教職員の雑務について                 2004. 3.21


雑務について、以前、ある関係で作成した資料がありますので、参考になる部分もあるかと思い、送らせていただきます。
現場の1教師の率直な意見です。
ちょっと堅い表現が多く、読みにくい部分あるかと思いますが、お許しください。

総合的な学習の発展のためにも、この雑務の問題は避けては通れない問題だと認識しております。

なお、以下の文章では、「子供と直接関わらない仕事」を雑務と定義し、表現しています。よって「雑務=無駄な仕事」ではありませんので念のため。

…前略…

「雑務に忙殺される学校」の問題は,近年クローズアップされている。
特に,地域と学校の連携・融合などで保護者が学校を頻繁に訪れ,教師の仕事の中身が見えてくるにしたがって,「そんなことまで先生がしているのか」「学校は子どもよろず相談所じゃない」(ある市の小学校のPTA会長の言葉)のような言葉が頻繁に聞かれるようになった。
逆にいうと現在でも多くの人にとって,教師の抱える問題点の一つ,「雑務の多さ」が認識されていない。

以前,PTAの会議で,ある保護者が「先生,授業お疲れさまでした」と発言されたのを聞いて違和感を覚えた。
なぜなら,本来教師は「授業で全力を出す」事を期待されているのだろうが,現実は授業はせいぜい20%〜30%の比重である.教師を忙殺している「見えない仕事」は,よく校長室においでになるPTAの方々にすら「見えない」のだ。
まずこの見えない仕事をきちんと把握し,解決の糸口を見つけることが,問題解決能力をもった,責任ある経営を行える学校に迫るために必要である。
 
それは「各学校に共通する事務作業の洗い出しと,積極的なアウトソーシング」である。

教師になってはじめの数年間,まず驚いたのが書類作成の多さである。

年の初めには,年間指導計画,学級経営案にはじまり,各種分掌の計画を作成する(例えば自転車係なら,自転車通学希望者を募り,自転車通学許可の範囲地図をもとに生徒を割り振り,クラスを示すパネルを自転車置き場に貼る,もちろん許可されない生徒にはきちんと説明するが,苦情は多い〔笑〕,という仕事。
ちなみに前勤務校では一人の教師が3つ程度の分掌を担当した)。
担任は各種生徒名簿,緊急連絡網,PTAの投票用名簿などに加え,生徒一人一人の座席・ロッカー・下駄箱に貼るシールなどもつくる。
授業が始まれば,授業計画を作り,それに基づき必要な資料やミニテスト,ワークシートなどを用意する。
ちなみに小学校では毎週のように週案を作成し提出している学校も多い。
生徒に関わる事務としては,ノートの点検,生活ノートや日記のまるつけや保護者欄への返信,各種テストの作成・採点・記録・成績処理・結果の通知・学年通信でのコメント作成,各種集金にまつわる記録・会計報告・未払い生徒への督促・訪問集金などがある。

加えてクラブや部活動の顧問なら,指導計画,遠征のための事前連絡,保護者への各種通知文の作成・印刷,大会運営のための会議,指導者講習会への参加や主催などがある.

つづいて月に数回はあるだろう各種行事の計画案をミスなく作成し稟議しなくてはならない.学校での各種行事は児童・生徒のみならず保護者も楽しみにしているものだが,この計画案の作成や準備のために多くの時間が費やされている。
自然体験活動や運動会,スキー教室,卒業式など,どれも担当にとってはやりがいがあるとともに,非常に時間を消費する行事である。

細かいところで,備品の予算請求,実際の購入手続き,備品の管理,備品台帳の整理,廃棄処分の手続きなども,手抜きは許されない。

さらに最近増えているのが,各種統計やアンケートの依頼である。
違う部署から発信された同じようなアンケート調査が,1時間単位で教師の時間を食い尽くす.たとえば情報教育に関して,先月パソコンの台数やソフトウエアの数を報告したかと思えば,今度は同じ質問に加え利用頻度やネットワークの利用度を書かせる,そしてまた2ヶ月後に同じようなアンケートが来るといった具合である。

そして,研究指定校ともなれば,これらに加えて,理論研究,視察,計画立案,実践,評価,そして公開授業,数百ページにわたる紀要の作成などが要求される。
加えて指導要領の改訂に向けて,総合的な学習の時間の企画,計画,実施,評価などが行われている。
学校で共通理解を創りあげ,各学年100時間以上のもの授業の企画と計画を立案し,保護者に説明をし,外部の講師や生徒の訪問先との折衝を行っている。

本校でも,生徒の体験活動先である事業所を開拓するのに,数ヶ月を要した。

そして,今現場が悲鳴を上げているのは,総合と一緒にはじめることになった絶対評価の問題である。
昨年の指導主事の話によれば,年の初めに保護者に対して各教科の評価規準を配布し,毎時間の評価計画を立て,緻密に評価を実施し,保護者からの質問に対して整然と回答できるように準備すべき,とのことであった。
実際,3日間徹夜で通知票を作成したなどという声が,あちこちから聞かれる。
しかも中学校から高校への内申については,どうしても絶対評価だけでは無理だという声が3割の県から上がっているのにである。

このような「膨大な事務作業」の合間を縫って,本来の仕事である「生徒とのふれあい」「授業研究と授業実践」「生徒指導」を不充分と知りながら行うしかないのが今の教員の実態である。
こうして時間の合間に「わからないまま授業を教えられ」「配慮の行き届かない生徒指導をされ」た生徒達が切れ,その指導の過程で「限界まで一生懸命やっているのにそれが伝えることができない」教師が切れ,「校内暴力」対「体罰」の悪循環に陥ってしまった学校も多いのはご存じの通りである。

さて,今必要とされているのは,生き生きと本来の仕事である「生徒とのふれあい」「授業研究と授業実践」「生徒指導(この言葉、好きじゃないけど)」に取り組む教師の姿であるが,この支援策として新しい方法を提案したい。

事務的な仕事のうち,実は教員以外がおこなっても全く問題のないものが数多く見られる。
例えば総合的な学習で地域の方に学校に来てもらう場合,依頼状を作成するのは教員の仕事だろうが,印刷・封筒詰め込み・のり付け・切って貼り・発送など,アルバイトで事足りることを夜中までかけて行っているのが実態である。
もちろんこうした仕事を地域のボランティアやコーディネーターが行ってくれるなら大変ありがたいことで,成功例もあり,理想的な地域との連携の姿といえる。
しかし,アルバイトで事足りるのだから,アルバイトを雇うのが合理的対処法である。
教師の数を増やすことも重要だが,教師の雑務を減らすことも同じくらい効果的で,しかも経費は数分の1以下だろう。さらに同僚でない分,仕事を頼みやすいという隠れた利点は見逃せない。

またコンピューターを使った,事務の効率化も効果的である。
ある県の中学校の多くでは,ほとんどの教師がパソコンを所有し (個人持ちが多数),基本的な操作を習得している。しかし,これまでのところパソコンを導入しても,減らすことができた仕事が増えてしまった仕事で相殺されている感がある。
たとえば成績をつけるのは教師の仕事だが,成績をつけるためのパソコンのソフトウエアまでエクセルその他を用いて自校で作成していることが多い。
全国の数万の学校で数万の教師が数ヶ月を費やし似たようなソフトや様々な様式の文書を(内容の問題ではなく罫線を多用した似たような様式の文書を)作成するために,夜遅くまで仕
事をしている。
こうした共通する事務や作業を見つけだし,国や県で一手にこうしたソフトや文書バンクのようなものをつくりインターネット上で配信するだけでも,教師は「成績処理の手続き」にではなく「成績処理の結果の分析」に時間を割けるし,書類の「罫線枠」ではなく「内容」に力を注げる。つまり,よりよい教育活動に力を注げるのである.

規制緩和が進む中ではあるが,こうした共通性のあることは国または県などでプロジェクトチームを作り,対応する方が対費用面で有効である。
学校の職員を増やすというねらいは,実は今いる職員が仕事を効率的に行える仕組みづくりによっても達成されるのである。

                                     浅沼利行 談

限りある勤務時間の有効利用を進めることが、教師に求められているのだと改めて思いました。
また、本当の意味での教育情報の共有化を進めることと、共有化されたものを利用することの意義をお互いが理解することの大切さも感じています。