| 不登校と学校の責任・家庭の役割 2003.12.10 |
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| 先日12月7日(日)に、不登校の親の会に参加した。 いろいろな方との話し合いの中で、強く感じたことが、「学校教育の限界」もっと厳しく言えば「学校教育の犯罪」とまで言えるほどのことを再確認した。 私自身、現在公立学校の教師でもあり、3人の子を持つ親でもある。 両面から子どもを見てみると、本当にいろいろなことが感じられる。 「不登校」に関して言えば、「学校が悪い、子どもが悪いとかそんな簡単な問題ではない。」 いろいろな「公式」の画面で、「学校と家庭の連携」とかをよく言われるのであるが、そういうことも確かにあるだろうが、私自身がが思うのは、「学校で起こったことは学校の問題」であり、「家庭で起こったことは家庭の問題」であるということである。 「あの子は家でああだから学校でよく問題を起こす」などと、学校で起きたことを家庭のせいにする場合。逆に「あの先生になったので、うちの子が落ち着かない」などと、家庭のことを学校のせいにする場合。実際の現場でもよくありがちである。 教師をしている私本人としては、とても言いにくい事ではあるが、特に不登校や学校嫌いの子の場合は、ほとんどは学校の問題の方が大きいと思っている。もちろん、全て100%学校側に責任がああるとは言い切れないが、家庭の問題と言うより学校側の問題の方が多いのではないかと思っている。 それにも関わらず、ほとんどのケースで、子ども自身の問題の方が大きく取り上げられているような気がする。 学校側の見方としては、今までの親のしつけ方、子ども自身の性格、行動や友だち関係を問題または要因としている場合が多く、それらを解決ないしは排除していく中で再登校に持っていこうとしているのではないだろうか。 確かに、子どもによっては担任との相性や人間関係の作り方、集団生活への対応の差もあるにはある。 しかし、そんな対策では、子どもにとってはむしろ逆効果であり、学校そのものの体質改善が必要なのではないかと思っている。 だから、それを何とかするのはその子や親よりも先生の方、学校の方の責任だと思っている。 今日、この『 もうひとつの学校〜不登校の子どもと共に〜 』の会に参加して、学校に行くことが「当たり前」と考えられていることこそが問題であり、登校・不登校はそれぞれの個人の選択肢の中のひとつにすぎないのだと再確認できた。 今後は、自分自身も、自分の思いに素直に向き合い日々の生活の中で訴えていきたいと考えている。 |
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