11月へ

2003年10月31日(金)

このホームページも形が出来上がってきたので、うつ病ネットのページにリンクのお願いのメールを出していた。
すると、なんと。びっくり!
あの、「子育て相談室」のぴっかりさんから返事をいただいたのであります。
ぴっかりさんというのは、私と同じ小学校の先生でしたが、思い切って先生を辞めて今の「相談室」を始めた人です。
「自分に素直に、自分の思いのままに」をモットーとされていて、私の尊敬する人の一人でもあります。
その本人からご丁寧なメールをいやだきました。
このホームページのタイトル「ありのままに ★ あるがままに」も、ぴっかりさんの考え方と同じなのです。
みんな自分本来の生き方ができたらどんなに素晴らしいだろう。
みんなが自分に素直に行動できたらどんなにいいだろう。
そういう思いを込めてつけたタイトルです。
これも、遠くにいても交流が出来るインターネットのありがたさです。
そして、午後4時からクリニックの通院でした。
今日は、妻といしょに2人で訪問しました。
妻が同行したというには、私が主治医の先生と「いつもどんな話をして帰るのか」を聞きたかったようでした。
詳しいことは通院日記をどうぞ。

2003年10月30日(木)

午前中は朝起きてからしばらく読書をした。
今までに読みたかった本がたくさん読めるのがいい。
ちょっとだけ軽く睡眠。
今週になってからは、インターネットの掲示板での交流とML(メーリングリスト)での交流を始めている。
どちらもうつ病に関する交流ではあるが、参加している人の人生観や思いがひしひしと伝わってきて、読んでいてとても励みになっている。
自分が悩みを出しているはずなのに、相手の書いた文を読んでこちらが励ますようなこともあり、今の自分にとっては、とても居心地の良い場所になっている。
それにしても、インターネットというものはすごい!
ちょっとしたきっかけで話が出来てしまうのだ。
お互いに悩み、苦しみ、楽しささえ共有できてしまう。
このホームページを始めたきっかけは、自分自身の闘病日記を残しておきたかったこともあるが、自分と同じようにうつ病その他の精神疾患で悩も苦しんでいる本人や家族・友だち・恋人たちに少しでも役に立てたらという思いで公開することにした。
そして、それが同時に自分への励ましの応援にもなっている。
夕方、気分転換に日本海までドライブに出かけた。
少し波はあったが、日本海はいい、自然のままあるのががいい。

2003年10月29日(水)

仕事を長く休むというのも結構大変なものだ。
こんな経験しばらくなかったので、しかも体は動けるし、頭の方は混乱してるけど。。。
「うつ病になった」こと、振り返ってみると、それまでの数ヶ月、自分でもなんでもやりすぎたって思っている。
それにどんな意味があるかも考えることなしに、ただ目の前にあることをこなしていく。
そのこと全てに全力投球してたみたいなもんだったと思う。
中には、不本意でやっていることもあったが、「しかたない、やるしかない。」と割り切ってやって来たことも少なくない。
発病のきっかけは、やはり仕事のこと。
今年は4月に勤務先が変わったので、環境の変化と人間関係の弱さ、そして新天地での頑張りすぎがうつ病を呼んだのだと思っている。
特に、9月10月は、家に帰るとぐったりと疲れて、何もする気力もなかったほどだった。

今は休職してるので、結構のんびりというか暇すぎるくらいである。体調もすごくいい。
しかし、頭の中は迷ってばかりである。心配というか不安なこと...いくつか挙げてみる。

1.休職開けの決断をどうするか。
 一応4週間だけとったので、休めるのは11月10日までなので、そのときがすごく不安である。
 思い切って職場に復帰して適当にやっっちゃえば(変な)言い方ですね)仕事もできるんだけど、それが出来ない性格なもので。。これがいけないんだなあ。
 だから、またあと4週間の診断書を書いてもらおうかどうか迷っている。
 まさに「不登校」の子の気分である。

2.「うつ病である」ということを職場の他の人達にどう伝えるか。
  上司には「うつ病」であることを伝えているが、他の人達には、「今は体調不良で病休」と言っているが、きちんと伝えないといけないと思っている。みんなにきちんと「うつ病」を理解してもらおうと思っている。

3.今の仕事が本当に自分に向いてるのか
  実は、自分が鬱になってから「カウンセリング」のことも勉強したくなったのである。
  今の仕事に復帰することだけが選択肢ではないと思うようになっている。
  「心の相談」の仕事なんかもいいかなとも考えているのである。

4.そんなんで、そのまま「現場」にもどるより、他の道もあるかなとも考えてもみたり。

5.それと、不登校の子の支援やフリースクールにも目がいっている。

  自分の好きなことを思いっきりできる環境で子どもたちと暮らせたらいいなあってね。
  いろいろな子どもたちを見ていて、不登校の子にしても、本気で生きてる子だと思えるのである。
  そんな中でいっしょにすごせるのもいいかなとも考えている。
  自分がその立場になると、全ての人に優しくなれるんですね。
  これからはそんな仕事もいいなと考えている。


そんなこんなで、
もっとゆっくりと自分を見つめる時間をとろうと思っている。

病気が治るまでにはやはり時間がかかるのでしょうが、どうしても焦っちゃっていけない。
今置かれている自分の場合は、結構気楽(今は何もしなくていいという安心感があるからかも)に休むことができている。しかし、このままじゃいけないという気持ちとぶつかり合ってる感じである。体調的にはだいじょうぶだが、これからのことを考えると不安でいっぱいである。
とにかく、今の自分に出来ること。
1.何も考えずに休む
2.心療内科に通院しながら薬をきちんと飲む。
3.家族の理解のもと、好きなことをしてすごす。

2003年10月28日(火)

これが病気の症状と言うのだろうか。
「がんばる」とか「一生懸命」という言葉を見ると、抵抗というか反発を感じるようになった。
「がんばる」ということがそれほど価値のあることなのか。疑問をもつようになった。
環境的にも毎日狭い家の中にいるせいもあるのかもしれない。
うつ病とうい病がsのように考えさせているのかもしれない。
気分転換になるかと思い、今日はちょっと遠出をと考えていたが、近所の目も気になり、終日家の中で過ごした。
そんな今日、嬉しい便りが2つあった。
以前にメールのやりとりをしていた人(いわゆるメルともである)からのメールである。
1通は関西のADHDの女性から。
彼女は大人になってから自身がADHDだと分かって教師を続けている人である。
私がうつ病であることを知って、彼女なりの励ましの言葉を贈ってくれたのである。
『休職大いに賛成です。思い切ってそう決断されてよかったよかった。とにかくのんびりしてください。
絶対またエネルギーが湧いてくる日が来ます。それまでほんと今までのご褒美のつもりで自分をいたわってあげてください。』


今の自分にとっては、とても温かい言葉で力付けられた。
もう1通は東北の海で漁師をしている人から。
実は彼も過去に「心の病」になったこがあって、人ごとではなかったのでメールをくれたのです。
彼も、精神科の病院に入院をした体験があったそうです。
『今や「鬱病」なんかは多くの人に認知されていますから全然引け目を感じることではありません。それに、その分野の薬もかなり良い物が出てますから良くなり安いようです。
「心の病」は、時間がかかります。ホントに薄皮をゆっくりゆっくりはぐようなものです。焦ってはだめです。
良い意味での開き直りがないとなかなか治りません。外科とか内科みたいに論理的には行かないものいです。再発もするもなので3歩進んで2.9歩さがりながら治って行くモノです。ぼくははいつも、こう思っています。
「ゆっくり、ゆっくり。マイペース。マイペース。まだまだ、人生は長いからね。人はどうであれ、俺は俺。ゆっくり、ゆっくり。マイペース。」』

この2通のメール、今の自分にとって何よりも生きる喜びと人とのつながりの大切さを感じさせてくれました。
ありがとう。

2003年10月27日(月)

今日は普段よりも少し遅めに起きた。
風邪気味で体が重かったせいもあるが、今日の目標が決まっていないためでもある。
時間があるとパソコンに向かっているが、今日は、この言葉に目が止まった。
貴方の周りに病気をイマイチ理解している人がいなくて、そういうことを言ってくれる人がいないのなら
私が代わりに貴方に言いたいんだ
貴方はなんで生きてるの?
…幸せになるためだよね
幸せになるには今何をしたらいいんだろう?
…休むことだよね。自分の好きなことすることだよね
君は凄く今頑張ってる
私にはわかるよ
でも、もう頑張らなくていいよ

病休扱いで休んでいるのではあるが、「真面目」に休養しようとしていない自分には勇気付けられる言葉ではある。
明日は、ちょっと遠出をしてみたいと思っている。
自分でも少しずつ変えていこうとしている。
仕事に復帰する前にやっておくことの第一は、「捨てる」こと。
優先順位でものを見て、いらないと思ったものは即捨てる。
これをまずやろうと考えている。

2003年10月26日(日)

休職中なので、いつもは一人なのだが、休みの日は家族といっしょなので落ち着きも違う。
普段は外で仕事をしている者が平日に家で過ごすのにはなだ慣れていない。
これが、足や手などの骨折というような体に外傷のあるのならともかく、うつ病というのは外見はなんら健康な者と変わらないので余計に気を使うのである。
今日は、天気も良くのんびり過ごすことが出来た。
みんなが休みだということもいい。
ここ2・3日は薬の効き目のせいか、昼間でもしばらくすると熟睡状態になっている。
その上、夜もしっかり眠ることができるのがいい。
午後から、「不登校」や「フリースクール」のサイトを回ってみた。
うつ病になってから、視野が狭くなってきていることを感じているが、カウンセリングの勉強を始めたいとかうつ病の人に役に立つことをしたいとか考えるようになっている。
仕事に復帰することが第一とは考えてはいるが、自分の一番納得出来る形で結論を出したいと思っている。
今は、休養しながら次への充電期間だとも位置づけているつもりである。
NHKスペシャルで「シリーズ 学校は変われるか」でいろいろな学校の取り組みをやっていたが、どうも前向きには見ることができなかった。
これも今の自分の意欲の薄れや気力の低下と関係があるのだろうか。
決して何もしたくないわけではなく、やりがいのある納得のいく仕事がしたいのである。

2003年10月25日(土)

今朝の目覚めも早く、ちょっと喉が痛く風邪気味。
早朝のメールチェックで、掲示板(外部の掲示板)のレスが届いていて感謝。
いろいろなひとの意見を聞いてみるのがやっぱりいい。
午前10時からの定期通院の日であるが、天気も良く、サザンと宇多田ヒカルを聴きながらドライブを楽しんだ。
診察の様子は通院日記の通りだが、休職開け(予定では11月11日)のときが気になっている。
午後、知り合いに電話をて喫茶店で相談をした。
実は彼も昨年同じような症状で悩み。苦しんだ体験があり、そのことを相談してみた。
今は元気になって復職しているが、当時はかなり苦しかった様子であった。
・アドバイスとしては、休職期間は3ヶ月とれること。
・第一に自分の気持ちに素直に決めること。
・あせって早く復職しようとしなくてもいい、中途半端な気持ちのまま早く復職してもいいとは限らない。
・自分は行ってないのだけども、職場の上司だけでなく、自分が「うつ病である」ということを言えるのなら言ったほうがい いのではないか。その上で、職場内での仕事の分担を軽くしてもらった方が自分も気を使わなくてもすむ。
 彼の場合は、それを言わないで仕事を他の人にしてもらうようになったので、「なんとなく気が引ける」とのことである。
・今の状態は「なるようになった」わけで、無理をするとますます悪くなる。だかあら、今はしっかり休んであせらず決め  ていけばいい。

やはり、ひとに話をすることはいいことだと思った。
結論が出たわけではないが、自分の思いの整理が出来たり、これからの励みにもなった。

2003年10月24日(金)

朝食は定時にとり、生活にリズムを付けようとはしているが、毎日がフリーだというのも気分が落ち着かない。
しかし、これが今の自分にとっては一番良いことなのだと受け止めて、わがままなスケジュールをこなしている。
職場のことも気にならなくはないが、なんとかやってもらっているようなのでまずは安心している。
天気もいいので、市内の書店めぐりをしてきたが、相変わらず阪神タイガースコーナーの本が賑わっている。
同じプロ野球チームだというのに福岡ダイエーホークスの本が少ないのはなぜか?
本屋で「うつ病」関係の本「うつ病を自分で治す実践ノート」という本を買ってきた。
まだよく研究はしていないが、認知療法とかいう治療法なのだそうである。
あと、私の気になっていると言おうか興味のある人の一人に青木雄二氏がいた。(故人)あの「なにわ金融道」を描いた人だ。
その人の「僕が最後に言い残したかったこと」も買って帰った。
私は、別にマルクスや社会主義には興味はないというより話には聞いてしっているというくらいであるが、青木氏の考え方には共感することもあり、あの合理主義がスキである。
本を片手に、「うつ病は治る」のページの作成を進めていった一日であった。
こやって、自分のペースで好きな仕事が出来た上にそれで生活が出来たらこの上ない幸せだと感じている。

2003年10月23日(木)

今日は、午前中は床の中で過ごした。
本を読んでいるうちに寝てしまったようだ。
まるで、食べて寝ることが仕事になっている。休養とはこういうものだからしかたがない。
入院はしていないが、自宅療養とはこのことである。
今日は、うつ病サイトをいろいろ見て回ったが、ほとんどの人が「自殺」や「リストカット」を体験として書いてあった。
私の場合はそこまでのことはないが、今後どうなるのかは、分からない。
今は、ただ仕事に向かうエネルギーがまあだ十分ではないこと、仕事に対する意欲や目的意識が今までよりも薄くなっていること、仕事に対する不安感と自信喪失が層状として出ていると感じている。
今のところは薬(
アナフラニール錠25mg、セパゾン錠2mgを毎食後、テトラミド錠30mgを夕食後)と休養で治療を進めているが、時間と共に変わってくるだろう。
次回の通院では、別の治療方法なども聞いてみようと思っている。

2003年10月22日(水)

すっかり休職生活にも慣れてきて、あまり職場のことを考える時間も少なくなった。
今のところは、職場の上司を通じて「体調不良のために休んでいる」ということになっているが、本当の理由は「うつ病による休職」である。
自分自身も、実は本当の理由をきちんと伝えるべきだと考え、その文書を考えているところである。
今日は、午前中は睡眠をたっぷりとることができた。
今までのたまった疲れがこのようにとれていくのであることを感じている。
このホームページも「うつ病に関する本」と「うつ病ネット」のページを作った。

2003年10月21日(火)

今朝も目覚めはよい。
気分はいいのだが、出勤しないことの罪の意識が出てくるというのは正直な所ではある。
正式に「休職」ではあるのだが、どうしても今の生活には慣れないままである。
しかも、今の段階では「私はうつ病のため、欠勤しています。」ということもできず、いささか落ち着かない日々である。
これが、足でも骨折していて「いやあ、ちょっと転んでしまって...」と町の中での会話もできるのであるがm、「うつ病」というのは見た目にはなんら普通(何が普通かも問題ではあるが)と変わらないのであるから、説明も難しい。
 そんなとき、母親が「いつまで休むのか?」の声。
うつ病で休職していることは伝えているのだが、母親から見れば、「なにもしないでごろごろしているくらいなら出勤して仕事もできるだろう」という言い分である。
これも、「うつ病」に関する理解のなさからくる言葉である。
自分としては、話せる内容を伝えたつもりではあるが、どうも理解ができないらしく、「うつ病」に関する本で一番分かりやすいと思う本の中から「ここだけ読んでみるといい。」と言って手渡して置いた。
家族の理解も感嘆ではないのであるから、回りの人たちの理解はもっと大変であると思っている。
しかし、近いうちに「私はうつ病である。」と宣言して、うつ病とともにつき合っていこうと思っている。

2003年10月20日(月)

今日からは休職扱いに入る。
勤務先の仕事のことは気になりながらも、気分は悪くはない。
わりきってやるしかないが、やり残し仕事があり、事業計画書や依頼書などの書類を作成した。
「休職」中とはいっても、今月は仕事の引き継ぎなどもあり、家で仕事をすることもある。
いよいよ本格的に本ホームページ
「ありのままに ★あるがままに」の作成に取りかかる。
この作業そのものが今までの仕事において、自分自身の生き方についていろいろな点で無理をしてきたことを振り返る機会にもなっているようなきがしている。
このように考えてみると、今までの数十年間考える間もほとんどないままにつっ走ってきた感じもなきにしもあらずである。
これからは、タイトル通り、で・き・る・だ・け「ありのままに ★あるがままに」生きていこうと思っている。

2003年10月19日(日)

思い切って、明日から「休職」にすることにした。
上司に話していたように、電話でその旨を連絡。
「はい、わかりました。無理がいちばんだめだから、ゆっくり気長に治しなさい。あとのことはしんぱいしないでいいから。」と、温かい言葉をいただいた。
元気になったら、また一生懸命に自分のできることをがんばろうという決意の「休職」である。
午前中、勤務先の残務整理。
今までそのままであと回しにしていたこともあっと、ことのほか時間がかかった。
気づいたら2時半を回っていた。
「休職」と決断したら、気持ちもスッキリしたような感じで、これからの人生についてもじっくりと時間をかけて考えていこうと思う。
今までは、無理してやって来たことも多かったが、これからは「自分らしさ」を本当に発揮できる場や人間関係を作っていこうと考えている。

2003年10月18日(土)

今週は、上司とも相談して有給休暇を使って欠勤したので、仕事に対する不安や緊張はなき、気持ちも落ち着いて過ごすことができた。
今は。体のだるさや胃の痛みも消えている。

朝10時30分から心療内科クリニックで受診。
今日から薬の量が増えた。
帰りに書店で本を購入。
最近、いろいろな本を読みたくてしかたがない。
時間はあるので、めあての本を買っては読むという毎日である。
今までの構想であった本ホームページの作成に取りかかった。
ということは、10月17日分までの日記はメモしていたものを振り返って書いたものだということだ。(^_^)v

2003年10月17日(金)

今日も予定通り朝から欠勤。
ホームページの案を考えたり、「うつ病」に関する本を読んだりして過ごす。
主治医の先生からは、「あなたは初期の段階です。」と言われているので、あまり深刻には受け止めてはいないのだが、今後どのようなことになるのかは不安ではある。
しかし、仕事を休んでいることで仕事に対する負担や不安や緊張感はないので、気持ち的にはゆったりとしていて気分も悪くない。
ただ、昼間から家にいることがないので、「うつ病」という立派な?病気とはいえどもなんだか他人の目も気にもなる。
夕方に近くの喫茶店、ここはなかなかコーヒーが美味しい。そこで上司と相談。
来週の月曜日20日から勤務に出るか「休職」にするかは、19日(日)までに結論を出すことにする。

2003年10月16日(木)

から欠勤
仕事のことが気になりつつも、気持ちの中では「休職」の方向に向かっている。
明日も上司と話をする予定なので、どちらにするか相談することにする。
今までは時間がなくて読めなかった本も数冊読ね、自分なりには充実した時間が過ごせたと思う。
このころから「うつ病」理解のためのネットワークを作りたいという考えが浮かび始める。
「自分自身がうつ病である。」ことを堂々と言える自分になりたいと思ったのである。
しかし、世間の見方・考え方はどうか。
「うつ病」と聞いて、どんなイメージを持つであろう。
私自身もそうであったように、ほとんどの人がマイナスイメージで、正しい理解のないまま「暗い」「弱い」というイメージだけでとらえられていると思う。
それらを払拭するためにも、このホームページを活かしていきたいと考えている。

2003年10月15日(水)

から体調不良で欠勤。
一日仕事のことや病気のことを考えながらネットサーフィン。
個人的にも、「うつ病」のサイトを作っている人があることを見つけ、力付けられた。
なんと、自分と同じクリニックに通っている方のホームページまで見つけてしまった。
夕方に上司と打ち合わせをして近くの喫茶店で話し合う。
今までの勤務内容について、仕事の大変さやいりいりと悩んでいたことなども相談する。
もっと早い時期に話したいと思いながらもなかな言い出せなかったことも話す。
自分の考えもよく理解してくださり、治療法については、「あせらずに無理のない方法をとりなさい」と言ってくださり、一安心。
早くこれからの体制もつくらなければいけないが、ゆっくり考えてから結論を出そう。
「今週中はとにかくゆっくり休む。」ことを確認した。

2003年10月14日(火)

朝の目覚めは悪くなかった。
8時から大腸の精密検査のため総合病院へ。
元気のいい闊達な先生の診断と説明の後、肛門からバリウム注入検査。
結果は、大腸に2つのポリープが見つかったが、悪性のものではなさそうなのだが、念のために早いうちに取り除いた方がいいということになり、また後日通院することにした。

午後から出勤する予定であったが、腹の調子が悪く欠勤の連絡。
急遽心療内科繰クリニックに電話し、3時から診断を受ける。
「休職したい」との旨を伝え、診断書(3週間の休養)を書いてもらった。
「休職」とは言ったものの、家族にも勤務先の上司にもなの相談もしていない。
このまま休んでいてもいけないし、休職となると大変なことのもなるが、気持ちの上ではこのままの状態で勤務を続けるよりも、いったん休憩(休職)をとって、今後のことについてじっくり考えてみようという思いの方が強かったのである。

2003年10月13日(月)

朝から大腸の検査食の一日が始まった。
朝はおかゆ、昼もおかゆ、そして夜もおかゆの3食である。
もちろん、間食など許されないし、飲み物にも制限がある。
人間とはおかしなもので、「食べてはいけない」と言われたら食べたくなってしまうものだ。
しかたなく、ときどき水を飲みに行く。
夕方には下剤を飲んで腸内をきれいにそうじした。
明日の検査も心配ではあるが、検査をすることで病気になってしまいそうになるのは私だけではないような気がしている。
長い一日も終わり、おやすみなさいであった。

2003年10月12日(日)

いつもと変わらない朝といいたいところだが、今日は年に一度の秋祭りの日である。
朝10時から祭りの榊を担いで神社まで往復。
正午からはいよいよ御輿の腸内めぐりが開始した。
いつも御輿の担ぎ手が少なくて困っていたが、今年は中学生や高校生も出てきたので大助かり。
一回りしたあとでやきそばにイカ焼き、ゆいでに缶ビールも2杯ほど、ごちそうさまでした。
お陰で夕食後の薬は一回飛ばしになってしまったのである。

2003年10月11日(土)

みんなと同じ3連休のはじまり
午前10時30分かた心療内科クリニックに通院。
書店によって、本を購入。
レンタルビデオ店で、リラクゼーションのCDを借りた。
クラシック中心のここち良い音楽である。
夜は、同和教育研修会で町内の集まり。
ワークショップ方の進め方で。結婚観についてグループ討議をしたが、普段あまりはなさない方とも話ができて楽しい時間を過ごせた感じである。

2003年10月10日(金)

今朝は目覚めは良かった。
前ほどのだるさもなく、さっぱりとしている感じである。
朝から勤務しなくてもいいという安心感もあってなのかもしれない。
午前中は、総合病院で人間ドッグの精密検査項目の再検査と大腸の精密検査のための説明を受けた。検査日は10月14日(火)のよてい。
正午前から出勤、昼食も食べて午後からの仕事もなんとかこなした。
事務仕事や整理したいことがあったが、そのままにして退勤。
半日とはいえ、疲れがたまった感じだ。
薬を飲んで、早く寝た。
3日間はゆっくり休める。
来週からはどうしよう。。。

2003年10月9日(木)

朝から気分も体調もすぐれない。
しかし、今日の仕事のスケジュールは次から次と頭をはい回っている。
勤務先には体調が良くないことは伝えてあるので、昨日からつづく腹痛と下痢を理由に欠勤の連絡。
一日家にいることもできないので、リフレッシュをかねて遠くドライブを考えた。
いつも出勤している道とは逆方向の道を進みながら仕事のこと、明日からのこと、今後の自分の進む道などのことを考えながらアクセルを踏む。
途中本屋さんいよって、うつ病関係の本を購入。
海岸線までクルマを走らせ、潮の香りと海の匂い空の青さがすがすがしい。
いい気分で家路に向かった。

2003年10月8日(水)

朝から出勤。
2日間休んでいたので、仕事のことが気にはなっていたが、無事一日が終了。
椅子に座ると疲れがどっと出る感じだ。
やらなければならない仕事は山ほどあるのだが、そのままにして帰宅。
かなり疲れを感じている。
薬のせいもあるかもしれないが、夜は早く眠れた。

2003年10月7日(火)

朝から下痢気味である。
今日は出勤しなければという気持ちはあるのだが、下痢を理由にして欠勤しようと頭では考えている朝であった。
午前中は、ネットで消化器(胃や腸)関係のサイトを見る傍らで精神科のサイトを見て回った。
勤務先には、病状の様子と欠勤の連絡。
サイト内で健康診断のできるところがあり、やってみたところ「かなりの疲れがある。」「うつ病の傾向が強い」「パニック症候群の傾向あり」などの診断であった。
その中でも、「うつ病」に関するサイトに注目した。
午後、思い切って心療内科クリニックに急遽電話を入れ、3時から診断をうけた。

2003年10月6日(月)

また1週間が始まった。
朝から頭痛がする。
体もだるく、床から起きるのが非常に辛い。
このような感じは前々からあったんだが、胃の痛みも伴って今日は特に前向きになれないのだ。
勤務先には、病状の様子と欠勤の連絡。
午前中は、かかりつけの内科で診察してもらう。
問診、血液検査、尿検査では以上もなく、思い切って
胃カメラで精密検査をした。
結果はなんともなく、きれいな胃であるとのこと。
念のために消化を良くする胃の薬をもらって帰宅。
午後は、ネットで健康サイトのサーフィン。
明日からのことや今後のことなどを考え、一日悶々としながら過ごす。
仕事に迎えないわけではないが、自分自身でかなり負担に感じていることもあり、不安感や心配も募っている。
このままではいけないと思いながら床につくが、なかなか寝つかれなかった。
胃痛という「物理的な原因で自覚したのであるが、今まで1ケ月近くに渡って胃の痛みや頭痛・腹痛なのの症状も出ていたのではあるが、しばらくすると痛みも弱くなり、なんとか気力で凌いできていたのである。
精神的にも毎日が辛い日もあったが、今の生活リズムを崩すことの方が恐く、誰にも話すことなく今日まで来ていた。