている感じである。
お昼の給食はハッシュドビーフをごちそうになった。
この給食とおやつ代で、1人が200円だということ。もちろん、準備や片付けも自分たちでやっていた。
活動についても生活についても、ほとんどが子どもたちの自治活動でやっていて、スタッフの人もそのなかの一員として見守りながら接しておられると感じた。
子どもたちは延べ10人くらいいたが、大人数の家族といった感じで、お互いに好きなことを言ったり、何かしようと提案したりして和気藹々とほんわかした雰囲気を感じ、初めて来たような気はしなかった。
今日の夜は、来年1月25日(日)のフリースペースフェスティバルに向けての劇の練習をするらしく、ここに寝るのだそうだ。
毎日、自分の決めたスケジュールで過ごしている子どもたちは、とてもいきいきとしていた。
お互いがお互いのことを兄弟以上によく分かり合えているのじゃないかとさえ感じた。
「自分たちのルールは、自分たちで相談して決める。」という自治の精神もきちんと納得して生活していた。
反面、フリースクールの運営・経営の厳しさを感じた。”生業”として成立するにはかなりの資金的な問題がある。
てらこやでは、一定額の入所金を月額で収める方法をとっておられたが、それだけではとても厳しいようである。
自分たちで生産的な活動もして、自分たちで資金を集める努力も必要であると感じた。
現在の私自身には、まだ程遠い「夢の世界」ではあるが、自分の思うままに素直に。自然に、無理なく。子どもたちといっしょに過ごすことができたらいいなと理想だけは持ち続けて、計画を続けていきたいと思っている。
半日いっしょに過ごしただけで、なんとなく別れがつらいものである。
みんなと握手をして、またの再会を約束しててらこやを後にした。
明日も、どんな出逢いがあるか楽しみである。。

2003年12月15日(月)

今日は、一昨日の会の連ちゃんと昨日のトヨタカップで遅くまで起きていたため、目覚めが辛かったが、定刻には起床し通院した。
先週は昼に寝る時間も確保できたので、体調はいい。
心配なのは、体重の増加である。はじめは減量のために食事に気をつけていたが、食欲の旺盛さは抗うつ剤の副作用なのだろうか?
午後の昼寝の後で、携帯サイト用のホームページをつついてみた。
どうも、携帯電話によって、対応が違うようだ。
一応Webにはアップしたが、もう少し研究の余地がある。
携帯サイトが完成したら、使い道はぐーんと広がりそうだ。
個人的な利用だけでなく、仕事の上でも、仲間への連絡にもつかえる。
いよいよ明日からは遠征である。
フリースペースの2ヶ所を訪問する予定にしている。
フリースペースの運営について、いろいろと聞いてみたいと思っている。
県では、県内のネットワークも盛んなようでWebサイトも充実していると感じてる。
こちらの県では、親の会はあるものの、フリースペースについてはこれから充実させていきたいと思っている。

2003年12月 14日(日)

昨日のよるは遅かったのであるが、いつも通りに目が覚め、体調もいい。
今日から、風邪薬とはサヨナラした。
これなら、予定しているフリースペース行きも決行できそうで楽しみにしている。
午前中は、2つのフリースクールに、最終日程の連絡と確認をした。
天気もよさそうなので、気分転換にもなると思うし、いい刺激をもらって帰ってきたいと思っている。
午後は、「親の会」の携帯サイト作りに挑戦した。
いままで、PCのHPはいくつか作ってみたのだが、送信は出来ているはずなのに、なかなか画面表示が出てこない。
自分自身、携帯電話をもっていないため、電話としての使い方もままならないのではあるが、これからはPC端末による情報伝達よりも携帯電話での情報収集の方が増えてくるのではないかと思っている。
なにしろ、パソコンは持っていなくても、たいていの家庭には携帯電話の1台はある時代となっている。
それにともなって、携帯でのルールとマナーも同時に教育していく必要も感じている。
便利なものだけに、マナーは大切にしたいものである。

2003年12月 13日(土)

今朝は、喉の痛みも和らぎ、体調もよかった。
今日の午前中は、保護者の方にも、「子育て」についての本を推薦しようと思って、夜の会のために役立ちそうな本を選んだ。
最近は、子育てというよりも自分自身の「癒し」になる本を選んでいる。
午後から「フリースペース・不登校の親の会」に参加。
今日はいつもよりもたくさんの方が来られていて、小中高の学校を出てからも、家にいるいわゆる「ひきこもり」状態の子どもさんを持つ保護者の方や、これからフリースペースへ行くところですといった方達も来られて、多方面の情報聞くことができて、とてもためになった会であった。
この会にも次回からも続けて参加したいと思っている。
夜は自分が発起人となった「親の会」の初めての会を開いた。
参加者は、13人ほどであったが、みなさんがとても真剣に子育てについて考えておられる人ばかりで、「なんとか子どもをよくしたい。」「学校を保護者の力で変えていきたい。」という意欲に溢れた会となり、絶えず誰かが話をしていて、みなさんお意気込みを感じ、私自身もいても立ってもおられないようになり、発起人の一人として事務局の代表になった。
中学2年生が卒業するまでの期間限定の会ではあるが、この会を通して親同士の結びつきが深まって、子どもたちの成長の支援ができたらと思っている。
終了時刻は9時のよていだったが、次回の計画等も話し合って、終わったのは10時30分を回っていた。
次回は、来年2004年1月17日(土)の夜に開く予定である。
この2つとも確実に自分にとっての「居場所」のひとつになっている。
自分にとっても、その会が必要であり、かつ、参加される方も私の存在を必要とされているので、頑張っていきたいと思っている。

2003年12月12日(金)

今朝の目覚めと同時に喉の痛みが激しかった。
体の倦怠感もああるので、今日はいきつけの内科で診断してもらい、注射と薬をもらった。
今週の日曜日あたりかあら軽い痛みがあったので、心療内科からも薬はもらっていたが、やはりちゃんとした内科、しかも行きつけの医院の薬の方が効き目がいい気がする。
といっても、1週間になるので、喉の痛みもだんだん治ってくるときなのかもしれないが、来週の予定のこともあるので、今はとにかく風邪を早く治したい。
抗うつ剤についても、効き目がよくわからなままに慣れてきてしまっているような気がしている。
休職中だという安心感だけでも、落ち着きはあるような気がしている。
しかし、テトラミド錠をやめたときには、やけに目覚めが早かったので、効果はあるのだろう。
昼寝の前に本を3冊一気に読破した。
といっても、そのうちの2冊は前にも読んでいたので、ほとんどとばし読みであったが。
その本は、心療内科医師でもあり、小杉町子どもの権利支援センター「ほっとスマイル」の理事でもある明橋 大二(あけはしだいじ)氏の著書である『輝ける子』 『思春期にがんばってる子』 『翼ひろげる子』の三冊である。
どの本を何度読んでも、心に「すとんと落ちる」という感じで読むことが出来、「人間、自分の気持ちに素直の生きている。その表れのひとつとして親や教師に対してSOSを発信しているのだ。」というメッセージとなっている。
最新作の『翼ひろげる子』は、「子どもの生きる場所は、家庭、学校、友達の3つ。そのどれか1つにでも自分のことを受け止めてもらえるならば、子どもは生きていける」の副題通り、人にとって、大切な「居場所」について書かれている。
このシリーズ本は、子を持つ大人なら、ぜひ読んでおきたい本である。
明日の2つの会でも、紹介しようと思っている。

2003年12月11日(木)

昨日の夜の会で、帰宅が遅くなったこともあり、風邪の症状が心配になってきた。
熱はないが、相変わらず喉の痛みは辛いものがある。
抗うつ剤と喉の薬との副作用のため、とても喉が乾いて、喉の奥がひっついた感じになることもある。
とりあえず、午前中は横になって安静にして過ごしていた。
午後は子どもの参観日に行き、昨日の会の様子を来られなかった人にも声をかけて賛同者を募った。
それからは、明日の「親の会」に関する資料作りをした。
こんなのとをしているときが、今の自分にとってはとても充実感がある。
人のために動くのではなく、自分から率先して行動していくことに満足感もある。
今となっては、他人のために動くのではなく、自分自身の使命として行動しているのは確かなことだ。
「なんとかしなければ。」「なんとかしたい!!!」という素直な感情がこみ上げて、自分を動かしている感じである。
自分なりに「親の会」の進め方や申し合わせ事項などを考えて、作り上げた。
まだ始まったばかりの会(いきいき中学校復活プロジェクトではあるが、自分の将来の向かうべき道と、決して違うことではない。総合的に見て、学校を子どもにとっても教師にとってもくらしやすい「居場所」にしたいと思っている。

2003年12月10日(水)

今日も、朝は喉の渇きと痛みで始まった。それに加えて、鼻水がやっかいである。
鬱とのつき合い方もなれてきて、今日は本当にマイペースのすごし方ができたと思う。
午前中は。昨日のメールの返事書きとblogの更新をした。
blogというのは、本格的なホームページまではいかないまでも、かなり使えて便利である。
しかも、それが無料で使えるのだからありがたい。
機能の使い方次第では、自分のパソコン以外からでも更新や編集も出来るのが良いところである。
次に、「思うままに」にのページに「不登校と学校の責任・親の役割」を書いた。12月7日のフリースペース・不登校の子を持つ親の会に参加しての感想を含めた自分のありのままの思いを書いたつもりである。
午後は、予定通りの昼寝タイム。
起きてから、夜の会の進行と「親の会」の企画内容について検討をして、企画の提案文書を作成した。。
できるだけたくさんの保護者の方に参加してもらえることを期待している。

夜には、中学校の学年懇談会に参加。
校長以下、学年団の先生方と話し合いをした。
はじめに学校側からの2学期の様子について説明があり、それを受けて保護者との懇談に入った。
保護者の意見の多くは、以下のように学校側への要求やお願いが多く出された。
「何かあったときの学校の対応を早くしてほしい。
「学校からの情報がもっとほしい。」
「問題行動に関して、当事者だけでなく、保護者に協力を呼びかけてほしい。」
学校の先生方だけでは、なかなか子どもたちを見ていくのは大変なことだろうから、普段の日も保護者が学校に出向いて日常の子どもたちの姿や先生方の対応の仕方について、一緒に見守っていくということで、まとめた形となった。
そのあとで、「親の会」について提案したが、ほとんどの方から賛同を得て、親同士の結びつきの強化と行動化を確認して会を終わった。
保護者の中には、「学校だけに任せきれない。」ので、心配であるという意見も多いので、私自身も一保護者として出来るだけの協力をしていきたいと考えている。

2003年12月 9日(火)

先週あたりから、妙に喉の渇きがひどく、朝起きたときはとても喉が痛い。
抗うつ剤の副作用だけでなく、寒くなってきたのと、風邪をひいたことも原因になっていると思う。
今日は、久しぶりに学級のホームページの更新をした。
しばらく休んでいたので、くわしいことは書けないが、行事や子どもたちからの報告作文を見ながら構成していった。
休んではいるが、学級は毎日進んでいるので、ホームページも出来るだけ同時進行にしたいと考えている。
昼食後は、主治医の先生の言われるように、昼寝。
良い眠りは、目覚めもよく、体も調子がいい。
しかし、風邪のために喉の痛みと鼻水が大変だった。
起きてからは、明日予定されている子どもの中学校の学年懇談会に向けて。「親の会」への誘いの文書を書いた。
今の子どもの置かれている環境は、決して良いものとは言えない。
学校任せにせずに、親自身の結びつきをもっと強めていく必要があると考え、自分自身が発起人代表として、明日からスタートしたいと考えている。
仕事から帰ってきた妻からは、「また、新しいことを始めるんだね。」と言われたが、応援してくれるということで安心して推進していこうと思っている。
夜のメールチェックで、躁うつ病で復職したという方からのメッセージが届いていた。
同じような立場の人なので、とても共感でき、これからも共に精神疾患の理解のために励まし合っていけたらと思った。

2003年12月 8日(月)

今日は、定期通院日であった。
くわしくは通院日記にも書いているが、今週は少し無理をしすぎたようで。多少疲れが残っている感じであった。
午前中の通院と古本屋巡りをすませたら、午後からは久しぶりに昼の快眠に入った。
気持ちよく眠ると、楽しい夢を見るものである。
くわしいことは忘れたが、自分がヒーローになって、その場の中心的人物になったような内容であった。
もしかしたら、今の願望が夢になったのかもしれない。
昨日の会もいい体験ができたのであるが、今週は、自分の今後進路の参考のために、教育関係・不登校対策等のいろいろな機関にも出向きたいと考えている。
復職後は、自分本来の夢の実現に向かって進んでいきたい。
また、新サイト「心のプログラム」に掲示板を設置してみた。

2003年12月 7日(日)

今日は、午後から不登校の子と親の会とフリースペースの主催で、『 もうひとつの学校〜不登校の子どもと共に〜 』をテーマとして、NPO法人フリースペースの代表と小児科医とのフリートークが開催された。
そして、フリースペースの方を中心にのんびりスペースという「なんでも遊び・作り」のコーナーも同時開催され、知り合いのお母さんと子ども2人を連れて参加した。
予想以上の参加者で、会場は一杯であったが、とても内容にある意味のある会であった。
会の隣の部屋では、2人の子どもたちは、他のお兄さんやお姉さん達とゲームをしたりお菓子を食べたりしながら自分たちで3時間ほど遊んでいた。
はじめにフリースペース代表のお話しがあり、一緒に来ていた3人(21才の男性、2人の高校生)の話を聴いたり、小児科医からのコメントがあったりした。
会の後半は、参加者との語り合いの場になり、私もいくつか質問をしたのだが、それぞれ期待した納得のいく回答を聞きことができ、とても満足した。
また、いろいろな方との話し合いの中で、強く感じたことが、「学校教育の限界」もっと厳しく言えば「学校教育の犯罪」とまで言えるほどのことを再確認した。


私自身、現在公立学校の教師でもあり、3人の子を持つ親でもある。
両面から子どもを見てみると、本当にいろいろなことが感じられる。
 「不登校」に関して言えば、「学校が悪い、子どもが悪いかとそんな簡単な問題ではない。」

 いろいろな「公式」の画面で、「学校と家庭の連携」とかをよく言われるのであるが、そういうことも確かにあるだろうが、私自身がが思うのは、「学校で起こったことは学校の問題」であり、「家庭で起こったことは家庭の問題」であるということである。 「あの子は家でああだから学校でよく問題を起こす」などと、学校で起きたことを家庭のせいにする場合。逆に「あの先生になったので、うちの子が落ち着かない」などと、家庭のことを学校のせいにする場合。実際の現場でもよくありがちである。
  教師をしている私本人としては、とても言いにくい事ではあるが、特に不登校や学校嫌いの子の場合は、ほとんどは学校の問題の方が大きいと思っている。もちろん、全て100%学校側に責任がああるとは言い切れないが、家庭の問題と言うより学校側の問題の方が多いのではないかと思っている。
 それにも関わらず、ほとんどのケースで、子ども自身の問題の方が大きく取り上げられているような気がする。
今までの親のしつけ方、子ども自身の性格、行動や友だち関係を問題または要因としている場合が多く、それらを解決ないしは排除していく中で再登校に持っていこうとしているのではないだろうか。
確かに、子どもによっては担任との相性や人間関係の作り方、集団生活への対応の差もあるにはある。
しかし、そんな対策では、子どもにとってはむしろ逆効果であり、学校そのものの体質改善が必要なのではないかと思っている。 だから、それを何とかするのはその子や親よりも先生の方、学校の方の責任だと思っている。
今日、この『 もうひとつの学校〜不登校の子どもと共に〜 』の会に参加して、学校に行くことが「当たり前」と考えられていることこそ問題であり、登校・不登校はそれぞれの個人の選択肢の中のひとつにすぎないのだと再確認できた。
 今後は、自分自身も、自分の思いに素直に向き合い日々の生活の中で訴えていきたいと考えている。

2003年12月 6日(土)

午前中は、新サイト「心をかえるプログラム」の作成を続けている。一応ははじめにコンテンツ(内容)を決めて書いているのだが、書きながら、追加したいと思う内容も頭に浮かび、修正をしながらのサイト作りをしている過程である。
それと、同時進行に、うつ病に関するメール相談の返事などを書いたりしながら過ごした。
午後からは、小児科医のすすめで、「不登校児の親の会」に参加してきた。
この集まりは、全くの自主参加の会で、不登校の子どものいる親御さんや学校や教育に関する関係者が集まっている会である。
今回で2回目の参加であったが、とても内容のある濃い内容の話し合いができたと思った。
この会に参加するメンバーのみなさんは、「不登校は健全な姿の現れである。」と考えておられる。
もちろん、私自身も同じ考えである。
決して不登校の子どもたちを学校に行かせることを目的としてはいない、
その子それぞれの「自立」を目的とした選択の道を考えているのである。

私自身は、「普通」学校、「養護」学校、「不登校適応」教室そして、「家が」学校の中に選択肢があり、それぞれの個にあった歩み方をしたら良いのだと思っている。
今日の会では、現在不登校の子をもつお母さんからの悩みや願いを聞き、お互いの考えを語り合った。
その中で気になったことは、「どうしても、まわりの目や近所の人の視線が気になる。」ということだ。
不登校の子であれ、学校に行っている子であれ、堂々と暮らしていけばいいのである。
「自分は、不登校だからいけない子。」「自分の子どもが不登校だから、恥ずかしい。」なんていう思いは持たなくていいのである。
学校側にその子にとって「合わない」ために「不登校」である「家」学校を選んだのである。
学校に行くとか行かないとかが問題なのではなく、その子にあった「居場所」を作ること。そのこの「自立」のために必要なことを支援していく必要があるのである。
実際、現実の「普通」学校も、様々な問題を抱えていて、学校児童全ての「個」に対応し切れていないという現実があるのは確かである。全ての子どもを対応するのには、今の学校システムでは、はっきり言って限界があると思っている。
この春以来、文部科学省は「学校復帰」を強く求めてきているが、学校復帰だけが目的だと決めつけるやり方には反対である。
個人的には、「普通」学校の一員としてでき得るだけの努力は惜しまないつもりではああるが、本当に子どもが子どもでいられる、大人が大人として素直に子どもと接することのできる場を作りたいと思っている。
明日は、この地でとても興味深い催しが開かれる予定で、もちろん参加しようと今から楽しみにしている。
「いきいきと生きる」ことって、なあに?
そう考えて、日々暮らして生きたいと思っている。

2003年12月 5日(金)

今朝も目覚めも良く、体調もバッチリOKである。
ただひとつ、心配なことは体重の増加である。
毎日、ほとんど食べては本を読み、あとはデスクワーク。
ときどき買い物には出てはいるが、運動らしい運動は全くといっていいほどやっていない。
寒くなってくるが、本気で運動に取りかかって、心も体も重さを軽くしていく必要を感じている。
そこいら辺りを軽く散歩でもしてみるかな。
まずは、メールチェックから、新しい人の相談が入ってきていたので、またまたお節介にも自分のやり方を助言することにした。
今日の「blog」のテーマは、「つらいときには 人に優しく」と「性格は変えられないけど、クセは変えられる」という何か認知療法的な香りのする内容になっている。
続いて、新サイトの作成作業にかかる。
今日は、認知療法のやり方として「5つのコラム法」と「7つのステップ」について書いてみた。
本を読むのは簡単なのだが、それを人にわかりやすく伝えるのが難しい。
このうつ病サイトと兄弟サイトにする予定であるが、はたしてこれを見てやってみようと思う人がいるのかは問題ではない。(ほんとは、やってみてもらいたいんだけど...?)自分自身が「認知療法」についての理解を深めることになっていることだけは確かだ。
実は、まだ未公開?ではあるがすでに一部はWebにアップしているのだ。

 今日までは、他人とじっくり話す機会がなかったが、明日、あさってと「不登校の親の会」に参加する予定にしている。
いろいろな人の考えを聞くことによって、自分自身の考えをあらためて振り返ることができ、私にとっては貴重な会のひとつになっている。
今から明日の午後が楽しみである。

2003年12月 4日(木)

体調はまずまずで、とくに心配もなく、悠々と過ごせている。
朝の日課が、メールと掲示板チェックになっている。
今日も何人からのメールを受け、それに対して自分の考えていることを返事として送った。
自分一人で考えるよりも、誰かに伝えようとして書くので、自分の考えもはっきりと自覚できて、まとまっていくような気がしている。
そして、この昨日から始めた「blog」も新しい出来事を書き加えていき、ページもどんどん増えている。
しかし、全ての機能を使っているわけではないので、シンプルなできである。
もっといろいろなことをしていこうと思えるような、機能をもっているので、手軽に記録していこうと思っている。
自分のパソコンからはもちろん、他のパソコンや携帯電話からもサイトに情報を送ることができるのが便利である。

 そして、また新サイト作りの火が燃え始めたのである。
 前から勉強しようと思っていた「認知療法」についてのサイトを作ることにした。
いろいろな言葉や関連したことも多く、説明するのは簡単にはいかないのだが、サイトを読み進みながら、自分自身で「認知療法」の実践ができたらいいなと思って作っている。
調べてみたら、認知療法や認知心理学の本は結構あるが、認知療法のホームページというのは、ほとんどないようだ。
英語ザイトならあるが、なにせ、英語が分からない。
そこで、「自分でつくちゃおう!となった。
あまり夢中になりすぎる悪い性格があるので、少しずつゆっくり勉強も兼ねて作っていこうと思っている。
世間では、師走の慌ただしさが始まっているが、こんな12月は神様が与えてくださった自分への「ご褒美」として、ありがたく使おうと思っている。

2003年12月 3日(水)

朝のメールチェックで、昨日の返事が届いていた。
自分の気持ちを書いて送り、思いは伝わったようであるが、現実はなかなか厳しいものであります。
少しずつ、少しずつでもいい方向に進めることを願っています。
うつ病であることを家族、友人、職場。学校にどのように伝えるか。「うつ病」という病気をどうやったら理解してもらえるか。このホームページを作ろうと思ったきっかけもそれなのであるが、現実は厳しいのであります。
幸い、私の場合は家族にも職場の仲間にも分かってもらうことができ、こうやってのんびりだらりと休養させてもらうことができている。
しかし、なかには、それが言えないで、自分でも気づきすらしないで苦しさと闘っている人達の多いことも事実である。
そのためにも、このページが少しでも役に立てば幸いである。

話は変わって、最近『Blog』(ウェブログ)というものに興味を持ち始めました。
『Blog』っていうのは、簡単に言えば、”日記風にWebに関することを書きつづるウェブサイト”のことで、要するに、Blogって、「自分の伝えたい情報をいろいろな素材や手法を用いて発信すること」と言えるのではないかと思う。ホームページの進化した形態といってもいいのかな?情報をアップロードすることなしに作れるので、やり方と内容さえあれば簡単にできそうである。
中にはこんなページやあんなページも作ってあり、なかなか美しい作りである。
とにかく、なんでもやりたがりの好奇心虫がジワジワと動き始めるのであった。
とりあえず、ここでBlogの勉強をし始めたところである。

2003年12月 2日(火)

最近になって、「認知療法」に関して興味をもって勉強している。
「認知療法」というと難しく聞こえるが、ようするに「物事をどう考えるか」「物事を否定的にとらえるのではなく肯定的にとらえるように考える」方法のことだと思っている。
うつ病の人は、どうしても悪い方悪い方へ考えがちになるが、それを別のとらえ方でプラス思考していこうというようなものと言える。
自分なりの解釈というか説明なので、間違っていたらご指摘ください。
「認知療法」と言える程のことではないが、今日は
『心がホッとする57の方法(藤臣 柊子 著)を読んだ。
元気がないとき、寂しいとき、自分を変えたいとき。ちょっとしたきっかけで気持ちを上向きにもっていこう。
いろいろなことで悩み、うつ病を体験した藤臣 柊子さんの編み出した方法が57書いてある。
例えば、何もしない、お風呂に入る、写真集を見よう、絵を描いてみよう、など聞いたら何でもないことばかりである。
普段何気なく」やっていることの中に、「気分をホッとできる」ことがあることに気づかせてくれる本です。
そして、今日は、メーリングリストの仲間から「仕事と休職について」の悩みを聞いた。
そこで、自分の思いをそのまままとめて書きつけてみた。
今までも自分の思いを日記に書いてきたが、ちょうどいい機会にもなったので、思うままに書いてみたのである。
「何のために生きていますか〜休職のすすめ〜」である。
苦しくて、辛くても生活のために無理して頑張っている人の多いこと、
今の自分にとって、一番大切なものはなにかを考えた1日でした。

2003年12月 1日(月)

早いもので、今日から師走。
こんなにゆったりとした気分で迎える師走は20年ぶりとなる。
いつもの年なら、ああれもこれもとやることばかりが山積みにされて、それをひとつひとつ片づけていく毎日であるが、今年は自分のペースで今年最後の1ヶ月を過ごすことができる。
本来なら、1年の計画としてもっとゆったりとした内容とやり方を組んで置けばいいのだと思う。
そうすれば、師走に慌てることはないと思うのだが...これを理想にはしたくない。

今日は通院日であるが、出発前に早朝のメールチェック。
お互いにうつ病との闘いであったりどうやってつき合っていくかで悩んでいるので、共感も出来、悩みを聞いてくれる「仲間」の存在はありがたい。
そして、先日の電話に対してまたまたぴっかりさんからもメールのレスが届いていて感謝、感激!
お忙しい人にも関わらずご丁寧に相手をしてくださりありがたく思っている。
電話で話して以来、一層実際にあってお話しをしたいと考えるようになってきた。
いつか冬休みの間にでも上京の機会を作りたいと思っている。
午前10時から、定期通院。
そして、恒例となった古本屋巡りをして帰ってきた。
通院の度に読みたい本が山積みになっていくのは気分がいい。