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2003年11月30日(日)

 うつ病が発覚して病休に入って1ヶ月半が過ぎたことになる。
 特に行動的なことはしてはいないが、復職後の自分の進むべき方向をきちんと決めていくことを頭の中に置きながら過ごしている。
 今は、自宅で療養しているので、精神的にも体力的にも調子がよく、気分は悪くはなく、落ち着いている。
 今の段階で、気になっていることを思いつくままに書いてみることにする。

1.休み期間が長くなると、やはり気になるのは復職のことである。

  何も考えないで休むのがベストではあるが、何も考えないで休養なんかできないのである。
  仕事に復帰後、うまく仕事ができるか、今まで通りとはいかないまでもちゃんとできるか、だんだん
  不安感が募ってきている。
  今は、家で静養していればいいので、安心して暮らしているが、3学期のスタートが不安である。

2.今、私が一番やりたいと思っていることは「不登校」児童への支援である。

  個人的にも数名の方から相談を受けていて、県内の不登校の自助グループの集いにも参加してい
  る。
  学校内でも不登校児童への支援は可能だとは思うが、今の学校システムについての限界を感じて
  いる。学級担任・養護教諭・その他の教員で共同で支援にあたっているのが現状ではあるが、個
  人的には支援の狭さ、学校支援の限界を感じている。世間では、不登校を良いことだとは見ていな
  いのだが、私は個人的には、ごくごく健全な姿だと思ってる。学校側としては、その目的が「学校復
  帰」にあるからである。
  私自身は「不登校」も「登校」も選択肢のひとつにすぎないと考えるようになった。
学校の限界を超
  えたところに不登校児童が待っていると考えている。
  それゆえに、不登校の児童が学校に行くようになることがベストだとは考えていないし、現状として
  は「今」の学校サイドにこそ、問題があると考えている。
  それらに対して様々な機関が対策を講じてはいるが、根本的な解決にはなっていないのが現実の
  姿である。

 自分がうつ病になったのも、自分の性格的なものなどの個人的な要因だけではなく、学校システムにも問題があるからだととらえている。
 学校自体が変わっていかなければ、うつ病である自分の居場所は学校にはないと思っている。
 そのためにも、学校の組織・システムを変えていくことが大きな課題であり、自身の生きる道作りにも
つながっていくことになる。
 そこで、現在は時間のある限り、フリースクールや不登校の子どもを持つ親の自助グループにも顔
を出して、いろいろと情報を交換している。不登校の子供を持つ親たちの考えを聞くことが学校にも「居場所」をつくるヒントにもなると考えているためでもある。
  それらの会に参加されている方は”学校復帰を目的としない”自立をめざしている。
  なん度も言うが、私もその考えに同感である。
  今の学校システム(不登校対策の施設も含めて)はあまりにも簡単に片付けようとしているように思えている。

3.今後、自分の行く道として「教育関係の研究員」とか「不登校対策教員」とか「スクールカウ
  ンセラー」など、不登校児童との関わりを持てる配置も考えている。

  もちろん、そのための研修も必要であり、短期・長期を見通した将来設計を考えて見たいと思ってい
  る。

4.休養期間も長くなり、一日の生活が単調で退屈になってきている。

  
逆の言い方をすれば、それだけ十分休めているということなのであるが。このまま休んでいるまま
  でいいのかが不安である。実際には、興味のある本を読んだり、ホームページを作ったり、インター
  ネットで交流したりというのが毎日の日課である。
  そんなときなので、いろいろと考える時間だけはたっぷりある。
  しかし反面では、朝起きたときからな〜んにもする気が起きないこともある。
  そんなときに、自分の病気を自覚している。このままでいいのだろうか? 時間が解決してくれるの
  だろううか?そんな風に考えると不安もよぎることもある。
  といっても、できるだけ「自分に素直に」行動しようと心がけるようにはしているつもりである。

 はじめにも書い通り、、教師生活19年目にして、大きく心が揺れ動いている。
 このまま教師生活を続けるか、または他の道で再出発するかである。
 そのために、与えられた時間を大切にしながら将来の設計を立てようと思っている。

2003年11月29日(土)

今日は、「病院のことについて」MLや掲示板で相談をした。
『みなさんは、複数の病院に行かれていますか?』
という相談である。
私は通院してから約1ヶ月になるが、同じ心療内科で受診している。ここの1ケ所よりも何ヶ所か行ってみた方がいい
ものなのかを聞いてみたかったのである。
今通院している病院が自分に合っているのかということの自己診断ができないので、今の先生を信じて通院しているが、変えてみるといいこともあるものかということである。
先生によって、当然診断の仕方も違うだろうし、場合によっては薬も違うように聞いている。

すると、以下のような返事が届いた。
『病院を変えるのには、診断書を先生に書いてもらわないといけないので、その先生とは決別する勇気が無いといけませんよ。ただなんとなく、「もう少しいいとないかなー」では、悪い所に当たった場合にはまた、前の先生に診断書を書いてもらうのは感じ悪いですし、言いにくいと思いますよ。』
『どこか不満が有る場合には、先生に相談してから、聞いてくれないようなら、変わる必要があると思います。』

また、うつ病の治療に関して、こんなアドバイスもいただいた。
『お医者さんは、患者さんを救ってはくれません。病気を治すのは、あくまでも患者さんご自身であり、医療側は、その補助でしかないのです。それを忘れてはいけません。』
『生活習慣、労働状況を変えない限り、鬱は治らない、薬でも治らない、薬で「走り続ける」ことは出来るかもしれないけれど、それにも限界があります。だから、正解に近いのは薬の力を借りながら、なおかつ生き方自体も変えていく、っていうことなのかなー、なんて思ったりします。』

みなさんの意見を聞いていて、こう思った。
今の主治医の先生にどこか不満が有る場合には、先生に相談してから、聞いてくれな いようなら、変わる必要があると思うが、今のところきちんと聞いてもらっていると思っている。
薬の効き目がよく分からないのと、いつになたら治るのかも心配しているが、うつ病とはきちんとつき合っていきたいと思っている。もちろん、そのためには薬だけでなく、自分の生活習慣や仕事の軽減など、環境面を変えていくこととと自分自身の「無理をしすぎない」というコントロールが大切なことだと思う。
病院に関しては、特に不満があるわけではないので、今のまま続けてみようと思っている。

2003年11月28日(金)

10月14日(月)から病気休暇をはじめ休養期間も長くなり、一日の生活が単調で退屈になっている。
今は、好きな本を読んだり、ネットで交流したりという毎日の繰り返しである。
うつ病の治療にとっては、それだけ十分休めているということでいいことなのである。
しかし、しかし、それでいいのだろうかと不安になることがある。

そんな毎日なので、いろいろと考える時間だけはたっぷりある。
反面、朝起きたときからな〜んにもする気が起きないこともある。
な〜んにもする気が起きなくて、一日寝ていることも。。。
そんな、なんにもする気が起こらないということを感じたときに、自分の病気を自覚する。

そんな毎日の繰り返しで時間だけが過ぎていく反面、このままでいいのだろうか? 
休養したという時間が解決してくれるのだろううか?
こんなことも考えると、今後の不安もよぎることもあるのである。

 
●そんな今、できることは休養だけでいいのだろうか?
 (今のままで、病気が治っていくのかが正直不安もある。)
 
●何かもっと前向きなことはできないだろうか?
 (休養することが大切だとは分かっていても、何かできたらと思うのである)
 
●できるだけ「自分に素直に」行動しようと心がけているのだが、休むだけでなく、もっと積極的な行
   動は出来ないものだろうか?


うつ病で療養中のみなさんは、一日をどんな風に過ごしているのだろう?

こんなことを考えながら過ごしている毎日なのですが、夜にぴっかりさんと電話で話をすることができました。
いろいろ聞きたいことがあったので、あらかじめメールで質問を送っておいて、それにひとつひとつ答えていただきました。メールのやりとりだけでは文章だけで伝えないといけないのですが、電話だと同時に話が出きるのがいいです。
思っていた通り優しそうな感じの人で、とても話しやすかったです。
私自身の思っていることも伝えることができたし、ぴっかりさん自身の苦労話も直接聞くことができ、とてもうれしかったです。
また、休職中にできることとして、これからの道筋まで一緒に考えていただき、感謝しています。
つくづく、自分自身に素直になることの素晴らしさを感じて受話器を置きました。

2003年11月27日(木)

今日の午前中は、ぴっかりさんとメール交換。
自分が日頃考えていることを聞いてもらいたいと思ってメールを送った。
本当は直接お会いして話をしたいと思っているのだが、すぐにという距離ではないのでなかなか難しい。
それで、メールでお互いの考えを聞き合ったりさせてもらっている。
午後は、久しぶりに映画を見に行った。
なんと、平日の昼とあって、劇場には私ひとりの貸し切り状態であった。
観た映画は、『リーグオブレジェンド〜時空を超えた戦い』というショ−ンコネリー主演のアドベンチャー映画である。
ストーリーとしては、古典的な展開だが、ひとりひとりのキャラクターがいかにも今風のアイテムを持っているようで楽しんで観ることができた。
たまには気分転換に映画もいいものだなと思った。

2003年11月26日(水)

今日は、朝からなんとなくやるきが起きない。
まずは、いつものメールチェックと、掲示板巡りをすませる。
休職生活は、ほとんどストレスなどなく快適ではあるが、たいそう暇である。
本を読んだり、パソコンで「作文」を書いたり、そしてまた昼寝するくらいが日課と言えば日課である。
今日は、2冊の本に目を通した。
『笑う不登校―こどもと楽しむそれぞれの日々』 
笑う不登校編集委員会編集
この本は、学校に行くことだけが勉強ではない。「要は、自分に合った生き方をすればいいのだ」と気付いた親たちの手記で構成されている。、子育てと自分を楽しんでいる親たちのこどもと楽しむそれぞれの日々が綴られている。
『子どもはなぜ学校に行くのか―子育ては「個育ち」』 
渡辺 位 著

「子どもはなぜ学校に行くのか。子どもは本当に喜んで学校に行っているのか。子どもが学校に行くのは当たり前か。「という問いかけにはじまり、今、大人の常識や枠組みを問い直し、ひとりひとりの子どもの「個育ち」を考えていrる。登校拒否・不登校と学校のあり方を問う講演集である。
私自身、現在「不登校」の状態にあるが、休んでいるといろいろなことを考える。
ただ、言えることは「今の学校は正常に機能していない。」ということである。
その解決のために、学校の中でもいろいろな取り組みがなされ、学習指導においても生活指導・生徒指導においても毎日試行錯誤しながら取り組みが行われている。
また、「不登校」の状況に対しても様々は対策は講じられているが、抜本的な解決にはなっていない、と言うよりも「不登校」については、今の体制の学校現場では限界があると思っている。私自身は不登校児童・生徒は消して問題ではなく、学校がその子達に合わないだけのことだととらえている。いわゆる「居場所」としての学校にはなっていないのである。
私も、休職期間を終えれば復職する予定である。
そのときには、病気になった以前のままの学校体制では生きていけないと思っている。
自分が生きるための改革が必要であるし、子どもにも教師にも、ひとりひとりの居場所をきちんと作り上げていくことが必要だと思っている。
復職後は、そのためにできることをやっていきたいと考えている。

2003年11月25日(火)

今日は、通院日になっているのでいい天気のもとでしばしのドライブを楽しんだ。
今日からテトラミド錠の服用が復活した。
やはり焦ってはいけないということである。
退屈してきたせいか、何かをやりたいときとやりたくないときとがはっきり感じられるようになった。
帰宅後は昼寝と読書をした。
『100万人教員のためのやさしい悩みごと相談』
岡崎 勝 ・赤田 圭亮編さん
『教師のしくみ』上田 小次郎(著)古本屋で見つけた
『教師社会・残酷物語―「教師は楽でいいネ」なんてとんでもない』
クリエイティブ21編集
この3冊は、今の学校・教育の仕組みや教職員の生の実態が書かれている。
一見、楽そうに思われている教師という仕事は、実は重労働なのです。
「No!」といえない教師集団の悲劇な著されている。
これらの本を読んでいたら、復職後の課題もだんだん明確になってきた。
もっとも、私自身も絶対に無理はしないつもりであるし、職場の仲間にも無理はしないように勧めていきたいと思っている。

2003年11月24日(月)

今日で3連休最後、とはいっても休職中の自分にとっては連休という感覚はないのだが。
今朝も目が覚めるのが早かった。時計を見たら4時前である。
以前は、仕事上何かあるときには緊張感から目覚めが早くなることはあったが、最近はこれといって不安になることもなく、寝付きも目覚めもよく、落ち着いていたが、今週は目覚めがおかしくなっていた。
起きてから、もう一回寝つこうとしたが、何となく熟睡感はなかった。
今日は家族と一緒に吉本新喜劇の講演を観に行った。
おなじみの音楽から始まる新喜劇、おなじみのメンバーも登場してくるたびに大きな拍手が起こっていた。
古典的とも言えるギャグではあるが、どうしても笑ってしまう。
分かっていながら笑わせるという技術はたいしたものである。
しかも、聴衆を意識してか、地名に関する言葉のサービスもあり、さすがであった、
1部・2部合わせて2時間30分ほどの講演であったが、笑い疲れるとは、こういうことを言うのだろう。
笑いすぎて疲れてしまった。
それにしても吉本の芸人さんはパワフルだと思った。

2003年11月23日(日)

今朝も目が覚めるのが早かった。時計を見たら5時前である。
それから、もう一回寝つこうとしたが、何となく熟睡感はなかった。
今週からテトラミド錠を飲んでいないので、そのせいかもしれない。
それでも、7時には床を上げ、8時から子ども会の廃品回収の手伝いをした。男の人の参加が少ないので、来年度はもっと声をかけるか、月ごとに担当者をきちんと決めておいた方がいいと思った。
その後は、これといった用事もなく、本を読んだり、この他のホームページをいじったりしながらのんびりと過ごした。
昨日、私の代員として担任をしていただいている先生から、学級の子どもたちのメッセージをもってきていただいていた。
今日は、それを1枚1枚読みながら、自分もその学級の一員であることを痛感した。
代員の先生はおられるのだが、子どもたちにとっては、私が担任なのである。
「ぼくたちは大丈夫だから安心して、ゆっくり休んでください。」
「早く先生といっしょに勉強がしたいので、早く元気になってください。」
などなど、ひとりひとりにその子らしさのこもった手紙で、なんだか目頭がウルウルとなってしまった。
そして、先月の学習発表会の感想文集もいっしょに入っていた。
自分たちでしっかりやったことが伝わってきて、さすがだと思う気持ちとできたら一緒にやりたかったという残念さが起こってきて複雑な気持ちになった。
ともあれ、クラスの子どもたちはみんなが思い思いに学校生活を楽しんでいることが伝わってきて励みになった。

2003年11月22日(土)

今日は、午後1時30分から精神保健福祉講演会とシンポジウムに参加した。
講師は、県立精神保健福祉センター所長、シンポジウムはピアサポート、断酒会、グループみんの代表の方がシンポジストになり、センター所長をコメンテーターとして進められた。
まず。講演は「現代社会・ストレス時代を生きる〜うつ、アルコール薬物、ひきこもり」と題してセンター所長の話を聴いた。
その中で印象に残ったのは、「居場所」についての意味である。
居場所というのは、単に「場所」のことを指すのではなく、その場に行けば自分を必要としている「人」がいる「場所」のことである。単に物理的な「場所」の存在ではなく、その「場」に行けば「人」が居る。自分にとっての「人」の存在の在る「場」のことなのである。
しかも、自分がその人を必要だと感じると共に、その人も自分を必要だと感じることが大切である。」「自分もその人のためになっている。」と感じてこそ、自分自身の存在感もあり、自尊感情も生まれてくるのである。
不登校や引きこもりに代表される居場所の作り方についても、今のところ、そういった子どもたちの価値観を認めることのできる社会的な理解は十分であるとは言えない。

現在、交通事故で亡くなる人は1万人弱で、自殺による死亡者は3万人を超えている。しかも、そのうちの6割はうつ病によるものだそうだ、ということは、約1万8千人はうつ病による自殺者だということになる。
全国のうつ病患者は約200万人いるそうであるが、自分自身でうつ病だと自覚して精神科の病院に行っている人は40万人程で、残り160万人は病気に気づかずに無理して仕事をしているということになる。

自分の体や心の異変に気づいたら、できるだけ早く精神科を受診することが大切だが、今のところまだまだ精神疾患に対する社会的な理解が不十分である。
その後のシンポジウムでは、それぞれの代表の方が自分自身の体験談を交えながら団体の活動の紹介をされた。
それぞれの団体が、自分たちで立ち上げ、お互いに支え合いながら社会復帰をめざしている活動に取り組んでいる自助グループである。
今回は、東部地区の集まりであったが、このような自助グループのネットワークを作っていくことが大切であると感じた。
また、精神疾患に関する場合、やはり信頼の置ける精神科の先生の支援も重要になってくると感じた。
自分自身も、うつ病をはじめとする精神疾患の理解のために少しでも役に立ちたいと思っている。。

2003年11月21日(金)

今朝は、わりとスッキリ目が覚めた。
2日間たっぷり寝たのが良かったのであろう。
ただ、気になることは、あまりにも早い時間(5時)に目覚めてしまうので、それからの寝付きが良くない。
もしかしたら薬の影響もあるかもしれないので、次の通院時に主治医の先生と相談することにする。
こういうことが、「うつ病は一進一退の繰り返しである」ということなのだと思う。
昨日、「楽にして生きる」ということをある掲示板に書いたところ、共感の返事があり、とてもうれしかった。
やはりどんな病気でも「自分で治そう」という気持ちも大切な要素だと思う。
「自分の病気がが治っていっている」という自覚をもち、自分自身をコントロールするためにも、「何がどの程度までできたらよしとするか」という指針というか目標というか基準がいると思っている。
本当なら、そんな基準のようなものがなくても自分自身の「心と頭と体」が「おいおい、無理するんじゃないよ!」と教えてくれるようになるといいんですけどね。
今の私の場合、自分の行動や思考することにストップをかけることが当面の課題である。
しかし、それを止めてしまっては「自分らしさ」もいっしょになくなってしまいそうで、素直に効けないのが正直な所である。
また、1日をほとんど家の中で過ごしているので、他人との出逢いというか人と話をしたくなる自分がいる。
夕方から、知り合いの中学校の先生と懇談をした。
小学校も忙しいが、最近の中学校はものすごく忙しくなったようである。総合学習や選択制の導入によって、先生方の負担は増すばかりである。その上、生徒指導上の問題が起こるとそれにも対応が必要になってくるわけで、何人もの手が必要だと言われていた。
これからの学校現場にまず必要なことは、「削る」である。
目的のないことは、思い切って削る必要がある。
次に必要なことは、「人材確保」である。教員の数が全く足りていないのが今の学校現場である。
明日は、午後から「精神疾患とストレス」というシンポジウムに出かける予定である。
人との出逢いが楽しみである。
自分も思いを発表できるような場の設定がしてあることを望ながら明日の会を期待している。

2003年11月20日(木)

今日も、昨日と同じように朝起きるのがとても辛かった。
いつもなら6時半頃に目が覚めるが、今日は5時には目が覚めてしまい、それからの寝付きが良くなかったせいもあると思う。
こんな日は、何もしないでぼーっとしておこう。
こうい状態になっていることに対して自分で気づいてコントロールしていかないといけない。
昨日とは違って、「やろうとする気持ち」はでてきたが、なんとなくだるさを感じた午前であった。
いつまでもゴロゴロしていても退屈なので、気分を晴らす方法がないか調べてみた。
体がだるいときには寝ることもできるが、休養するというのもなかなかしんどいものである。
時間だけはあるので、今の自分の欲求で動いている感じだ。
うつ病の治療には「休養・薬・まわりの理解」の3要素があるが、これに「運動」を加えるとさらにいいそうである。
しかし、「運動がいい」からといって、無理に体を動かすのは逆効果で、ちょっと散歩くらいから始めるとよさそうだ。
もちろん、疲れる前に止めることが大切で、なんのためになっているのか分からなくなる。
できるときに外の空気を吸いに行こうと思う。
何事も、やりすぎに気をつけたいということである。
午前中は、倦怠感があったが、午後はなんとなくやる気がでて、自分のホームページの更新を進めた。
うつ病を自覚し始めるまえには、(今でも変わってないが)何でもとことんまでやらないと気がすまないもので、典型的な鬱のえじき(笑)になっていると思っている。
でも、悲観的なことばかりでなく、鬱になったことで、「世の中を前よりも広くゆったりと落ち着いて見る」ことができてる自分に気づいた。
「がんばれ!」「全力でやるんだ!」と言う言葉が、必ずしも本人にとっての励ましにはならないということも実感している
いろいろな本を読んでいて、「楽な生き方について」いろいろと共感することがあった。
鬱の人でもそうでない人でも、こういう生き方をしたら、みんなが無理なく、自然に生きられるようになるのだと思う。
そうすれば、みんなが「楽」に「楽しく」くらせると思う。
今の社会では、みんなが、無理しすぎて、お互いに、自分で自分の仕事を増やしているのが今の社会だと思っている。
幸い、今は休職中なので、いかに無理しないで楽に生きるかを考えているのである。

2003年11月19日(水)

今日は、朝起きるのがとても辛かった。
毎日の生活のリズムは崩したくないので、仕事のあるときと同じペースで起きるようにしているのだが、今朝は久しぶりに由来朝であった。
みなさんは、調子の方はいかがですか?
何だか今日は朝から元気が出ない。
なんだか、なにもしていないのに「疲れたあぁ〜」って感じがしてなんとなくだるくて気力も湧いてこない。
仕事はしていないといっても、まだまだゆっくり休めてないということかもしれない。

たっぷりと時間があるせいか、どうしても、「あれもこれも」と、考えてしまう性格がよくないのかもしれない。
これを変えていくようにしなくては鬱とさよならできそうもないのではと思った。

それにしても やる気が起こらない。
なんとなく、なんとなくだるい感じがしている。。
休職して以来、こんな感じは久しぶりで、目標がないというか、なんというか、なにもする気がおこらない。。。
しばらく調子がよかったので、いろいろと頑張っちゃったことがいけなかったの思う。
また、今週は今まで飲んでいた薬を1つ減らしたことも原因かもしれない。
主治医の先生は、「毎日同じペースで」ていわれるけど毎日退屈でしょうがないのだ。
時間があると、何かをしたくなってしまう。
しかし、本当に今日はやる気がほとんど出てこない。

今まで自分の「鬱である」という状態をつかめていなかったが、こういう症状が鬱病なんだと実感している。
端から見れば、「何となく元気がなさそう」くらいには見えているのだろう。
昨日までは食欲もありすぎるほどあったあが、今日は食べる気も起こらなかった。
結局、朝から寝てばかりだけど、昼を食べた後もまた寝ることにした。(-_-;)
こんなに寝ても、夜も寝られるのが不思議だ。

2003年11月18日(火)

今日は、昨日読んだカウンセリングの本に続いて、富田富士也氏の『心理カウンセラーをめざす前に読む本―「私でもなれるの?」と思っているあなたへ』を読んだ。
本気でプロのカウンセラーになろうというわけではないが、人と人を結ぶ気持ちと気持ち、心と心のコミュミケーションにも役に立つのではないかと興味を持ったのである。
カウンセラーの仕事やどうしたらカウンセラーになれるのか、また、カウンセラーに向いている人というのもあるそうだ。
この人の本を読むのはこれで3冊目になるが、とても共感したり、納得することが多い。
今、自分自身のことを振り返るためにもカウンセリングマインドの大切さも感じている。
他人から相談を受けることによって、解決策を考えていく中に自分にも励ましや前向きの気持ちが出て来ているような感じもしている。
昨日、主治医の先生から受け身の仕事ではなく自分から求めてやることについてはやってもいいということだったので、自分の気の向いたことを気の向いたときにマイペースでやっていきたい。
それにしても、今、自分の部屋の中が本という本で埋まっているのを何とかしなければと思っている。

2003年11月17日(月)

昨晩の帰りが遅くなったので、今朝はいつもよりスロースタートになった。
10時30分から通院になっているので、いざクリニックへ。
病状も安定していて調子もいい。
帰りにはいつもながら古本屋めぐりをした。
新本屋にも売ってあるものがなんと、10分の1の値段が付いていて思わず買ってしまった。
こまめに回っていると、いいこともあるものだ。
が、いつも楽しみにしているカレー屋さんが今日は定休日で残念。
今度からは、通院日を他の曜日にすることも考えておくことにする。
天気もいいので帰りはちょっと遠回りして帰った。
あまりいい天気なので、途中で今日買ったばかりの「心理カウンセラー」という本を1冊読み終えてしまった。
昨日の疲れもあるので、今日は早めに寝ることにしよう。

2003年11月16日(日)

このホ−ムページを見たという女性の方から長文のメールをいただいた。
内容については触れないが、インターネット上でのホームページの公開というものの影響力と恐ろしささえ感じた。
自分の書いた考えを文章としてWebにあげているわけで、誰でもがどこからでも見ることができる。
私に自分のことを聞いて欲しくて送ってくださったのであるが、ネットでの自己責任というか、自分の書いたものの影響力というか、自分で公開することへの責任感をあらためて感じた。
このホームページは、タイトルの通り『ありのままに あるがままに』である。
うつ病となった自分自身の気持ちに素直に、うつ病とも上手につきあいながら、自分自身のそのときそのときの思いを書きつづって行こうと思っている。
そして、今日は、あたらしいコンテンツを2つまとめてみた。
1つめのページは、生活上の癒しグッズとして音楽CDと読んで面白くてしかもためになる本の紹介をした。
自分自身が気に入ったもので、勝手に「癒し」と表現したが、人によって自分のお気に入りはいろいろあるものと思う。
CDは、クルマの中で聴くことが多く、音楽と共にその場所や時間が思い浮かんでくる。
本については、自分を振り返ったり、子育てに関する者を書いている。
これらは、本当にお勧めの本ばかりであります。
ぜひ手にとって読んでもらいたいと思っている。
2つ目のページは、今までの自分のうつ病生活を振り返り、うつ病に関する本を読んで、今後うつ病を再発しないためにはどうしていくかをまとめてみた。
自分のうつ病の発症のきっかけと思われることから治療中の今の自分自身の状態とをくらべてみながら、注意しておきたいことをきりのいい10項目に書いてみたものである。
とにかく、この休職期間を自分にとって大切な期間ととらえて、有意義に使っていきながらしっかりのんびりやすんでいたいと思っている。
夜7時から、子どもの友だちことでそのお母さんから相談を受け、学校のことや子どもに対する対応の仕方などについて遅くまで話し合いをした。

2003年11月15日(土)

今日は久しぶりのドライブ。
県内のあたらしい道路を開拓しようと、往復3時間ほど走った。
帰宅後、「不登校と本当の学び」について、いろいろと考えた。
東京シューレ「フリースクールとはなにか 奥地圭子著」等の本を読んだり、不登校問題のサイトを見ていて、今学校を変えていかなければ、子どもたちが本当に生き生きした学びはできないと思っている。
子どもたちだけでなく、教師自身の目的意識や達成感・充実感、そして楽しいといえる学校作りの必要性を感じている。自分がうつ病になった経過は、今までの日記にも述べている通りであるが、自分自身の病気を治すと同時に学校の環境や教育に関わる多方面に渡った改革をしていかなければ、子どもの不登校、教師の精神疾患は減っては行かないだろうと思っている。
現在は、静養のために家庭療養中の身ではあるが、この機を活用して、不登校を考える会や県内の会の方など、全国的に働きかけて、いろいろな方達とも交流をしていきたいと考え、計画を立てている。
うつ病は、心の病気でも、怠けているからなったのではない。環境に対応できなかった、環境をよくしていこうとする心と体の訴えである。
不登校は、問題ではなく、それらの子をを受け入れることができない学校側こそ問題であり、現在の学校システムにおいては健康な姿ですらあると言えると思っている。
私は「不登校」と「精神疾患」を同じ土俵に載せて考えているが、どちらともまわりの理解と支援が大切であり、今現在、その2点が十分ではないことが共通点であると考えている。

2003年11月14日(金)

自分を振り返ってみながら、今日も「不登校」に関することを書きたくなった。

今、学校現場では、不登校とうつ病についての関係についてあまり考えたれていないような気がしている。
本人は、本当は行きたくないのに、「自分ががんばればなんとかなる。」「がんばって学校に行かなくちゃ。」と考えている。
親御さんは「何いってんの、怠けてないで行きなさい!」「大丈夫!行けばみんながいるから、先生もついているし。」と言って家を追い出している。
そして、学校は、「なんとか連れてきてください。」「学校に来たら何とかなります。」である。
もちろん、不登校といってもひとりひとりの環境も状態も違い、ケースバイケースであるし、専門科によるカウンセリングもやっている場合もある。
しかし、最終的には「登校すること」をめざしているのである。
私自身も小学校の現職教師であるが、「学校に行く」ことだけが「学び」だとは考えてはいない。
「学校に返す」ことが不登校の「指導」の最終目的だとは考えてはいない。
しかし、現実では「学校に返す」ことを最終目標として安心している体制があるのではないだろうか。
実は、いろいろな原因はあるのであるが、そんな闘いやジレンマも起因して自分自身がうつ病になったのである。
言うならば、「大人の不登校」である。
私が今考えていることは、そのようにさせた学校環境や学校のありかあたそのもののシステムや社会環境にあるということである。本人も変わる必要もあるが、それらの環境改善こそが必要だと考えている。

これは、インターネット上の掲示板にも投稿した内容であるが、うつ病で不登校や欠勤をしている人の多いことが分かった。
しかも、それらの多くは、家族、職場、学校など、まわりの人の理解がほとんどないという事実が問題である。
まわりの人の理解が、うつ病本人にとってどんなに楽になるか、なった本人でないと分からないことではあるが、そんなときに、私自身はこのようにメッセージを送っている。
(他の人へ送ると同時に、自分自身へのメッセージでもある。)

・決して自分自身を非難しないでください。
・自分自身を責めないでください。
・自分が悪いのではありません。
・こうなったのは、自分だけの責任ではありません。
・うつ病は、必ず治ります。
・絶対に治る病気です。
・私もうつ病とうまくつき合いながら治していこうと思っています。


そんな中で、自分自身、今は休職中であるのに、どうしても仕事のことが頭からはなれないことに気づいた。
考えてみれば、今は、仕事を休職してるのである。病気で休んでいるのである。
仕事による過労や考えすぎ、思いこみすぎが原因でうつ病になったのである。
でも、正直な気持ち、どうしても仕事のことも気になってしまうのである。

実は、通院した頃のことであるが、主治医の先生から「薬と闘うな!」と言わた。「薬の効用を素直に受けなさい」という意味である。
「どうしても、自分で、自分で!(解決しよう)」という気が入りすぎてしまうのである。
何というか、見せかけだけは「適当にやっておこう。」と言いながら、本音では「やりだしたらとことんやる!!」というタイプなので、典型的な鬱病のえじきなのである。(笑)

これからも、今まで頑張った分のご褒美だと思って、のんびり好きなことだけやって過ごしていこうと思っている。

2003年11月13日(木)

はじめは、ただ何にもする気が起こらなかったのだが、長く休んでいると、無性に人と話がしたくなる。
人との出逢いを求めている自分に気づく。
何かイベントでも行っていたら行ってみたいと思うようになった。
外にも出たくなってきた。
しかし、なんとなく昼間の間はまだ出かけにくいのが正直な思いである。
こればうつ病をはじめとした精神疾患の者の表に出しにくい所だと思う。
外見上はどこも悪いところは見られないのに、昼間「いい大人」が町をうろついているのはなんとなく気が引けるもである。しかも、大人の男性は「普通」あえて「普通」と書いたのだが、仕事に出ているということが当たり前であると世間ではとらえられていると思うので、なかなか外を出歩くのには勇気がいるのである。
ということで、今日も新しく買った本を読んでいる。
まん画本であるが、なかなか人生観というか、人間とはなにか。生きるとは、などちょっと考えさせられるまん画である。

1冊は、ブッタとシッタカブッタ、第1巻〜第3巻のシリーズもの。仏教哲学の解説書でもなく、認知療法の実践の書でもなく、ただの4コママンガなのである。
しかし、これを読んで気持ちが楽になる人はいっぱいいるはずだと思う。
特にうつ病で苦しんでいる人辛い人には気持ちが少しは楽になれそうな本である。
「ものの見方を切り替えたらこころはずっと楽になる。」
「起きてしまった現実を変えることはできないけれど、ものの見方で考え方も変わる。」
なんだかやっぱり認知療法っぽいかも。
たくさんの悩めるブタをとおして、心のしくみやものの見方がわかってきて、お勧めの本です。

あと1冊は、天才柳沢教授の生活 第1巻〜第8巻である。
主人公の柳沢教授の真面目さと頑固さが、ここまであるかというくらいとことんいくところが本当に面白い。
この教授は、ごく当たり前のように振る舞っているのに、まわりの方がおかしいかのようにも思えてくる。
でも、「教授のようには生きられないよなあ。」とちょっとあこがれを感じてしまう1冊であります。
最近は、book・off(古本屋さん)がいろいろとできたので、新刊書店に行くよりも、古本屋によって掘り出し物を見つけるのもひとつの楽しみになっている。

2003年11月12日(水)

今日は、午前中は「不登校」や「フリースクール」に関するWebサイトを見て回った。
今の学校教育に少なからず問題を感じている私にとって、学校教育の目的や子どもにとっての学校とは何かについて考えている。
そのようにサイトを見ていると、不登校の子どもたちやその親たちが実に生き生きしている姿を感じる。「学校に行かないことで得たもの」の大きさを訴えられている気がしている。
私は、個人的には学校側ももっともっと変わっていかなければならないと思っている。
不登校や引きこもり、問題行動の裏には、全てではないにしろ学校という環境もその一因になっていると思っている。
うつ病になった今、病気を起因した原因はさまざまあるが、大きく言えば次の点であると考えている。
(今現在も治療中の身であるので、確かな分析とは行かないが、今の自分を振り返っての考えである。)

1.自分にとっての仕事量が負担になり重圧を感じるようになったため
2.自分のやっていることが本当にこのままでいいのかと自己躊躇の考えが出てきたため
3.子どもたちの願いや思いを十分に汲み取って指導に当たり切れていたかという自己反省が募って
  きたため
4.単純に、仕事のしすぎ、過労が重なって肉体が悲鳴をあげたため、とにかく疲れたため
5.今の「学校教育」そのもののあり方に対する疑問はあったが、今回、それを自分一人で抱え込みす
  ぎたため
6.自分自身の中に学校不信・教師不信の感情が高まって来たため「学校はこんなんじゃだめだ!」と
  いう考え

思いつくままに書き上げたが、学校を変えるためのヒントが不登校やフリースクールでの実践に見ることができると思っている。
教育は、「はじめに子どもありき」である。
そんな学校を私は創っていきたいと思っている。

2003年11月11日(火)

朝6時30分起床。
今一番大切にしていることが、生活のリズムである。
休職中であるから、時間とスケジュールはいつ起きていつ食べていつ寝てもいいのであるが、生活のリズムだけは平日であろうが休みの日であろうが一定にしておこうと決めている。
今朝は晩秋の気配で肌寒い日となった。
今日も、さっそく昨日買ってきた本を2冊ほど読んだ。
学校関連。フリースクールの本である。
そして、復職の相談をしてご意見を送ってくださった方々に対してメールと掲示板でお礼を送った。
同じ悩みを抱えておられる方もあり、ネット上ではあるが、お互いに励まし合いができるのは今の自分にとってはとても心強いものがある。
休職の延期も決まって気持ちも落ち着いたので、気の向いたときには「復活のページ」も作れたらいいと思っている。
予定通り22時就寝。

2003年11月10日(月)

今日はクリニックへの通院の日である。
午前中の早い時間であったが、待合室には人が多かった。
しばらく待った後で、主治医の先生とのカウンセリングをした。
いつも通りの診察であったが、薬を一つ量を減らすこと、診断書を新しく継続して書いてもらった。
予定では明日から復職するつもりであったが、昨日の上司との相談の結果、復職は3学期からと決まった。
クリニックに行く日には必ず本屋に寄っていて、今日もまた新たに5冊の本を仕入れて帰った。
時間があるので、本をたくさん読めることがうれしい。
夕方に、診断書をもって久しぶりに勤務校に出向いた。
校長以下、みなさんが忙しそうに仕事をしておられた、校長に診断書を渡し、その後でみなさんい2学期間病休することについてと病気のことについて簡単に話をした。
いつも忙しい学校現場であるが、ことに忙しい学期末に休みをもらうことは申し訳なく思う反面、早く元のコンディションを取り戻して3学期には元気に帰ってきたいと、帰りの車の中で誓った。
これからの期間、体をしかり休ませると同時に、この休み期間を利用していろいろなことを勉強しておきたい。

2003年11月 9日(日)

午前中は、上司と今後のことについて話し合いをした。
今日が今後の筋道の決着をつける日である。
結論としては、明日11月10日までであった病休をあと2ヶ月延ばすことにした。
3学期のはじめから現場にもどることに決めた。
今現在は体調も良く、日常生活をしていく上には全く差し支えはない。
しかし、仕事となるとそう簡単なことではないと思っている。
気持ちの上では、今週から現場に復帰することもできる用意してきたのであるが、「どうしても自分が復帰したい!」という強い気持ちではなく、「職場のみんなに迷惑をかけているので、その分できるだけ早い復帰をしなければ。」という気持ちの方が強いのである。
また、私の病状について上司からとても温かい、ありがたい配慮も考えてくださっていたのだが、自分自身の気持ち中に、また無理をして病気を再発してまあた休暇をとるという繰り返しになることを心配したことが大な理由である。
正直言って、現場にもどる不安と負担に感じることの方が大きく、それを乗り越えるだけの自信がないというのが今の自分の状態である。
学校としてもまとまった休職になるので、代員講師の職員に来てもらえること。
2学期の末まで病休になり、3学期のはじめに復職になるので、区切りも良い。
3学期に現場に復帰したときには、その時点の体調を考えて職場全体で仕事の分担などを考えていくことにしたい。
私としては、病気の早期回復には一番良い選択ができたと思っている。
この期間を活用して、気持ちの切り替えやバランスのコントロール、今後の自分の生き方についてじっくり考えて前向きに進んでいきたいと思っている。
職場の上司並びに職員のみなさんには、とても感謝している。
午後は、中学校の文化祭を参観に行った。
人権劇、各クラスの歌声もとてもよく、さすが中学生と思えた演奏であった。
帰りには、癒しの音楽CDをレンタル、
心地のいい一日を過ごすことができた。

2003年11月 8日(土)

昨日送っておいた相談のメールの返事が続々届いていた。
本当にインターネットというものは、すごい。
今までの交流があったればこそのことではあるが、読んでいて、これほどまでに自分のことを考えてくださっていることが伝わってきてとてもありがたかった。
こんなときに、近くにはいないのであるが同世代の仲間は心強いものである。
一日で何人かからの心のこもった返事をいただくことができた。
一人ひとりのメールを読んでいると、真剣に我がことのごとく考えてくださっていることを感じ、とてもありがたかった。
同じように病気をし仕事を休んだ経験からの思い、同じ小学生を持つ親としての思い、専門は違うが医者としての思い
等々、本当に自分の決断をするのにあまりあるほどの励ましや助言をいただくことができた。
明日は、上司と今後の相談をすることになっている。

2003年11月 7日(金)

今日は、午前中に同世代のメル友さんや親しくしている方達に、病休開けの復職の対応のことについての相談のメールを送った。
今までに、家族や知人とも相談してある程度自分の思いを伝え、相手からの助言も聞いてこえからどううしようか迷っている段階である。
そこで、メールで考えを聞こうと思ったのである。
今の自分の体調や心の状態、主治医からの指示、これからどうするか考えられる方法などできるだけの情報を加えて相談のメールを送った。
この病休の期間は外に出ることも控えているので、面と面とをあわせた対話が持てていない。
せいぜい家族の間で話をするくらいである。
それで、インターネットを通した交流は、気持ちを落ち着けるための有効な方法の一つとなっている。
頭の中には今後のことについて迷いを持ちながらも、明日の返事を楽しみに床についた。

2003年11月 6日(木)

今日は、一歩も外に出なかった。
3食食べて薬を飲んで寝るという繰り返しの日々である。
かなりウェイトもアップしていることが予想される。
夜7時30からNHKの「クローズアップ現代」という番組で『うつ病発見が命を守る』という特集をやっていた。
それだけ、うつ病が日常的な病気として認知されつつあるのだと感じた。
番組では、『今年8月に発表された厚生労働省の調査によると、一生のうちにうつ病にかかる人は、20歳以上の国民の15人に1人にのぼる。だがそのうち医療機関で診察を受けたのは4分の1にすぎない。患者や家族ばかりでなく、精神科以外の医師にうつ病の知識が不足しているためだ。症状が悪化すれば自殺に結びつくこともあり、早期発見、早期治療が急務となっている。』とのことである。
今の日本、もちろん働かないと生活は出来ないのであるが、体を壊しては元も子もない。
早期発見のためにも、仕事帰りに気軽に精神科を訪ねてみましょう。
あすは、日光を浴びに外へ出てみようと思う。

2003年11月 5日(水)

朝早く起きなくてすむようになってから、逆に目覚めがいいのであるが、朝食を食べたに薬を飲むと、また睡魔がおそってくる。主治医の先生は「薬と闘うな」と仰っているので、素直に夢の中に入っていくのであった。
精神的にはまだ不安の方が大きいのだが、職場への復帰も真剣に考えないといけない。
自分でも段階的な復帰をと考えていて、元のような仕事量や内容をこなそうとは考えていない。
・自分の力以上には頑張らない。
・絶対に無理はしない。
・無理しそうになったら途中でも止める。
・延ばせることは延ばす。
・任せられることは任せる。
・絶対に絶対に自分一人で片づけようとしない。
これは、職場の人の理解がないと出来ないことではあるが、考えてみればみんながそのように動けば良いのである。
復職前の精神的な重圧もあるが、まずは体力的に疲れを出さないように自分の体のバランスをとっていこうと思う。

2003年11月 4日(火)

今朝も目覚めは良い。やはり薬(テトラミド)の効用なのだろう。
午前中は、心理学やカウンセリングの本を通販で注文。
本格的に心理学やカウンセリングについても学びたいと思ってきた。
っそして、「うつ病を克服する本」を読んでいたら、いつの間にか爆睡していた。
この睡眠が休養にはいちばんいいのかもしれない。
午後からは終末旅行の計画。
そして、薬をもらうためクリニックの受診に行った。
詳しいやりとりは通院日記に書いているが、旅行は取り止め、というか延期することにした。
主治医の先生に旅行のことを言うと、答えは「No!」と言われてしまった。
今は抗うつ剤を飲んでいるので、復職前に変わったことはしないほうがいいということだそうである。
うつ病には、気分の変化が安定しておいた環境にいる方がいいそうである。
つまり、きちんと薬を服用して、家でおとなしく休養することである。
あまり変わった行動をとると、今までの休養がだめになってしまい、ゆっくり休めなくなるそうである。
自分にとって楽しいことでも、どうしても、気分が高まるのがいけないそうである。
家に帰ってから思ったことであるが、考えてみると、旅行の計画を考え始めたときからなんとなく気持ちがフラフラというかユラユラというか、普通でなくなっている自分に気づいたのである。
あと1週間。しっ〜かり、の〜んびりと寝ることにしよう。

2003年11月 3日(月)

連休の3日目。
いつもだと朝から鬱気分が起きあがってくるのが連休の最終日であるが、今日は休職中であり、ゆったりとしたいい気分で目覚めた。午前中は、掲示板とメールチェック。その後読書をしながらうとうと。。。昼寝というか朝寝をした。
体の力がすーーと抜けていく感じが心地いい。
ホームページを公開してから2週間になるが、訪問してくださる方も増え、掲示板への書き込みも思っていた以上にあって、みんなが悩んでいることを共感しながら話が出きるのがいいと思う。
ただ、うつ病の人はいろいろなものに依存する傾向が強く出る場合があるということである。
アルコール依存症やインターネット依存症である。
私の場合も、インターネット依存症だといっても良いかもしれない。
朝起きるとパソコンを立ち上げ、時間を開けて掲示板とメールのチェックが楽しみになっている。
本によると、たまには外に出てスポーツをするのが発散になると書いてあったが、家の中での生活がほとんどなので、外で運動する気にはなれない。
そういう意味では、インターネットは他の人とのコミュニケーションをはかるのにはとてもいいアイテムである。
ただ、気をつけたいのがマナー。
お互いに気持ちよく交流をつづけていきたいと思っています。
午後からは、うつ病快復のための本を読んでいて、いつの間にか熟睡していた。
あと1週間のタイムリミットで中間決断をしなければならないが、気持ち的には延長戦を希望している。

2003年11月 2日(日)

最近は、「がんばらない」ことにしている。
ようやくそのペースも軌道に乗ってきたようである。
しかし、時間があるので相変わらず「読書」であります。
今日は、『いい子に育ててはいけない』という富田富士也氏の本を読んだ。
今は、うつ病関係の本はもちろん、その他に、子育てや障害児、カウンセリングについての本にも興味がいっている。
富田富士也さんは、子供や親との相談経験が豊富な教育カウンセラーである。
親から「いい子」になることを求められて、悩みを抱える子供の実例を紹介して、「いい子」を求めることのあやうさに触れてある。
 実例は、親の顔色をうかがって言うことを聞きすぎる、正義感は強いが、融通がきかずに同級生からうとまれる、対立を避けるために、知らず知らずのうちに自分の感情を抑え込んでしまうなど。
「子供のためを思う」気持ちが逆効果になって、子供がうまく自分の気持ちを伝えられなくなり、親がハッとする例ものせてあります。そんな親へのアドバイスの一つに「子供のくだらない話を真剣に聞き、くだらない話をすること」を勧めておられる。
私自身の思想というと大げさだが、子どもは本来いい子に育てようとしない方がいいと思っている。
「いい子」の基準は親や教師などの大人ではなく、子ども自身になければならないと思っている。
私自身を振り返っても、回りの目やh他人の評価で自分の存在を決めていたような気がしてならない。
今こそ、自分自身に一番素直に「がんばらない」で生きていこうと思っている。

2003年11月 1日(土)

早朝のメールチェックで、掲示板に書き込みあり。
外部サイトの掲示板の「仲間」からのものであった。
書き込みがあるというのは、とても励みになる。
いろいろなひとの意見を聞いてみるのがやっぱりいい。
お互いにうつ病との闘いであったりどうやってつき合っていくかで悩んでいるので、共感も出来、体験談にも真剣さが感じられる。
自分自身の悩みを聞いてくれる「仲間」の存在はありがたい。
しかも、またまたぴっかりさんからもレスが届いていて感謝、感激!
ぜひとも実際にあってお話しをしたいと考えるようになってきた。

午前10時から上司宅で今後のことについて話をした。
一応4週間だけの病休をとっているが、あと1週間で開けることになる。
今の学校の様子や自分の状態のこと、病休中に考えたことなど、思いを聞いていただいた。
その後のことについても、選択肢はいろいろあるのだが、まだはっきりとどうするか決めかねている。

1.即、現場に復職
2.病休期間の延長
3.配置転換で勤務
4.その他

今は体調もよく、気分もいいが、一番不安なことが復職のことそのときの不安が大きく、「逃げのきもち」ではないが、もっと時間をもらおうとか思い切って現場に帰ろうか、いろいろと悩むようになっている。
どちらになるにせよ、これからは、やはり自分の気持ちに素直に対応していくつもりである。
仕事に対しても暮らしについても自分の丈で努力していくのが一番大切なことなんだと分かったつもりである。
今日は、自分の思いとこれからのことについて相談をしただけで、どの選択肢を選ぶかという結論が出たわけではないが、自分の思っていたことの整理が出来た。
また、現場復帰への「慣れ」もしていかなければ という思いを持つこともできた。